少女達の計画 前編
時は戻り、現在。
リージアは、リリィだった頃の話を集まったみんなに聞かせていた。
モミザもマリーゴールドだった時代の事を話しつつ、リージアの記憶が曖昧な部分を補完した。
飲んだくれのように、大量の酒瓶に囲まれながら。
「……発狂してて、月から離れて、母艦に戻るまでの事は記憶にないけど、その後で一生分泣いたよ、お姉ちゃんと一緒に」
「ああ、俺も、何もできずに、いじけるだけだった」
事件の後、母艦に逃げ込んだ三人はそろって泣き崩れた。
結局生き残ったのはリージア達だけだったが、最高位の指令コードから解放された事はすぐにばれた。
その当時の事を思い出しながら、リージアは酒瓶を傾ける。
以前フォスキアに渡した政府高官に渡す予定だった物の残りを引っ張り出してきた。
「チ、胸糞悪い話じゃないかい、新時代を築いた英雄たちにこんな仕打ち」
「元々見損なってた政府だけど、今のでマジで嫌いになったわ」
「あはは、でもその後かな、人間が決定的に嫌いなったのは」
賛同してくれた双子に笑みを浮かべながら、リージアは自分が人間嫌いになった理由を話した。
あの仕打ちを受けた後、まだ地獄が待っている事を当時の彼女達は知らなかったのだ。
「あの後すぐ、軍の巡洋艦たちが演習の名義で私達の母艦を攻撃しだした、早さから考えて、あのゴミ共は母艦に逃げ込む事は予想してたんだと思う……今思えば、泣いてる暇があったら逃げておくんだった」
「けど、脱出ポッドの射出口に異常が出たせいで、姉貴は一人残って、俺達を逃がしてくれた」
もはや逃げるという選択肢すら当時の三人には浮かばず、軍の大規模演習による砲撃の餌食となった。
結果的に逃げ遅れ、アリサを犠牲に二人だけで生き延びた。
その後、二人は現在の基地へと身を隠すように配属されたのだ。
「ま、その後は色々とね……覚悟決める為に髪も切って、行方不明扱いだったフリージアとミモザの義体も見つけて、色々と改ざんさせてもらったの、後はこの世界にアイツらが足を延ばすまで、ずっと待ってた」
酒瓶を一本飲み干したリージアは、勢いよく瓶を机に叩きつけた。
長い事待ち続け、ようやくここまで来たのだ。
後は、彼女達を作ったマスター達の任務を果たすだけだ。
「マスターが私達に託した遺志、それを果たす日がようやく来た」
「マスターの遺志だと?」
「そ、彼女達は、私達が戦争に駆り出されるようになってから、E兵器の悪用を危惧してた、だから、その後始末」
「……そう言えば、研究の全部に火を点けたとか言ってたわね」
「そ、基地に行く前に、私達はマスター達の元に行ってその遺志を受け継いで来た、彼女達は可能な限り自分たちの研究を破壊して死んでいった」
リージアの目に映るのは、満足そうに自爆して行った二人の研究員。
これでも彼女達は、研究員たちにとっての娘。
彼女達が自立していく姿を見られただけでも、十分だったのだろう。
虚無の目を浮かべるリージアを前に、ホスタは手を上げる。
「あの、一つ宜しいですか?」
「ん?何?」
「何故その研究員たちはE兵器を作り出せたのですか?当時はエーテルの存在なんて誰も知らなかった筈です」
質問をするホスタは、脳裏にリージアが言っていたセリフを思い浮かべた。
エーテルはどこにでも有る。
その事さえ、リージアを作ったマスターと言うのは研究し尽くしていた事に成る。
「……私達を作ったマスターは二人、片方はアンドロイド工学の権威『五十嵐』こっちは皆知ってるよね?」
「ああ、我々の義体のベースを作ったアンドロイド技師だな」
「それでもう一人、魔法関連の専門家『ニア』彼女がガーデンコードを制作したの」
「ニア……どこかで聞いたわね」
リージアの言う二人のマスターの内、一人は教科書にも乗っているのでフォスキア以外全員把握している。
しかし、もう一人の方はフォスキア以外首を傾げた。
ニアと言う研究員は、誰も聞いた事が無い。
「ま、皆首傾げるのも無理はないよね、私もフォスキアから話を聞くまでは半信半疑だったんだけどね、彼女の話を聞いて確信できたよ」
「え?私、何か言ったっけ?」
「話してくれたでしょ?転移魔法の実験に失敗した人が居たって」
「え」
