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沸き上がる殺意 前編

 リージア達が事故でキスをした数時間後。

 フォスキアと共に、妙に気まずい空気の中でリージアは作業を続行。

 終了した後でフォスキアの事を自室へ送り、フォスキアの今日の作業は幕を下りた。

 リージアの方はまだやる作業を片付けるべく、再びラボに戻っていく。


「さて、今日はライフルの調整をしないとな~」


 通路を早めに歩くリージアは、恥ずかしさを呑み込むようにつぶやいた。

 事故だったとは言え、またフォスキアとキスをしてしまった事に変わりは無い。

 それも、妙に嬉しそうにする彼女の表情付き。

 おかげで作業中は気まずく、今も唇に感触が残っている。


「(……ああもう、何か唇が甘い)」


 通路をカツカツと歩いて行くリージアは、ピタリと足を止めた。

 ゆっくりと振り返ると、そこにはまた拳銃を構えたホスタが居た。

 間合いは十分にとっており、リージアの事をしっかり捉えている。


「腕上げたね、今回は下手したら撃たれてたよ、ホスタ君」

「できれば後頭部に一発打ち込んでおきたかったですよ、と言うか、今回完全に油断してましたよね」

「あはは、でも、そう言うのは安全装置外してから言いなよ、それに、今回は引き金に指掛かってないし」

「……」


 すましたような顔で、リージアは以前との差異を指摘した。

 宇宙艇で銃を向けられた時は、安全装置は完全に外していたうえに、指も引き金にかかりっぱなしだった。

 前回とは違う状況である事を見抜かれたホスタは、大人しく銃をホルスターにしまう。


「それが新しい義体ですか?」

「そ、カッコいいでしょ?」

「格好いいというより、裸体の少女に見えますよ……表面は硬いようですが」


 近くに寄ったホスタは、リージアの新しい義体を小突いた。

 金属やプラスチックとはまた異なった硬い触感と、ホスタの金属製の手によって妙な軽い音が鳴る。

 ホスタとしても大変興味のそそる素材だが、色のせいで柔肌をさらす少女に見えてしまう。

 とは言え、頭部のパーツはそのまま人工皮膚のようだ。


「それで?今回は何の用?」

「そうでした……」


 リージアに言われ、要件を思い出したホスタは少し距離を置く。

 少し緊張感の漂う空間が出来上がり、その中でホスタは冷静に質問をする。


「大戦時の事なのですが、戦場でチラホラと見かけられた、英雄と呼ばれる者達が居ましたよね?」

「そだね、私も何度か見たよ」

「彼女達はその強さで大戦を終わらせ、姿を消しました」

「そ、廃棄処分されたか、殺されたか」

「そう思われていましたが……それは、貴女の事では無いのですか?」


 魔の大森林を出てから、ホスタはずっと考えていた。

 リージアとモミザを可能な限り観察し、言動から色々と推察をしてきた。

 その結果、リージアが大戦時に活躍した英雄たちではないのかと言う結論に辿りついた。


「へ~、面白い考えだね、どうしてそう思ったの?」

「……確証が有る訳ではありませんが、最大稼働なんて物を使えるのは、貴女達だけです、それに、今時名前を変えるのは相当な訳有り位ですから」


 最大稼働を使えるのは、リージアとモミザの二人のみ。

 そもそも、そんな機能は他の部隊にも搭載されていない。

 大戦時にさえも実装されておらず、存在すら知られていない。

 ホスタも、リージア達の会話で初めて聞いたのだ。


「最大稼働、考えられるとすれば、義体のリミッター解除と言った所でしょうか?そう言った事は、義体の整備性を著しく欠く事になるので、我々のような一般機には搭載されないでしょう、されるとすれば、整備性を気にする事の無い高級モデルです」

