再会 後編
徐々に夕日に照らされていくタラッサの町。
本来であれば、陽光に照らされる美しい海はこの町の観光名所でも有った。
しかし今となっては、ただの血に塗れた戦争跡だった。
かつて漁師達が汗水を流した海は、軍艦や漁船の残骸が広がる。
観光客や住民達の喧騒で賑わっていた町は、瓦解し廃墟と化していた。
心地よく肌をなでる潮風は、血生臭さと焼け焦げた臭いが混ざっている。
見るだけで心の痛む光景の町中を、フォスキアはリージアを背負いながら歩いていた。
「……改めて見ると、酷い状況ね」
「ああ、無差別攻撃のせいで、もう原型をとどめている場所の方が少ない」
ヴォルフと話す中で、フォスキアは改めて町を見渡す。
家屋や石畳は爆撃で破壊され、足場も風景も悪い。
木材を使われた建物も有るおかげで所々焼け焦げた物も散見でき、中には人の四肢らしき物も確認できる。
フォスキアの記憶に有った公園や酒場等は、もう何処に有ったのかさえ分からない。
「……あの、エルフィリアさん」
「ん?どうかした?」
「いえ、こんな時にあれですが、重く、無いんですか?」
モミザ達と別れて一緒に歩いていたホスタは、フォスキアの荷物に冷や汗をかいていた。
自分のせいでリージアが機能を停止したとは言え、現状に唖然としている。
「そりゃ重いわよ、どこかのエリートさんがボコボコにしちゃったから」
「す、すみません、頭に血が昇ってました……(一応私達の義体って、単体でも平均で百キロ近く有るはずなんですが)」
何しろ、リージアの重量は百キロに達する。
今は飛行ユニットも付けているので、さらに重い。
バルバトスの太刀等の手荷物はホスタが与かっているとは言え、人力で運べる代物ではない。
そんな状態である彼女を、フォスキアは普通の人を持つかのように運んでいた。
「ま、愛用してる大剣よりは軽いわよ」
「は、はぁ」
実はフォスキアが使っている大剣は、リージアよりも重い。
厄介な魔物を相手にする時は何時も使っているだけに、それなりに持ち慣れている。
「てか、この子起きる気配がないんだけど……大丈夫なのよね?」
「……ええ……多分電力不足でしょう」
「今の間は何よ」
そんな二人のやり取りの最中、フォスキアの背で寝ているリージアは薄っすらと目を開けていた。
ホスタの攻撃で完全に機能を停止させていたが、つい先ほど目を覚ましていた。
しかし意識ははっきりしておらず、浅めの夢を見ている状態に近い。
「(焦げた家屋に、焼け焦げた肉の臭い……こんなのは、嫌いだ)」
意識がもうろうとする中で、リージアは大戦時の事を思い出す。
現統合政府の前身である連合軍の命令で、リージアは各地の戦場を転戦していた。
木造の建物の多い場所も戦地になる事も有っただけに、同じ臭いは何度も嗅いだ事が有る。
だが、何度嗅いでも慣れない悪臭だ。
「(……でも、この暖かいのは、好き)
「ッ(り、リージア?)」
フォスキアに抱えられている事に気付かず、リージアは彼女を抱く力を強めた。
更に密着した事で、フォスキアの心拍はわずかに上昇。
顔を少し赤くする彼女に気付く事無く、リージアは柔らかな表情を浮かべていた。
「(ああ、そうだ……戦場で無茶した時も、お姉ちゃんに抱えられて……暖かいなぁ)」
行動は少数精鋭だったので、リージアが無茶な切り込みを行う事も有った。
それこそ、動きすぎて作戦終了時には動けなくなってしまう時も有る。
リージアの思い浮かべる姉が一緒の時は、気遣っておぶってくれた。
『私達は家族なんだから、助け合うのは当然でしょ?それに、何時も頑張ってくれてる可愛い末っ子ならなおさらよ』
そんな優しい言葉をかけてくれながら、何度も運んでもらった。
「(誰よりも家族愛の強い人だった、だから私は、あの人から貰った愛に、応えないと)」
家族という言葉が口癖だった彼女は、姉妹の皆を平等に愛していた。
そんな最愛の彼女を思い浮かべたリージアの目から、一滴の涙が零れ落ちる。
その涙を最後に、リージアの充電は底を尽きた。
