魔の大森林 前編
未開の有人惑星、フロンティアにて。
リージアは、突如襲い掛かって来たエルフと、こう着状態に成りなっていた。
だが、そんな中であっても、彼女の魅力に釘付けとなっている。
「(やっべ、めっちゃ可愛いし、スタイルも私好みだ、しかもエルフ)」
エルフの方はこう着状態という心境だというのに、リージアは違った。
卵のように滑らかでハリのある白い肌に、豊かながらも引き締まった身体。
人形のように整った顔つきに、ルビーのように美しい赤い瞳。
鳥のように鋭い瞳やドストライク容姿の彼女に、すっかり目を奪われていた。
「……」
「(可愛い)」
「……えっと」
「(声も良い!)」
流石にその目に気付いたエルフの少女も、困惑して声を発した。
リージアも、先ほどまでは殺気に引きつった表情をしていた。
だというのに、今やすっかり腑抜けた目つきをしている。
完全に気が抜けており、銃口も僅かに下がっている。
「おい、そろそろ武器を下ろせ、さもなければ首、かき切るぞ」
硬直する二人の隙を突き、大型のナイフを携えたモミザが後ろを取っていた。
それを見て、エルフの少女は目を見開いた。
刃渡りだけでも三十センチは有るナイフを、気配も無く首に当てる。
その技にも驚きだが、今の状況に剣を握る力を弱めてしまう。
「……ね、ねぇ、ちょっと、私が言うのもあれだけど、相手間違えてない?」
「ちょ!モミザ!何で私!?敵あっち!敵あっち!!」
モミザがナイフを突き立てたのは、何故かリージア。
もちろんナイフ程度で破壊される程ヤワではないが、これは明らかに故意だ。
しかも、表情は殺す人の目。
「……すまん、間違えた」
指摘されたモミザは、殺気の目をエルフの少女に向けながらナイフを離した。
拘束から逃れたリージアは、エルフとのこう着も解除。
銃をしまい、モミザへと食いつく。
「何をどう間違えたの!?ビックリしたよ!!」
「うるせぇ、モタモタしてたお前が悪い」
「……」
口喧嘩を開始した二人に細めた目を向けるエルフは、謎の疎外感を感じていた。
敵だと思って斬り掛かったのは良いが、色々と冷めてしまった。
そんな彼女の背後から、乾いた音が鳴る。
「そこまでですよ、それ以上動いたら、頭を撃ち抜きます」
「悪いけど、これ以上はやらせないよ、アイツはバカだけどね、あーしらの大将なの、武器を捨ててくれれば、見逃すから」
エルフの少女の背後を取ったのは、拳銃を回収したホスタとブライト。
二人共十分な間合いをとり、エルフに照準を合わせる。
余程の事が無ければ、状況を打開される事は無い。
「……はぁ、それで、はいそうですか、って言う奴がいると思う?」
「確かにそうだけどね、こっちはそうして欲しいの」
「……そう」
ブライトの要求をのむかのように、エルフは武器を手放した。
剣は地面に突き刺さり、降伏を示すように両手を上げる。
その瞬間、レーニアの頭上のチャクラムが光る。
「ん?……ブライト!そいつまだ諦めてないよ!!」
「え?」
レーニアの警告が終わる前に、宇宙艇に食い込んでいたチャクラムは勝手に外れた。
そのチャクラムは弾丸のような速度を叩き出しながら弧を描き、二人へと迫る。
「ッ!」
すぐさま照準を変えたホスタは、チャクラムへ発砲。
先ほどのように撃ち落とそうとしたが、今度は銃弾が弾かれ、目を見開く。
「そんな!?」
「伏せろ!」
驚くホスタとブライトを、モミザは無理矢理伏せさせた。
顔を地面に叩きつける形となったが、背に腹は代えられない。
通り過ぎたチャクラムは、モミザの髪の一部を切り裂きながら通りすぎる。
「(アイツの今の反応、私の隠し玉に気付いた?)」
帰って来たチャクラムを手に取りながら、エルフはモミザの行動に首を傾げた。
完全に不意打ちをしたので、手の内を知っていなければできない芸当だ。
考える事は後にして、捨てた剣を手に取ろうとする。
「はい、そこまで」
「チ」
地面に刺さっていた剣は、リージアのカカト落としで深々と埋まった。
舌打ちをしたエルフは、手に戻ってきたチャクラムを直接リージアへ向ける。
それをよんでいたかのように、リージアは彼女の腕を掴む。
「(あ、柔らかい)」
「ウエ!?」
さりげなく肌の柔らかさを堪能しつつ、リージアはエルフの力も利用し、エルフの事を投げ飛ばす。
そのまま地面に叩きつけられ、エルフは背中を強打。
「ガハ!」
