プロトタイプ 前編
敵艦が海に着水してしばらくして。
既に朝日が海から顔を出し始め、町と海を照らしだす。
戦火はすっかり無くなり、海水で濡れた町と小破した艦が色を取り戻した。
元凶となった艦は、推力と浮力を失い半分沈んでいる状態。
浅瀬という事が幸いしたが、勢いよく落ちた為リージア達の居る場所は僅かに浸水していた。
「ん、んん……」
艦の通路にて、血に塗れたリザードマンの群れの中。
フォスキアの胸の中で気を失うリージアは、バッテリー残量が限界の中でまた夢を見ていた。
今居る艦は、かつて破壊されたリージアの母艦の姉妹艦。
外装だけでなく、内装までほとんど同じ設計だ。
この中に居る間は、ずっと当時の事を思い出していた。
微睡の中に入る事によって、破壊される直前の記憶が蘇ってしまう。
「お姉ちゃん」
「……ん?」
リージアの言葉で僅かに意識を取り戻したフォスキアは、胸の中の彼女に気が付いた。
涙を流し、苦しそうな表情を浮かべるリージアは、フォスキアの事を抱きしめだす。
そんな彼女を見たせいか、恥ずかしさは消し飛んでしまう。
「リー、ジア?」
「ん、ん」
トラウマに苦しむリージアは、この艦が墜ちる前の姉の言葉を想起していた。
『辛かったよね、ごめんね、情けないお姉ちゃんで……でも、生き残った貴女達だけは、絶対に幸せにして見せるから』
何時も明るい姉が、珍しく打ちひしがれて涙を流した日でも有った。
彼女に抱きしめられながら言われた記憶が、今のリージアの想起するトラウマだった。
「嫌だ、いや、だ、よ……お姉ちゃん」
「……」
何時になく弱弱しい声を発するリージアを見て、フォスキアは目を丸めた。
数日しか一緒に居なかったが、何時もふざけていても真剣な時は真剣だった。
本当の弱みらしい所だけは、絶対に見せる事は無かった。
そんな彼女が、今は弱みしか見せていない。
「リージア」
「ん、お姉ちゃん」
同情したフォスキアは、リージアの頭を優しくなでた。
彼女の手の温もりに身をゆだねたリージアは、フォスキアに抱擁を求めた。
満足するにつれて、リージアの目はフォスキアの事を捉える。
そのせいなのか、リージアは完全に目を覚ます。
「あ……」
「……お、おはよ、う?」
フォスキアの顔を目にしたリージアは、目をパチパチさせた。
ずっと姉の夢を見ていると思い込んでいたリージアは、フォスキアの事を認識した途端顔を真っ赤にする。
「ッ!!」
起き上がったリージアは、水しぶきを上げながらフォスキアから離れた。
セーフ状態のせいで身体が重く、背中を見せながら盛大にずっこける。
海水は構造上問題ないが、今はそれより深刻な問題が発生している。
「……ブクブクブク」
「あ、いや、その、な、何も、見てないわよ、私、うん」
足の甲まで浸水する中で、リージアは恥ずかしさから泡を出していた。
本気で恥ずかしがるリージアを初めて見たフォスキアは、あからさまに気を使った言葉を出してしまう。
建前しか感じない言葉を耳にして、リージアは水面から顔を引き上げる。
「……」
「(うわ、可愛い)」
女の子座りでゆっくりと振り返ったリージアは、目に涙を浮かべながらホホを膨らませた。
しかも顔はトマトのように真っ赤になっており、恥ずかしさが限界寸前の様子だ。
「ま……も、モミザ以外には、絶対言わないでよね」
「わ、解ってるわよ……」
「……」
ゆっくりと全身をフォスキアの方へ向けたリージアは、フォスキアの事を睨みつけた。
恥かしさで一杯な所に、フォスキアの物言いたげな顔が気に障ったのだ。
「い、言いたい事が有るなら言ったら?」
「……いや、その、凄く、可愛かったです」
真っ赤にした表情を片手で気休め程度に隠すフォスキアは、今思っている事を告げた。
恐らく金輪際見られないであろう、リージアの照れ顔に、幼い少女のような甘えた表情。
この二つは、とてつもなく可愛かった。
フォスキアの回答に、リージアはまた涙を浮かべた。
「ウワアアアアン!よりによってフォスキアに見られたぁぁぁぁ!!」
「(そんなに嫌だったの?)」