「あれ?なんかピクリとも動かなくなったんだけど」
「あ、充電切れましたね、でも大丈夫です、副長が持って来るバッテリーを使えば、すぐに目を覚まします」
「そうなのね(何か首筋が濡れたんだけど、泣いてるの?)」
『それよりホスタ、ずっと気になって居たんだが、そのエルフは誰だ?』
僅かに濡れた首筋の違和感を覚えていると、隣で歩くゼフィランサスから質問を投げかけられた。
と言っても、アーマードパックを着たまま話したので結構声が大きい。
彼女からの質問に、二人は一瞬言葉を失ってしまう。
何しろ、ここでガンマ達と再開するような事は考えていなかった。
フォスキアという民間人を、仮にも正規の軍人が連れまわす何て問題しかない。
本部はリージアが適当に言いくるめて誤魔化すつもりだったので、二人は言い訳らしい言い訳も考えていなかった。
「……ちょっと流れで」
『流れ?』
「まぁまぁ、アンタらの迷惑にはならないようにするから、リージアからも認められてるし、詳しくはこの子から聞いて」
『……リージアの事だ、また変な事考えているんだろ』
「そうでしょうね」
フォスキアの同行は全員の承認が有ったとはいえ、ほとんどリージアの独断。
民間人を戦争に巻き込んでまで何をしようとしているのか、彼女達には解らなかった。
「おい、そろそろ着いたぞ」
そんなこんな話していると、目的地の本部へとたどり着いた。
ヴォルフの声に反応し、フォスキアとホスタは上を見上げる。
「あら、傭兵ギルドじゃない」
「これが……よく無事でしたね」
たどり着いた本部は、この町の傭兵ギルドだった。
町がボロボロの中で原型を留めている建物に、ホスタは目を奪われた。
しかし、あちらこちらが補強されて要塞化している。
所々弾痕や焼け焦げた跡に加えて血痕まで見られ、この近くでも激戦が有ったのだろう。
「傭兵ギルドを立ち上げた連中は、今より進んでた昔の技術を多く持っているのよ、だから、ギルドには他よりちょっと頑丈な素材や建築技術を使っているの」
「成程、そう言った技術が有るという報告は受けていましたが、そんな物まで」
今では無くなってしまっている優れた技術を扱っているだけに、このギルドは比較的頑丈に作られていた。
そこに魔法による防御が加わったおかげで、爆撃や襲撃に何度も耐えている。
戦いの為に補強はされているが、未だに堕ちては居なかった。
「……それで、あれは?」
「あ、あれって」
フォスキアの視界に入っていたのは、轟沈した宇宙艇。
リージア達の物と同型の艦艇だが、すっかり破壊されてしまっている。
上には熱の遮断と偽装用のシートが被せられており、上からでは認識しづらくなっていた。
「宇宙艇ですね、恐らく、隊長たちの物かと」
「でも、壊れてない?」
「はい、あれでは飛ぶ事もできないでしょう」
「だが、まだ使える施設は多い、動力も生きている」
ギルドへ負傷者たちが運び込まれている中で、隣に置かれている宇宙艇の話をする二人へ、ゼフィランサスも参加してきた。
彼女の乗っていたアーマードパックは、ギルドのすぐ近くでしゃがみ込んでいる。
機体には長く黒いコードが宇宙艇から伸びており、充電を開始している。
大剣すら格納していないので、何時でも出撃できる状態だ。
「では、電源の心配は有りませんね、私達の物は、先の攻撃で破損が酷くて、正直使えるかどうか」
「袋叩きだったものね」
「そうか、では、お前達のエネルギーも、こちらで補給させよう」
エンジンブロックを切り離すレベルで一方的に攻撃されてしまったので、正直動力の方が無事なのか心配だ。
アーマードパックも充電している辺り、本当に動力は無事のようだ。
ガンマ達が居なければ、下手したらここで立ち往生どころか、この世界で永住する事に成る所だった。
「なら、先ずこの子のエネルギー変えてもらえない?動かなくなっちゃったから」
「分かった、少し待っていろ、我々も補給を行いたい、ホスタ、お前の分も持ってきてやるから、そいつと待っていろ」
「は」
