準備と息抜き 前編
リージア達三人が移動を開始してから、十分後。
モミザは途中で分かれ、野暮用を済ませに行った。
大型艦という事も有って、やはり移動は大変だった。
目的地であるラボに到着したのは良いが、本当に船の中なのか怪しくなる。
「ねぇ、ここ、本当に船の中よね?」
「そだよ」
「リザードマンと戦ってる時に思ってたけど、こんなに大きくする必要有った?」
「色々有るのよ、機能とか」
フォスキアからの質問を適当にあしらったリージアは、ラボの中へと入って行く。
扉をくぐってすぐ、薬品や消毒液の臭いが鼻を突く。
宇宙艇のラボより医療設備等も充実しており、部屋も多い。
数ある部屋の中から、目的の部屋へ入る。
中ではヘリコニアとヴァーベナが機材のチェックをしており、リージアの姿を見るなり作業を切り上げる。
「あ、リージアちゃん」
「ど、どうも」
「二人共、点検のありがと」
笑顔で出迎えてくれたヘリコニアの横で、医療設備の陰からひょっこりとヴァーベナが出て来る。
彼女達には戦闘による設備の損傷等が無いかをチェックしてもらっており、ついでにヴァーベナには作業のセッティングも行ってもらった。
二人に敬礼したリージアは、早速機器の席に座る。
「え~っと……うん、これなら」
「あ、あの」
「ん~?」
笑みを浮かべながらチェックを進めるリージアに、ヴァーベナは弱弱しく話しかけた。
画面しか見ないリージアだが、聞かれる事は何となくわかっている。
なので、特に嫌な顔はしない。
と言うか、引っ込み思案でも医者の端くれで有る彼女が疑問を持たなければ、おかしい話だ。
「な、何故、医療用のバイオプリンター何て、義体を作るのでしたら、その、別の区画にある工業用のプリンターで」
「確かにね、でも、今の私に必要なのはこっちなの」
「も、もし、せ、生命体を造りたいのでしたら、そ、それでは不可能です、それはあくまでも、皮膚や筋肉のけ、欠損部分の再生程度しか」
「でも、神経を作れるし、筋線維や骨の模倣だってできるでしょ?」
「は、はい、ですが、私達が動かせるような物には」
彼女達の目の前に有るのは、本来は人体の欠損部位を治す為の物。
生きた物を無から作る事はできないうえに、アンドロイドの義体を作る為の物でもない。
作れても、せいぜいマネキン程度だ。
この機械で多くの兵士を治してきた彼女には、何をするのか疑問しかないだろう。
「確かにね、でも、材料は調査チームが用意してくれたし、今は知識も有る、だから大丈夫だよ」
「え」
そう言いながら、リージアは自分の装甲を取り外し始める。
久しぶりにスケルトンのような状態になったリージアは、身の軽さを味わう。
「さて、フォスキアはそっちに座って」
「え、ええ(何でイヤらしい物見た訳でもないのに、こんな気分になるのかしら?)」
リージアの案内で席に着いたフォスキアだったが、今のリージアの姿に妙にドキドキしていた。
以前までは魔物を前にしたような恐怖が有ったが、今は何故か恥ずかしい気持ちが勝ってしまう。
金属骨格から表面の装甲を取り外す姿が、何故か生着替えを見ているようだった。
「(ああもう、切り替え切り替え)えっと……」
両のホホを軽く叩いたフォスキアは、改めて座らされた機械の端末を目にする。
真っ先に目に着くのは、複数の液晶画面とペンタブレット。
加えて、棺のように大きな箱と、天井から延びる複数のアーム。
リージアの作業風景は見ていても、やはりフォスキアには何が何だか分からない物ばかりだった。
「な、何をすればいいの?」
「あ、ちょっと待ってて」
後ろを振り返ったフォスキアの相談に応える前に、リージアは箱の中に転がる。
自分の意識とプリンターを接続し、フォスキアの前の端末ともペアリング。
フォスキア側のプリンターに設計図を送り、画面へと移す。
そして、リージアは目の前の液晶画面にアバターとして登場する。
『どうも~』
「……え」
「あら~、可愛らしいわね~」
朗らかな笑みを浮かべるヘリコニアとは別に、急に現れたミニサイズのリージアにフォスキアは目を丸めた。
