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対面 前編

 試験飛行を終えた日の夜。

 モミザはようやく気を取り直し、部屋の外から出ていた。

 研いだ武器達も持って、改めてリージアの元へ向かう。


「……はぁ」


 しかし、顔にはまだショックが残っており、歩く足もかなり重い。

 時間から察するに、何度か操舵をサボった事になる。

 その罪悪感もあるのだが、一番の理由はリージアとフォスキアの事だ。


「(ちくしょう)」


 完成したハルバードを二人の作業場に持って行っても居なかった二人を探し、たまたま射撃場を通りかかった。

 その時に二人の気配を感じ取り、こっそり様子を見ていた。

 リージアがフォスキアにキスする場面も見てしまい、今までに無い位後悔する事に成った。


「(でも、大丈夫だ、アイツの事だから、何時ものおふざけって事も)」


 冷静になって考えてみれば、リージアのおふざけと言う考えも浮上した。

 というより、彼女の事なのだからそれが一番有力だ。

 そう考えるようになり、何とかここまで復活できた。

 それでも違うのではないか、と言う不安のせいで同じ考えを何度もループさせてしている。


「あ、モミザ」

「ッ……」


 不安と安心をループさせていた所に、リージアとばったり出会った。

 嬉しさと驚きを感じながらも、モミザは周囲に目を配らせる。

 最近リージアはずっとフォスキアと居たのだ、今回もちゃっかり居るのではないかと警戒してしまう。


「……ほ」

「もしかして、フォスキアの事探してた?」

「……」


 正解を言い当てられ、モミザは目を逸らしながら静かにうなずいた。

 同時に、目頭が少し熱くなる。

 自分が部屋でうずくまっている間にも、リージアはフォスキアと一緒に居た。

 その事実だけでも、嫉妬でどうにかなってしまいそうだ。


「彼女ならシャワー室だよ、もう夜遅いしね」

「そうか……」

「……しっかし、何が有ったの?モミザらしくないよ、髪もボサボサだし」

「……」


 顔を赤くしながら、モミザは手ぐしで髪を適当にかきだす。

 今までベッドの上でいじけていたので、髪の手入れ何て全くしていなかった。

 それどころか、今は何時ものポニーテールですらない。

 原因そのものに言われたのは癪だが、みっともないのは事実だ。


「ほら、私の部屋おいでよ、昔みたいに梳いてあげるから」

「あ、ああ」


 嬉しいお誘いを断る理由も無く、モミザはリージアに手を引っ張られながら部屋へと連れられる。

 二人の部屋はほとんど隣となっており、前の艦から間取がほとんど変わっていないので今でも同じだ。

 すぐ近くの扉を開け、自室に入る。

 フォスキアが使っていた部屋と同じ間取の部屋が広がり、リージアはモミザと共にベッドの上に座る。

 そのまま近くに置いておいたブラシを手に取り、リージアはモミザの髪をいじりだす。


「……どう?お姉ちゃん仕込みの私のブラッシング」

「ああ、良いな、相変わらず」


 あぐらをかきながら座るモミザは、リージアのブラッシングに表情を緩めた。

 同時に、二人の中にある姉妹との記憶も溢れて来る。

 世話焼きな長女は、よく姉妹達にブラッシングをしていた。

 特にリージアは入念に教わっていたので、長女を除けば一番上手い。


「それで?私は何を聞けばいいかな?塞ぎ込んでた理由?頼んでおいた装備の進捗?」

「……装備の進捗だ」

「それで良いの?相談なら乗るけど」

「俺個人の悩みだ、仕事ならちゃんと終えてある」


 そもそも、悩みはこのブラッシングで大分ほぐれている。

 髪から頭部へと伝わる心地よさを感じながら、モミザは布に覆われたハルバードを指さす。

 モミザの後ろで、報告を得たリージアは笑みを浮かべた。


「それで、そっちはどうだ?」

「こっちも後は、最終調整だけだよ、明後日にはコトを進められる」

「……そうか」


 ちゃんと仕事をしているリージアには、嬉しさも有れば寂しさも有る。

 彼女が真面目に仕事に取り組む時は、仲間や家族が危険にさらされている時と、自分が死へ近づいていると解っている時。

 死ぬかどうかの話はずっとはぐらかされているので、今回は後者で有る可能性が有る。


「(やりたいと思った事は迷わず優先的に実行、それがリージアの生き方だが、自分が死ぬのなら、最期位は人の為に、か)」


