準備と息抜き 後編
義体生成作業開始から数時間後。
休憩を言い渡されたフォスキアは、艦内の広場に居た。
元々は格闘訓練等に用いられる道場的な場所だったが、今はアンドロイド部隊達のガス抜き場となっている。
休憩の為に近くを通りかかったら妙にうるさかったので、覗いてみる事にしたのだ。
「それで、何をしているの?」
「ドッジボールさ、人数を分けてボールをぶつけ合うスポーツだよ」
端数として審判を務めていたベゴニアは、話しかけて来たフォスキアへ簡単に解説した。
参加しているのは、作業中のリージア達と、パイロットとして艦を動かす二名以外。
合計で九名しか参加できていないので、小規模の物となっている。
構図としては、オメガ対ガンマと言った感じ。
それでも彼女達は、今までのストレスを発散するかのように楽しんでいる。
「決めろ!隊長!」
「いけぇぇ!」
「フン!」
味方陣営のメンバーからの応援を受けながら、ゼフィランサスは相手陣営の最後のメンバーへボールを投げた。
少し飛び上がり、体重を乗せて投げつけた事で、ボールは砲弾のように迫る。
その速度を前にして、最後のメンバーであるホスタは受け止める姿勢を見せる。
「ブヘ!」
しかし、ボールはホスタの胸に直撃、変な悲鳴と共に地面へと打ち付けられた。
コロコロと地面を転がり、フォスキアの足元にたどり着いた辺りでホイッスルが鳴る。
元気よく喜ぶゼフィランサスのチームを前に、ホスタのチームも称賛として拍手をおくった。
途中から見たフォスキアは良く解らなかったが、とりあえずホスタ達にならって拍手をする。
「……随分盛り上がるのね」
「一応人気のスポーツなのさ、鉄砲撃ってドンパチしていてもストレスは溜まっちまうからね」
「ふ~ん(見た事無い素材ね、革とかじゃないみたい)」
ベゴニアの説明を聞きつつ、フォスキアは足元に転がって来たボールを手に取った。
ゴムで作られたボールを初めて触ると、不思議な感触に興味がわく。
柔軟性が高いというのに、かなりの頑丈さを持っているのがわかる。
確かにこれであれば、人間同士でぶつけ合っても怪我のリスクは低い。
「あら、フォスキアちゃんじゃなぁい、どうしたの?貴女も参加する?」
「い、いや、たまたま通りかかっただけだから、私は遠慮しておくわ」
「そんな事言わないでぇ、ささ、ちょっとは刺激も大事でしょ?」
「ちょ、ちょっと」
一応ヘリコニアなりにフォスキアを気遣っての事だが、強制参加させられた身としては少し迷惑だった。
とは言え、座ってばかりでは体が鈍ってしまうのは事実。
軽い運動位はしておこうと、渋々参加する事にする。
「お、助っ人のご登場か?」
「ええ、これなら、貴女達にも負けないわぁ」
「か、買い被らないでちょうだい」
「じゃ、あーし抜けるから、フォスキアが来んなら勝てるっしょ」
「は~い」
ゼッケンを脱いだブライトは、審判のベゴニアの方へと抜けて行った。
壁の隅に座り込み、傍観の姿勢を決める彼女を置いておき、ホスタはゼフィランサスの方へと近寄る。
珍しく喧嘩腰となりながら、話を始める。
「これで形勢は変わりました、次は覚悟していてください」
「ほう、お友達が来て随分強気になったな」
「もちろんです、彼女はプロですから」
「そうか、楽しみだ」
不敵に笑い合う二人は置いておき、ヘリコニアはフォスキアへルールの説明を始めていた。
一応顔に当たったらセーフであるという事と、バウンドしなければ連続ヒットも有りのルールという事を教えた。
「さて、先行はそっちに譲ろう、そのエルフのお手並みを拝見したい」
「良いんですか?」
「もちろんだ、さっきは我々が勝ったからな」
「手順飛ばさないでもらえるかい?」
余裕の笑みを浮かべながら、ゼフィランサスはオメガチーム側に最初の攻撃を許した。
その様子に困惑の表情を浮かべたベゴニアだったが、本人が良いと言っているので黙認する。
一先ず両陣営の準備が整った事を確認し、開始のホイッスルを鳴らす。
甲高い音が響き渡り、試合が開始される。
「……えっと、これを投げてぶつければ良いのよね?」
「そうよ~、頑張って当ててみてね~」
