別れと出航 前編
祝宴が終了し、三日が経過したタラッサの町にて。
艦の破損によって、リージア達はまだ出発できていなかった。
応急処置が完了するまでの間、彼女達も街の復興を手伝っていた。
機会魔物の制御権限も完全に掌握したので、百体近くの魔物達も復興に参加している。
「妙なもんだな、ついこの間まで殺し合ってた奴と、町の復興とは」
「俺はもう慣れたよ、ていうか、気張ってやるぞ、進行具合によっては国から一人金貨三十枚だとよ」
「だな、防衛線の勝利で金貨百枚、今回は大儲けだ」
世間話をする一般の傭兵達は、ギルド本部からの通達を受けていた。
復興作業に従事し、しっかりと働いた傭兵達には金貨三十枚が支払われる事に成っている。
加えて、今回戦いに参加した者には金貨百枚。
途中退場してしまった者にも、相応の報酬が振り込まれる事に成っている。
そんな話しを聞いたせいか、機械魔物達が手伝っていようとかまわず汗を流す。
「金で動くのはどの世界でも同じか」
「まぁでも、これだけやらせておいて給料ゼロと言うのも、どうかとは思いますよ」
「そうだな、死にかけているし、装備の修繕や買い替え、他にも色々有るだろうからそれ位が妥当か」
傭兵達の言葉を聞いていたゼフィランサス達も、瓦礫を撤去しながらそんな事を話していた。
スイセンの言うとおり、あれだけ頑張って報酬ゼロ何て酷い話ではやって居られない。
アンドロイド達の場合公費でどうにか成るとはいえ、彼らには保険の類さえも無い。
多少はギルドから支援があるとは言え、全ての事を自己負担自己責任で執り行うのだ。
「それより、本当に行くんですか?あのプロトタイプを破壊しに」
「ああ、最高位の作戦司令書何て出されたら、こちらも従わない訳にはいかない」
スイセンからの質問に答えながら、ゼフィランサスは艦の方を向いた。
完全な修復は無理でも、最低限移動できる位の応急処置程度は行えるとの事だった。
宇宙艇の残骸等からパーツを拝借し、何とか傷を塞いでいる。
報告だと九割がた終わったとの事だったので、明日には出発できるだろう。
その作業をリージアとモミザに加えて、ヘリコニアも当たっている。
筈だった。
「……おい、リージアとモミザの姿が無いんだが」
「そういえば、先ほど麦わら帽子姿の軍曹がスコップと熊手とバケツを持って何処かへ……」
「潮干狩り行ってんじゃねぇ」
スイセンの報告に、ゼフィランサスはやたら低い声と共に額に青筋を浮かべた。
姿が見えないと思ったら、どうやら潮干狩りに行っているらしい。
皆が必死に働いている時に、なんとも呑気な物だ。
「大丈夫です、先ほど部長が武装して行きました」
「何処のだ?亀有公園前の派出所のか?」
「恐らく今頃制裁を受けている頃かと」
『ギャアアアアアア!!』
「……丁度受けたみたいだな」
とりあえず銃声や爆発音などは完全に無視して置き、聞こえて来たリージアの悲鳴に多少の愉悦を覚えた。
この際、武装の無駄使いは目を瞑る事にした。
最近モミザの虫の居所が悪いようで、容赦がない。
「しかし、あの人も懲りないですね、確か昨日もダイビングやサーフィン何て事をして、艦に積まれていた魚雷を打ち込まれていました」
「昨日の水柱それか」
戦いが終わった事で、リージアの緊張の糸は完全に切れているらしい。
昨日はダイビングやサーフィン、今日は潮干狩りと、完全に海を満喫している。
先日あれだけ大口を叩いたのだから、早い所船を治してほしい。
そんな事を祈りながら、ゼフィランサスは表情を険しくする。
「……それで、物資の搬入はどうだ?」
「魔物達の協力も有り、全て完了しております、死亡した魔物達もナノマシンが分解してあります、我々の世界に関する痕跡もじきに」
できるだけ痕跡を残さない様に、薬きょうや弾丸の破片等、回収できる物は全て回収して有る。
仮にヴォルフ達がリージア達の事を話しても、信じてもらう事は難しいだろう。
本当はまだこの世界の住民と関わるべきでは無かったのだから、それ位の処置はしておかなければならない。
「それと、フォスキアさんからの話では、どうやら各地で似たような事が起きていると」
