Rest In Peace 前編
アリサの牙城となっている建造物内にて。
不穏な天気の下で、リージアは気を失ったフォスキアの容態を可能な限り調べていた。
半身を吹き飛ばされているが、ギリギリ魔石は無事である事は解る。
「……生体反応は、まだある、魔石は無事だから、かろうじて生きてる、ッ!」
何とか生きている事を確認できたが、眼前ではアリサが斬撃を放とうと準備を進めていた。
このままフォスキアを見捨て、逃げれば良かった。
その判断と行動を行う事ができず、リージアはフォスキアを守る様に覆いかぶさる。
「ッ」
「……」
その光景を前に、アリサは一瞬だけ動きを止めた。
身構えるリージアは、来るかもしれない衝撃に備える。
「リージアァァァ!!」
「グ!」
「モミザ!!」
震えていると、モミザが先陣を切ってアリサの足止めにかかった。
所々ダメージは受けているが、義体の出せるだけの性能を引き出しながら薙刀を振り回す。
できるだけ長く気を引けるように、最大稼働を使わずに戦っている。
その事に気付いたリージアは、太刀に手をかける。
「お前はソイツに付いていろ!コイツは私達が何とかする!!」
「ゼフィーまで!」
明らかに容態の悪いフォスキアの看護を行わせるため、リージアの代わりにゼフィランサスが前へと出た。
例え二人が揃っても、そもそもの義体性能がお話にならない。
その上相手がアリサともなれば、大人と子供の差なんて表現では生易い最悪な状況だ。
早くしなければ、二人までお陀仏だ。
「……急がないと」
急いでフォスキアへとナノマシンを吹き付け、止血を開始する。
再生自体は行われているが、失血が進めば彼女でもどうなるか分からない。
医療用に改良したナノマシンであれば、流血を止めつつ再生も阻害することなく治療を行える。
「でも、私が行っても、お姉ちゃんには……」
出血を止めつつ、リージアは肺などに溜まっている血を抜き取って行く。
失血や窒息と言った物は、半分が悪魔のフォスキアでも危ないかもしれない。
その予防処置を行いながら、思考を巡らせ始める。
一方的にボコボコにされたとは言え、今のアリサの力は分かったつもりだ。
義体性能はほぼ互角だが、技と反応速度に桁違いの差がある。
二人を助けに行ったところで、寿命が少し伸びるだけだ。
「……あ」
焦りを隠す事もできない中で、リージアはフォスキアの羽毛をなでる。
一つだけ可能性を見出したリージアは、一つの賭けに出た。
その為に、自身の義体のOSをいじり始める。
「(でも仮に上手く行ったとして、私は本当にお姉ちゃんを殺せるの?また、私は、家族を殺せるの?)」
プログラムを書き換えている中で、リージアは目に涙を浮かべた。
平静さを取り戻したせいか、改めて自分の行いに迷いが生じる。
今回はモミザも来てくれたとは言え、やはり手を下すのは自分。
「(嫌だ、もう家族を、殺したくない……)」
悩みに悩みを重ねていると、結局行き着いたのはこの気持ちだった。
大粒の涙が零れ落ち、気を失うフォスキアへ滴る。
上から聞こえるモミザ達の悲鳴、死にかけるフォスキア。
彼女達を助ける為に、最愛の姉を殺さなければならない。
――――――
その頃。
モミザとゼフィランサスは、必死にアリサの気を引いていた。
しかしアリサは施設の一部から二本の刀を生成し、二刀流を披露している。
一本は予備として保持し、もう一本は二刀流の内の一本として使用。
モミザ達を相手に、善戦を続けている。
「クソ!二人がかりでも足止めが限度か!」
「相変わらず化け物すぎるんだよ!姉貴は!!」
二人の攻撃は、一発も届いていなかった。
しかも、アリサからは二人の攻撃を上回る物量の斬撃が繰り出されている。
彼女の技量も相まって、モミザ達の義体に次々と切創が出来上がっていく。