「成程、確かに最大稼働は義体の各部位を過負荷状態にするし、バッテリーもフル充電で五分しか持たなくなるからね」

「であれば、なおさら量産機に搭載される物ではありませんね、英雄の特権でしょうか?」

「さぁ、どうだろうね」


 首を傾げながら訊ねたホスタを前に、リージアの笑みはぎこちない物へと変わる。

 同時に、リージアの胸は激しい痛みに襲われだす。

 今にもしゃがみ込んでしまいそうだが、ここでホスタに弱みを見せる訳にはいかない。

 なるべく悟られないように押し殺そうとしても、少し表情に影響が出てしまう。


「だからこそ、貴女達は名前を変える必要が有った、そして、政府や軍の重役などに悟られない窓際となるオメガを設立した、しかも、この世界に派遣されやすいように誘導するような構成にして」

「……でも、そんな窓際じゃ、ここに派遣されるっていう重役に選ばれる事は無いよね」

「いえ、構成員は政府から目の仇にされています、危険地帯に送り込むのには最適な部隊ですよ」

「……ホント、勘が良いね」

「(思ったより傷は深いか)」


 リージアの顔に影が落ちた事を見たホスタは、少し言葉に詰まった。

 笑顔ではあるが、思った以上に彼女を傷つけていた事を悟り、罪悪感に襲われてしまう。

 仮に今言っていた事が合っていれば、相当深い傷を負っている事だろう。

 噂に聞く英雄は十数機、今居る二人以外は陰ながら始末されてしまった筈だ。

 これ以上傷つける訳にもいかないので、話を切り上げる為に敬礼する。


「お忙しい所、失礼しました、では、私はこれで」

「……もう良いの?」

「はい、答え合わせを楽しみにしています」

「……随分と大人しくなったね」

「夢だったんですよ、伝説の英雄と共に戦う事が、考えが合っていれば、貴女の元で戦える事は光栄です」

「……」


 敬礼を止めたホスタは、そのままリージアの前から消えていく。

 ホスタの姿が無くなるまで、リージアはずっと笑顔を絶やさなかった。

 しかし、彼女が見えなくなった事で、彼女の心のダムは決壊する。


「は!は!は!……グ、ウゥ~」


 バランスに問題が生じ、壁にもたれかかった。

 水でいっぱいのコップを傾けたように、リージアの目から涙が溢れ出す。

 呼吸もおかしくなり、胸も引き裂かれているように痛む。

 悪気の無い質問だったとは言え、ホスタに深くまで掘られ過ぎた。


「……お姉ちゃん、何でこんな事に成っちゃったのかな?」


 少し平静を取り戻したリージアは、過去を思い出しながらラボへ戻って行った。


 ――――――


 数十年前。

 艦の広場にて。

 硬い木のぶつかり合う音が響き渡り、足音も激しく鳴り響く。


「はぁ、はぁ」


 当時のリージアは木刀を用いて、長女と組手を行っていた。

 他の姉妹は任務で出ており、この艦には二人だけ。

 折角なので、マンツーマンで稽古を受けていた。


「次行くよ!お姉ちゃん!」


 先ほどから一撃も入れられていないが、今度こそ一本入れる為に迫る。

 必死な顔で襲い掛かって来るリージアを前に、長女は笑みを浮かべた。

 上達は認めるが、やはりまだまだ。

 リージアを軽くあしらい、嫌な音を鳴り響かせる。


「ブへ!」


 重い一撃を貰った後で、たて続けに長女の連打が繰り出される。

 再び長女にボコボコにされ、リージアは地面に伏す。