「しかもよりによって、全然似て無いフォスキアの事お姉ちゃんとか!黒歴史確定だわ!コンチクショウ!!」
両手を頭に付けたリージアは、悶絶しながら海水をまき散らす。
通路をゴロゴロ転がり、床に頭を打ち付ける等。
半ば暴走状態の彼女を見て、目を点にするフォスキアは冷や汗をかいてしまう。
数分程暴れ回ると、リージアは急にストップする。
「……」
「(あ、止まった)」
ゆっくりと上体を起こしたリージアは、胡坐をかきながらうつむく。
悲しさを覚えるリージアの背中を見るフォスキアは、なんとも言えない表情で固まってしまう。
「この艦はね、大戦時に私達が使っていた船の姉妹艦なんだ」
「え?」
急に語りだしたリージアに、フォスキアは首を傾けてしまう。
情緒がどんな物なのか疑わしいが、リージアが自分から過去を打ち明けるとは思わなかった。
「私達の部隊の基地であり、家族の家だった、でも、全部失われた……家族も、思い出も、全部、全部燃やされた、私の、目の前で」
悲し気に声を震わせるリージアは、海水に塗れる床を軽くなでた。
懐かしさと悔しさ、楽しかった思い出と哀しみの記憶。
色々な感情が一斉に吹き荒れ、涙を零してしまう。
「だから、これは私達の船じゃない、違う奴なんだって、解ってる、でも」
以前の船が爆散する直前の記憶が蘇り、リージアは泣き崩れそうになる。
最愛の姉を生贄に、自分達だけが生き残った。
同じ場所を前にして、どうしても当時と重ねてしまう。
「思い出しちゃう、今までの楽しい記憶を、皆と笑い合ったあの日々を、お姉ちゃん達と過ごした、あの思い出……」
涙をこらえきれなくなったリージアは、大粒の涙を流し出す。
もう二度と会えない人達の事を思い出しながら、床を殴りつける。
「もう居ないのに!もう会えないのに!どうしてこんなに会いたいの!?どうして、死んだ事実を受け入れられないの!?」
半分錯乱した状態のリージアは、何度も何度も床を殴りつけた。
このリージアの発言で、フォスキアは確信した。
リージアには、モミザ以外にも姉が居た。
しかもその姉はモミザの事以上に慕っており、目の前で死んでしまったのだ。
「クソ!クソ!政府の豚どものせいで!あのゴミクソ共のせいで!お姉ちゃんは!何も悪くないのに、お姉ちゃん達は!何も!!」
跳ねる海水と、何度も殴りつけられる床。
最後の最後で力いっぱい殴ろうとした時、リージアの身体は硬直する。
「ッ!」
「……」
目に涙を浮かべたフォスキアは、嘆くリージアを受け止めた。
テレパシーが使えないせいで、どれだけの痛みを彼女が味わっているか解らない。
共感できる経験がないから、慰める言葉の一つも浮かばない。
それでも、好きな人の悲しむ姿を見ていられなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ごめんなさい、かけられる言葉もないのに、こんな事して」
フォスキアに抱きしめられたリージアは、荒めの呼吸を抑えながら、徐々に力が抜けていく。
涙は一向に収まらないが、荒ぶる気持ちだけは静まって行く。
「……」
気持ちだけ落ち着きを取り戻したリージアは、フォスキアの腕を解いて行く。
腕を剥がされていく度に、フォスキアは少し罪悪感のような物を覚える。
やはり、余計な事をしてしまっていたのかもしれない。
「はぁ、はぁ……」
息を整え、涙をぬぐったリージアは、赤く染まった顔をフォスキアの方を向ける。
怒っているような印象を受けたフォスキアは、思わず目を逸らしてしまう。
「あ、その、ごめんなさい」
「ん」
「ひゃ!」
急に振り返ったリージアに抱き着かれたフォスキアは、変な悲鳴と共に転げてしまう。
フォスキアの腹部に顔をこすりつけるリージアは、再びすすり泣き始める。
「う、うう」
「(……家族、か、私もそんな家族が欲しかったわ)」
今は亡き家族を想って、涙を流すリージアの姿。
里を抜け出す時、両親にはなんの挨拶もせずに飛び出してしまった事を思い出した。
しかし延命のためとは言え、自分の娘に悪魔を取り込ませる何て事をする両親何て知った事ではない。
