トライアングルラブ 前編
強い振動が続く船内。
辺りからは爆炎が吹き荒れ、船体に空いた穴から空気が漏れ出ている。
絶え間のない飽和攻撃のせいで航行能力は喪失し、攻撃能力はとっくに死んでいる。
抵抗する術を失ったこの艦は、もう墜ちるのみ。
素人でもそれがわかる位ボロボロになっているというのに、攻撃は続く。
何しろ彼らの目的は艦の破壊ではない、乗組員の抹殺なのだから。
「はぁ!はぁ!」
逃げ惑う少女は、生き残った姉妹と共に脱出ポッドへ向かっていた。
ノイズのかかった声が耳に入り込み、その声に賛同しながら走り続ける。
急げ、走って、そんな事を言われた気がするが、必死過ぎて何を言われたのか覚えていない。
「(何で!?どうして!?)」
爆発による揺れで足を取られながらも、少女の頭に疑問符が巡り続けた。
こんな事をされる心当たりはない。
自分を含め、姉妹達は忠実に任務をこなしていた筈だった。
耐えかねないこの仕打ちに怒りと困惑を覚えながら、何とか脱出ポッドに到着して急いで乗り込む。
「早く!お姉ちゃんも!」
手を伸ばした少女だったが、彼女の姉はその手を振り払った。
爆発の影響でどこかが故障してしまい、外から無理矢理押し出す必要がある。
そう告げながら、少女の姉は外からハッチを強引に閉めようとする。
しかし、少女はハッチが閉じない様に抑えた。
目に大粒の涙を溜めながら。
「お姉ちゃん!嫌だよ!一緒に居て!!」
「……貴女は、使命を全うして、リーちゃん」
扉を閉める事を邪魔する少女は、姉に蹴り飛ばされた。
その間にハッチは閉められ、彼女の手で強引に船外へと排出される。
宇宙空間へ放り出されたポッドから、少女は自分の母艦が落ちていく様子を見る事しかできなかった。
取り残された最愛の人は艦と共に爆炎に飲まれ、崩壊していく母艦と運命を共にしていく。
少女は涙を流し続けながらその光景を見続けた。
嘆き、叫ぶ事しかできない、そんな無力感に押しつぶされながら。
――――――
宇宙艇内のラボにて。
不意に過去を思い出していたリージアは、涙を滝のように流しながら手を伸ばしていた。
深く思い出し過ぎていたせいか、当時の状況に居るようだった。
「……フラッシュバック、ホント辛いよ」
涙をぬぐい、正気を取り戻したリージアは、目の前に広がる研究の結果に目を通す。
フォスキアからの助言のおかげで、色々な事が判明した。
その喜びと達成感のおかげで気が緩み、不意に過去の映像がフラッシュバックしていた。
人間に近い思考と感情を手に入れたのは良いが、悪い部分までセットな事には嫌気がさす。
「……ガーデンコード、限りなく人間に近い感情と思考をアンドロイドに付与するプログラム」
独り言をつぶやくリージアは、自身に搭載されている特殊なプログラムを思い出した。
リージア達のひな形となったアンドロイドに搭載されてから、ずっと使われている代物だ。
このプログラムによって、アンドロイド達の内面は人間に近い存在となった。
個体差こそ有るが、高い学習能力と柔軟性を得る事に成功している。
そのできから、彼女だけでなく、配属されていた基地に居たアンドロイドは全員持っている。
「おかげで私を含めて皆が感情を得られたけど、こんな思いする事に成る位なら……」
背もたれを倒したリージアは、天井につき出した手を握り締めた。
存在以外は完全にブラックボックスとなっているだけに、自力ではどうにもできない。
悲しい事が有れば本当に辛いというのに、人間達は所詮プログラムだと取り扱わない。
どんなに内装がアップデートされても、結局リージア達は物と言う事実を変えられない。
その事実を前に、リージアは涙を流す。
「……こんな偽の涙まで流れるようになっても、所詮はプログラムだと蔑まれる、嫌な物だよ」