 リージアのモットーを思い出すモミザは、ベッドのシーツを握り締めた。

 仲間や家族の死は単純に気分が悪いから仕事へ熱を入れ、その能力を存分に活かす。

 死ぬと解っている時は、彼女なりの最期の生きざまを描きたいからだ。

 リージアにとって仕事とは他者への奉仕である為、好き勝手生きた最後位は他人の為に動く。

 そんな、映画の憎まれ役の味方が最期に輝くシーンのようでありたいのだ。


「(けど、前までこんな性格じゃなかった、家族以外に感情を表に出さない人見知りだった、けど、今のコイツは以前と正反対なうえに、姉貴の言動までマネてやがる)」

「はい、おしまい」

「……ありがとうな(以前ははぐらかされたが、コイツはきっと)」


 肩を少し強く叩かれたモミザは、手鏡を持って自分の髪型をチェックする。

 色合いしか美しさの無かったモミザの髪は、流れるような質感へと戻っていた。

 長女仕込みと言うだけ合って、やはり上手い。

 そんな事を考えていると、リージアは勝手にモミザの髪を括り、ポニーテールに仕上げる。


「うん、やっぱモミザはこの髪型だね」

「……あ、ああ」

「私もまた髪長くしよっかな?切っちゃったから(フォスキアに似合ってるって言われたし)」

「……いや、お前はそっちの方が似合っている」

「そうかな?」


 昔は長い髪だったリージアだったが、長女の喪失と共に現在の髪へと切りそろえた。

 彼女なりの一種の覚悟のような物であったが、モミザの可愛さにまた長くする事を検討した。

 一応彼女達は、頭頂部のパーツを変えれば髪の長さはいくらでも変えられる。

 しかし、今のリージアが気に入っているモミザには、必要のない事だ。


「……なぁ、リージア、姉貴がよく言っていた言葉、覚えているか?」

「ん~、何かな?色々言ってたからね」

「そうだったな……『何時か平和な世界で生きる貴女達に、普通の人生を』だ」

「……そう言えば、そんな事言ってたね」


 姉の声で音声を再生され、リージアは悲しい表情を浮かべた。

 人間未満の扱いをさせられてきたリージア達に、何時かは普通の人生を歩ませたかった。

 それが長女の夢だったので、何度かこっそり呟いていた。

 当時の事を想起するリージアの手に、モミザは手を置く。


「そうだろ?アイツだって、俺達に生きていて欲しいんだ、お前と心中するんなら俺も止めはしない、だが、お前だけが死ぬって言うんなら、俺は絶対に止める」

「……何でそんなに」

「ッ」

「んグ!」


 はっきりとしないリージアの唇に、モミザは自分の唇を重ねた。

 それだけにとどまらず、動揺を隠せないリージアの事を押し倒す。

 もう遠まわしな手段などは意味がないと思ったモミザは、強行に出る事にした。

 これ以上、リージアがフォスキアを意識しない様にと言う釘指しでも有る。


「プハ!な、何!?」

「前にエルフィリアと話しただろ?俺にも好きな奴がいるって」

「え、あ、確かに、言ってたけど……え?え!?」


 カミングアウトされたリージアは少し戸惑いながらも、その真意を察した。

 その瞬間、困惑や羞恥などの感情がゴチャゴチャになりながら押し寄せる。

 何しろ、今までモミザの事はただの姉としか思った事がない。

 そんな感情を抱かれていた事なんて、全く気付かなかった。


「俺は、お前にこういう気持ちを抱いてんだよ、だから、死んでほしくない、頼む、一緒に、居てくれ」

「あ、いや……」


 ポタポタと大粒の涙を流すモミザの言葉に、リージアは返答に困ってしまう。

 好きだと言ってくれる事は嬉しいが、こんな感情をぶつけられるとは思わなかった。

 真っ赤になる顔に落ちる涙を拭きながら、リージアは少しずつ考えをまとめていく。

 笑みを浮かべたリージアは、モミザの事を抱き寄せる。


「あ」

「全く、涙もろいお姉ちゃんだよ」

「……」


 リージアに抱きかかえられたモミザは、表情を穏やかにしながら抱き返す。

 胸の中ですすり泣くモミザの頭をそっとなで、少し笑みを浮かべる。


「分かったよ、何とか生きる方法を探してみる」

「……本当か?」

「もちろん、そんな感情ぶつけられたら、そうするしか無いじゃん」


 耳元で互いの名を囁き合った二人は、再度抱きしめ合う。

 モミザの涙は歓喜の涙へと変わり、リージアの胸の中でほほ笑む。