だが、実の両親である事には変わりない。
今更になって、今どういう事に成っているのか気になってしまう。
「(でも、あんな奴らより、今は、この子の方が大事ね)」
優しい笑みを浮かべるフォスキアは、胸の中で泣き続けるリージアの事を優しくなでる。
一度はリージアに救われたのだ、悪魔の血が通う身体で良いのであればいくらでも貸す。
安らいでいくリージアは電力を使いきり、完全に動きを止めた。
――――――
リージアがフォスキアの胸に抱き着く少し前。
海水が引いたタラッサの町では、救助作業が行われていた。
アンドロイド部隊のメンバーはバッテリーを取り換え、疲弊する傭兵達の代わりにせっせと作業を続けている。
「いや~、リージアの言うとおり、マジで朝日綺麗だな」
「ああ、戦いの後のせいか、余計に美しいな」
周りでは残骸から傭兵達を救助する部下達を横目に、モミザとゼフィランサスは朝日を眺めていた。
リージアの言っていた通り、確かに綺麗な日の出だった。
通常ならば日光を反射する透き通った海と、朝日のコラボレーションと言った所なのだろう。
しかし、今は敵の艦が陽光に照らされ、戦いが終わったカタルシスが合わさる事で、美しいという感情が浮かんでくる。
「あの、感傷に浸るのは良いのですが、早く救助作業に移りませんか?」
「あ、ああ、そうだったな、すぐに行く、お前は先に始めていてくれ」
「……早めに来てくださいよ」
何時までも景色を楽しむ二人に注意したホスタは、ゼフィランサスがモミザに用が有る事を察した。
ホスタは早めに終わらせて作業に戻って欲しい旨を伝えて、持ち場へ戻っていく。
瓦礫の陰に消えていったホスタを見送ったゼフィランサスは、使用言語を自分たちの世界の物へ切り替える。
「【それで?あの艦ついて、何を知って居るんだ?】」
「【……全部話していると日が暮れる、聞きたい事は適当に質問してくれ】」
周りに気を使って母語に戻したことに気付き、モミザも母語を使って話を始める。
リージア同様、モミザも目の前の船に関して詳しい事を知っている。
だが、全てを話していては日が暮れてしまう。
「【では、あれは衛星軌道上まで登れるのか?】」
「【ああ、俺が知っている物と同じ性能なら、単独で惑星の重力を振り切れる】」
「【そうか、なら、本星への通信はできるか?】」
「【どうだろうな?まぁ出来なかったら、この先の基地も奪還する必要があるな】」
モミザに言い放った二つの質問を聞き、ゼフィランサスは考え込む。
彼女の脳裏を過ぎるのは、破壊されていくかつての仲間達。
敵は魔物ではなく、調査チームが制作したE兵器型アンドロイドのプロトタイプだ。
他の五十三人の仲間を単機で破壊したそいつには、どうあがいても勝てない。
「よし、この後の事は、あの艦の中で話そう」
この後やるべき事は、やはり衛星軌道上への撤退。
通信が使えないとしても、司令官が何とか気をまわしてくれれば次の部隊が来る。
彼女達に拾ってもらえれば、母星へ帰る事が出来る。
その事を頭の中で考えながら、ゼフィランサスはモミザに背を向ける。
「……言っておくが、お前の考えている通りの事には、多分ならねぇぜ」
「何だと?」
しかし、モミザの発言でゼフィランサスは振り返った。
疑いの目を叩きつけられるモミザは、真剣そのものの表情を返す。
何しろ、これ以上はもう打つ手がない。
撤退以外に彼女達の出来る事は無いのだから。
「いいか、アイツは……ッ!」
何かを言おうとしたモミザに電流が走った。
丁度このころ、リージアがフォスキアに自分から抱き着き、胸の中ですすり泣いていた。
愛妹の身に、何かが起きているという事を察してしまったのだ。
急に顔色の変わったモミザを前にして、ゼフィランサスは冷や汗をかく。
「おい、どうした?」
「俺の、俺のリージアが!あの駄肉エルフに汚されるぅぅ!!」
「は?」
変な事を口走ったモミザが宇宙艇へと物凄い勢いで走り去った。
ゼフィランサスの目には、そんな風に映っていた。
残骸の上に一人残されて立ち尽くすゼフィランサスは、一先ず救助作業へ移る事にする。
