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偽りの英雄 前編

 

 アリサとの死闘が繰り広げられ、二日が経過した。

 外で待機していた面々は、戦いの後基地の大型艦船用ドッグから入港した。

 基地の重要な部分は彼女達が戦っていた場所から更に地下だったので、今回の事件の発端の調査を開始した。

 レーニアとブライトの手で基地のシステムを掌握し、早急に色々と分かったのはいいのだが、隊内の空気はどんよりしたまま。

 その上戦いが終わってからと言う物、雨が止む気配がない。

 おかげで、皆の気分は沈む一方だ。


「……地下に居ても、二日間も雨に打たれると気分が滅入るわね」

「雨は良いけど、どうにもスッキリしないよね、軍曹も塞ぎ込んだままだし」


 休憩がてら、サイサリスとサルビアは現状にため息をついてしまう。

 四苦八苦しながらも、仲間の仇討ちは果たされた。

 そこまでは良いのだが、件の仇はリージアの姉。

 何とか倒せたが、代わりにリージアはこの二日部屋にこもりっきりだ。


「私も早急に話を聞きたいが、しばらくはそっとしておいた方が良いだろう」

「隊長」

「ッ」


 話に入って来たゼフィランサスに反応し、ベンチに腰かけていた二人は急いで敬礼をした。

 彼女もリージアが泣き崩れる姿を見ていた一人と言うだけに、今の彼女には気を使ってしまう。

 ここに着いたら色々と聞くつもりだったが、今はそんな状況ではない。


「そ、それで、軍曹は、その、まだ塞ぎ込んでいるんですか?」

「少なくとも、私が見た限りではな」

「そうですか」


 敬礼を解いたサイサリスは、リージアの様子を訊ねた。

 ゼフィランサスも今朝がた確認に行ったが、艦のリージアの部屋はロックがかかっており、それ以上はリージアに苦であると考えて諦めてしまった。


「さて、通信回線を復旧させるまでは、我々もコンディションを整えておけ、今のままどんよりされていては士気が下がる」

「は」

「は」


 お互いに敬礼しあうと、それぞれの持ち場へ戻って行った。


 ――――――


 その頃。

 大型艦の医務室にて、フォスキアはヴァーベナの診察を受けていた。

 仮にも、基地には反応弾が撃ち込まれている。

 放射能を中和させる処置はされているとはいえ、生身のフォスキアの身体が心配だった。

 薬や消毒剤の臭いが漂う中で、カルテをしたためるタイプ音が響く。


「今回もこれと言って健康状態に異常は有りません、後は……お酒さえ控えていただければ、健康体その物です」

「そう……」


 浮かない顔をするフォスキアは、ヴァーベナの目の前でスキットルを傾けた。

 診察のストレスはともかく、やはりリージアの事が気がかりで仕方ない。

 特に、アリサが倒れた時に口にした言葉も気になる。

 おかげでボーっとした状態が続いているが、今のフォスキアの姿にヴァーベナは珍しく口元をピクつかせた。


「あの、エルフィリアさん?お酒は控えてくださいと言ったばかりなんですが」

「え、ああ、ごめんなさい、何かもう気づいたら飲んじゃうのよ」

「……それ、医者としては見過ごせませんよ」


 フォスキアの酒豪ぶりには、前からヴァーベナは目を付けていた。

 身体の半分が悪魔のおかげで、肝臓は基準値より少し悪い程度だが、こうもグビグビ飲まれては気になって仕方がない。

 今のリージアに、自分の感じた事をどう伝えるのかと考えるとつい酒に手が伸びてしまう。

 心配してくれるのはありがたいが、それよりリージアの事をどうにかしてほしい。


「医者ならあの子の事、どうにかできないの?」

「……え、えっと、一応、精神科としての働きもできますが……とうの本人が、その、面会も謝絶している状態で……」


 アンドロイドや兵士のカウンセリングも担当する事もあるヴァーベナだが、面と向かって話さなければ意味がない。

 今のリージアはモミザすら部屋に入れず、一人で引きこもってしまっている。

 現状の事を話したヴァーベナは、何時もよりしょげた顔を浮かべてしまう。


「そうよね、無理言ってごめんなさい……」

「い、いえ……あ、し、診察は、これで終わりです、お大事に」

