偽りの英雄 後編
アリサの駆る宇宙艇に振り回される事三十分。
彼女達は議事堂近くの飛行場からの誘導をうけ、指定の場所へと移動して行く。
「え~っと、この辺り、だね?」
「う~ん」
「あ、ああ……」
余裕な表情で着陸しようとするアリサだが、リリィ達はすっかりダウンしていた。
アンドロイドなので吐く物は無くとも、バランスを司る部分に異常が出ている。
ガーデンコードのおかげで、こう言った乗り物の耐性にも個体差が有る。
アリサは特に強い方だが、他の姉妹達は並レベルだ。
「……」
妹達の様子を見ながらも、アリサは周囲を見渡す。
最近発足された統合政府軍の本部となる予定、と言われている場所だが、呼ばれた議事堂からはかなり距離がある。
別の乗り物に乗り換えても、数時間はかかる。
「(わざわざこんな所に呼ぶ理由もない、議事堂なら議員たちが降り立つための場所に下ろせばいい、それに、カルミア達とも連絡が取れない)」
徐々に疑念が確信へと変わっていき、アリサは警戒を強めた。
そもそも、彼女達は政府達から好かれている訳でもない。
功績は目覚ましい物ではあっても、彼らからはよく思われていない筈だ。
存在そのものが極秘であるのだから、無理して勲章を渡す必要もない。
「(ちょっと、手は打っておくか)」
自分にちょっとした細工をしておき、アリサは誘導された場所へと着陸。
周囲の安全を確認しつつ、アリサはぐったりしている妹達を起こしていく。
「ほ~ら、着いたよぉ、起きて起きて~」
「誰のせいだと」
しばらくゆったり遊覧していたおかげか、リリィ達の顔色は大分和らいでいる。
とは言え、まだ酔いが残っている者もいる。
月の軽い重力の中をゆったり進んでいき、皆は宇宙艇から降りていく。
「……随分静かッスね」
「そう言う事言うな、大体へんな事起こる」
「確かに」
飛行艇を降りた彼女達の前に広がるのは、月面の虚空のみ。
いくらか建造中の建物らしき物も見えるが、それ以外は何も無い。
軍幹部や出迎えなどと言った存在はいないという妙な状況のおかげで、姉妹全員警戒態勢に入る。
「……上!」
アリサの叫びと共に、リリィ達は急いで飛び上がった。
その瞬間、乗って来た宇宙艇は上空からの砲撃で大破。
降り注いできた赤いビームは数秒の照射で終了し、リリィ達は上空を見上げる。
「この砲撃、まさか、イベリス?」
「他にも居るぞ」
「囲まれています」
炎上する宇宙艇から離れた姉妹達は、背を向け合いながら着地した。
彼女達に合わせるかのように、煙を吹くランチャーを持ったアンドロイドが降り立つ。
そして、アリサ達を覆うように五体のアンドロイド達も降下してくる。
しかも取り囲んだのは、全員先に議事堂へ向かっていた姉妹だ。
今にも襲い掛かって来そうな雰囲気だが、何かに押さえつけられているかのように動きを止めている。
「……おい、どういうつもりだ!?」
「……ッ、すぐに逃げろ!あが……はやく」
ロータスの問いかけに対し、カルミアが苦しみながら答えた。
本来青い色の筈の彼女達の目は、何らかの異常が出ている事を示す赤に変色している。
明らかに彼女達の身に何か起きており、望まぬ戦いを強いられているように見える。
「何が有ったの!?こんな事して!」
「議会の連中、だ……はぁ、アイツらに、何か、仕込まれた……」
「そんな」
『その通り』
「ッ」
珍しく声を上げたアリサと、他の姉妹達に通信が入って来る。
特徴的な太いその声は、現在の統合政府の代表となった男の声だ。
「貴方は……どういうつもり!?この子達に何をしたの!?」
彼の正体に気付くなり、アリサは刀で虚空を斬りながら訊ねた。
今この場に犯人が居れば、迷いなく襲い掛かっていただろう。
ロータスや他の姉妹も同じ気持ちだが、アリサは特に殺意が強い。
『ククク、何をした、か……ま、そんな事はどうだっていい、早速君達には勲章の授与式を初めてもらいたい』
「授与式?随分豪勢ね」
『ああ、何しろ、初のアンドロイドの授与式だ、何時も通りではつまらんから、趣向を変えてみた、良いかい?よく聞きたまえ』