とにかくアリサの攻撃に反応し、ギリギリ攻撃を行えるという極限状態。
下に居るリージアの事を認識する余裕すらなく、常にアリサを意識していなければならない。
「(この力、間違いない、サクラ以上だ!)」
アリサの攻撃を流し続けていると、ゼフィランサスは彼女の実力を改めて実感した。
数段上の反応速度と、卓越した剣の技量。
それらは最強と名高いサクラさえも凌いでおり、リージアが加わった三人係でも勝てる気がしない。
「それでも」
モミザを遠くへ蹴り飛ばしたアリサは、ゼフィランサスへ改めて斬り掛かる。
部下達を殺された恨みも込め、向かって来たアリサに備えた。
「部下を殺されて、黙って、いられるか!!」
「ゼフィランサス待ってろ!すぐ行く!」
モミザが復帰するまでの僅か数秒で、数十回もの連打が襲い掛かる。
繰り出されるアリサの猛攻は、ゼフィランサスであってもギリギリ渡り合えるかどうか。
去勢を張っても、義体の性能差を覆せる訳ではない。
「(やっぱり、速すぎる!!)グ!」
背後にモミザが迫って来ている事を認識したかのように、アリサは一振りでゼフィランサスの剣二本を破壊。
その上で、ゼフィランサスへと鋭い蹴りが炸裂。
完全に姿勢の崩れた所へ、アリサはバッテリー部分へ刀を突き立てる。
「させるか!!」
「ゴッフゥ!」
トドメを刺そうとするアリサの凶刃は、寸前でモミザに防がれた。
と言っても、瓦礫をゼフィランサスへ投げつけて無理矢理距離を取らせるという強引な物。
おかげで殺される事は免れたが、もう少しマトモな助け方をしてほしかったと思う事に成った。
「(クソ、リージアの奴は、何をしてやがる!?)」
何時までも応援に来ないリージアに腹を立てながら、モミザは応戦を続ける。
出来れば現状を確認したいが、とてもそんな余裕は無い。
少しでも気を抜けば、真っ二つだ。
しかも二刀流の手数のおかげで、勘で反応できるモミザでも危うい。
「ッ、クソ!」
甲高い金属音と共に火花が散り、空を裂く音が響き渡る。
一瞬たりとも気の抜けない中での切り結びは、バッテリーだけでなく、モミザの精神を激しく消耗させていく。
リージア同様に何度も敗北してきたが、彼女が来るまでの足止め程度ならできる。
そのつもりで居たが、どうやら高を括っていたようだ。
「ッ!グアハッ!!」
アリサの猛攻に反応しきれなかったモミザは、片腕をごっそり持っていかれた。
以前のアリサであれば、相手の戦闘力を落としたうえで確実に急所を狙う。
なので、初手は武器や四肢を狙う。
気休め程度に急所となる頭部を片腕で覆い、攻撃に備える。
「グ!」
予想通り、アリサの刀はモミザの頭部に迫った。
しかも防御の為にかざした腕は貫かれてしまい、そのまま頭を潰そうとしてくる。
腕のおかげで進行は遅いが、それでも弾丸と変わらない。
まばたきした次の瞬間に、貫かれてしまうであろう状態だ。
「(チクショウ、けど、姉貴に殺されるなら、別に良いか)」
アリサの刀がスローモーションで迫る様に見えるモミザは、徐々に死を受け入れる。
リージア同様、やはり彼女の手にかかるのであれば、と言う考えに行き着く。
やはりリージアが心残りだが、モミザもアリサを尊敬していた。
そんな人の手にかかるのであれば、光栄の気持ちが強まる。
死を受け入れようとするモミザの下から、爆発音のような物が響く。
「何だ!?ッ!!」
モミザが驚く前に、アリサは眼前から姿を消した。
腕から刀も抜け、驚愕から一瞬の間を開けて衝撃波と暴風が襲う。
何が通ったのかも分からず、次に鳴り響いた轟音につられて上を向く。
「一体何が、オワ!」
先ほどの何かが物凄い勢いで空へ上がったせいか、進路上に有った建造物は次々崩れだす。
落ちて来る瓦礫を片手で破壊し、何とか安全を確保。
その上で、モミザはゼフィランサスやフォスキア達の姿を確認する。