「これでもCA型だからね、近接格闘術はお手の物だよ」
彼女の腕を離さず、リージアはナイフを抜く。
少し彼女の目にナイフの刃を見せつけながら、ナイフを勢いよく振り下ろす。
「ッ!」
迫りくるナイフを前に、エルフは目を瞑った。
しかし、痛みの代わりに、片耳から何かを叩きつけた音が響く。
「……」
ゆっくりと目を開け、音のした方を向いたエルフは、また細めた目をリージアへ向ける。
「何のつもり?」
向けられたナイフはエルフの顔ではなく、地面に突き刺さっていた。
完全にチャンスを逃した一手だが、リージアの表情はそんな事は無さそうだ。
むしろ、ようやく話ができる状況になって、安堵しているように見える。
「言ったでしょ?こっちに敵意はないよ」
「先に攻撃しといて、よく言うわね」
「ゴメン、あの子には、後でちゃんと言っておくよ、こっちで出来る範囲でお詫びもするから、許して」
地面からナイフを抜いたリージアは、エルフを立ち上げる手助けを行うとする。
しかし、エルフはその手を払い、自分で立ち上がる。
「……さて、じゃ、仲直りの印でも、貰おうかしらね?」
「お金とか、とんでもない物以外なら何でも」
服に付いた土を払い終えると、エルフはリージアに片手を差し出す。
「……何か食べ物ちょうだい」
「……」
腹の虫を鳴らしながらの要求に、リージアの笑顔は歪な物となった。
――――――
リージア達が救出任務で訪れ、事故で墜落している頃。
近隣の住民からは『魔の大森林』と呼ばれ、町一つすっぽり入る大きさの大森林。
ジャングルのように入り組む、多種多様な木の根や幹。
その内の木の枝で、少女は目を覚ました。
「……はぁ、もう散々ね」
心地よい木漏れ日に当たり、本来なら清々しい朝の筈が、少女は不機嫌だった。
ここまでの過程を思い出すと、どうにも気分が晴れない。
枝に座り、足をブラつかせながら、少女は腰につけている金属の水筒と、食料を取りだす。
「……残りはこれだけね、後はその辺でヘビでもカエルでも捕まえて……ふふ」
取り出した食料は、賞味期限ギリギリと言えるチーズ。
一緒に手に取った水筒の中身は、ドワーフから買い付けた上質な蒸留酒。
紆余曲折有り、彼女の手持ちの食料はこれだけだった。
後はその辺の小動物でも捕まえて、飢えをしのぐつもりだが、地味に楽しみにしている。
「アイツら……んあ、あ?」
ムカつく人間の顔を思い浮かべ、チーズにかぶりつこうとした時。
少女の視界に、煙を吐く物体が映り込んだ。
空から落ちて来たそれは、木々をぶっ倒しながら地面へと墜落。
その瞬間、物凄い揺れが発生する。
「ギャアアア!」
いきなりの事に反応できず、少女は振動で木から落下。
おかげで、最後の食料のチーズは彼女の下敷きになり、酒も大量に零れた。
「……き、金貨、三枚、が」
木から落とされた事より、最後の食料と、大好きな酒を台無しにされた。
特に零した酒は、全体の一部だったとは言え、金貨三枚のボトルの物。
日本円換算で、三万円程の値だ。
その事に少女は拳を握りしめ、水筒を回収する。
「何処のどいつよ!人の楽しみを台無しにして!!」
水筒をしまい、少女は愛用のチャクラムを手にして、墜落現場へと向かった。
フードを深く被り、できるだけ木々に溶け込み、足音を立てずに進む。
彼女のブーツには早く走れる効果が、フードにはある程度の防御と身体を軽くする魔法がかけられている。
これらの作用によって、彼女の動きはまるでそよ風の如く静かで素早い物となる。
――――――
時は戻り、リージアとエルフ達が遭遇した頃。
警戒を解いたオメガチームは、宇宙船の状況確認へ移行。
その間に、リージアは食糧庫から幾らか食べ物を持ち出した。
本来は救助者用の物だが、これしかないので、それらをエルフの少女へと振舞った。
「て、事が有ったのよ」
「あ~、そ、それは、本当にゴメン」
携帯食を頬張るエルフは、今に至るまでの経緯を話した。
自分たちの事故で、彼女の最後の食料はダメになってしまった。
それを聞いたリージアは、深々と頭をさげた。
「……そんな物しか無かったけど、良かった?」
「良いのよ、暖かい物食べられるだけでも十分、この森を抜けるまで、危うくヘビやらカエルやら捕まえて食べる所だった」
「(危うくとか言ってる割に、残念そうな気が……てか、この世界のエルフはヴィーガンタイプじゃないのか……何か残念)」