沸き上がる怒りと殺意を抑えながら、アリサ達は武器を構えた。
何時襲ってくるかもわからない姉妹達に備えつつ、ムカつく声に耳を傾ける。
『いずれかの姉妹の首、それが君達に捧げる名誉勲章だ!』
最悪なセリフと共にリリィ達に最上位の指令コードが通達され、悪趣味なデスゲームが開催された。
指令内容は、暴走したアンドロイドの撃破。
通信機から聞こえる大勢の笑い声を背景に、リリィ達は家族と殺しいを演じる。
相手も意識がはっきりしており、表情が苦く涙を零している。
「そんな事!できる訳ないっス!」
「ガーベラ!構えろ!」
「ッ」
ロータスの注意喚起に反応するも、もう手遅れだった。
既に姉妹の一人であるスノウドロップが大剣を振りかざし、襲い掛かっていた。
嫌がってもプログラムに引っ張られ、サーベルを繰り出す。
「ガ!」
「ッ、ガーベラ」
「ス、ノウ」
「ごめん、な、さい」
ガーベラの腹部は大剣で貫かれ、スノウドロップの頭部はサーベルで貫かれた。
完全な相打ちで、二人は機能を停止。
この光景が中継でもされているのか、無線越しに歓声が上がる。
『さぁ!早い物勝ちだ、好きなだけ勲章を付けたまえ!はははは!!』
「悪趣味が!」
「おい、どうにかできないのかよ!?」
「……」
ロータスはナイフでカルミアの駆る槍を押さえつけながら、何とか話し合いができる状態へ持っていく。
情報戦に特化したカルミアと刃を交えるロータスは、どうにか対処できないか訊ねた。
できる物ならばとっくにやっていると言いたげな顔をしながら、カルミアは答える。
「最上位の指令を出された、その上、変なウイルスのせいで身体機能を制御できない」
「お得意のハッキングで、何とかならないのか!?」
「さっきから何度もやってる、けど、義体へのアクセス権限が剥奪されてる、自己ハッキングもできない」
「クソ!」
カルミアのセリフを聞いたロータスは、ダメ元で彼女の事を押し倒す。
顔を鷲掴みにし、慣れないハッキングを開始。
何とかして元に戻そうと、治療を試みる。
「……ッ、クソ!!」
しかし、アクセスコードが改変されており、門前払いをくらってしまう。
それどころか、治すという行為は指令内容に反するという事で不正行動扱いになっている。
自己治療はもちろん、外部からの治療も不可能。
これでは治しようがない。
弾かれた事で生まれた隙を突き、カルミアは持っている槍を繰り出す。
しかし、その寸前でカルミアへ別の個体が激突する。
「ガハ!」
「アグ!」
「モモ!?」
「ローちゃん!大丈夫!?」
激突したのは、アリサに投げ飛ばされたモモ。
カルミアと衝突し、そのまま吹き飛んでいく。
そのついでに、アリサはロータスの前に立つ。
「おいアリサ!お前なら何とかできるんじゃないのか!!?」
「もうやってみた!結果はローちゃんと同じ!!」
「お前でもダメか、どうしたら」
「……」
アリサは悩むロータスの言葉を耳にし、立ち上がる愛妹達を視界に収める。
治療は不可能、逃げようにも指令コードが邪魔でこの場を離れられない。
周りでも死闘が繰り広げられており、考えている猶予はない。
「(こうなったら)」
悩んだ末に、アリサは予め用意していた仕掛けを発動した。
指令コードを実行する為のプログラムを破壊するウイルスを自ら発症させ、最上位の指令コードを無効化させた。
「ローちゃん、貴女にも」
「え?」
ロータスや他の姉妹達に通信を繋げたアリサは、彼女達にもウイルスを感染させた。
これによってロータスも指令コードから解放されたが、問題はまだある。
通信の繋がらないカルミア達には、直接ウイルスを感染させる必要がある。
仮にカルミア達へこのウイルスを感染させても戻る保証はないが、これが最後の手段だ。
「な、何をした?」
「ローちゃん、もう一度あの子達にアクセスして、そうすればウイルスが勝手に感染してくれる」
「……分かった」
向かってくるカルミアとモモを前に、二人は武器を構えた。
その上で、アリサはウイルスへの耐性の低いモモを狙う。