「……二人は無事だが、リージアは何処だ?」
先ほどアリサと共に上に行った影には、羽のような物が有った気がした。
この中で羽を持っているのは、フォスキアだけの筈だ。
しかし、彼女は今も下で気を失っている。
「まさか」
上を向いたモミザは、拳を握り締めた。
助けに来たと言うのに、結局リージアに頼る事になってしまった。
その事が不甲斐なく仕方がなかった。
――――――
暗雲立ち込め、僅かに雷鳴の響く空の下。
モミザを助けるついでに、リージアはアリサと共に建造物の外へ飛び出していた。
飛行中に暴れるアリサのせいでバランスが崩れ、二人共地面へと墜落。
受け身を取ったリージアは、起き上がりながら今の義体をチェックする。
「(どうにか成功した……理論的にはフォスキアの身体に近いけど、賭けだったけど)」
現在のリージアの義体は、悪魔のような物へと変異していた。
フォスキアの変異する身体から着想を得た事で、義体に流れるエーテル関連のOSを書き換えたのだ。
かなり強引だったので、成功するのかは賭けだった。
そのうえ、迷いも生じていた。
「正直、迷いしかなかった、けど」
OSの書き換えが終了する前、リージアは迷いに迷った。
成功すれば、アリサの事を倒す事は出来るかもしれない。
そうすればモミザやフォスキア達を助ける事は出来るが、今度こそ本当に姉を喪う事に成る。
トロッコ問題のような状況を前にして、リージアが選んだのはこの道だ。
「これ以上、お姉ちゃんの苦しんでる姿を見ていられないからね、だから……」
笑みを浮かべながらも、動作のチェックには余念がない。
アーマーと義体は完全に癒着し、一つの完全な身体として機能している。
素材として使われているバルバトスの細胞のおかげで、フォスキアの装備と同じように変異している。
金属的な質感を残しながら、全体的に生物のような物となった。
しかも人ならざる部分として、羽や尻尾まで生えてきている。
勿論ただの尻尾や羽ではなく、一つの武装としても機能できる物となっている。
おかげでバランスが大きく変わってしまっている点を除けば、かなり強く成っている。
「……本当に全部くれてありがとう、バルバトス」
太刀を構えたリージアは、アリサの事を睨みつける。
さっきの飛行だけでも、総合的なステータスが向上している事は実感できた。
対等な性能では、アリサには絶対に勝てない。
バルバトスの加護とも呼べるこの姿によって得られたステータスならば、純粋な性能さで押し切れる筈。
そんな魂胆だが、今のアリサが自我を失っている事を差し引いても勝率は五分五分だ。
「折角貰ったからね、細胞の隅から隅まで使わせてもらうよ!」
戦闘用のバイザーを下げたリージアは、一気に距離を詰めた。
脚力の反応速度も瞬発力も向上しており、翼から放出されるエーテルで更に加速される。
二本の刀を構えるアリサも、リージアに合わせるように接近。
再び二人の刃がぶつかり合い、辺りに衝撃波が散る。
「ッ!」
衝突と共に、アリサは瞬時に筋をずらした。
リージアの攻撃を受け流すように、刀を巧みに操る。
その事に気付き、すぐにその流れに合わせる。
「……やっぱり」
アリサはステータス面に圧倒的な差がある事に、気付かないようなマヌケではない。
彼女の真骨頂は、圧倒的な性能差を覆せる技量。
その片鱗が残っている事は、正直嬉しくはない。
「でも、これなら殺しきれる……待ってて、今度こそ、ちゃんと殺してあげるから!」
ゴリ押す事が出来れば、なんとか勝つ事ができる。
それを確信したリージアは、再び地面を蹴り飛ばす。
同時にアリサも間合いを詰めだし、二人の刃はもう一度交わる。
「ウヲオオオ!!」
悲しさを誤魔化すように雄叫びを上げるリージアは、アリサへと次々連撃を叩きこむ。