敬礼したホスタに見送られながら、ゼフィランサスと生き残ったアンドロイド兵たちは宇宙艇の方へ向かう。
彼女達が戻るまでの間、フォスキア達はギルドの門をくぐる。
「おい、あっちじゃなくて良いのか?」
「ええ、アイツらもすぐに来るわ、それより、この子寝かせられる所無い?」
「そうさせてやりたいが……軟弱な野郎共が占領しちまってる」
ヴォルフの案内でギルドの中へ入る成り、フォスキア達の鼻に薬品や血の臭いが突き刺さる。
どのギルドでも共通して酒場と受付が兼任されている一階は、すっかり野戦病院状態だった。
退けられた椅子やテーブルの代わりに直接布団が敷かれ、そこに数多くの負傷兵が寝ている。
辺りを見渡せば、回復魔法等で治療を進める傭兵や聖職者たちが慌ただしく働いていた。
「酷いわね」
「仕方ありません、その辺に座らせましょう、そんなにデリケートではないので」
「……そ、そう?」
ここは負傷者を優先し、リージアは開いている場所に適当に座らせた。
電源がきれていたせいで身体から離すのに苦労したが、適当なポーズを取らせて隅っこに置いておく。
「……何か、邪教の像みたい」
「それより、大丈夫なのか?コイツ」
「大丈夫です、寝ているような物ですから」
動力が切れたせいで、リージアのポーズは座らせた時から変わらない。
首も僅かに傾き、両手が伸びきった状態で体育座りをしている状態だ。
しかも目が半開きなので、余計に怖い。
「そうか……それより負傷者だな、もうポーションの備蓄が尽きつつある」
「え、他の場所から応援は?」
「ギルドと町の代表が掛け合って、あちらこちらかかき集めた物で援助してくれていたが、敵の攻撃が激しくなる一方でな」
「供給が間に合ってない?」
「そう言う事だ」
各所から傭兵達が応援に駆けつけているだけに、国やギルドからの支援は手厚かった。
しかし、激化する敵の攻撃を前に、供給が追い付かない状態だった。
「……ん?何だ?この音」
難しい顔を浮かべるヴォルフ達の耳に、最近ようやく聞き慣れた音が入り込む。
甲高い音の後で、何か重々しい物が地面に置かれる音。
それを聞き、ホスタは外へ視線を向けた。
「あ、オメガの皆さんが来ましたね」
「……ねぇアンタ、もしかして元の部隊に復帰した気で居る?」
ホスタの発言に、フォスキアは首を傾げた。
何しろ、先ほどから彼女の発言はガンマチームとしての視線。
元々オメガで居る事に反発していただけに、ガンマチームと合流してからこの様子だ。
「……そ、そんな事無いですよ、欠番が出ていたので、あわよくば復帰何て考えてませんよ」
「考えてるわよね、何その間、てか、欠番どころか生き残り七人だけでしょ?もう再編制物じゃない」
「……確かに、ここまでの損害を被ったのは大戦時以来ですよ」
「さりげなく復帰の話ウヤムヤにしてない?」
フォスキアの話を無視しつつ、ホスタはアゴに手を当てた。
何しろ、彼女達の同胞であるアンドロイド兵が、壊滅レベルの被害を被ったのは大戦時以来だ。
ガンマとデルタの二チームを合わせれば、人数は六十名になる。
それが今や、たったの七人しか居ないのだ。
「さて、一先ず色々とやる事を済ませましょうか」
「……はいはい」
色々と諦めたフォスキアは、補給や治療の手伝いを開始する。
――――――
その頃。
補給を行うべく、宇宙艇へと入ったガンマチーム達。
ゼフィランサスは残り少なく成って来た補給物資を前に、顔をしかめながら頭の包帯を取り換えていた。
ここへ逃げ延びる前の戦いで、眼球のユニットを丸ごと喪失してからずっと付けている。
替えのパーツは既に焼失してしまっていたので、せめてゴミがはいらないように応急的に包帯を巻きつけていた。
「(アイツらの持って来る補給に視覚ユニットが有ると良いんだが)」
正直に言うと、リージア達が応援に来るとは思っていなかった。
だが、彼女達の応援は実にありがたい。
先の戦いによって、部下達だけでなく武器も弾薬も無くしている。
残されたアーマードパックは、高機動機と砲撃用の二機のみ。