 慰めの為に言われた言葉であっても、ずっとモヤモヤしていた胸の内を打ち明けられ、随分スッキリした。


 ――――――


 しばらくして。

 泣きつかれて眠ってしまったモミザを置いて、リージアはラボへと向かっていた。


「……まさか、モミザにキスされる何て」


 唇を抑えながら、リージアは先ほどの事を思い出していた。

 まだ感触が僅かに残っており、顔を赤くしてしまう。

 初めてはフォスキアとの事故で失ってしまったが、二回目がモミザとは思ってもみなかった。


「(たとえお姉ちゃんが私達に生きて欲しいと思っていても、私は)……さて、気分切り替えて、調整しないと」


 両ホホを軽く叩いたリージアは、ラボの扉をくぐる。

 飛行ユニットとライフルの方は完成したが、追加の装備を幾らか制作している。

 政府の作ったデッドコピーとは言え、相手の事を考えると油断はできない。


「……あれ?フォスキア?何でここに?」

「あら、遅かったわね」


 早速作業を始めようとしたら、僅かに髪の湿ったフォスキアと出くわした。

 寝る為の露出の多い服を着ながら、何時も作業をしている椅子に座っている。

 今日の彼女の作業はもう終わっているので、部屋でくつろいでいていい筈だ。

 首を傾げながら、リージアは席に着く。


「どうしたの?今日はもう休んでいいんだよ」

「ちょっと眠れなくて、話でもと(確認したい事もあるし)」

「はいはい……」


 背後から抱きしめられながら、リージアは同席を許可。

 その際、何時もと違うフォスキアの匂いが鼻孔をくすぐった。

 何時もなら酒の臭いばかりだが、今は石鹸の匂いが漂ってくる。

 シャワーを終えてすぐなのか、少し身体も少し湿り気がある。

 眠る為のラフな服装という事も有って、リージアの感情は暴走しかかる。


「……で?話って」

「……ちょっと、ね、今日の昼、随分と殺気だってたみたいだから」


 フォスキアがここに来たのは、昼間のリージアの殺気の意味。

 本来リージア達アンドロイドの気配は感じない筈だというのに、昼間は明確に感じた。

 その質問をされて、リージアは少し頭を抱えた。


「(殺意むき出しに成っちゃう何て、ちょっと調子乗りすぎたか)」

「……どうしたの?」

「……ん~、そうだねぇ」


 頭から手を離したリージアは、早速キーボードを叩き出す。

 プラスチックを叩く軽い音が鳴りだす中、リージアは少し考えこむ。

 フォスキアがリージアの気配に気付けた理由は、用意に想像できる。

 今は話したくない機能なので、話を逸らすついでに気になっていた事を聞く事にした。


「あのさ、ゴブリンの巣を潰した後にさ、転移の魔法の実験をしてた人が事故で部屋ごと何処かに行ったって話をしたよね」

「え、ええ」

「それって、何年前?」

「(……地味に話逸らされたわね)」


 話題を逸らすかのように放たれた言葉に、フォスキアは少し悩む。

 それでもリージアにとっては重要な情報だと信じて、記憶を探りだす。

 あまり興味の無い話題だったので、そう言う事が有ったという事位しか知らない。


「そうね、そう言う事が有ったって位しか知らないから……五十年だったか、七十年だか、それ位だったかしら?」

「……そっか、ありがと」

「……で?それと私の質問に何か関係が有るの?」

「……」


 フォスキアからの問いかけに、リージアは作業の手を止めた。

 あまり作業は進んでいないのだが、話の為にリージアは椅子を回しながらフォスキアの方を向く。

 それに合わせて、フォスキアは自分の席に着いた。


「あのさ、お酒、持ってる?」

「え?ええ、持ってるけど」

「ちょっと、ちょうだい」


 こんな時でもスキットルを一つでも持ち歩いている事に少し心配しながら、リージアは手を伸ばした。

 困惑するフォスキアは、言われた通りにスキットルを取りだす。

 しかし、すぐに渡しはしなかった。


「でもいいの?貴女って、お酒が飲めないんじゃ」

「今は大丈夫、前から飲んでみたいって思ってたから、飲食もできるようにしてる」

「そ、そうなの」


 今の義体は金属の質感を持っていても、生体パーツを使っている事に変わりは無い。

 以前のように完全な機械に寄っていても、二割ほどは生きている。

 なので、多少の飲食や飲酒が可能になっている。

 軽くその事を説明され、フォスキアはスキットルを手渡す。


