転機 前編
リージア達が謀反を企てた頃。
本星を回る宇宙ステーション型軍事基地、ベース422にて。
リージアからのメッセージを受け取った司令官は、自室で難しい顔をしていた。
「……予想通り遅い報告だったが、アイツは、計画を進めるつもりか」
司令官用に特別に用意された個室のベッドに、彼女は横たわる。
全てに目を通したが、最終的にリージアの計画を進める事になってしまった。
しかも添付されていたプロトタイプの画像には、悲しくて涙も出る。
「(デルタの生き残りはわずか二名、ガンマは五名、その他は全滅か)」
くだんの相手は、リージアの身内。
破壊できたとしても、他の部隊の面々は気の毒でしかない。
とは言え、上の面々はそんな事どうでも良いだろう。
彼らはアンドロイドの安否よりも、人間の生死の方が大事だ。
「人間は全員機械化魔物された達に殺された、となると、上の連中は責任の押し付け合いで忙しいだろうな」
調査チームには公務員や軍人だけでなく、一般企業からの参加者もいる。
実験失敗でその全員が殺されたともなれば、相当もめる事に成るだろう。
あたふたする事になる上層の事を思うと、司令官は笑みをうかべた。
今まで偉そうな事を言って来た彼らが困るというのは、彼女も嬉しい物だ。
「(いや、下手したらこっちにお鉢が回って来るな)」
よくよく考えた司令官は、結局自分たちに責任が回って来る事を恐れた。
ヘリコニアの件も有るので、可能性はゼロではない。
「……はぁ、まぁいい、早い所、政府連中に伝えなくては」
起き上がった司令官は、改めてメッセージに目を通す。
リージアが送って来た資料の中には、報告が遅れた経緯も記されていた。
事故によってフロンティア内の森林に墜落し、宇宙艇の修復作業に追われていた。
その後、機械魔物と交戦中だったガンマとデルタとも合流できたが、宇宙艇は完全に破損し、調査チームの建造した大型艦に乗り換えている。
ただし、その報告書の中にはフォスキアに関する記述は一切無い。
「(……あいつ等も、まぁまぁ大変だったようだな)」
報告書に目を通していき、司令官は司令部への報告書をまとめていく。
と言っても、リージアの主観を除くように再編集している程度だ。
彼女の人間への憎悪は思った以上に膨れ上がっており、もう隠しきれていない。
所々、生ゴミ、害獣、喋る肉塊、脳無しの糞尿垂れ、等と言った暴言が記されている。
「アイツの人間嫌いは、何時も通りか、最終的に報告する者の身にもなってほしい」
ため息交じりに、司令官は報告書をしたためる。
出来る限りリージアの失礼な言葉は取り消し、政府と軍の高官への機嫌取りの文へ変えていく。
司令官なんて偉い肩書を持っていても、そんな物は飾りだ。
実際の所の司令官の地位は、実質的に奴隷に等しい。
擦れるだけのゴマは、すっておかなければならない。
なので、本来はここではなく、司令部へ先に報告を提出するのが正しい。
「(司令部ではなく、私に先に報告したのは、通信環境がどうのこうの、とでも言っておくか、総司令には何時も苦労させてしまう)」
適当な言い訳を考えた司令官は、誤字脱字のチェックを終えた。
総司令は昔からの知人、軍内部も彼の友人のおかげでアンドロイドの待遇は大戦時より良好だ。
彼のおかげで、色々な汚職ももみ消されている。
それも全て、リージアが企てようとしている計画の為だ。
「……ロストフラワー計画の完遂、それがアイツの復讐か」
前々からリージアと考えていた計画名を口にした司令官は、報告を行う為に自室を出ていく。
目的地は、指令室に有る小部屋だ。
「(姉妹を死なされ、家も追われ、更には自らの創造主が平和の為に作り出した技術の悪用、その結果で、今の政府が有る……全部潰れれば奴も大喜びだな)」
すれ違いざまに敬礼する部下達に挨拶を行いつつ、司令官は部屋に到着。
指令室に居るオペレーター達の敬礼に迎えられ、すぐ近くの小部屋へ入る。