涙をぬぐい、背もたれを起き上がらせた。
すぐ首を左右に振ったリージアは、気持ちの悪さを気休め程度に払拭する。
その上で、リージアは改めて判明した研究結果に目を通していく。
「……こんなのが体内にねぇ、魔物、悪魔……政府のクズ共が目の色変えるのも頷けるよ……やっぱり、フォスキア連れて来たの悪手だったかな?」
軽くフォスキアを連れて来た事を後悔しながら、リージアは今後の予定を思い出す。
森を発って二日。
後一日で、沿岸の町にたどり着く。
一旦その町の付近で停泊し、宇宙艇と海の様子を見てから海を渡る事に成っている。
いっそ、そこで彼女を解放した方がいい気がしてきた。
「(海の上だと修理も何もできないもんね……下手したら、町の近辺に出てる新種の魔物から防衛しながらの戦闘になる、か)」
フォスキアから聞いた話だと、今向かっている町の近辺では新種の魔物が出没している。
しかもその魔物は、リージア達より早くこの星に来ていた調査チームの生物兵器の可能性が有る。
リージアの予想が正しければ、通常兵器の効果は薄いだろう。
「……レーニア達には、センサーの調整任せちゃってるし、やっぱり私が何とかするか」
思い立ったリージアは席を立ちあがり、船倉に足を運ぶために部屋の外へ出た。
生物兵器に対抗するには、色々と準備が居る。
ヘリコニアに頼んで幾らか部品を作ってもらったが、内部はリージアが制作する必要があった。
「(メタルリザードとかバルバトスの素材が手に入ったのは、幸運だった)」
――――――
その頃、艦橋にて。
「……軍曹から何を頼まれたんですか?」
「いや何、センサー類の調整さ、敵がエーテル使ってるかもしれないからね」
「エーテルのせいでレーダーが使えないから、せめて音と熱だけでも探知できるようにしないとって」
操舵を握るホスタの横で、レーニア達姉妹はセンサの調整を進めていた。
外周の調整は済ませているので、後はモニター上の調整だ。
濃度の濃いエーテル環境で敵を探知できるのは、現状音と熱だけだ。
しかし、その二つも機械での探知は限界がある。
探知できても、正確性には欠けてしまう。
「それ、ミサイルの精密誘導に利用できないんですか?」
「レーザー誘導ならまだしも、そもそも熱線追尾にはか限界があるからね、しかもエーテルには、ある程度熱を隠す性質も有るからなおさらさ」
先の戦いで判明したが、エーテルにはある程度熱を遮断してしまう効果が有る。
勿論完全に防ぐ事は無いが、ミサイルの精密誘導を行うには反応が弱すぎる。
調整されたセンサでも、それ程精密な探知はできないだろう。
「はぁ、だっる~、やる事多すぎでしょ」
「文句を言うんじゃないよ」
――――――
リージアがラボを出て十数分後。
ラボの前で、フォスキアとモミザが鉢合わせしていた。
「よう奇遇だな」
「ええ、これはどうも」
互いに笑みを浮かべているが、二人共目が笑っていない。
目に影を落としながら、互いに睨み合う。
何時喧嘩に発展してもおかしくない空気が、周囲へとまき散らされる。
先日、フォスキアのリージアへの好意が判明してから、二人の仲は少し険悪になっていた。
「で?お前は何の用が有ってここに来たんだ?」
「お昼が終わったからアイツの手伝いよ、それにこの船に居ても、それ位しかやる事無いし」
「殊勝なこった、ま、働かざる者食うべからずだもんな」
「ええ、そう言う事よ、私の知識はかなり役立つみたいであの子も喜んでいたわ」
宇宙艇に関する知識を持たないフォスキアは、リージアの助手的な役割が与えられている。
この船でそれ位しかやる事がないとは言え、モミザとしてはこれ以上彼女達が親密になるのは防いでおきたかった。
何しろ、いつの間にかリージアはフォスキアの事を名前呼び居していたのだ。