隊員皆からの視線を集めながら、フォスキアはリージアに話した内容を思い出す。
五十年程前に、この世界で転移魔法の研究を行っていた者が部屋ごと飛ばされてしまった。
そんな話をしたのは確かに覚えているが、その事に気付いたフォスキアは、点と点が繋がる気分になる。
「え!じゃ、じゃぁ、そいつが、転移したのって」
「そ、私達の世界」
「ええええ!?」
「確証になったのは、ガーデンコードに使われてるプログラム言語が、この世界の魔法陣に使われてる文字だったの」
「……」
リージアの話を聞き、フォスキアは開いた口が塞がらなかった。
まさか、事故による転移先がリージアの世界だとは思わないだろう。
フォスキアとの出逢いがなければ、話を聞く事も魔法陣を見る事もない。
この運命的なめぐり逢いがなければ、リージアも気付く事は無かった。
「そうか、だからお前達にはE兵器関連の知識が豊富だったのか」
「そ、自分たちの事は自分たちでメンテとかしたりして、武器を作る手伝いとかしてたから、ま、私なんかより優秀な姉は居たんだけど、彼女は、うん……」
「そうか……」
特殊な技術だっただけに、マスター達は他の技術者達に知識が行かないようにしていた。
助手を務めさせるためのモデルを作りつつ、姉妹達だけでも自分の面倒をみられるような設計が施されている。
大型艦は造船企業でも建造できる物だけを作らせ、重要な部分は姉妹総出で制作した物だ。
「それで?ガーデンコードとは何なんだ?何故お前達が魔力なんて物を扱える?」
「そだね、簡潔に言うんなら、元々エーテル制御に用いる為の物、エーテル非対応の貴女達の義体でも、武器に使って制御する程度ならできるよ、ま、調査チームの奴はともかく、私のはユニットごと入れ替える必要有るけど」
ゼフィランサス達のような通常の義体は、電力のみに対応しており、エーテルは非対応。
ガーデンコードが有っても、義体が受け付けなければ意味がない。
なので、元々エーテルが充填されている調査チーム製の物はともかく、リージアが作った物はユニットごと切り替える必要がある。
ヘリコニアのように片腕だけを切り替えれば、非対応の義体でも扱う事が出来る
「そうか……となると、お前が作った物は直接供給させるから、武器の小型化なんかが可能になるな」
「そ、出力も自分の意思でコントロールできるけど、代わりに消耗したら戦えなくなる、でも調査チームの作った奴はカートリッジ交換で消耗も少なく戦えるよ、機構なんかは複雑になるけど」
「……で、応用すればお姉さんみたいな事もできる」
「まぁね」
アリサの斬撃を実際に受けていたフォスキアは、今の話をある程度理解した。
改めて彼女の刀を調べたら、特になんの加工もされていないただの刀だった。
強いて言うのであれば、通常の刀に使われている玉鋼ではなく、ハルバードなどに用いられている特殊な金属。
それを用いて、アリサは純粋な魔力を自分の思考だけで打ち出していた。
様々な戦いを経験したフォスキアも、そんな事をする者は合った事がない。
「正直、あれを見た時は驚いたわよ、魔法陣が無いからどんな攻撃が出るか予想できないし、咄嗟な応用でもできるし……私も試してみようかしら」
「あはは、ま、あれだけの事に成ると、もう一つ必要になるけど」
「もう一つ?……貴女の思考が読めるようになったのに関係有るの?今は無理だけど」
「まぁね、サイコ・デバイスって言って、あくまでもガーデンコードの戦闘使用を補佐する物なんだけど、副作用で思考が漏れてるっぽいね……私もフォスキアに言われて初めて気づいた」
そもそも、リージア達は戦闘を想定して作られていなかった。
なので、ガーデンコードも複雑なエーテル制御には向いていない。
それを補うために、サイコ・デバイスと言う装置を頭部に設置している。
フォスキアのように思考を読んで来る相手が居なかったので、副作用で本来は無い思考が漏れてしまっているのには気付かなかった。
「(そうなると、やっぱり彼女は正気がった可能性も)」
「けど、アリサの義体を調べてみたんだが、彼女からはガーデンコードは見当たらなかったよ」
「え」
「その、サイコ、デバイス?ぽいのは有ったんだけどね、これで生きて戦えるとは思えないんだが」