彼女は何故か残念そうに答えた。
それは置いておき、リージアは少し落胆していた。
彼女のイメージするエルフは、基本的に動物性の物を摂取しない場合が多い。
最近はアニメやら何やらの影響によって、普通の人間と同じ食生活の場合が有る。
出来れば本物は、昔ながらのイメージであって欲しかった、という気持ちがあった。
「ていうか、何でそんなエッ……軽装でこんな森に?」
それは置いておき、彼女の装備はとても旅に向いた装備ではなかった。
装甲さえ切り裂く片手剣やチャクラム、武器は十分だ。
防具は革製の鎧程度で、下半身はスカートと太ももまで伸びるソックスとブーツ。
しかし、それ以外はナイフや水筒程度しかない。
バックパックらしき物を持っていないのだ。
「(いや、その前に何でコイツ私にイヤらしい目、向けてんのよ、怖い)」
経緯を話したいが、どうにもリージア視線が気になって仕方がない。
胸や肩、ウナジ、太もも、様々な場所に目を向けるが、特に耳を重点的に見られている。
観察や警戒とは違う。
町を歩いていれば、周辺から向けられるピンク色の目だ。
気味の悪さを誤魔化す為に、また酒を飲む。
「……六日前の事なんだけど、依頼でこの森の魔物の討伐に来たら、依頼主共に『騙して悪いが、仕事なんでな』とか言われて、伏兵連中から襲撃受けたの」
「そ、それは、お気の毒に」
「全員返り討ちにしてやったから良いわ」
少し不機嫌になりながら、エルフは今に至る経緯を打ち明けた。
何やら、色々と複雑な事情が入り組んでいたらしい。
最後にペットボトルの水を飲みながら、エルフは一息つく。
「さて……そろそろアンタ等の事教えてくれる?そろそろスルーするの限界だから」
ペットボトルの水を飲みながら、エルフはリージアの背後に有る宇宙艇に目をやる。
それだけでなく、目の前にいるリージアにも、疑いの目を向けだす。
「(やっぱり、完全に金属の身体よね?それに、あの大きな物も……船に見えるけど)」
今のリージア達の恰好は軍服ではないく、その下の金属骨格をさらしている状態、
宇宙艇を含め、エルフの知る素材ではない。
疑問を浮かべる彼女の目の前で、リージアは考え込む。
「ん~……どうしよっかな~」
「……」
意地悪で言ったというより、本気で悩んでいる。
そんな声色だったので、エルフは追い込まなかった。
「おい、どうした?」
各員からの報告を伝える為に、悩むリージアの後ろからモミザはやって来た。
「……ちょっとね……私達の事、話すかどうか……私は別に良いんだけど」
「何悩んでんのかと思ったら……ちょっと来い」
「え、何?」
何を悩んでいるのか打ち明けたリージアを連れて、モミザは少し移動する。
エルフに聞こえない位の距離を取りつつ、二人は身を寄せ合い、周りの隊員にも伝わらない程、小さな声で相談を始める。
「話してどうする?そもそも、アイツの正体も解ってねぇってのに」
「ん~、確かにねぇ……でも、この状況だと、現地住民の声を聞けるのはありがたいよ」
「何故だ?」
「まず、報告を聞こうか、話はそれから」
「……」
リージアからの頼みで、モミザは受けた報告の開示を決める。
とは言え、相当嫌な報告だったのか、表情を曇らせた。
「動力は無事だ、だが、メインブースターの重要な部品がジャンクレベルだったらしくてな、もう対流圏にすらいけないらしい」
「うへ、整備班何してんの……でも、飛べない訳じゃないでしょ?」
「ああ、機体に空いてる穴を塞げばな」
「それは良かった、武器は?」
「装備の方は、アーマードパックの脚部パーツが一個オシャカになった位だ、後は少し修理すれば使えるらしい」
「通信」
「この森のエーテル濃度が高すぎる、宇宙艇の通信機でも、向こうとコンタクトが取れない」
「……つまり、しばらくこの森で立ち往生か」
リージアの発言に、モミザは頷く。
とりあえず、帰ったら司令官に報告して、整備班に厳重注意をしてもらう事にした。
それはそれとして、もう一つ嫌な報告が有る。
「それと、俺達の居る場所から、目的地までかなり距離がある、修復できたとしても、そこまで生き残ったスラスターが持つか解らないらしい」
「そう言えば、目的地は離れ小島だったね……結構離れたと思ったけど、マズイね」
打ち明けられた情報に、リージアは頭を抱えた。
出来ればガンマ達の安否だけでも知りたかったが、通信もできない状況だ。