プログラム関連に特化していないリージアでも、これ位の事は十分できる。
その事を知るヘリコニアは良いが、フォスキアには何が何だかと言った気分だ。
「な、何なの?」
「う~ん、まぁ、一言で済ませるならぁ、リージアちゃんの分身ねぇ」
「分身、ねぇ」
『そ、まぁこういう感じでサポートするから、何でも聞いてね~』
「……」
もう考える事は放棄した方が良いと悟ったフォスキアは、静かにうなずいた。
とは言え、まだ何をするのかさえ分からない。
あまり難しい事は勘弁してほしいが、魔法関連であれば多少の事は出来るつもりだ。
「それで、私は何をすればいいの?」
『とりあえず、細かい事はこっちでやるから、フォスキアは魔法陣の構築をお願いね』
「え、どうやって?」
宇宙艇での作業ではリージアに魔力に関する事を教える程度で、機械をいじるような事は無かった。
なので、目の前にある端末でどうすれば魔法陣を構築するのか解らない。
リージアはアバターを操作し、首を傾げるフォスキアに最適な環境を設定する。
『よし、この画面の横に、ペンみたいなのが有るでしょ?』
「え、えっと……これ?」
『そうそう』
リージアに言われたフォスキアは、恐る恐るペンを手に取った。
そもそもペン何てあまり使わないので、触り心地が慣れない。
それは置いておき、フォスキアは紙とインクが無いか目を配らせ始める。
「えっと……インクとかは?」
『あ、この画面にペン先を軽く当てて動かしてみて、試し描きする感じで』
「え、ええ」
リージアの提案通り、フォスキアは試し描きをするように適当にペンを動かす。
すると、液晶画面に描かれた通りの線が書かれる。
それを前にして、フォスキアは目を丸めた。
「あらあらあら」
『そうそうそんな感じ、そんで、消す時はね……』
リージア達の科学力を前に驚くフォスキアへ、リージアはペンタブレットの使い方をレクチャーしていく。
細かい設定などはリージアが行うが、魔法陣の構築はこうしてフォスキアへ任せるつもりだ。
「あ、あの、私はどうすれば」
『あ、設備の方はどう?』
「え、えっと、衝撃で破損個所は多かったですが、その、もう問題無く稼働できます」
『なら、もう大丈夫、何か有ったらナースコールするから、ゼフィーから指示が無かったら休んでもいいよ』
「は、はい」
「じゃぁ~、私もおいとまするわ~」
『はいは~い、二人共お疲れ様~』
設備の状態を聞いたリージアは、二人に休息を言い渡した。
二つのプリンターさえ使えるようにしてくれれば、後はリージア達で出来る。
指示を下された二人はリージアへ敬礼し、ラボから退室する。
フォスキアとリージアだけが残され、ラボでは作業音だけが響く。
「……それで、こうやって魔法陣を書くとどうなるの?」
『えっと、これから作る装備に、フォスキアが書いてくれた魔法陣を入れられるようになるの、貴女の使う剣とかチャクラムみたいに』
「へ~」
リージアがフォスキアに行ってほしいのは、魔法陣を装備へと刻む事。
フォスキアの使う、チャクラムや剣に使われている工夫にも通じる技術だ。
しかも機械魔物にも似たような技術が使われていたので、実用性も申し分ない。
聞きかじった素人が行うよりは、消耗品にも同じ事をするフォスキアに行ってもらった方が効率はいい。
「(こんなのでねぇ……わざわざキリとか針で文字掘るのが馬鹿らしくなるわね)」
しかし、この作業の簡単さにはため息をついてしまう。
チャクラム等に施す魔法陣は、専用の工具を用いて行う。
変に彫り込むと耐久度に影響がでてしまうので、かなり慎重になる。
それがリージア達の技術を使えば、ペンで文字を書くだけだ。
「それで?どんな魔法陣を書くの?」
『先ずはね……』
一先ず、リージアは直近に構築してほしい魔法陣を相談する。
色々と構築してほしい物は有るが、この一つだけは先にやって欲しい。
口頭での説明と共に、リージアは画面の端へとメモを表示する。
『ていう感じの奴なんだけど、大丈夫そう?』