「(しかし、この世界の連中には、悪い事をしたな、事態の鎮火には苦労しそうだ)」
瓦礫の上を歩くゼフィランサスは、すっかり原型の無くなった町を見渡す。
不測の事態だったとはいえ、あまりにも多くの犠牲を出してしまった。
艦砲射撃や先の戦闘による無制限の火器使用に、魔法使い達による攻撃。
加えて、機械魔物達の暴走。
これらが合わさった事で、リージア達が来た時よりもボロボロになってしまっている。
戦いは何とか終わったのだが、政治方面では更に面倒な事に成るだろう。
「(……反政府勢力の殲滅の為に何度も降下しているが、我々の地上は、ここ以上に荒んでしまっていたな)」
周囲の風景に見とれていると、思わず母星の現状を思い出してしまった。
リージア達以上に地上へと降下する機会の多い彼女にとって、戦場跡は何度も見る事がある。
自分たちの戦いによって着けてしまった、数多くの爪痕。
多くの人類が地上を離れ、宇宙のコロニーで生活する事に成ったのも頷ける。
「……英雄たち、か」
同時に脳裏を過ぎったのは、誰よりも戦果を挙げた代わりに、より一層大きな傷を大地に付けた一団。
彼女達は英雄ともてはやされているが、その強大すぎる力のせいで処分されたと聞いている。
特に問題を起こした訳でもなく一方的に処分されたという事は、相当融通の利かない連中だったという事だ。
力が強すぎるというのも有ったかもしれないが、政府の人間に逆らうような事をしてしまえば、過去の戦果に関係なく始末されてしまう。
「(……待てよ、あのプロトタイプの装備は、あの一団が使っていた物と酷似していた)」
不意に思い出した英雄たちの武器は、自分たちを壊滅に追いやった兵器も使用していた。
基地でゼフィランサス達を壊滅させたのは、E兵器のプロトタイプだった。
だが英雄たちが活躍したのは今から何十年も昔の事、辻褄が合わなさすぎる。
「(やはり、アイツは何かを知っているのか?そうでも無ければ、エーテルを使った兵器を奴が作れる筈がない)」
「隊長?どうかしたのですか?」
考え事をしながら歩いていると、瓦礫の撤去作業中だったホスタと再び合流した。
瓦礫を手放したホスタは、神妙な顔付きのゼフィランサスへと近寄る。
「ホスタか、作業を止めさせて済まない」
「いえ、それより、何か?」
「……」
キョトンとするホスタを前に、ゼフィランサスは考え込む。
ホスタはオメガチームに二年しか居なかったとは言え、この世界で何度かリージアの奇妙な点を見ていてもおかしくはない。
「ホスタ、リージアの事なんだが」
「は、はい」
「何か奇妙な事を言っていたりしていなかったか?」
「あ、その……」
ゼフィランサスの質問に、ヘリアンは記憶を巡らせた。
墜落した魔の大森林を発つ前に、リージアにその事を問いただした事が有る。
その時は返り討ちに遭ったが、確かに奇妙な事は言っていた。
「……彼女は、エーテルはどこにでも有る物だと」
彼女達の聞かされている情報によれば、エーテルはこの世界で発見された新しいエネルギー。
その筈だというのに、エーテルはどこにでも有る物だと断言した。
ガンマチーム全滅の予想は外れていたが、リージアのエーテルに関する知識は常軌を逸していた。
エーテルに関連する話ばかりは信用するしかない、そうでなければ鹵獲した武器の再利用何てできないだろう。
「そうか、やはり奴は、いや、リージアとモミザの二人は、この件に大きく関わっているのだろう」
「ええ、私も、薄々そうではないかと……ですが、彼女はあまり話すような事は」
「そうか……無理にとは言わないが、できれば彼女達には何を隠しているのか話してもらいたいな」
色々と察する事はできるが、やはりリージア達の口から打ち明けられる事が望ましい。
一応必要な情報は開示してくれるので、裏切る事を考えている訳ではないだろう。
それだけが救いととっても、知りたい事は知りたい。
「さて、今は救助作業を続けるとするか」
「そうですね」
この事は一旦保留した二人は、早速作業を再開する。
因みに丁度このころ、艦内ではちょっとした修羅場が展開されていた。