E兵器として一部改修されているとは言え、そろそろ限界が来ていた。
内心有難く思っていたが、オメガチームに対して良くない印象を持つ者はこの隊にも居る。
「隊長!聞いてるんですか!?」
「何だ?」
「司令官の事ですよ!よりによって、あんな懲罰部隊共をよこす何て!こういう時のサクラじゃないんですか!?」
文句を垂れるのは、ホスタの後釜として入って来たアンドロイド。
GS-2202-35『サイサリス』、白髪をツインテールにまとめた少女だ。
強い剣幕でゼフィランサスへと食い掛るが、確かに他のエリート部隊を派遣するべきである。
残されているアルファとベータは、強さの序列的に言えばガンマより上。
特にアルファのリーダー『サクラ』は文句なしのエースである為、部隊の最終兵器と言われている。
「それに、よりによって味方殺しのホスタまで、司令官は私達を助ける気が有るんですか?」
「……あのな、それは誤解だ、それに司令官の事だ、きっと何か考えが有って彼女達を派遣したんだろう」
「どんな考えが有るって言うんですか!?怠け者のリージアに、民間人虐殺者のヘリコニア、機密情報漏洩の双子!こんな奴らに何ができるって言うんですか!?」
顔に青筋を浮かべるサイサリスは、次々とリージア達の悪い噂を叩きつけた。
一部は冤罪だが、そんな罪人達だけで編制されているだけに、オメガチームは懲罰部隊なんて呼ばれている。
大半のアンドロイド達は、彼女達へ良い印象はない。
リージアに至っては、日ごろの怠け具合から評判は地に落ちている。
比較的マトモな印象を持っているのは、モミザだけだ。
「だが、アイツらの居た場所の死体を見たか?我々と変わらない人数で、三十近くの魔物を破壊していたぞ」
「そ、それは……」
ゼフィランサスに諭されたサイサリスは、リージア達の戦果を思い出した。
確かに彼女達は、少ない手勢と限られた装備だけで多くの魔物を排除している。
だが、その程度であればガンマ達でもやっている。
「で、すが、それ位は私達だって」
「できるのか?相手の射撃を全て回避し、インファイトに持ち込みつつ敵の攻撃を全て自分へ向けさせ、敵を殲滅するなんて事が」
「……」
リージア達の行った戦闘を大雑把に説明され、サイサリスは反論できなかった。
近接武器を持っていた面々は、極力後方の部隊には攻撃がいかないようにしていた。
おかげでリージア達への弾幕密度は非常に高くなったが、彼女達は被弾を全くしていない。
と言うのも、前衛に出ていたメンバーは全員攻撃を弾いていた。
攻撃を避けては弾き、インファイトへ持ち込んで攻撃を行う。
並みの技術では不可能だ。
「それに、彼女達を目先の噂だけで判断するのも軽率だ、ホスタを含めて、彼女達のしでかした事は、全て優秀な能力が無ければ成しえない」
「(……ホスタ、ホスタって、あんなフレンドリーファイア平気でやるようなあんなアバズレ何か)」
頭の包帯を巻き終えたゼフィランサスは、リージア達の分のバッテリーを取りに行くために席を立った。
一人残されたサイサリスは、身体を震わせながら拳を握り締めていた。
かつてホスタがしでかしたのは、敵と味方が入り乱れ、民間人まで群がる場所への攻撃。
飛行ユニットに積まれていた多数の武器を、容赦なく一斉掃射したのだ。
敵は全て一掃できたが、味方と民間人も軽傷を負った。
おかげで、ホスタはガンマの名前を下ろされ、オメガへと降格になった。
「(確かに腕はいいかもしれないけど、あんな問題しかない奴なんかより、私の方が)」
やっと選ばれたと思われたガンマチームへの異動。
それは、降格になったホスタとの交代による物だった。
できれば実力だけで成り替わりたかったが、ほとんどラッキーによる物。
傷つけられたプライドを噛み締めたサイサリスは、近くの壁を殴りつけた。
「(今回の戦いで証明してやる、私の方が有能だって事)」
そう言ったサイサリスは、苦い表情を浮かべながらギルドへと足を運んでいく。




