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最強のアンドロイド 前編

 リージアがプロトタイプの攻撃を受けた頃。

 艦内では、リージアの戦いを観戦する者達が非難を上げていた。


「ああもう!何してんのよ!アイツ!」

「棒立ちしてないでさっさと攻めろ!!」

「……モミザ、何でリージアは」

「……」


 野次を飛ばす彼女達の中で、モミザだけは顔を青ざめたまま汗を大量に流していた。

 通信用のマイクを握り締めたまま硬直するモミザへ、フォスキアは近寄る。

 かなり動揺するモミザを我に返すべく、少し強めに肩を叩く。


「ちょっと!」

「ッ!……」

「ねぇ、アイツが何だっていうのよ?」

「……」


 幽霊でも見たような顔をするモミザの表情を見て、フォスキアは質問を続けた。

 目を逸らすモミザは、拳を握り締めながらプロトタイプの事についての言葉を喉へ持って来る。


「あ、アイツは……」


 喋ろうとしても、息と言葉が喉につかえてしまう。

 胸も直接ほじくられているように痛み、視界も僅かに歪む。

 少し呼吸を整えるモミザは、次こそ意を決する。


「アイツは、AS-01、アリサ、最初期に作られ、今のアンドロイドの原型にして、最強のアンドロイドだ……そして、俺とリージアの、姉だ」

「え」

「何だと!?」


 モミザの解説に、艦橋内はざわついた。

 二人の姉は死んだと聞いていたフォスキアも、モミザの発言に耳を疑ってしまう。

 しかし、二人の動揺具合から考えても、本当である事に違いないのだろう。


「ま、待って、貴女達のお姉さんって、確か」

「そうだ、死んだ、筈だった……いや、それは、俺達が勝手に思い込んでいただけだ」


 絶望的な物へ表情を変えていくモミザは、自分の頭を両手で抑えた。

 考えてもみれば、姉のアリサが艦の爆発ごときで死ぬとは思えない。

 その考えに至らなかったのは、見捨ててしまった罪悪感。

 生きているかもしれない何て藁にもすがる希望は捨てる為に、死体も確認せず死んだことにしていた。

 僅かな可能性に賭け、真実を目にした時の絶望を味合わないように。


「そうだ、俺達が艦の爆発ごときで死ぬかよ、クソ……」


 端末に手を置きながら膝から崩れ落ちたモミザは、大粒の涙を流す。

 リージアの視覚を通して見ていたが、アリサの剣椀はほとんど現役と変わらない。

 そのうえ、リージアの気持ちを思えば、状況は不利何て言葉では片づけられない。


「う、ぐ」


 無理矢理立ち上がったモミザは、まだ立ち向かおうとするリージアに通信する為にマイクを握り締める。


 ――――――


 少し前。

 爆炎に飲み込まれたリージアは、爆風で飛ばされながら地面を転がる。

 かろうじて回避したが、爆風によって吹き飛ばされてしまった。


「グア!」


 咄嗟にエーテルを全て守りへ回したが、配線を幾らかやられた。

 ナノマシンで応急処置を行いつつ、リージアはハルバードを杖代わりに立ち上がっていく。

 心の奥底から湧き出て来る憎悪と哀しみに、飲まれそうになりながら。


「……」


 もはや言葉すら出てこない怒りを爆発させながら、リージアはアリサを睨む。

 無表情で建造物から伸びる光を浴びる彼女は、砲を構えながら様子を伺っている。

 すぐに襲ってこない理由は、すぐにわかった。


「……元々理不尽な強さなんだからさ、チートまで使わないでよ」


 建造物より伸びる光は、アリサの装備を次々と修復して行く。

 下手に傷つけても、周辺の建造物からナノマシンが供給されて修復されるだけという事だ。

 その上建造物は全てアリサの意思であらゆる兵器に変わり、好きなようにコントロールできる。

 アリサの剣技が衰えていなければ、もはや最悪の敵と言える。


「……あれが出来るのは、お姉ちゃんだけ、義体は模倣品みたいだけど、強さは現役と変わらない事に成る」


 修復を続けられている義体は、調査チームの作った模倣品らしい。

 そして、僅かに違う義体の駆動。

 それらを考えると、別人の可能性も浮上する。

 だが、それは絶対にありえない。

 先ほどみせられた剣技は、まごう事無き姉本人の物だ。

 あの斬撃は一朝一夕で出来るような代物ではない、リージアとモミザだって未だに習得に至っていない。