「ああ、どうやら、事態は我々の考えるよりも深刻の様だ」
「やはり、本部からの応援を待った方が」
「それはアイツが許さない、この事も話したが、あくまでもプロトタイプを殺す事がアイツの最優先事項らしい」
「しかし、どうやって」
「……どうやら、あの艦の中に有る設備を使って、新型を作るようだ」
もう一つの報告として、スイセンはフォスキアがヴォルフから聞いた話を打ち明けた。
リージアもその事は承知しているが、やはりプロトタイプの破壊が彼女の一番の目的。
それらの対処は、プロトタイプを破壊したうえで始末するようだ。
しかもプロトタイプには、艦内の設備を用いて新型を制作して対抗するとの事。
その話を聞き、スイセンはため息をついてしまう。
「大戦終結より五十年、あのプロトタイプ以外では、新型の『し』の字もできた事が有りませんが」
「そもそも、今の我々で改良の余地がない程に完成された、等と言われているからな」
大戦の終結後、軍縮等の政策を行っていないにも関わらず、彼女達の義体や装備には何の更新も無かった。
地上のゲリラ掃討が現在の任務と言うだけあって、新型の武器は不要と言うのが上の判断らしい。
なので、リージア一人の力で新型を作る何てバカバカしいとは思う。
だが、リージアの頭にあるエーテル技術を用いれば、プロトタイプに近しい物を作れるかもしれない。
そんな期待が、無い訳でもない。
「……いや、正確には、我々よりも前から、と言った所か」
「私達よりも前に作られた始まりの十三機、その完成度から、新型と呼べるのは、派生された数種類の機体だけ、でしたね」
二人が思い浮かべるのは、自分たちの元となった機体達。
完成度のせいか、新たに作られたモデルはごくわずか。
この場に居る者達だけならば、ヴァーベナのみが該当する。
最初の機体達を作った者は、どうやら人間やアンドロイドの治療に特化したモデルは作っていなかったらしい。
「(噂では、そいつらが例の英雄と聞くが、どちらも失われているのが現状、か)」
噂では彼女達が例の英雄たちであると言われているが、そのどちらも失われているので、確かめようがない。
もしかしたら、リージアが知っているかもしれないというのも有る。
リージアがどれだけの知識を持っているのかは未知数だが、あまりにも知り過ぎている印象だ。
「……しかし、プロトタイプに勝る義体となると」
「もういい、先の事は、アイツに任せる……どうせ、我々は進むしかできない状況なんだ」
「はい」
話を打ち切ったゼフィランサスは、瓦礫の撤去に本腰を入れ出す。
リージア達の作業ペースから考えて、明日の早朝にでも出発できるだろう。
それまでにこの惨状を引き起こしてしまったケジメを、可能な限り着けていく。
――――――
その日の夜。
フォスキアは復興の作業は適当な所で切り上げ、自室で装備を整えていた。
モミザの制裁によってボコボコにされたリージアより、出発は明日の早朝であると告げられたのだ。
ついでに部屋もきちんと片づけておき、今度は何時でもリージアを迎えられるようにしておいてある。
「チャクラムもだけど、あの剣、結構気に入ってたのよね」
先の戦いによって、装備を色々失ってしまった。
剣以上に消耗しやすいチャクラムは、加工が面倒なだけでまだまだストックは有る。
しかし、剣だけはそうは行かない。
あれはリージアと逢う前から使っていたので、できれば失いたくなかった。
フォスキア程の力に耐えられるような武器はそんなにないので、代わりを探すのは苦労してしまう。
見つかっても、かなり高くついてしまう。
「……でも、次の奴の繋ぎになればいいわね」
そう言ったフォスキアは、おもむろにマチェットを机の上に置いた。
リザードマン達の使用していた物で、フォスキアが魔力を流し込んでもその機能を発揮してくれる。
リージア達に頼み込んで、一本だけ貰う事が出来た。
予備で購入してある他の剣よりも性能がいいので、繋ぎとしては十分だ。
机の上には他にも替えの消耗品類が並んでおり、ついでに着替えも幾らか乗っている。