「え、ええ、ありがとう(……モミザも傷心気味だけど、やっぱりあの子は断然傷ついているわよね、それに、ヘリコニアまで)」


 診察室から出たフォスキアは、もう一度リージアの部屋に足を運びだした。

 ついでに、モミザやヘリコニアの事を思い出す。

 モミザも最初こそ落ち込んでいたが、今はリージアを励ますのに色々と手を打っている。

 彼女は良いのだが、ヘリコニアは正直壊れかかっていた。

 何しろ、廃材で作った人形に五寸釘を打ち付けていたのだ。

 それも目を全開にして真顔の状態だったので、近寄りたくなかった。

 リージアが憎しみに駆られない事を願っていた彼女にとって、憎悪を更に深くしてしまうこの結果は面白くないどころではないだろう。


「(せっかく憎悪に溶けない様になってたのに、お姉さんの事を殺しちゃったんだから、余計に人間を嫌悪していてもおかしくないわよね……でも)」


 確かに、アリサは人間達のエゴでリージアと戦う羽目になった。

 だが、完全に暴走していたのかと聞かれると素直に首を縦に振れない。

 半身を吹き飛ばされた時に、全く読み取れなかったアリサの思考を僅かに感じ取れた。

 リージアの事を本気で心配し、助けようとしていた。

 下手をすれば、彼女もリージアと同じ想いで戦っていた可能性だってある。


「(お姉さんも彼女と同じ気持ちだったかもしれない何て、言える訳ない物ね)たしか、リージアの部屋は……」


 無駄に広い艦内をしばらく歩き、記憶を頼りにリージアの部屋へたどり着いた。

 最近頭が妙にクリアになり、この広い艦内を自由に歩けるくらい記憶力が良くなっている。

 飲酒の量が減ったおかげかもしれないが、そんな事を考えるよりも扉に手がかかる。


「ん?」


 軽い手応えに、フォスキアは首を傾げた。

 今朝までは固く閉ざされていた扉は、軽々と開いたのだ。


「ッ、リージア!?」


 遂に心を開いたのかと部屋に入ったが、既にもぬけの空だった。

 床には先日使っていた装備が散乱しており、机には砂浜で拾ったと思われる貝殻が置かれている。

 しかし、リージアの姿だけが無い。


「何処に」

「エルフィリア!」

「モミザ、リージアを知らない!?」

「い、居ないのか!?」


 駆けつけて来たモミザも、リージアが居ない事を知らなかったらしい。

 しかも、ここに来るまでにすれ違ってすらいないようだ。

 彼女が行方不明という状況に、二人はアイコンタクトを取りながら基地の方へと足を向ける。


「アンタの通信機?とかいうので分からないの?」

「さっきからやっている、だが、あの野郎無線切ってやがって通じないんだ」

「もう、どこ行ったのよ」

「艦の上には居なかった、となると、サーバールームかもな」


 今の彼女が向かうとすれば、基地のサーバールーム。

 これと言った確証が有る訳ではないが、何故か彼女がそこに向かったと確信していた。


 ――――――


 フォスキアとモミザの予感は当たっていた。

 二人がリージアの部屋に入る少し前、彼女はアリサの遺体を安置している場所に訪れていた。

 場所は基地のメインサーバーの部屋で、双子の要求で研究の為にここに安置していた。

 作業中のレーニア達双子の居る中、重たい足を引きずりながらアリサの棺桶へと歩み寄る。


「ッ、リージア!」

「うわ、顔色悪、大丈夫?」

「……ちょっとゴメン」


 数日間寝ていない人間よりもどんよりとした顔のリージアは、恐怖しか感じない笑みを浮かべながらアリサに手を置く。

 軽く黙祷じみた物を捧げると、リージアはポケットから貝殻を取りだす。


「……お姉ちゃん、これ、綺麗でしょ?この世界の海岸で採ったんだよ、やっぱり、見た事無い貝が多くってさ、この世界はさ、海もそうだったけど、砂も綺麗なの」


 そう言いながら、リージアは貝殻をアリサの眠るベッドに供えた。

 わざわざ艦の修復作業をサボってまで見つけた、この世界特産の綺麗な貝殻。

 自室でも並べて楽しんだりしていたが、中でも特に気に入っていた物を選んだ。

 それをいくつか置くと、更に真っ黒な笑みを浮かべだす。


「……もう二度と、こんなに綺麗な物を汚したりしたくない……レーニア、ちょっと良い?」