「はぁ、はぁ、はぁぁぁ……」


 拳を握り締めたリージアは、無理矢理戦意を湧き立たせた。

 人間で言えば、好き勝手に脳を焼かれ、身体を改造されたような物。

 しかもそれは、最愛の姉に対してされているのだ。

 感情は整理がつかない程滅茶苦茶になっており、もう何かを言う事すらできない。

 そんな彼女へと、通信が入って来る。


『逃げろ!リージア!お前じゃそいつに勝てない!』

「モミザ……」


 モミザの言葉が耳に入り、リージアは僅かに我に返った。

 確かに彼女の言う通り、リージアでは彼女に絶対勝てない。

 実力差は勿論だが、なにより精神状態が好ましくない。

 勝ちの目は絶望的となっている事は、リージアも解っている。


『聞いているのか!?はやく逃げるんだ!!』

「……無理だよ、ここは怪物の腹の中、アイツは逃がしちゃくれない」

『だが、何とかして逃げないと、お前が死ぬぞ!』

「解ってる、わかってるよ、でも……その何とかって言うのは、おね……アイツを殺す事、それだけだよ」

『お前に、お前に殺せる訳ないだろ……』

「……」


 リージアとモミザ、二人の脳裏を過ぎる忌まわしい記憶。

 アリサの死と同レベルで、二人のトラウマになっている。

 当時を思い出すだけでも辛いというのに、モミザは止まらない。

 まるで、言葉に喉を斬られる思いで忠告を続ける。


『お前はもう姉を二人も殺してるんだぞ!これ以上家族を殺したら、いや、一番想いを寄せていた姉貴何か殺したら!!』

「……」


 通信越しでも、モミザが涙を流している事が伝わって来る。

 確かに、リージアは過去に二人の姉を殺した。

 政府達の罠にはまり、生き残る為にそうするしかなかった。

 今でもその時の感覚が残っており、思い出す度に腕が重くなる。


「うん、そうだね、いや、そうだよ、立ち直れないよ」


 僅かに艦橋がざわついているのを耳にしながら、リージアはモミザの言葉を肯定する。

 ここでアリサを殺せば、立ち直る事はできないだろう。

 しかし、それ以上に嫌な事が有る。

 その事を考えるだけで、自然とハルバードを握る力が強まる。


「けどね、だから、だからこそ、殺してあげないと、はやく、お姉ちゃんを解放してあげないと、この地獄を、終わらせないと!!」


 モミザの忠告を聞き入れず、涙を零すリージアは戦闘を再開。

 すすり泣く声が通信機を通して聞こえて来るが、もはやその声すらリージアには聞こえない。

 意識は完全に殺意と憎悪に飲み込まれ、最愛の姉を殺す為に動きだす。

 リージアの攻撃開始と共に、アリサも刀を振るう。


「すぐに殺すから、絶対に殺してあげるからね!お姉ちゃん!」

「……」


 垂れ流しの涙をそのままに、リージアはアリサと斬り合う。

 しかし、相手は今まで一度も勝ったことの無いアリサ。

 今まで積み重なって来た敗北の記憶や、精神的動揺は更にリージアの戦い方を鈍らせる。

 もはや勝てるイメージすらわかず、ほとんど闇雲に攻めている。


「(やっぱり、強い!)」

「マスターからの任務を……」

「ッ」


 お互いの刃がぶつかり合い、甲高い音が響き渡る。

 やはりアリサの剣術は現役とあまり変わっておらず、リージアの攻撃を一切受け付けない。

 どんな攻撃でも防がれ、代わりにカウンターが軽くリージアの義体を斬る。


「……あ、政府からの、指示?」

「ギ……」


 アリサの口から放たれた言葉に、リージアは歯を力いっぱい食いしばった。

 エーテル制御の為にアリサのガーデンコードを使った事で、中途半端に彼女の意識が表に出ている。

 今はプログラムに従い、敵対している存在を殺している状態。

 自我そのものは、度重なる改造のせいでボロボロなのだろう。

 そのせいで一切の情け容赦のない攻撃が続き、リージアの攻撃は全て回避している。

 しかも、ここは相手の腹の中のような物。

 周りの建造物さえもアリサの武器であり、彼女のタイミングで好きな攻撃を行える。


「あ、クソ!」


 距離を取られると共に、リージアは瞬時にシールドを構えた。

 シールドの展開と同時に、周囲からの砲撃が着弾。

 何とか砲撃を耐え抜いたリージアは、シールドで爆炎をはらった。


「何処だ!?ッ!!」