「とりあえず分かったわ」
適当にもてあそびながら、フォスキアは真剣な表情で警戒するガンマ達を見る。
先の投げナイフの大会によって、ガンマの面々はフォスキアの投擲スキルの高さを思い知っている。
何しろ他の傭兵達さえ寄せ付けない強さを持っており、ここにいるアンドロイド達でも歯が立たなかった程だ。
「さぁ来い、投げナイフ大会の借り、返させてもらうぞ」
「貴女意外と根に持つタイプ?」
「そうでもないが、闘志を燃やす方法は人それぞれだろ?」
「確かにそうね」
笑みを浮かべたフォスキアは、ボールを構える。
場合によってはその辺の岩石を投げて魔物に対抗する場合も有るが、少し大きく感じてしまう。
とは言え、投げ物が得意な彼女には誤差だ。
「来い」
ゼフィランサスに倣い、メンバーであるサイサリス達も気を引き締めだす。
変な緊張が走り、フォスキアは投げる準備を整えた。
「フン!!」
かなりの力を込めて投げられたボールは、即座に音の壁をぶち破る。
そのあまりの弾速に、流石のゼフィランサスでも反応できなかった。
彼女達が何かしらの反応を見せる前に、フォスキアの投げたボールは到達。
先頭に立っていたゼフィランサスの胸部に命中し、表情の前に体勢が崩れる。
しかも、ボールは反射して斜め後ろに居たスイセンに迫り命中。
スイセンの義体に弾かれたボールは、近くに居たサイサリスにも当たってしまう。
「んな!」
「え!?」
「ウソ!」
あまりに速い弾速のせいで、三人の反応は一瞬遅れた。
最初に命中したゼフィランサスに至っては、その威力のせいで転んでしまう。
この事実を前にして、ベゴニアも硬直してホイッスルを鳴らすのを忘れていた。
「あ、あら~、これ予想以上ね」
「はい、投擲技術が高いとは、前から思ってはいましたが、これ程とは」
まさか一発で全員を倒すとは思っていなかったので、これにはヘリコニアも冷や汗をかいてしまう。
伊達に傭兵として、投げ物で戦い続けてきた訳ではないようだ。
しかも魔力によって身体能力を強化できるので、このスポーツで彼女に勝つことは困難だろう。
「……も、もう一度だ!今度こそ!」
流石のゼフィランサスも、この結果には不服だったらしく再戦を求めた。
――――――
第二試合が開始されてから、三十分後。
ゼフィランサスとフォスキアの戦いは、とてつもなく白熱した。
コート内は二人だけの独壇場となり、二人だけでボールを投げ合う状況となっていた。
彼女達の実力は拮抗しており、互いに弾丸のようなボールを投げ合い、ほとんど戦場のような物と化していた。
結局勝負はつかず、ゼフィランサスのバッテリー切れで幕を閉じた。
「いや、まさかこれ程とは、恐れ入ったぞ」
「ふふ、ちょっと張り切り過ぎたわね」
ボールを回収したゼフィランサスは、フォスキアと握手を交わした。
二人共互いの実力も称賛し、笑みを向け合った。
「しかし、エルフの遠距離武器と言えば弓のイメージなんだが、何故チャクラムなんて使うんだ?」
「……」
「あ、すまん、プライベートだったな」
素朴な疑問のつもりだったが、顔を赤くしながら視線を逸らしたフォスキアをみて頭を下げた。
思った以上にプライベートな部分に、首を突っ込んでしまったらしい。
「そ、その、こ、子供の頃は弓とか使ってたんだけど、その、成長期に入ってから、ひっかかる様になっちゃって」
「え……あ」
成長期と言う単語とフォスキアが触る部分を見て、ゼフィランサスは色々と察した。
人によっては嫌味でしかないが、彼女にとっては真剣な悩みなのだろう。
実際フォスキアのようなスタイルの人間では、弓を扱うのはかなり難しい。
「それで、悔し紛れに物投げるようになってたら上手くなって、チャクラムは色々試してたら行きついた答えみたいな物よ」
基本的に酔って魔法を使うのに不向きな状態を維持する彼女にとって、魔法に頼る事の無い遠距離攻撃方法が必要だった。
昔は投げナイフ等を使っていたが、世界中を巡る事で色々な武器に出会って来た。
様々な試行錯誤と練習の末に行き着いたのが、現在のチャクラムだ。
「成程、随分と試行錯誤したのだな」