「はい」

「ありがと」

「(……あ)」


 蓋を開け、少し中身を嗅ぐリージア。

 彼女を見るフォスキアは、少し息を飲んだ。

 渡したスキットルは、フォスキアが何度か飲んだ後の物という事に気付いた。

 つまり、ここでリージアが飲めば、間接キスが成立する。

 その事にリージアが気付くかどうかはさておき、フォスキアはどうも緊張してしまう。


「んぐ」

「……」


 止めなかったとは言え、フォスキアはちょっと顔を赤くした。

 そんな彼女を前にしながら、リージアはほんの数滴と言える量の酒をふくんだ。

 舌の上で転がしていると、芳醇な香りと共に独特な苦みが襲う。


「グ、ゲホ!ゲホ!」

「……だ、大丈夫?」

「ゲホ、うん、こんなに苦いの、よくゴクゴク飲めるね」

「飲んでる内に慣れてくるわよ」


 飲み込んだ瞬間、喉の水分が酒の作用で一気に抜け落ち、焼けるような痛みに苛まれる。

 飲んでいるのは度数が五十度以上の蒸留酒なので、初心者が飲めばこうなる。

 時々瓶から直のみや、グラスから一気飲みするフォスキアがありえなく思えてしまう。


「ふふ、今度、初心者向けの奴飲ましてあげるから」

「そうさせて、あ~、喉痛……」


 スキットルを返却しながら、リージアは唾を大量に飲む。

 気休め程度に喉の痛みを和らげていると、内から浮遊感がわいてくる事に気付く。

 同時に顔から徐々に身体が熱くなり、気分も僅かに高揚してくる。


「あ~、成程、お酒飲んで喜んでる人の気持ち、何か解る」

「もう酔ったの?早いわね」

「初心者なら、これ位だろ、おもうお(何か目ぇ回って来た、でも大丈夫、一定時間でアルコール分解する酵素が放出されるから、すぐに戻る、けど)」


 浮遊感は徐々に目が回っているかのような感覚へと変わっていき、頭がゆらゆら揺れる。

 フォスキアからちょっと不安な目を向けられながらも、リージアはアルコールを分解する酵素の分泌を止めた。

 しかし呂律も僅かに回っていない事にも気付き、リージアは少しぐったりしながら別の方法で声を出す事にする。


「……昔、善良な二人の科学者が居たの」

「え?」


 体内のスピーカーだけを使い、リージアは音声をフォスキアへ届けた。

 またもや急な語りだしに戸惑いながら、フォスキアはスキットルを両手に持ちながらピッシリと座る。

 貴重なリージアの過去を一字一句聞き漏らさないように、しっかりと耳を傾ける。


「彼女達は互いに愛し合いながら、エーテルの研究に没頭したの、その研究は時間をかけて実って行って、やがて二人の子供と言える一機のアンドロイドができたの」

「こ、子供?」

「二人はそのアンドロイドを本当の娘のように可愛がりながら成長させて行って、様々な可能性の模索の為に、合計で十三機もの姉妹が作られた、政府に目を付けられることもしらずに」


 最後の部分を話した瞬間、リージアの声は僅かに太くなった。

 拳も力強く握られ、怒りと憎しみが湧き出ている。


「やがてその十三機は政府に取り上げられ、科学者の二人の命を助ける代わりに、彼女達は戦争に参加し、結果的に現在の政府が勝利した」

「……」

「でも、彼女達に使われてるエーテル技術は、政府高官のスケベ心を揺らすには十分だった……その事に気付いた科学者の二人は、これ以上の悪用を避けるために、自分たちの研究結果に火を点けて、最後に生き残った娘たちに最後の任務を託して死んでいった」

「……リージア、それって」

「……話は終わり、ありがと」

「な、何が?」

「黙って聞いてくれて、結局は皆にも話す事だから、ここで踏ん切り着けたかった」

「……」


 今にも泣きそうな表情を浮かべるリージアを前にして、フォスキアは言葉を詰まらせた。

 追い込まれているかのような顔を見せられては、何も言う事は出来なかった。

 何しろ、フォスキアは今のリージアの気持ちが痛い程解る。

 とてつもなく嫌な過去を語る為に、酒に頼ったのだ。


「(以前の私と、同じじゃない)」


 胸を痛めながら、フォスキアはリージアの手を握り締めた。

 人ではない物を掴む感触でも、確かに生きている少女の手。


「どうしたの?」

「貴女に何があっても、私は、絶対に貴女の味方だから」

「……うん、ありがと」



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