 爆炎を掃うと共に現れたアリサに勘で反応したが、リージアの腹部はアーマーごと斬られた。

 両断まではされなかったが、燃えるような痛みが襲い掛かる。

 それでも心の痛みが体の痛みを上回り、そんな物はどうでも良くなっていた。

 挑発するようにリージアの方を見ながら下がるアリサへと、リージアは突き進む。


「逃がすか!!」


 柱を背にして動きを止めたアリサへ、リージアはハルバードを力一杯振り抜く。

 ギリギリで回避され、代わりに柱を粉々に破壊する。


「この、ちょこまかと!」


 アリサが逃げた方へ視線を向けた後リージアへ、建造物に生成された砲台が攻撃を加えた。

 直撃を受けたリージアは、自分で破壊した柱の下へ飛ばされる。

 すぐに体勢を立て直そうとしていると、柱の上が爆散。

 瓦礫がリージアへと襲い掛かり、今度はリージアが下敷きとなってしまう。


 ――――――


 その頃。

 艦橋での観戦は、かなりヒートアップしていた。


「このマヌケ!大口叩いたんならもっとはやく倒しなさいよ!」

「次は上から来るぞ!気を付けろ!」

「いや左だよ!」

「右よ!」


 ガンマやデルタの面々は、届く筈の無い野次を飛ばす。

 しかし、彼女達がヒートアップするのも分からなくはない。

 主観での映像ではあるが、リージアが苦戦しているのは伝わって来る。

 正面からの実力でボカスカやられ、反撃に移っても裏目に出てしまう。

 柱の崩壊から脱出した後も、アリサの動きに翻弄されては手痛い攻撃を何度も受けている。

 増加装甲で受け流してはいるが、メッキのように装備を剥がされている。


「おいおい、リージアの奴、劣勢じゃないかい」

「アイツ、もしかして電力気にしすぎて本気出して無いんじゃないの?」


 観戦する双子たちも、一方的な戦いにやられるリージアに表情を悪くする。

 残りの電力を気にするあまり、本気を出せていないのではないかとブライトが思ってしまう程だ。

 彼女の考察に、モミザは首を横に振るう。


「いや、アイツはエーテルリアクターを完成させた、今のアイツにとって、電力不足は重しにならない」

「ウッソ、まじ?」

「マジだ」

「そんな、それじゃぁ、どうやって勝つのよ~」


 この面白くないところの話でない状況に、ヘリコニアも困惑の表情を浮かべた。

 電力を駆動やシステムに回せないから、思うような性能が出せない。

 その目を潰されては、リージアに勝ち目がない。

 そんな空気が流れる中で、ホスタはまだ希望を捨てていなかった。


「では、最大稼働状態が切り札ですね」

「え?なんだっけ、リミッター外した状態だっけ?」

「そう言えば、そんなのができるって言っていたね」

「そうねぇ、それを使えばいいのねぇ」

「今の軍曹であれば、リミッターさえ外せば想像を絶する強さになる筈です」

「……いや、甘いな」


 義体のリミッターを外し、性能を限界まで引き上げる最大稼働。

 リージアとモミザにしか使用する事の出来ない機能さえ使えば、リージアの形勢を変えられる。

 それがホスタの考えだったが、モミザの表情は晴れない。


「アイツは既に、最大稼働を使っている」


 艦橋のモニターの映像は、リージアが見えている全てが映っている。

 画面の隅には、最大稼働を使用している事を示す表示がなされていた。

 腹部を刀で斬られる前から使っており、一方的に叩きのめされている。

 ホスタの発言で見えた希望は、モミザの言葉であっさり断ち切られた。


「……そんな、本気を出しても、あんなに」

「姉貴は強い、強すぎるんだ、他にも居た姉妹達と一緒に何度も模擬戦を行ったが、俺達は一度も勝てなかった」

「そう言えばそんな事言ってたわね」

「ああ、俺が行っても、力になれるか分からん……」


 アリサは大戦時から他の姉妹達よりも強く、たとえ徒党を組まれても負ける事は無かった。

 ただでさえ実力で負けているというのに、地の利さえ相手に有る。

 今のモミザが加勢しても、事態が好転するとは思えない。

 ここに居るアンドロイド全員で向かおうとも、勝ちの目は無い事は立証されている。

 しかし、ここで燻っていてもリージアの死を見るだけだ。

 それだけは絶対に避けたいモミザは、思考を巡らせる。


「……どうする、どうすれば、俺は一体、どうすればいい?教えてくれ」