ここまで予定が狂う事は、想定していない。
彼女達の安否が確認できない以上、何か情報を集めたかった。
「……何か情報を集めないと」
「ああ、だが、どうやって?」
「あの、そろそろ話は終わりましたか?」
「私も、待ちくたびれそうなんだけど」
長い事話していたら、ホスタとエルフの二名が痺れを切らしてしまった。
しかも、ホスタに至っては、かなりイライラしてしまっている。
仕方がないので、彼女も交えて話を続ける事にした。
「あ~、ゴメンゴメン、えっと……何だっけ?」
「アンタ等の正体、せめて名前と種族だけでも教えて」
「……」
リージアの返答にまた目を細めながら、質問を再度提示した。
だが、その質問に一番難色を示したのはホスタ。
隊員の正体は、極力打ち明けないのが常識。
今回の任務の規定にも、それが記されている。
「私は、CA-2202-13、識別名はリージア、階級は軍曹、種族はアンドロイド……そうだね、貴女に分かりやすく伝えるなら、異世界人って奴かな?」
「い、異世界人!?」
「ッ」
驚くエルフの少女を横目に、ホスタはあっさりと打ち明けたリージアに銃口を向ける。
腕が伸びきり、拳銃がリージアのホホに向けられる寸前。
モミザの手がホスタの腕を掴み、照準がずれ、首元にナイフが当てられる。
「……」
「いい加減にしろ、気持ちはわかるが、これは軍事作戦だ、隊長に発砲したら、俺が直々に制裁してやる」
「いい加減にするのは貴女達ですよ、こんなあっさり情報を漏洩する何て」
「コイツなりのやり方だ、文句があるなら、相手になる」
今にも引き金を引きそうな程、ホスタはグリップを強く握る。
何時もであれば、モミザは強行せずに仲裁する。
最近のホスタは頭に血が上っているとは言え、やりすぎだ。
最悪動力回路を切断してでも、止める気でいる。
「……歩哨に出ます」
「……そうか」
しばらく睨み合った後、ホスタは銃口を下ろした。
その事を確認し、モミザもナイフをしまう。
何とか大事にならずに済んだ事を察したエルフも、こっそり手にしたチャクラムから手を放す。
「……何なの?あの子」
「あの子は、GS-2205-75ホスタ、ちょっと最近ご乱心でね」
「そう、まぁいいわ、ところで、他の子は?その、アンドロイド?って奴なの?」
「そ、全員ね、安心して、魔物の類じゃないから」
「……」
リージアの話を聞いたエルフは、疑惑の表情で彼女の周囲を回って観察を始める。
彼女からすれば、どう見ても金属製のスケルトンだ。
小突いたり、身体を撫でまわしたりして、エルフはリージアを調べまわる。
「いやん」
「うるさい」
「うへ」
変な声を出すリージアを一蹴し、エルフはリージアの前に立つ。
「で?そのアンドロイドって、何なの?」
「簡単に言えば、金属製のゴーレム的な感じかな?」
「金属製のゴーレム、ね……」
リージアの返答に、エルフは考え込む。
この世界でゴーレムと言えば、命令には従えても知能は低い、という物がほとんど。
ここまで自由に話を行えるような個体は、存在しない。
仮に作る事が出来れば、後世にまで名前を残せる功績と言える。
異世界の存在と言われても、納得できてしまう存在だ。
「(だとしたら、研究者共や、国のトップの連中が黙って無いわね……成程、さっきの子が、この頭目っぽい子に武器を向けたのも納得できるわ)」
「……何か思う事が有るみたいだけど」
「あの子が怒るのも、無理ないって考えてたのよ」
「……少しは信用してもらうためだよ……とりあえず、貴女の名前と職業、教えて」
「……そうね、そっちばかり喋らせてたら、不公平よね」
リージアからの要求に応えるべく、エルフは胸に手を置いた。
愛想笑いを浮かべ、その名を彼女達へ告げる。
「私は、フォスキア……フォスキア・エルフィリア、傭兵よ、よろしくね、アンドロイドさん」
「改めまして、エルフィリアさん、私はリージア、良かったら、リーちゃん、とでも呼んでね」
互いに名乗った二人は、不敵な笑みを浮かべながら握手を交わした。
そして、フォスキアの職業を聞いたリージアは、考えていた事を打ち明ける事にする。
「それで、傭兵、だっけ?」
「ええ、取るものは取るけど」
「そ……良かったら、ここで貴女の事を雇って、デート、して良い?」
「はぁ!?」
「……」
リージアのとんでもない発言に、モミザは思わず声を上げてしまった。