しかもフォスキアが正体を明かした時、リージアに慰められてから完全に目の色を変えている。
これ以上仲が良くなって欲しくないというのが、一番の本音だ。
「喜ぶねぇ、それでもアイツはお前の事は利用価値が有る女、って位の認識って事忘れんなよ」
「あら?嫉妬?」
「んな訳ねぇだろ、アイツの事は誰よりも知ってんだよ、お前を都合の良い女程度にしか思ってない事位すぐわかる」
「随分言うわね、あの子、私と逢えて良かった何て言ってきたのに」
リージアの姉であるだけに、モミザは彼女の事に付いて良く解っているつもりだ。
フォスキアの事はその辺の人間より信用しているかもしれないが、リージアが人間嫌いである事に変わりは無い。
エルフという事を差し引けば、フォスキアは都合の良い女程度しか見ていないだろう。
「だろうな、知りたい知識を身に着けられれば、誰だって喜ぶ」
「そう、でも殴られて喜ぶような変態ではないでしょ?」
「……」
「仕方なかったとは言え、貴女私と初めて会ってから何回あの子殴ったかしらね~、だから貴女の好意に気付いてないんじゃない?」
見下すような笑みを浮かべたフォスキアの言葉に、モミザは黙ってしまった。
確かに、リージアは殴られて喜ぶ趣味は無い。
リージアの自業自得や暴走を止める為とは言え、モミザは何度も彼女を殴っている。
多少の拒否反応が有ってもおかしくは無い。
「……あ、アイツは、単純に自分が恋愛する事考えてないだけだわ……クソ」
「涙目になって言われてもこっちが困るだけなんだけど、そう思う位なら、もうちょっと優しく接したら?」
本人も割と気にしていたのか、いつの間にか目に涙が溜まっていた。
不器用な照れ隠しや、感情表現だったとはいえ、やりすぎている事は本人も自覚している。
「う、うるせぇ!そもそも!アイツがお前に優しくしたのはなぁ!ほとんど同情なんだよ!真に受けんな!!」
涙をこらえる為、通路に響くモミザの大声。
あまりにうるさかったので、フォスキアは反射的に耳を塞いだ。
「……同情ね……それでも嬉しいわ、本当の事を話して私に同情してくれた奴なんて、一人も居なかったし」
「……」
耳から手を放したフォスキアは、片手を視界に収めた。
彼女の目に映るのは、変異した自分の手の幻覚。
鋭い爪に、羽毛の生えた腕。
理由が理由であるだけに、誰からの同情も無かった。
両親さえこんな身体にしておきながら責任を取ろうともせず、険悪な目を浮かべていた程だ。
「前にアイツが言っていたが、そんな物は一時の気の迷いだ……後悔したくなかったら、すぐ忘れる事だ」
視線を逸らしたモミザは、以前リージアの言っていた事をリピートした。
同情から得られる幸せと言うのは、一時の気の迷い。
フォスキアがこのままリージアに恋をしても、それはすぐに冷めてしまうだろう。
「そう言えばそんな事言ってたわね……でも、私は、私を認めてくれたあの子の」
「あれ~?モミザまでどうしたの?こんな所に」
何やらガチャガチャと音を立てながら戻って来たリージアの声に、二人共身体をビクっとさせた。
リージアの目の前にいたフォスキアは、思わずモミザの方へと移動。
顔を赤くした二人は、リージアの方へ視線を移した。
先ほどまでリージアへの好意全開で話していただけに、急に恥ずかしく成って来た。
「……」
「……」
「ん?どったの?」
会話を聞かれていたのではないのか、二人のそんな不安は消え失せた。
今のリージアの姿はウエットスーツに、シュノーケルを付けたダイバーのような恰好。
しかも、銛や浮き輪の他に、色々とガラクタの山を手にしている。
向かっている先が海とは言え、気が抜けているようにしか見えない。
それはそれとして、ガラクタの中に何故かチェーンソーが入っていた事には目を瞑った。