タラッサの町に到着するまでは、着替えはリージア達の軍服を使ってしのいでいた。
一応宇宙艇にはランドリーも有ったので、自前の服の洗濯はちゃんとしていたが、装備はちゃんとした物を持っていきたい。
普通の服に見えても、普通の軍服に比べたら魔法がかかっている分、色々な効果がある。
「さぁて、次は……どれにしようかしらね」
最後の荷物として、フォスキアは大量にある酒瓶の前に立った。
保管庫から引っ張り出し、厳選したお気に入りの酒達。
度数強めの酒や、香りの強い酒、コクのある酒。
どれも熟成させた年月ややり方が異なっており、様々な味わいの物が有る。
流石に次の艦にも酒が有るとは限らないので、今回ばかりは自前を多めに持っていくつもりだ。
「あの子達のお酒も良かったけど、やっぱり私は地元のお酒が良いわね」
悩みながらも、フォスキアはリージア達が振舞ってくれた酒の味を思い出す。
甲乙つけがたい味だったが、やはり自分の世界の味は補正がかかって美味しく感じる。
悩みながらも、フォスキアは五つのスキットルを用意。
専用の漏斗を用いて、酒を注いでいく。
「……それにしても、あの子、今度は何をするつもりなのかしら」
酒を注ぎ終えたフォスキアは、注がなかった酒の入る瓶を手に取ってベッドに腰掛けた。
次のリージアの目的を予想しつつ、直飲みを始める。
元々残り少なかったので、この際全部飲むつもりでいる。
「プハッ……今回使ってた武器、急造品って言ってたし、やっぱちゃんとした武器かしら?」
予想できるのは、やはり完成形の武器。
それなりに武器にこだわりが有るのは解っているので、その可能性は高いだろう。
何しろ、ゼフィランサスの言う敵を討つことが、リージアの目的なのだから。
「もしそうなら……やっぱり」
任務の為と言うよりも、リージアの私情の可能性が有る。
ゼフィランサスの言葉を思い出したフォスキアは、更に酒を身体に注いでいく。
リージアが私情を挟んで戦う理由とすれば、やはり彼女の姉位しか思い当たらない。
「ふぅ、お姉さんが羨ましいわね」
モミザよりも上の姉であると言う人が居るというのは、リージアの口から聞かされている。
ただの家族愛である事は解るが、モミザの例が有る。
それだけに、未だにリージアの心に居る長女が羨ましかった。
そんな感情とは裏腹に、不安の感情まで沸き上がって来る。
「……でも、私って、本当にあの子の事、好きなのかしら」
先日のゼフィランサスの問いかけのせいで、こんな事を考えるように成ってしまった。
一番思いつくのはゴブリン討伐の際にリージアの言っていた、吊り橋効果による一時の気の迷い。
ちゃんと考えずに、感情だけで自分の今後を決めるなと言うリージアの説教。
元も子もないような乾いた言葉まで沸き上がり、余計に自分が分からなくなってしまう。
「(悩んでいる時点で、やっぱり……)」
徐々にネガティブになってきたフォスキアは、瓶に残っていた酒を一気に飲み干す。
気づけば目に涙を浮かべ、別の酒瓶に手を伸ばしていた。
リージアへの好意が疑わしくなっているが、同行を許してくれた事は嬉しい。
しかし、こうして悩んでしまう事で、自分の気持ちが分からなくなる。
「(普通の恋愛もロクにした事ないし、冷静に考えると難易度高すぎよね)」
故郷に居る時も、身体の事情から人とは一定の距離を取っていた。
初恋の類をした事はあっても、恋愛をした経験はない。
しかも今の相手はアンドロイドと、そもそも人間ではない。
なので、フォスキアの知る限りの付き合い方はまず通じないだろう。
「(……相談できる相手も、限られてるし)」
誰かに相談したいが、そうなると自然にリージアの同胞たちになる。
今の所はヘリコニアのみが相談に乗ってくれたが、彼女はリージア以上に腹の奥が読みづらい。
だが、何故彼女が大粒の涙を流したのかは分かった。
「憎悪に溶けてしまわない様に、か」
残りの酒を飲み干す勢いで酒瓶を傾けるフォスキアは、ヘリコニアに言われた事を思い出した。
恐らくヘリコニアは、何らかの経緯でリージアの憎悪を知ってしまった。
重すぎるリージアの過去を受け止めきれず、その恋路を諦めたのだろう。