「あ、ああ(怖ぇぇ、切り取ってホラゲーの怪物の顔にできるよ)」

「ありがと」


 お礼を言いながら、リージアはレーニアの使っていた端末にアクセスする。

 二人の任務は司令官との通信を復旧させる事だったので、機密の類には触れていなかった。

 二人がまだ入っていない深部へ、リージアは躊躇なく入って行く。

 彼女の見る内容は、この基地から送信された報告書の類。

 他にも、エーテルを用いた研究結果や政府間との会話記録。

 反応弾の電磁パルスで傷んでいないか心配だったが、リージアの知りたい情報はどんどん見つかる。


「……」

「り、リージア?この記録は」

「エーテル技術の調査報告書、それに、お姉ちゃんや、ここで作られたE兵器の運用シミュレーション、ふ、ふふふ」


 深く調べれば調べる程、リージアの顔に闇がかかって行く。

 まるで全てを裏切られたかのように、絶望していく。


「以前、フォスキアが故郷を追われた話を聞いた時、人間なんか信じた彼女が愚かだと思った、でも……」


 唐突なカミングアウトに、レーニア達は冷や汗をかいた。

 そんな二人を横目に、調べたい事をある程度調べたリージアは顔を両手で覆い出す。

 すると、徐々に狂ったような笑いが込み上げだす。


「ふ、フヒ、フヒヒヒ……あ~、私もだ、少しでも期待してた私は、もっと大馬鹿だ、あんな生ごみ共を信じて、裏切られるにきまってるじゃん」

「……」

「(怖)」


 両手を放したリージアの顔は、正に狂っていた。

 笑っているのに、目は一切笑っていない。

 それどころか目には一筋の光も宿っておらず、周りの光さえ吸い込みかねない闇色。

 そんな目を見せつけられ、二人は恐怖に侵されてしまう。


「ねぇ、二人共」

「な、なんだい?」

「司令官に通じてる?もちろん、ストレリチア指令官」

「え、あ、ああ……指令とだけなら、何とかやり取りできるようには、と言っても、メッセージ位だが」

「よかった、難解な暗号で送るよ、他の連中には見られたくないからね」


 通話機能はメール機能より酷い損傷だったので、まだ手間取っていた。

 とは言え、今はメールに見つけた報告書の類を添付して送れればそれでよかった。

 その作業を数分で終わらせると、リージアは司令官へと送信した。

 大戦当時から使っている、専用の暗号を使って。


「……さて、そろそろ皆に話さないと、約束してたし」

「話?」

「そ、だから、皆をここに集めて」

「あ、ああ」


 光のこもっていない目で見られ、少し怖気づくレーニアは黙って首を縦に振った。

 急いでメンバー全員にここに集まるようにメールを送り、改めてリージアの方を向く。


「よ、呼んだが、何を話すんだい?」

「……それは勿論、大戦時に活躍した人たちだよ」

「そ、それって」

「そう、偽りの英雄たちの最期、私が、『リリィ』って呼ばれていた時の話だよ」


 光の一切無い顔を上に向けながら、リージアは皆の到着を待つ。

 当時の事を思い出しながら。


 ――――――


 時は遡り。

 大戦終結直後。

 人類の多くは宇宙のコロニーへと移住を終え、残されたのは反対する反政府勢力と鹵獲されたアンドロイド兵たち。

 当時のリージアことリリィは、アリサと一部の姉妹と共にメンテナンスを終えていた。


「ん、ん~……終わったんだね、やっと」

「終わったね、やっと」


 最後の作戦にて損傷した部分の修復が終わったリリィは、ベッドから上体を起こして身体を伸ばした。

 その横では、アリサが穏やかな笑みを浮かべながら相槌を打つ。

 他の皆とも喜びを分かち合おうと、リリィは周辺を見渡す。


「……あれ?カルミア達は?」

「あの子達なら、先に政府の人たちの所に行ったよ、今居るのはマリーとロータス位かな?」

「そっか……」


 英雄ともてはやされた彼女達は、この戦争を勝利に導いたとして勲章を授与される事に成っている。

 アンドロイド兵が勲章をもらえるのは異例の事だが、それだけ彼女達の功績は目覚ましかったらしい。

 姉妹の半分ほどが先に会場に行っているらしく、残りの者達はメンテナンスを終えたら追いかける事に成っている。


「お~い、治ったのか?」

「あ、マリー」