 頭を抱えながら膝から崩れ落ちるモミザは、リージア以上にトラウマに苛まれる。

 ずっと誤魔化してきたが、今はもう当時と同じ気分だ。

 一緒に戦ってきた姉妹達が殺し合う中で、怯え、震え、何もすることができなかった。

 そのせいで、リージアに二人の姉を殺す決断を強いる事となった。


「クソ、俺はまた、何もできないのかよ」

「ッ」


 大粒の涙を零すモミザを見て、フォスキアは力強い歩みで彼女の方へ歩み寄る。

 崩れ落ちる彼女を無理矢理立たせ、顔に平手打ちを入れる。


「グッ」

「……何が有ったのか知らないけどね、まさかアンタがそんな臆病者だったとは思わなかったわよ」

「……お前に、何がわかる」

「分からないわよ、アンタ等の思考全然読めないんだから」

「だったら!余計な口を挟むな!俺達姉妹の事を、愛し合った者達同士で殺し合い、姉たちから生かされた俺達の何がわかる!?」


 涙をぬぐいながら立ち上がったモミザは、声を荒げた。

 殺し合いを演じる中で、二人は生かされた。

 その絶望を解らない部外者に、とやかく言われたくない。

 しかし、フォスキアにそんな彼女の言動には怒りさえ覚えた。

 モミザ達の思考は読めないが、今のリージアの思考はかろうじてわかる。


「……私もそうだけど、アンタ等にだって痛みが有る事位わかるわよ、でも、リージアの心は、ここからでもわかる、漂う魔力があの子の意思を伝えて来てる……あの子は絶望の中で戦ってる、ヘリアンサスやアセビの命を握りながら!」

「ッ」


 リージアがかつて殺した姉妹の名があげられ、モミザは目を見開いた。

 何しろ、彼女達は存在そのものが秘匿されているのだ。

 リージアが自分の口から語らなければ、絶対にその名は出てこない。


「そうか、俺達の中のサイコ・デバイスが、アイツの感情を増幅して……だが、それがなんだ?」

「……さぁね、でも、私はこんな所であの子が切り刻まれるのを見届けるのはごめんよ」

「ッ、おい!何処へ行く気だ!?」

「決まってるでしょ?お義姉さんに挨拶しに行くのよ」


 そう言ったフォスキアは、ブリッジから出て行く。

 彼女の背中を追いかける事はできず、モミザはただ睨むだけ

 このままでは、確実にリージアは殺されてしまう。

 その事がわかっていても、モミザは動けなかった。


「……」

「随分と胆の座ったエルフだ……お前は行かないのか?」

「ゼフィランサス」

「私も行くぞ、アイツには何かと借りが有る、お前はどうする?」

「……あの時、俺は」


 ゼフィランサスとしても、部下達の仇を取る為に命令に反する選択をした。

 しかし、周りの隊員達はこの場で待機するように指示を下す。


「でしたら、我々も」

「いや、お前達はここに居ろ、アイツに的を増やすだけだ」


 この場に居る全員で行っても、以前と同じ道を辿るだけだ。

 だからこそ、ここは少数精鋭で行く事にした。

 ゼフィランサスだって、部隊全体で三本の指に入る実力の持ち主。

 少しでも彼女の力になる為に、ブリッジから出ていく。


「……モミザ」

「……俺は、リージアを、いや、リリィを、助ける事が出来なかった、姉貴も、他の皆も、ただ殺されるのを見届けるだけだった、けど、今度は」


 拳を握り締めたモミザは、過去の過ちを悔いながら意思を固めていく。

 妹や他の皆が頑張ろうという時に、またここで丸くなっている訳にはいかない。

 そう思いながら、モミザはブリッジの扉を開ける。


「あら、あのままイジケてるつもりだと思ってたんだけど、来るの?」

「エルフィリア……嫌味なヤツだ」

「ふふ」


 まるでモミザの事を待っていたかのように、フォスキアは艦橋の扉の前の壁に寄り掛かっていた。

 しかも意図を汲んだのか、ゼフィランサスまで待機している。

 とは言え、今はこの場に居てくれたのはありがたい。


「……だが、丁度良い、姉貴を倒すには何かイレギュラーが必要だからな」

「イレギュラー?」

「ああ、その点だけは、期待してるぜ」

「……褒めてんの?貶してんの?」

「誉めてんだよ」

「ほら、良いから行くぞ」


 憎まれ口をたたき合いながら、三人は装備を整える為に急ぐ。


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