「ええ、アンタ等の銃とか言うのが有れば一番良かったんだけどね」
「そうか、だが、我々の扱う銃もまた、長い戦いの歴史の末に試行錯誤と工夫を凝らして、今の形や戦術を構成している」
「そうなのね……」
プロセス自体は想像できないフォスキアだが、リージア達が使う銃には種類が有る事は知っている。
しかし、少し引っ掛かる事が有った。
「なら、何でわざわざ貴女達を作る事にしたのかしら?それにも理由が有るのよね?」
「ああ、そうと言えばそうだが、全て説明するには時間がかかるな……」
銃による戦術などを構築してきたのであれば、リージア達のようなアンドロイドをわざわざ作る理由が思い当たらなかった。
一人を作るにしても、相当な技術やコストが必要と言うのは彼女の目にも明らか。
普通の兵士を育てた方が、容易く兵力を増やせる筈だ。
それらの説明をしたいゼフィランサスだが、時間がかかる事に悩んでしまう。
「よし、こちらで説明しよう、お前達は適当に遊んでいてくれ」
「(別に今じゃなくてもいいんだけど)」
フォスキアを連れて壁際へと向かったゼフィランサスは、皆に適当に遊ぶよう指示。
今すぐでなくても後で良かったが、折角のご厚意に甘えてフォスキアも壁際へ移る。
壁にもたれかかった二人は、遊び始める彼女達を眺めながら話を始める。
「……そもそも、我々の世界の武器の進化は、効率よく、そして罪悪感無く敵を殺せるかにと言う物が根幹に有る」
「随分嫌な根幹ね」
「あくまでも私の考えだ、最終的に人間の代わりに敵を倒す我々が作られたのだからな」
「成程ねぇ、でも、その理論で行くと、感情なんて持たせたら効率なんて物は無駄になるんじゃないの?」
話を聞いたフォスキアは、ゼフィランサスも頷くような質問をした。
効率よく戦わせたいのであれば、恐怖や罪悪感をもたらす感情何て必要ない。
実際リージアも、過去に姉妹を喪ったトラウマで苦しんでいる節がある。
「確かにな、最初は感情を持たないただの暴力装置としての開発が進められていたが、やはり失敗が続いていた、人間のように二本脚で歩かせる事は勿論、敵味方の判別等、問題が多くて、誰もが四苦八苦していた」
「でも成功して、貴女達が居るんでしょ?」
「そうだ、長い研究の果てに全ての問題を解決した者が居た、現在使われているアンドロイドの基礎的な部分の全てが、全てソイツの設計として採用される程のな」
「凄いわね、誰にもできなかった事成し遂げちゃった何て」
「ああ、問題が有るとすれば、その開発者は戦う為のアンドロイドを作ろうとは考えていなかったという所だ」
「そうなの?」
元々リージア達は、戦闘をする為の物では無かった。
そう考えれば、わざわざ感情をもたらしたことにも説明がつく。
とは言え、邪魔としか思えない感情をもたらした物さえ、何の改良も行わずに使い続けられている。
それを踏まえると、余程優秀な設計だったのだろう。
「その最初に作られたのは、始まりの十三機、と呼ばれていてな、詳細は不明だが、花の名を使うなど、開発者たちの趣味が満載、という事だ」
「趣味って……もしかして、貴女達に男の姿が無いのって……」
密かに気になっていたフォスキアの疑問に、ゼフィランサスは頷いた。
ここに来るまでで、フォスキアが出会ったアンドロイドは全員女性型。
男性型が居ないという事に、僅かに違和感を覚えていた。
「ああ、その十三機全てが女性型だったんだ、義体の設計も改造しても、どうしても男型が作れないらしい」
「何でよ」
「何でも、バランスが全然違うせいで上手く行かなかったそうだ、結果的に我々の姿は女性のみという事に成った」
宣伝などで女性を用いる軍も有るが、やはり軍人と言えば屈強な男性と言うイメージは今でも根強い。
それを利用して兵士の士気を向上させる目的を試みたが、女型用に作られたプログラムではやはり問題が多かった。
多少体格を良くできても、男性型にするとバランスが崩れ、何故か制御を失う場合も有った。
研究が実る前に大戦が終わった事もあり、こうして彼女達が使われ続けている。
「(という事は、リージア達の基地だと女の子同士でキャッキャしてるって事よね)」