リージアの猛攻に防戦一方となるアリサだが、致命傷は一切受けていない。
二刀流を駆使する事で、強化されたリージアと対等レベルに戦っている。
「(行ける、行ける!でも)」
「ッ!」
「のわ!」
その攻撃に耐えかねたのか、アリサはスラスターをリージアへ吹き付け、一瞬の隙をついて距離を取った。
様子見も兼ねてリージアも少し離れ、呼吸を整えだす。
「はぁ、はぁ(やれる、やれるけど、消耗が……)」
思う以上の力が出てしまい、体力のペース配分が上手く行っていない。
こんな状態は想定外だったという事も有るが、制御しきれなければ意味がない。
しかし、元に戻った所で勝てる見込みは無い。
今はこの過剰な性能で押し通すほかない。
「(でも、もうこれしか勝機はない)やって、見せる!!」
再び距離を詰めたリージアは、今度はその力を強引に使い出す。
すれ違いざまに太刀を繰り出し、即座に反転してもう一度打ち込む。
ほとんど力に振り回されているような物だが、そのスピードはアリサでもギリギリな物。
何度も何度も、同じ動作によって四方八方から斬りつける。
「(やっぱり強い、このスピードでも全部防がれてる)」
ほんの数秒程度で何十回と切り返しと打ち込みを行ったが、死角からであろうがアリサは全て弾く。
「(けど、だいぶ解って来た)」
新たに羽と細長い尻尾が生えてきており、通常の人間の身体を模していた義体とバランスが大きく異なる。
純粋な性能は勿論だが、飛行ユニットともまた違う感覚だ。
しかし何度も打ち込む内に、リージアは徐々に身体の使い方を馴染ませていた。
「次は、これで!!」
次の攻撃に、リージアは得意な蹴りを選択。
飛びながらの回転蹴りは、アリサの頭部を狙う。
頭部さえ飛ばしてしまえば、機能は停止する算段だ。
「(避けられた!)」
後方へ軽く飛んだアリサは、リージアの蹴りを軽々と回避。
回転による二度目三度目の蹴りも読まれ、避けられてしまう。
連続の蹴りで出来た隙を突き、アリサは間合いを詰めて来る。
その行動を読んでいたリージアは、内心ほくそ笑む。
「フン!!」
「グ!」
接近してきたアリサは、リージアの尻尾の一撃によって吹き飛ばされた。
この攻撃はアリサの意識から外れていたらしく、見事に命中した。
当たるか不安だったが、上手く行ったらしい。
「へへへ、流石のお姉ちゃんも、尻尾で殴られた事は無いもんね」
尻尾を顔の前で揺らしながら、リージアは前傾を低くする。
四足歩行の獣のように姿勢を低くし、起き上がったアリサの隙を伺う。
今のリージアにとって、尻尾は第三の足であり腕だ。
「(チーターはその俊足を維持する為に長い尻尾でバランスを取る、リスや猫も高所で尻尾を巧みに使う事で行動を容易にする、他の動物も踏ん張りを利かせたりする事も有るから、尻尾はただの飾り何かじゃない、偉い人にはそれが分からんのですよ)」
改めて尻尾の利点を復習しながら、アリサを睨みつけた。
どうやら咄嗟に左の刀で防御をしたらしく、思ったよりダメージは受けていない。
しかし、そのおかげで刀は完全に破損したようだ。
使えなくなった刀を放棄したアリサはもう一つの刀を握り直すと、義体が赤く光だす。
「……最大の脅威と認識、排除、執行」
「……お姉ちゃん、ここからが本気なんだね」
リージアと違い、フレームだけでなく装甲までもが赤く発光。
秘匿性は完全に無視し、装備の各所が変形を開始させる。
これらの動作から、アリサは最大稼働状態となった事が容易に考えられる。
まるで燃えているかのように、アリサの義体は光り輝く。
「うん、私も本気で行くよ、だから、最期に目一杯楽しもうね」
涙を流しながら、リージアは笑みを浮かべた。
互いに一切の忖度無し、最初で最後の真剣勝負。
勝っても負けても悔いが無いように、リージアは最終局面の戦いを開始する。