「大丈夫、ちゃんと治ったよ」

「本当に大丈夫か~?一番遅起きだったぞ、寝坊助」


 冷やかしに来たのは当時のモミザである『マリーゴールド』と、姉妹の一人であるロータス。

 かなりの激戦だったおかげで、皆それなりの損傷は受けてしまった。

 皆数時間程度のメンテで回復したが、起きたのが一番遅いのはリリィ。

 その事をいじられ、リリィは嫌そうな顔を浮かべる。


「一番怠けてるアンタに言われたくないよ」

「おうおう、怖い怖い」

「う!る!さ!い!」

「こら、大声出さないの」


 更に煽られた事で、遂にリリィはロータスへ掴みかかる。

 正に姉妹の痴話げんかに、アリサは微笑ましさを覚えながら止めにかかる。

 当然マリーも手伝いに入るも、二人の喧嘩は止まる事を知らない。

 ここはアンドロイド用のメンテナンスルームなので、あまり暴れられて機材を壊されても困る。


「だから……暴れないって言ってるでしょ!!」

「うげ!」

「あぎゃ!」

「あの~、本部からの指令伝えにk」


 堪忍袋の緒が切れたアリサは、リリィとロータスの頭を鷲掴みにして両者の額を衝突。

 そのまま投げ飛ばしたが、もう一人の姉妹が投げた方向から現れた。

 おかげで、彼女も巻き込まれてしまう。


「うぎゃ!」

「あ」

「ガーベラ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫じゃ、ないッス」


 マリーの言葉が放たれると共に、アリサが凄い勢いで彼女へ駆けつける。

 上にのってダウンする二人を押しのけ、目を回すガーベラの事を起こす。


「大丈夫!?ごめんなさい、ちょっと熱く成っちゃって」

「はは、アリサ姉は何時も元気ッスね」

「それよりも、早くしなければドヤされてしまいますよ」

「あ、クラベル、もうそんな時間だった?」


 アリサがガーベラの心配をしていると、残されたメンバーの最後の一人が姿を現した。

 最後の姉妹であるクラベルは、全員分の荷物を持って時間が迫っている事を伝えた。

 帰還してすぐに通達されたので、いい加減にしなければ勲章が剥奪されてしまう。


「ほら!二人共起きて!遅刻しちゃうよ!」

「いや、誰のせいだよ」

「ま、待ってよぉお姉ちゃん」


 アリサはクラベルの持って来た荷物をそれぞれに割り当て出発を促そうとするが、リリィとロータスは未だに額から煙を上げている。

 痛む額をさすりながら、二人は先に行ったアリサ達の事を追いかけだす。

 向かうのは、強襲揚陸艦ヴァルキリーの出撃ハッチ。


「はいは~い、みんな急いで乗り込んでね~」


 先に到着したアリサは、皆の点呼を取りながら宇宙艇へ搭乗させていく。

 何度も行った降下訓練と同じ要領で乗り込んでいき、最後に乗ったアリサは操縦席に着く。

 その事に、姉妹全員は顔を青ざめた。

 何時ものパイロット役が居ないので、誰が操縦するかと思ったらこれである。


「お、おい、まさか姉貴がか?」

「そうだよ~、カルミアちゃんも居ないし、さ~て、久しぶりにお姉ちゃん頑張っちゃうぞ~」

「ほ、程々にしてくださいよ」

「お~い、全員シートベルトはガッチリ閉めろよ」


 操縦桿を握り締める事で、アリサは何時も以上に高揚した表情を見せた。

 操縦も作戦も大雑把な彼女の事なので、レーシングカーで送迎させられる気持ちで居た方が良い。

 ロータスの言葉で覚悟を決めたリリィ達は、交通安全のお守りなどを手に持ち、シートベルトも限界まで引き締めた。

 彼女達の準備が終わると共に、宇宙艇は発進。

 洗濯機にぶち込まれた気分になりながら、彼女達は月面にある統合政府の議事堂へと移動する。


「ギャアアア!!」

「お姉ちゃん!!もうちょっとスピード落としてぇぇ!!」

「何でお前が操縦すると何時もこうなんだよ!姉貴ぃぃぃ!!」

「ヤバ、何か出そう」

「……」

「あっはは~!こういう方が楽しいじゃ~ん!」


 議事堂に到着するまでの間、安全性ゼロの絶叫マシンに揺らされる事となった。

 それぞれの反応が宇宙艇の中に木霊し、その中でアリサだけは楽しんでいた。


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