作業中のリージアとの会話を思い出したフォスキアは、基地での恋愛事情を妄想した。
二人の話が本当だとすれば、女性同士の恋愛ばかりが起きている事に成る。
長い間そんな所に居れば、リージアがそう言う趣味になっていても不思議ではないだろう。
「花の名前をもじるのも、その人のこだわり?」
「多分な、だが、リージア達は名を変えている、恐らく本名はフリージア、モミザの場合は、ミモザかモミジと言った所だろう」
「本名?名前って変えて良いの?」
「ああ、だが、その名前を変えたりすると、必ず良くない事が起こるんだ」
「……そう言えば、そっちの失礼な子がそんな事言ってたわね」
「サイサリスか、すまなかったな」
名前を変える事によって、戦死をするなどのジンクスがある。
たとえその機体が死ぬ事は無くても、所属する部隊には良くない状況が起こる。
その事はサイサリスとの口論で、フォスキアも何となく知っていた。
「いいのよ、私が言われた訳でもないし」
「だが、カラクリは恐らく、急に名前を変えた事による現場の混乱だ、それで指示の伝達が曖昧となり、戦いが不利となってしまうからな、今では変えている奴はいない」
「成程、じゃぁ、変えない方がいい筈なのに、何で……」
サイサリスにいじられた時は、カッコいいからと言っていた。
リージアの性格から考えて、何時ものお遊びや恰好付けという可能性も捨てきれない。
「そこまでは分からん、だが、何か理由が有るのだろうな、機会が有れば本人に聞いてみると良い」
「ええ、機会があればね、それと、色々と教えてくれてありがとう、私はそろそろ戻るわ」
「そうか……」
そろそろいい時間なので、リージアの元へ戻る為にフォスキアは立ち上がった。
彼女より遅れる形でゼフィランサスも腰を持ち上げ、フォスキアに疑念の目を向ける。
「それで、答えは出たか?」
「……せっかちね、哲学みたいな質問なんだからもうちょっと時間ちょうだい」
「わかった、ただし人間換算だ、百年、二百年経った後では話にならん」
「肝に銘じておくわ」
初めて認めてくれたのがリージアでなくとも、好意を寄せたのではないか。
その質問の答えを聞こうとしたゼフィランサスだったが、まだ答えは出ていなかった。
別に意地悪で言っている訳ではなく、アンドロイドへの恋情何て捨てた方が身のためと言うのを遠まわしに伝えたつもりだった。
察していないのか、察しても諦めていないのか。
そのどちらなのか解らないが、フォスキアが諦めていないのは事実。
去っていく背中を睨むように見ながら、ゼフィランサスはため息をつく。
「……そもそも我々は人間から愛されるような存在ではない、生半可な気持ちでそんな関係になれば、後悔するぞ」
最初の十三機はともかく、現在の彼女達のモデルは戦闘に寄り添っている。
義体の基本にさえ従っていれば、現在の技術者たちでも改良はできる。
その結果、人間社会に溶け込むような事は度外視され、現在のように物として扱われる事に重きを置かれている。
ただの兵器であり、何でも言う事を聞く便利な道具。
その事実だけは、人間達が考えを改めなければ変わる事は無い。
――――――
フォスキアが運動場を去った後。
「(……名前を変えた理由、か)」
ボールをもてあそぶホスタは、小耳に挟んだ二人の会話に関して考えていた。
会話に搭乗した以外にも多くの疑問が、リージアには存在する。
最終的には話すと言っていただけに、そろそろ隠す気が無いのか、色々と察しの付く言動が増えて来た。
「(以前の彼女は、とにかく不真面目さが全面に出ていて、配属されたばかりの時はショックでしか無かった、けど)」
二年しか居なかったが、リージアに不真面目なヤツと言うレッテルを張り付けるには十分な時間だった。
だが、今となってはそんな彼女の面影すらない。
本当に同一人物なのかと疑ってしまう程、マジメさが際だっている。
出航前にマリンスポーツや潮干狩りを楽しんでいた事は、この際置いておく。
「(私も、ちょっと聞いてみるか)」
そう思いながら、ホスタはプレイを続行する。