真っ白い球体の中のように無機質な部屋の中心に立ち、部屋のシステムにアクセスした。
「……KO-2202-01ストレリチア、フロンティアからの報告です、司令部へのアクセス許可を」
『了解』
自らのコードを述べた後で、コンピューターは通信を司令部へ繋げた。
そこから大分長いので、司令官は待ち続ける。
「……今日は早いな」
何時もなら三十分以上待たされることはザラだが、今回は十分足らずで繋がった。
しかも、映った映像は月面に有る統合政府の重要な会議を行う為の円卓。
政府や軍の重役たちが鎮座しており、本来ならばアンドロイド相手に映像すらよこさない場所だ。
一応彼らも調査チームの安否が気になると信じたい、毛穴程の可能性も無いかもしれないが。
『初めましてだな、ストレリチア指令官』
「ガラシア殿下、知己を得られて光栄です」
円卓中央に居る青年に司令官は跪き、頭を垂れた。
美しい黒色の髪をなびかせ、年齢の割に少年と言えるような顔つきの美しい男性『ガラシア』。
現在の統合政府の代表を父に持ち、世襲によって現在の地位に着いた人物だ。
しかしその能力は本物で、民衆からの信頼も厚く、次の代表選でも有力候補者とされている。
『早速だが、君の報告を聞こうか』
「はい、こちらに内容をしたためました故、お確かめください」
司令官は立ち上がる事無く、先ほどまとめた資料を彼らに送信した。
彼らとの地位の差は、正に月とスッポン。
言うなれば、債務者を集めた地下強制労働施設のまとめ役と、その施設を管理している会長達の関係、と言った所だ。
許可なく頭を上げる事さえ許されず、読み終えるまでひざまずき続ける。
『……成程、多少予定外の事は有ったが、無事に救助チームとは合流できたか』
『しかし、整備不良による事故とは、アンドロイド部隊の扱いも考え直す必要が有りますな』
『しかも身を挺して守るべき人々を守らず、自分たちだけ助かるとは、これは責任問題だな』
「(やはりか)」
部下達をバカにされ、司令官は拳を握り締めた。
それでも、司令官は一切口答えしない。
今彼女が発せる言葉は、YESかはい、だけだ。
『まぁ待て、これは好機ではないか』
『はて、好機とは?』
『報告によれば、調査チームの作り出した新型機が暴れ回っているようだ、ならば、ここはあの物たちに責任を取ってもらおう』
「(……七光りが)」
不敵な笑みを浮かべたガラシアは、この状況を利用する事にしたらしい。
リージアからの報告によれば、機械魔物はフロンティアの各国に散っている。
本来の任務では、彼女達は本隊が来るまで待機、それまで何もできない事に成っている。
という事は、フロンティアと外交を行おうとしている彼らには絶好の機会だ。
『確かに責任はあのガラクタに取らせれば良いでしょう、しかし、好機とは?』
『フロンティアの先住民とはあくまでも友好を築いておきたい、あえてこちらの恥をさらし、彼らのつけ入る隙を用意しておくのです、その上で、新型を取り逃した人形たちを見せしめに使えば、こちらの誠実さもアピールできますからね』
「(クソ、確かに害獣だな、だが、リージアの事だ、こいつ等が到着する前に、はびこっているE兵器全てを破壊するだろうな、彼女達の作ったウイルスを使って)」
結局責任はリージア達に押し付け、自分たちが英雄になる気なのだろう。
今すぐにでも画面を突き抜け、殴りに行きたい気分だ。
その憤怒を押さえつけ、リージアの気持ちに共感してしまう。
本来であれば待機という命令だが、到着前にリージアは全て片付けるだろう。
『流石次期代表、考える事が違いますな』
『民と国を正しき方向へ導く、それが私の産まれた意味ですので、さて司令官、報告をありがとう、次の指示を待て』
「はい」
結局何も話す事も無く、通信は終了した。
久しぶりに腹の底から怒りが湧き出て来たが、何とか抑えきることはできた。