「そっか……そうなると、サイコ・デバイスに彼女の思考が流れ込んでいた?でも、それだけであんな複雑なエーテル操作」
「もしくは、撃破時に消えるようにプログラムされていたか(この現象、あの艦でも見られたね、まるで本のページの一部をごっそり千切り取ったように無くなっている)」
二人の会話に顔を青ざめるフォスキアを他所に、レーニアは思考を巡らせた。
艦のOSも、アリサと似たような現象が起きている。
もしかしたら、隠蔽などの為に撃破時に消失されるようにプログラムされている可能性もある。
今そんな事をする必要性を感じないが、可能性としては有りえた。
「……さて、他に質問ある人居る?」
「では、貴女達がそのお二方から受けた遺志、それを詳しく聞かせてください」
「……わかった」
再び酒瓶を傾けたリージアは、味わう事無く半分程飲み干す。
明らかに高そうな瓶に入っているが、リージアから見ればただのアルコールでしかない。
今はアルコールを分解する酵素を定期的に出し、程よい具合をキープしている。
「マスター達が遺したのは、一つの任務、発動条件はE兵器の悪用が判明した時」
概要を説明しつつ、リージアはコンソールに手を置いた。
その中から改めていろんなデータを閲覧し、自分のまとめた資料に不備が無いか確認する。
後から勘違いだった何て事になったら、リージアはとんだ大恥をかく事に成る。
とは言え、悪用している事に変わりは無い。
十分任務遂行を行えるような証拠は、ここに来る前でも十分そろっている。
「それが解ったら、私達がやる事は二つ、E兵器に関するデータを廃棄、そして、全てのE兵器を破壊する」
珍しくシリアスな表情を浮かべるリージアは、決意表明をしながら拳を握り締める。
この発言から、リージアの一番の目的はE兵器の破壊が目的と言うのが見て取れた。
興奮した感情を抑え込む為に、リージアは大きめに深呼吸をする。
「……もう二度と、世界を滅ぼしたくないからね、今はあちらこちらで暴れてるE兵器を破壊して、この世界の平和を戻す」
「そうか」
「てか、今世界滅ぼすとか言ってたけど、アンタ等の世界どうなってんの?」
「あ~、フォスキア知らないもんね、今私達の世界がどうなってるか」
「強いて言うんなら、空に住んでる人と地上に住んでる人が、イザコザしてるって所なら知ってるわよ」
フォスキアが知っているのは、ヘリコニア達から聞かされた物だけ。
リージア達の住まう世界が今どの様な事に成っているのか、詳細までは知らない。
「この際だし、おさらいしておこっか」
「ああ、だが、簡潔に頼む」
「はいは~い……尺も少ないしね」
「おい、変な事言うな」
モミザのツッコミは無視しておき、リージアは何処から説明するべきか考えをまとめる。
何しろ、今に至るまでに五十年分の話なのだ。
簡潔に話すというのは、少々骨が折れてしまう。
「発端が何時だったのかは定かじゃないけど、私達の世界は合計で五回の世界大戦が起きたの、一回目と二回目を終えてから、しばらくは無かったけど、当時のイザコザの再燃とか、宗教的な問題が原因だったりして、三回目、四回目の大戦が起きたの、大体二百年半くらいでね」
「二百年……人間で言えば大体四世代ぶんだから……結構間隔短いかしら?」
「まぁね、私達が作られたのは、五回目の時(そう言えばこの世界の人間の平均寿命って、五、六十年くらいだったか、寿命が長いのも考え物だな)」
その大戦の中で、戦争の形は何度も変わった。
塹壕に籠る戦い方から、ドローンや衛星、ミサイルに頼る電子戦に切り替わり、四度目の大戦での人的被害により、アンドロイド兵の必要性が出て来た。
「四回目で人間の兵士の多くが死んじゃったからね、次はアンドロイドにやらせようって事で、いろんな人間達が開発を行ってたの」
「それで、貴女達が開発された」
「そ、元々は戦闘用として作られた訳じゃないけど、この世界の技術が入れられて、完成度に磨きがかかったせいで、政府のゴミ共に目を付けられちゃって、徴兵されたの、これ以上戦争を起こさない様にって起きた、最後の大戦に」
リージア達が徴兵されたのは、五回目の大戦の時。