「う~ん、初めてだから分からないけど、幾らか既存の魔法陣を加筆して修正すればなんとかなりそうね……やるだけやってみるわ」
『ありがとう』
アバターにお辞儀をさせたリージアも、早速義体の制作へ取り掛かる。
フォスキアの背後に有るプリンターも動きだし、義体を生成していく。
リージアにあわせ、フォスキアもペンを走らせる。
「(……ああいう風に作られるのね、この子達の身体って)」
チラチラと後ろを向くフォスキアは、細いアームがリージアの義体を作っていく様子を見た。
人間とは異なり、男女が交わる事もなくその体は作られていく。
産まれ方が違うのであれば、感覚が多少ズレていても不思議ではない。
「(そうなると、恋愛とかってするのかしら?いやでも、モミザだってあんな感じだし、する事には、するのかしら?)……ねぇリージア」
『何?』
「貴女達は、その、恋愛とかって、どう思ってるの?」
リージア達の恋愛観に関して、疑問を投げかけた。
一応恋バナとかは好きらしいのだが、以前はモミザの話云々だけで幕を閉じてしまった。
リージアはリージアで、自分の事を一切語っていない。
なので、実際リージア自身が恋愛に対してどんな感情を持っているのか気になった。
『う~ん、そもそも私自身、恋愛は人の奴を眺める方が好きだからね~、自分が恋愛するって言うのはあんまり考えないかな?』
「そ、そうなのね(そう言えば、モミザがそんな事言ってたような)」
『でもまぁ、他の子達は結構恋愛とか好きだよ、カップルだって何組か居るし、ハーレムしてる子もいるからね』
「意外とその辺寛容なのね」
『人間達からはほとんど見放されてるからね、任務とか問題行動以外は特に口出ししてこないよ』
基本的にリージア達の扱いは、基地への軟禁程度。
出入りがかなり制限されている程度で、色々と娯楽が有る。
と言っても、地上の廃墟から見つけたDVDやゲームを、ジャンク品を用いて作ったハードで楽しむ程度だ。
刺激を求めて、恋愛をするケースは珍しくない。
『正直羨ましいよ、私、お姉ちゃん達以外愛したりって言うのはした事ないからさ』
「(でもこの子も、この子を作った人が居る筈よね、リージアは、その人から愛されていたのかしら?)」
リージア自体を作ったのは、人間なのか別のアンドロイドなのか。
どちらか解らないフォスキアだったが、仮に人間が作っていたら、愛されていなかったのかもしれない。
『……どうかした?』
「え?」
『なんか浮かない顔してるよ』
「……」
ちゃんと見てくれている事を嬉しく思いながら、フォスキアは考えていた事をリージアへ打ち明ける事にした。
「その、リージアは、誰に作られたの?」
『え?』
「あ、えっと、誰にって言うか、作ったのは、人間?それとも貴女の同胞?」
フォスキアの質問に対し、リージアのアバターは少し考えこむ仕草をする。
アバターの表情は何処か物悲しくなってしまい、答えるのに少し時間をかけてしまう。
『……人間だよ、凄く変わったね』
「変わった?」
『そ、アンドロイドに対して、やたらと愛着を持ってる人だった、大抵の人間は私達をただの道具みたいに扱うけど、あの人達だけは、私達を本当の娘のように可愛がってくれた、そんな変わった人達……もう死んじゃったけど』
「……」
うつむいたリージアの答えに、フォスキアは少し安堵した。
どうやら、リージア達は愛されていたらしい。
しかし、味方が少ない事は確実なようだ。
そうでなければ、変わった人何て表現は使わないだろう。
「(望まれて生まれたのに、他の人からは否定される、そんなの……)」
フォスキアは、自分とリージア達を重ねた。
彼女も両親から生まれる事を、生きる事を望まれたのに、無関係な人達はそれを認めない。
リージアも作った人達に望まれたのに、歓迎してくれたのはごく少数。
『私達は人間達にとってただの消耗品だったから、文字通りね、だから、私達を作った人達は、本当に変わっていたんだ』
「私は!」
『……』
「……私は、知ってるから」
画面のリージアをさすりながら、フォスキアはそう言った。