「(……正しき方へ導く、か、下手をすれば、リージアに滅ぼされかねないぞ)」
リージアから計画の相談を受けていた司令官は、その全貌も把握している。
彼らが下手な事をすれば、本当に人類は彼女の手で滅ぼされるかもしれない。
「……たく、世話の焼ける」
立ち上がった司令官は外へと出ていき、司令部に居るオペレーター達と顔を合わせる。
レーニア達と同じモデルである彼女達は、二人一組で作戦展開中のアンドロイドの支援や、基地内部のシステムのチェックを行っている。
「サヤカ、各隊員のスケジュールは把握しているか?」
「あ、司令官……はい、大体は」
「ならば、次に全員が基地に集まる日は何時だ?」
「確認します」
手近なオペレーターは司令官の要望に応え、端末の操作を開始。
いくつかの部隊は起動エレベーターの防衛などに出ているだけでなく、予定は何時も目まぐるしく変化する。
嫌がらせのような不規則さなので、スケジュールはアテになる事は少ない。
それでも参考程度にはできる。
「……なんの変化も無ければ、三日後には全員基地に集まる予定です」
「そうか……予定通りに全隊員が集まったら、各員の通信機の点検を行うと伝達しろ」
「え、全員の、ですか?」
「そうだ」
司令官の決定に、サヤカは首を傾げた。
通信機の点検を行うというのであれば、わざわざ全員を集める必要はない。
それ以前に、通信機だけというのもおかしい。
とは言え、司令官の決定なので頷くしかない。
「了解しました」
「すまんな(上手く行くと良いが)」
三日後の話ではあるが、司令官は冷や汗をかく。
リージアの計画の最終段階へ向けた準備だが、上手く行く保証は無かった。
強い不安に駆られながら、司令官はメッセージを送信した。
――――――
その頃。
月面に有る統合政府の議事堂の円卓にて。
司令官との通信が終わり、その後の会議も終了。
集まっていた重鎮たちは次の仕事へと移行していき、残った統合軍総司令官は携帯電話に目を通していた。
「(……始まるか)」
「どなたからでしょうか?」
「ッ、殿下」
携帯から目を離した総司令は、まだ残っていたガラシアへと敬礼を行った。
綺麗な黒髪に、年齢の割に少年と取れるような幼い顔立ち。
初対面の人間からしてみれば、少年と間違われても仕方ない可愛さだ。
「失礼、お邪魔でしたでしょうか?」
「いえ、古い知人からの連絡です、今度同窓会でもと誘われてしまいまして」
「それは喜ばしい、昔の思い出話に花を咲かせると良いでしょう、わたくしの方で休暇の方も工面いたします」
「いえ、そのようなお手を煩わせる訳にはまいりません、貴方もお忙しいでしょう」
「……」
少し焦りながら、総司令は話をはぐらかそうとする。
だが、歳のせいなのか、少しガラシアに感づかれたらしい。
柔らかかった彼の目つきが鋭くなり、その眼光に強い威圧を感じた。
「少しお疲れでしょうか?汗が」
「いえ、歳のせいでしょう、最近汗ばむのです」
「そうでしたか、老衰というのは、何時も我々の枷となる厄介な代物ですから」
総司令に背を向けたガラシア。
その瞬間に見えた彼の不敵な笑みには、総司令の軍人としての勘が働いた。
やはり、よからぬ事を考えているらしい。
「私は何時も考えているのです、人間達が争ってきていた理由を」
「争う理由、ですか?」
「はい、意見の食い違い、貧富の差、そう言った物が主な要因でした、最初は小さな火種がどんどん大きくなり、やがて五度の大戦に繋がりました、そんな戦いが終わる度に人は言うのです、このような過ちは繰り返してはならないと」
「……ええ」
帽子を深く被った総司令は、悪い予感を更に強めた。
彼の言葉の節々には、怒りのような物を感じた。
「確かに一旦はそれで争いは収まるでしょうが、それは彼らの記憶に刻まれた恐怖によるもの、故に口やネットの情報だけでは代の交代でその恐怖は薄れ、やがて新たな火種に火が付いてしまうと、私は考えているのです」