情報戦に特化したカルミアに比べて、モモは近接戦に特化した機体。
感染に時間のかかりそうなカルミアよりも、標準的な耐性を持つ彼女の方が良いだろう。
「モモちゃん!おいたは」
「ウヲオオ!」
「いけません!」
モモの二刀流による剣撃をさばいたアリサは、そのまま体術へ移行。
寝技によって彼女を抑え込み、無理矢理アクセスする。
「よし、このまま指令コードさえ焼き切れば」
「う、アガ……ッ!にげ」
「え?」
「逃げろ!姉御!」
「ウヲラアア!!」
「ッ、ローちゃ」
腹部が赤くなったモモを見たロータスは、アリサの事を蹴り飛ばした。
二人との距離が離れた途端、モモは大爆発を引き起こす。
「ッ!!」
「ガハ!」
爆発でエーテルが周囲に散布された事によって、爆風と同じ衝撃がロータスへと襲い掛かる。
その熱でロータスの義体は半壊したが、代わりにアリサは無傷で済んだ。
気休め程度にクッションとなったアリサは、焼け焦げているロータスの事を抱き上げる。
『不正は許さん、折角の式典なのだからな』
「黙ってろハゲネズミ!ローちゃん!しっかり!」
「ガハ……へ、へへ、アリサよぉ、注意力が大事だって、お前が言ってた事だろ?」
「二人共!!」
「ケ」
「あ」
スラスターを吹かしながら槍を向けて来るカルミアは、命中する前に二人へ危機を知らせた。
彼女の言葉に反応したロータスは、アリサを突き放した。
その結果ロータスは串刺し、カルミアの喉にナイフが突き刺さる。
「ローちゃん!カルミアちゃん!」
「……俺は、良い、せめて、リリィと、マリーだけでも」
「そんな……」
カルミアに串刺しにされたロータスは、最後の力を振り絞って彼女へ抱き着く事で抑え込む。
治療の方法は完全に失われ、もはや殺す以外に方法がない。
手段を失い、アリサは地面を殴る。
「クソ、クソ!」
「離れろ、せめて、機密だけは、守り抜く」
「ッ……ゴメン、ごめんね!」
涙をぬぐったアリサは、リリィ達の元へと駆け付ける。
十分な距離をとった事を確認し、ロータスはカルミアの事を抱きしめる。
「……最期がアンタと一緒とか、最悪」
「へ、そいつは悪かったな」
互いに悪態をつきながら、二人は自爆。
ロータスは自らの意思によって、カルミアはウイルスの感染によって。
二人共エーテルリアクターが爆発し、残骸一つ残らずに燃え尽きた。
――――――
その頃。
リリィは戦意を失ったマリーを庇いながら、二人の姉たちと戦っていた。
「ッ!マリー!ぼさっとしてないで、少しは戦ったら!?」
「あ、ああ」
アリサからのウイルス感染によって指令コードから解放されたのは良いが、代わりにマリーは戦意を喪失。
愛用の薙刀も手放し、座り込んでしまっている。
そんな彼女を守りながら、リリィはヘリアンサスとアセビを抑え込む。
「チ!」
マリーは使い物にならないと判断し、リリィは薙刀も手にする。
治療が不可能という事も、既に姉が五人も死んだことは二人も承知。
ならばここで楽にするしかないと判断し、リリィは二人の撃破を行おうとする。
そんなリリィの姿は、マリーには異常にしか見えなかった。
「何で、何でそんな事ができるんだ?姉貴たちなんだぞ?俺達の家族なんだぞ!」
「うるさい!家族だからこそ、こんなふざけた事、終わらせないと!」
ハルバードと薙刀を同時に駆りつつ、生まれた隙は蹴りで補う。
そんな戦い方を行いつつ、リリィはマリーの事を守る。
姉を殺すという罪悪感と共に、リリィに襲い掛かるのは人間への憎悪。
「クソ、クソ!クソ!何で、何で私達がこんな目に……畜生!何が名誉勲章だ!!」
どんなに強がっても、リリィの目から涙は零れ落ちる。
二人の姉たちは先ほどから一切話しかけておらず、苦しい表情も何とか抑え込んでいる。
だが、ありがたかった、今何か話されたらマリーと同様に戦意を失ってしまっていた。
『どうやら、一つ勘違いをしているようだな』
「喋りかけるな!豚野郎!」
『お前達は人間ではない、ただの殺人マシーンだ、そもそも人間と対等の扱いをされる訳がない、だというのに名誉勲章だと?笑わせる』