しかし、その気持ちは解る。
最愛の姉を殺され、自分の家と言っていた艦を破壊された。
彼女の流した涙や床を殴っていた姿は、彼女の抱く怒りと悲しみを体現しているようだった。
明らかにちょっとやそっとでは、彼女の中の憎しみを払拭できそうにはない。
それを考えると、ヘリコニアには随分と買い被られてしまった。
「(でも、艦内でのあの子、可愛かったな~)」
ネガティブな思考状態であっても、やはりリージアの可愛い姿は思い出してしまう。
寝ぼけていた事を考えれば、甘えて来たあの姿がリージアの素なのだろう。
戦う時はしっかりと戦っている割に、根は普通の少女らしい。
だが、それは夢に見る程長女の事を想っているのだろう。
「(……そう言えば、あの時に見た光景って、一体)」
不意に我に返ったフォスキアは、艦内にアクセスした時の事を思い出した。
精神世界と呼べる場所に放り出され、適当にさまよった末に見つけた謎の光。
その光に触れた途端、砂嵐のかかった映像が脳裏を過ぎった。
色々な光景を見た気がしたが、今や夢を見た後のように覚えていない。
だが、一番印象的だった場面だけは、今もギリギリ覚えている。
「(泣きじゃくる、髪の長いリージア……)」
アンドロイド部隊の少女達は、一見すると本当に見分けがつきにくい。
オメガチームの面々は、髪型で何とか覚えられた。
しかし、デルタやガンマの面々が入られると、似たような髪型も居るので急に分からなくなる。
それでも、リージアだけは見分けられる。
髪は長かったが、あの少女はリージアだった。
「……」
頭を押さえながら記憶を掘りだそうとするフォスキアだったが、やはり彼女の姿以外は思い出せない。
妙に怖い目に遭った気もしたが、それすら掘り起こす事ができない。
それどころか、触れた光がどんな物だったのかさえも記憶から抜け落ちていた。
「……リージアに聞いてみたら、わかるかしら?」
あの艦で起きた事であれば、やはりリージアに聞くのが一番だろう。
また何かを作る手伝いをするのだから、その時に聞いてみる事にした。
ちゃんと話してくれれば、の話ではあるが。
「あ、長距離用のバックバック忘れてたわ」
空になった酒瓶をテーブルの上に乗せたフォスキアは、不意に映り込んだバックパックの用意を開始。
町から町を移動する際、何時も使っている代物だ。
容量も大きく、頑丈な魔物の革を使っているので耐久性もばっちり。
その上体感する重量を軽減する魔法も付与してあり、傭兵や旅人御用達の品だ。
「(百年くらい前に倒したデッドブルの革を使ったバッグ、大分味が出て来たわね)」
荷造りを始めるフォスキアは、バックパックに使われている魔物を思い出した。
巨大で凶悪な牛型の魔物、デッドブル。
肉は世界中の美食家が憧れる程の美味、角や毛皮は最高の工芸品の材料となる。
代わりに、当時のフォスキアも変異を使ってようやく倒せた獰猛さと戦闘力を誇っている。
文字通り血反吐を吐きながら倒したので、報酬として分けてもらった毛皮を使って制作し、今でも重宝している。
百年程使い続けても色あせる事も無く、むしろ味の有る色合いを引き出し、裁縫がほつれる以外の損傷をした事が無い。
魔物や悪魔から採取した素材を使った装備は、苦労した分に見合った働きをしてくれる。
「(……そう言えばあの子、バルバトスとメタルリザードの素材なんて、何に使うのかしら?)」
感傷に浸っていると、フォスキアはリージアが回収した魔物の素材を思い出した。
加工する時間が無かったという事も有って、彼女は魔石しか使用していない。
どちらも武具として加工すれば、名の有る傭兵であれば喉から手が出る程の装備となる。
彼女達の進んだ技術でどのような物が作られるのか、少し見ものだった。
「(あ、でも、あの子の事だから、単純に調べたかったから、だけかもしれないわね)」
しかしリージアの性格から考えて、ただ調べたかっただけと言う可能性も否定しきれない。
ちょっと不安を覚えながらも、フォスキアは荷造りを終えた。
後は、荷物を持ってギルドの一階へ移動して傭兵達の酒盛りに付き合うだけだ。