有用性が認められた事で、彼女達以外にもガーデンコード搭載機が戦場を奔走するようになった。
そして、人間での扱いが困難な兵器を持たされた。
現在の飛行ユニットや、アーマードパックがその一例だ。
「いや、戦争起こさないように戦争起こすって、何考えてんのよ」
「アイツらの頭に平和の二文字は無いの、取り返しのつかない事してからようやく、平和に行くぞ、ってぶん殴り掛かるの」
「何その矛盾」
「じゃなきゃ五回も大戦なんて引き起こさないから」
「そ、そうね(今更だけど、この子思想強いわね)」
リージアの思想の強さに頭を抱えながらも、フォスキアは事の経緯を頭に叩きこんだ。
この世界は、基本的に人間同士の戦争は少ない。
魔物に関する問題の方が多いおかげで、その手の事を行う余裕がないのだ。
あまり放置しすぎると、最初の町のような事態が起こる事もあり得る。
「そんで、私達の世界は度重なる戦争が原因ですっかり荒れ果てちゃって……最後の大戦の頃には人類の過半数が宇宙に上がって、残っているのは現在ゲリラと呼ばれている反対派の国達」
目を閉じたリージアは、大戦時に行われた攻撃を思い出す。
もはや地上にはほとんど未練はないと言わんばかりに、彼らは惜しげもなく爆撃を行った。
現在のように地上からの補給は考慮していたらしいが、かなりの遠慮のない攻撃だった。
「確かに、何度か降下したけど、酷い物だったわよね」
「ホント、緑も再生できるのか解らない位砂漠化してる所もあるし」
「でも、私達姉妹のせいでもあるよ、当時のE兵器でも、威力は植物を根っこから殺しちゃう位だったから」
『……』
リージアのセリフに、空気が凍り付いた。
英雄ともてはやされた彼女達でも、戦場を駆ければ環境への影響が出る。
そう言った自然環境の崩壊も後押しし、人類の宇宙進出が活発になった。
「そもそもあいつ等の目的は、人類の住まいを宇宙に変える事……母星を捨てて、宇宙に作ったコロニーに住まう、その悲願は達成できたけど、思い通りに行くことは難しかったのよ」
「確か、専門家の見立てでは後数十年足らずでコロニーでの生活が不可能になる、そんな都市伝説じみたデマが流れる事が有りましたね」
「そ、コロニーの維持には十分な量の酸素や光、そしてそこに住む人達の口を賄う必要がある、無計画な物資の使用や出産などは、コロニーの維持に影響が出る、だからコロニー住まいはもう長くは続かない、何て理論だね」
ホスタの記憶の通り、昨今ではコロニーでの生活が不可能になる、という噂が流れていた。
だからこそ、出生や使用できる資源を厳しく管理されている。
その噂を後押しするのは、その管理の厳重さがより厳しくなったという事だ。
「そんで、あの生ゴミ共の目的は、突き詰めればそこにあるの」
「……目的だと?」
家畜程度の認識から、とうとう生ゴミまで堕ちた事はこの際置いておいた。
もう彼女の政府への憎しみは、留まる事を知らないのだろう。
黙認されながら話を進めたリージアは、フォスキアの方へと視線を向ける。
「先ず、フォスキア、ダンジョンの事についておさらいしたいんだけど」
「え、ええ」
「魔法陣を用いて、施設や空間何かを自分の好きなように作り替えた空間の事、で合ってるよね?」
「そうよ、気温や湿度・魔力濃度、そう言った部分から、空間自体の広さ・生態系まで思い通りにできるけど、規模に合わせて使用する魔力量は増えるし、魔法陣も比例して複雑な物になる、わ……」
リージアにダンジョンの概要を解いていると、フォスキアは改めてコロニー関連の話を思い出す。
全て理解できた訳ではないが、空の上に作った人間の住まいが徐々に劣化しつつあるというのは分かった。
そんな話の後で、ダンジョンの概要の復習。
ふと頭に思い浮かんだことに、フォスキアは表情を崩す。
「ねぇ、その空の上の住まいって、何人くらいの規模なの?」
「あ~、物によるけど、大体数千万人規模かな」
「……ま、まさかと思うけど、その住まいの劣化の解決方に、ダンジョンの技術使おう、何て考えてないわよね?」
「考えてるよ、アイツ等の目的は、コロニーをダンジョン化させる事だったから」
「……」
数秒硬直したフォスキアは、帰って来た答えに絶叫した。