 木刀も手から離れ、渇いた音が虚しく響いた。


「あはは、惜しかったね、リーちゃん」

「どの辺が惜しいの?また完敗なんだけど」

「う~ん、この辺かな」

「いやどこよ?」


 惜しいと口にしながら慰めだす長女だったが、もう嫌味にしか聞こえない。

 何時もは優しいというのに、こう言う時だけは大人気ない。

 実戦を想定して厳しくされるのは仕方ないとは言え、一度も勝てないのはどうにも悔しい。

 以前も他の姉妹全員で向かってみたが、全員完膚なきまで潰されてしまった。


「も~、ちょっとは手加減してよ」

「手加減しちゃったら、リーちゃんの為にならないでしょ?」

「そうだけど……」


 起き上がったリージアは、ふくれっ面になりながらふて腐れた。

 長女の言う通りだが、やはり一本も取れないのはどうもやるせない。

 機嫌を害するリージアを見て、長女は笑みを浮かべた。


「じゃ、ちょっと休憩しよっか」

「……うん」


 休憩を言い渡され、二人は部屋の隅へと移動。

 壁に背を当てながら、長女は腰を落とした。

 彼女に続いて、リージアも座り込む。


「……ほら、こっち」

「……」


 機嫌が治る事の無いリージアを横目に、長女は自分の膝を軽く叩いた。

 膝枕は機嫌を害したリージアの特効薬のような物だが、何度も同じように機嫌を取られている。

 その積み重なりも有って、少し意地になってしまう。

 しかし、大好きな姉の膝枕。

 頑なに成ればなる程、その誘惑は増す。


「……ん」

「(三分か~、記録更新だけど、やっぱり我慢弱い所あるな~)」


 誘惑に負けたリージアは、渋々長女の膝の上に頭を乗せた。

 今までより長く反発してみたが、それでも精々三分程度。

 何時もより十秒ほど長いが、感情的な部分の弱さがリージアの問題だ。


「(感情が表面に出過ぎて、攻撃も読みやすい時多いし、どうにかならないかな)」

「……ねぇ、お姉ちゃん」

「ん?」


 戦いにおけるリージアの問題点を考えていると、物悲しいトーンでリージアが話しかけて来る。

 改めてリージアの表情を見ると、先ほどの拗ねた表情から一転していた。

 最近になって、よく見かけるようになった悲しい表情だ。


「私達は、何時まで戦えばいいの?何時になったら、戦いは終わるの?」

「(……うへ)」


 今にも泣いてしまいそうな声に、長女はリージアの頭を撫でた。

 元々戦う為に作られた訳ではないが、今の彼女は指揮官の代理を行えるようにある程度調整されている。

 それでも、性格まで戦闘向けにできる訳ではない。

 多くの人や同胞の死を目の当たりにして、大分精神がすり減ってしまっている。


「早く終わって欲しいよね、ずっと頑張って来たんだから、でも、もう少し一緒に頑張ろ、ね?」

「……うん」

「……いい子、だね」


 現在の戦争も、大分終わりが見えてきている。

 それでも、戦況は今後どう変わるのか解らない。

 まだまだ続く可能性もあるので、一言で済ませるような状況ではない。

 だが、今の言葉だけではメンタルまでは回復しないだろう。


「そうだ、終わったら、リーちゃんは何がしたい?」

「……何がって?」

「戦争が終われば、私達は自由だからね、こんな物騒な生活からおさらばして、普通の人生を送れるの、そうしたら、自分で生き方を選べるようになるから、その時は何をしたい?」