リージア達は確かに物だ、それは否定する事はできない。
それでも、泣いて悔しがり、笑って喜ぶ事だってできる。
そんなリージア達を目の前で見て来たからこそ、彼女達は人間とたいして変わらないのだと断言できる。
『……ありがと、そう言ってくれると嬉しいよ』
「……へ、変にしんみりしちゃったわね、すぐに書き上げるわ」
『え、ああ、うん、頑張って……』
空気を無理矢理切り替えたフォスキアは、誤魔化すようにペンを走らせる。
そんな彼女を端末についているカメラごしに見るリージアは、妙な気分になっていた。
『(何だろう、この感じ、暖かくて、ホワホワして……)』
初めて感じる気持ちだった。
ただ、さっきのお礼はお世辞ではない。
フォスキアの目は、本当に同情の念が有った。
いや、それ以上に確信できることも有る。
ずっと前に封じられた機能がリージア達には備わっているが、何度かフォスキアに反応した事が有る。
端末に接続した際にその機能を一部解放しておいたが、おかげで少し深い所を知れた。
「(……いや、これ以上は無粋か、エーテル制御には必要だけど、今は必要無いもんね)」
機能をオフにしたリージアは、生成作業を続行する。
自分の元の義体が、涙を一滴流していた事に気付かず。
――――――
その頃。
モミザは一息ついていたレーニア達の元を訪れていた。
「は?平常時は柔らかくて、緊急時は高質化する素材?」
「あ、ああ、そう言う都合のいい感じの素材、無いか?」
床に正座するモミザは、ベッドに腰掛けるレーニアにそんな質問をした。
もう一つのベッドで転がりながらソシャゲを堪能中のブライトと共に向けて来る、変な人を見るような目が地味に痛い。
しかし、自分でもへんな事を言っているのはわかる。
それでも、人間のような質感を持った身体になりたいのだ。
「あんた、自分の言っている事の意味わかっているのかい?」
「あ、ああ、で、でも、有るだろ?あの、何だったか?ダンナタラシー?」
「ダイラタンシー」
「そ、そうだ、そう言う感じので、義体とか作れないか?私生活と戦闘を両立できるような」
「顔の人工皮膚と同じ素材じゃダメなのかい?」
「……」
レーニアに図星を突かれ、モミザは胸に痛みを覚えた。
彼女達の顔に張り付けられている人工皮膚も、柔軟性と強度を両立させた特殊素材。
防刃防弾にも優れており、モミザの要望にも応えられる代物だ。
「あ、いや、それだと飛行ユニット取り付けられないだろ?」
「ワガママだね~、確かにそうだが、何が目的なんだい?」
「……いや、その」
全身を人工皮膚で包んでしまうと、義体と飛行ユニットの接続部分まで隠れてしまう。
それを嫌ったモミザは、その方法を拒否した。
レーニアから放たれる冷たい目に刺されながら、モミザは何が目的なのかを恥ずかしがりながら打ち明ける事にした。
「え、エルフィリアみたいな感じになって、リージアに甘えられたいというか……」
「キモ」
「ゴフッ」
「ブライト!そう言う事言うんじゃないよ!たとえ本当の事でも!!」
「ガハッ」
「お姉も言ってんじゃん」
双子からの冷たい言葉に、モミザは死にたくなった。
自分でも気持ち悪い事を言っている自覚はあるので、恥をしのんで相談に来たのだ。
その結果がこれだったので、力無く立ち上がったモミザは部屋を出ようとする。
「……じゃ、俺はこれで」
「あああ!待ちな!悪かったよ!ゼフィランサスが後でガス抜きにドッジボールでもって事だ!折角だから一緒にどうだい!?」
「いや、リージアの武器の手入れしねぇといけねぇんだ」
「そ、そうかい、けどアンタ、プログラム系苦手だろ?」
「ああ、だが、やるのは刃の研磨だ、そっちは俺の方が上手いんでね」
「そうか……じゃ、じゃぁ気が向いたら来てくれ」
「ああ」
「あーしは行かないけど」
「ダメだよ、アンタもちょっとは交流でもするんだ」
「え~、だる」
双子のやり取りを耳にしながら、モミザはトボトボと部屋を出て行った。
だが、すぐに持ち直す為に顔を上げる。
想い人の心は、自分の魅力で手に入れればいい。