「チ」
込み上げた怒りを表すように、リリィは舌打ちをした。
そもそも、リリィ達姉妹は戦う為のアンドロイドではない。
勝手に政府の連中が取り上げ、無理矢理戦闘用に改造されたに過ぎない。
『誰がナイフに勲章を授ける?誰が銃にメダルを授ける?いや、お前達は鉛弾だ、使ったらそれで終わりだと言うのに、迷惑ばかりかける厄介物、それがお前達だ』
「……うるさい、やりたい事が沢山有ったのに、皆で旅行したかったのに!皆と一緒に、ただ平和に暮らせれば、それでよかったのに!!」
『思い上がるな、所詮道具は道具、役目を終えれば捨てられるのが世の定め、特に我々が要らないと言えば、お前達に待っている道はゴミ箱だけだ、そんな平穏が有る訳ないだろ、所詮貴様らは他のアンドロイドの戦意向上の為に作られた存在、虚無の中に眠れ、偽りの英雄共』
「ッ、ウワアアア!!」
泣き叫ぶかのように、リリィは武器を振るう。
今すぐにでも崩れ落ちたいが、湧き出て来る憎悪がそれを許さない。
ここで生きなければ、何も成す事ができない。
だが、その為には姉を殺す必要がある。
「クソが!!」
「ッ!!」
怒りに任せた一撃によって、リリィはヘリアンサスを破壊した。
同時に、通信機から歓声のような物が聞こえて来る。
老若男女、数十人が賭博でもしているのだろう。
こんな悲しい事を、人間達は楽しんでいる。
その事に、憎しみ以外の黒い感情が全部沸き上がって来る。
「ヌ、ンアアアア!!」
その怒りに任せ、リリィは薙刀でアセビへとカウンターを入れた。
もう、哀しみ何て湧いてこない。
人間で言えばアドレナリンなどの作用で、罪悪感や抵抗が失われているような状態。
完全な錯乱状態となり、姉妹を殺す事に何の躊躇も無かった。
「クッソオオオ!」
「ダメ!」
「ッ!」
「リリィ!!」
機能を停止したアセビに対して追い打ちを仕掛けようとした所で、クラベルがその行為を阻止した。
彼女のタックルで死体撃ちは免れ、リリィは月面に叩きつけられる。
「少し、冷静になりなさい」
「リリィ、しっかりしろ!リリィ!」
「はぁ、はぁ、はぁ……あ、ああ」
マリーに介抱され、リリィは徐々に冷静さを取り戻していく。
感情に任せたとは言え、姉を二人殺した。
今まで多くの人間達を葬って来たが、今回は全く感覚が異なる。
激情で失われていた罪悪感と哀しみがぶり返し、平静さが欠かれていく
「あ、ああ!あああああ!!」
「リリィ!」
「何したの!?私、今何をしたの!?嫌だ、嫌だああ!!」
「リーちゃん!しっかり、しっかりして!」
途中でアリサも駆け付け、マリーは二人でリリィの事を介抱する。
しかし、ショックがあまりに大きいのか、発狂が止まらない。
アセビに追い打ちをしかけていたら、これ以上の症状が出ていた可能性が有る。
「……」
「お、姉、さま」
「イベリス」
「はやく、トドメ、を」
戦っていたイベリスとクラベルは、互いに満身創痍に近い状態。
二人共これ以上戦える状態である事は、目に見えている。
「……アリサお姉さま」
「クラベル?」
「証拠の処理は、わたくしめに、お任せください、どうか、皆様、お元気で」
「そんな、どうする気?」
「残骸諸共、わたくしが焼き尽くします故、避難を」
「……」
「待てよ、そんな事」
「行くよ、マーちゃん」
「お、おい!」
もうそうするしかないと判断したアリサは、やるせない気持ちになりながらリリィ達を担ぐ。
今の装備ではかなり時間がかかるが、母艦へ戻る事は出来る。
この場をクラベルに任せ、アリサは戦線を離脱する。
「クソ!皆、皆が!」
「……」
まだ諦めきれないマリーの事を抑え込みながら、アリサは移動を続ける。
しばらくスラスターを吹かしていると、大爆発が起こる。
規模から考えて、残っていたエーテルリアクター全てに火を点けたのだろう。
月の形が変わりかねない威力を背中に受けながら、アリサは二人を連れて逃げだす。
止まる事の無い、大粒の涙を流しながら。