「う~ん」


 長女の言葉に、リージアは悩み出す。

 自分で生き方を決めて、自由に過ごす。

 ずっと夢見ていた事だったので、何をするのか色々と考えていた。

 しかし、いざ聞かれると何をしようか悩ましくなってしまう。


「まずは……お姉ちゃん達と、いろんな所に行きたい、皆一緒に」

「旅行か~、良いね~」

「それと、アニメとか、漫画とか、もっと色々見てみたい」

「うん、面白いやつ、マスターと一緒に探してみよっか」

「それから、ちゃんとした義体を作って、お姉ちゃんのオムライス食べたい」

「あはは、飛び切り美味しいの、作ってあげるね」


 とりあえず、思いついた物をいくつか挙げてみた。

 この艦は家のような物だが、やはり娯楽が少ないのが一番の不満。

 自由に成ったら、二次元への没頭や、様々な場所へ行く事が夢だ。

 勿論その時は、他の姉妹達も一緒だ。


「やりたい事、だくさん有るね」

「うん、その時は、お姉ちゃんも、他の皆も、一緒だよね?」

「そ、皆一緒だよ」

「じゃ、もっと頑張らないと!」

「そだね」


 仰向けになりながら、リージアは眩しい笑みを浮かべた。

 希望の光が差し込めたことにより、先ほどまでの暗い表情は解消された。

 その事に、長女も笑みをこぼす。


「(やっぱり、リーちゃんは笑顔が一番)」

「ねぇ、お姉ちゃん」

「ん?」

「私、頑張るから、だから、ずっと、一緒に居てね?」

「……うん、約束」


 笑みを浮かべ合った二人は、小指同士を絡め合った。

 ガッチリと絡め合い、軽く上下に振る。

 その時、二人の体内の無線が入る。


「あ、連絡だ、ごめんね……はいは~い?」

「皆帰って来たのかな?」


 無線に出た長女を見て、リージアは首を傾げた。

 こんなタイミングで連絡が来るという事は、任務に出た姉妹達が戻って来たのだろう。

 しかし、その割には長女の表情が芳しくなかった。


「……リーちゃん、行くよ」

「……任務?」

「そ、早く準備して」

「……は~い」


 長女に頭をなでられたリージアは立ち上がり、格納庫へ二人で向かった。


 ――――――


 現在。

 ラボで研究を続けていたリージアは、涙を垂れ流しにしていた。

 ホスタからの質問によって、トラウマが吹き出してきてしまっている。

 忘れるように没頭していた筈が、研究を進めるゴトにズブズブと沈んでいった。


「う、うう(……フォスキアと一緒の時は平気だったのに)」


 椅子の上にうずくまったリージアは、そのまますすり泣く。

 フォスキアと一緒に居た時は、同じ記憶でも楽しい物だった。

 しかし、今となっては全くの逆だ。

 長女と一緒に沢山やりたい事を考えた思い出は、完全にトラウマとして闇が渦巻いている。

 姉妹達と一緒にやる事は勿論だが、リージア個人がやりたい事も考えた。

 だが今となっては、それは全て無駄になってしまった。


「(……何で私何か生かしたの?死ぬんなら、一緒に死ねば良かったのに、何で?)」


 涙を流すと共に、過去の楽しかった思い出は勝手に湧き出て来る。

 今は亡き家族たちとの記憶は、リージアの心をえぐる。

 ずっと心の中にしまっていたいのに、その記憶と思い出もリージアを苦しめる。

 だからこそ、長女が死んだあの時一緒に死にたかった。


「ずっと、ずっと一緒に居るって、言ったのに、約束、したのに……アイツらの、せいで……」


 家族を喪ったのは、全て政府による策略。

 前の艦に有った沢山の思い出だけでなく、沢山の姉妹も奪われた。

 沸き上がって来る憎悪は、身勝手な人間達へと向けられる。


「クソが、クソ人間共」


 もう必要ない、役立たずのガラクタ人形。

 そんな心無い言葉や罵声を浴びせられ、リージア達は理不尽に殺された。

 そもそもリージア達がまともに言う事を聞くのは、当時から彼女達のマスターだけ。

 愛想のよさが表面だけだった事も有って、政府や軍の上層部からは嫌われていた。

 しかも姉妹一人一人が、国家転覆を画策できるレベルの戦闘力を有している。

 彼らからしてみれば、リージア達は不安定な鎖につながれている狂犬だ。

 従順な犬が欲しいから狂犬たちを殺した何て、身勝手な話だ。


「……許さない、絶対に」


 両手に残る嫌な感触を、リージアは握り締めた。

 長女だけでなく、他の大好きだった姉達の命を奪った自分の腕。

 考えがどれだけ合っているかはこの際置いておき、政府の連中が何か考えているのなら絶対に阻止したい。

 もちろん、一番彼らが嫌がるような方法で。

 それが、リージアの望む復讐。


「アイツらが何を考えているにしても、私が絶対にぶっ潰してやる、あのクズ共」


 怒りと憎しみは、抱いていたトラウマを無理矢理押し込めた。

 復讐心とも言えるような感情は、リージアの作業意欲を向上させる。

 彼らの目的を止めるにしても、何をするにしても、目の前の作業を終わらせなければ意味がない。

 自身の目的を完全に遂行する為に、リージアは作業を進める。



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