「……ええ、確かにそうでしょうが、それは覆せない事でしょう」
「はい、貴方おっしゃる通り、この平和は現在の行政に携わる者達が優秀であるが故に維持されておりますが、次の代、またその次の代が、同様に優秀である保証は有りません……」
「ッ」
振り返ったガラシアは、より黒い笑みを浮かべながら総司令と目を合わせた。
その真っ黒な表情に、総司令はガラシアを人と認識できなかった。
まるで異形の存在が、美しい少年の姿をしているかのような錯覚に陥っている。
「だからこそ、私のような存在が必要なのですよ、ドレイク総司令官」
「あ、貴方の、ような、ですか?」
「はい、今ここで貴方にだけ打ち明けましょう、私は御父上の御意思である、人類の永久な繁栄と平和を実現する為に創り出された新人類『ジェネラス』です」
「ジェネ、ラス(まさか、彼はクローン人間か?)」
ガラシアの言葉を聞いた総司令は、最近耳にした噂を思い出した。
軍の総司令という立場であるという事もあり、彼は一般には公開されていない新技術の詳細を知っている。
最近は食糧難を解決する程のクローン技術が進んでいると、コロニーの界隈では有名だ。
しかし現状はそんな生易しい物ではなく、遺伝子の操作を行い、望む人間を作れる程まで進んでいる。
その技術を活用し、強化人間を作り出し、彼らで構成された部隊を作り出そうとしている、そんな噂が流れていた。
「(もしあの噂が真実だとすれば、軍の全てを任されている私にすら秘匿されているという事か)」
総司令官もまた、親の七光りによって今の地位へと出世した。
親の作った太いパイプを自分でも扱えるように、自らの力で関係を築き直し、様々なコネを持っている。
その繋がりをもってしても、噂が真実であるという話が伝わっていない。
嫌な予感が過ぎった総司令は、すぐにこの場を立ち去ろうと考える。
「お気づきになられたでしょう、私は父上のクローン……全ての人類の頂点に立ち、導く、父上ならばそれができましたが、全く同じ能力と思想を持った者は二人と居ない、ですが、私は父上の全てを受け継ぐ為に創られたのです」
「……なんと、なんと素晴らしい、貴方のお手伝いができるこの地位に居る事が、とても誇らしい」
「そう言ってくれると嬉しいです、軍は平和を守る盾であり矛、これからの働きに期待しております」
「はい」
そう言いながら、ガラシアは笑みを浮かべながら手を差し出す。
彼の誘いに乗った総司令は、力強く手を握り返した。
「ですが、だからこそ残念なのです」
「ッ……何が、でしょうか?」
続けられた言葉に冷や汗をかきながら、総司令は手を離した。
先ほどから恐怖で気が気でないというのに、思わせぶりなセリフにいちいち反応してしまう。
「貴方は大変優秀な能力をお持ちだ、しかし、大戦の影響で不能者となってしまわれた」
「……は、はい、ですが、この命ある限り、誠心誠意お仕えします」
「ええ、では、私はこれで、フロンティアへ派遣する軍の指揮統括、応援いたします」
「御意」
敬礼した総司令官を背に、ガラシアは部屋を出ていく。
使用人の案内を受けながら大きな扉をくぐり、姿を消したことで、総司令は肩の荷が下りた。
一応彼らの側であるという事を装っているが、実際には彼もリージアの計画に賛同している。
ストレリチア指令の無茶ぶりも、彼の持つパイプの恩恵による物だ。
「……せめて、私にできる事は、最後まで」
そう呟いた総司令はメッセージを返し、部屋を出て行った。
――――――
部屋を出たガラシアは、使用人と共に通路を歩いて行く。
初めて会った時から、彼は総司令に目を付けていた。
そして、今回の挙動不審な態度で確信できた。
「……あの老人を洗え、元々胡散臭い奴だった」
「……黒でしたら?」
「決まっているだろう、その時は、アンドロイド諸共、地獄へ送ってやる」
真っ黒な笑みを浮かべたガラシアは、総司令の調査を命じた。