「おい、何だ?その恰好(てか海にチェーンソーって、映画の見過ぎだ、サメの化け物とでも戦う気か?)」
「え~、折角海に行くんだし、海に行こうよ~、その為に水着とか色々調整したいし」
「文法おかしくない?」
「何時のネタだアホ、つーかお前気ぃ抜けすぎだろ」
リージアのボケはスルーしつつ、モミザは気の抜けているリージアに苦言を呈した。
恰好だけ見ると、魚を取って意気揚々した人にしか見えない。
一応、リージア達の義体は海水に触れても簡単には錆びない。
水中で活動するなら専用の装備が必要だが、無くても一般人程度の泳ぎはできる。
「あはは、戦場で精神を持たせるには、リラックスも大事だよ~」
「そうだが、過度に気ぃ緩めると足すくわれんぞ」
「まぁそうだろうねぇ……あ、そうだ!ねぇフォスキア!」
「な、何?」
モミザの言葉を聞き流したリージアは、目を輝かせながらフォスキアに詰め寄った。
満面の笑みの彼女の接近に、フォスキアは顔を赤くしてしまう。
「今向かってる海って、人魚みたいなの居る!?上半身が人間で、下半身が魚って感じのやつ!!」
「え、えっと……い、居るには居るけど、あんまり人と関りは無いわよ……それが?」
人魚の事を訊ねられたフォスキアは、赤くしていた顔は一気に冷め、ムッとした表情になった。
同時に胸の中にドロドロした感情が芽生え、口元に血管を浮かばせながら拳を握り締める。
「やった!是非その子の事も観察したいからさぁ、いやぁ気になるなぁ、上半身哺乳類にしか見えないのにどうやって息してるのかずっと気になってたんだ~」
嫉妬の炎にさいなまれるフォスキアを無視するかのように、リージアはラボへと入って行く。
「あ、フォスキア、待ってるからモミザと話が終わったら早くきてね」
と、フォスキアへ言い残して。
「……」
「……」
閉じられた扉を前にする二人は、自分の用だけ済ませていったリージアに硬直していた。
先ほどまで彼女の事で言い争っていたのが、バカらしくなってしまう。
「ねぇ」
「何だ?」
「あの子人間嫌いって言ってなかった?」
「ああ、けど身体の仕組みとかは興味津々なんだよ」
人間嫌いであるリージアだが、その仕組みや体等は本当に好きなのだ。
フォスキアの事も、エルフだから多少気に入っているというのも有る。
色々と割り切ってしまっているので、一見気が有るように見えてもそうでない事が多い。
「エルフの私はもう良いっての?てか、長年生きてるけど人魚にヤキモチ焼く事に成るとは思わなかったわよ」
「だろうな、だから言っただろ、後悔するって」
「でも、俄然やる気が出るのは何でかしらね?意地でも振り向かせてやりたくなったわ」
「チ、変な所で気が合いやがる」
だが、だからこそ変に攻略したいと思ってしまう二人だった。
妙に火が付いたせいか、フォスキアはモミザに対し更に対抗心を燃やしてしまう。
「ま、妹に欲情する奴には絶対負けたくないけど」
「ほう、姉である俺に勝てるとでも?お前はどうあがこうが、関りの深さではお前はどうしても負けてんだよ!」
「へ~、事故とはいえキスまでした私と張り合うの?それにアイツ、アンタの事姉妹としか思ってないでしょ」
睨み合う二人は、マウントの取り合いを始めてしまう。
二人共目に殺意が込められており、下手をしたらこのまま殴り合いにでも発展しそうだ。
「たとえ義理でも姉妹が付き合う何て、流石のアイツも引くでしょ?」
「あ?実の姉妹だからこそ萌えるんだろ?」
「義理かと思ったら実の姉妹!?」
リージア達が姉妹であるというのは、バルバトスとの戦いで知っていた。
何しろ、本人が大声で言っていたのだから。
とは言え、睨みつけるように言われた事実には驚愕した。
「と言う訳だ、これ以上妹に手ぇ出すな」
「どう言う訳よ、義姉さん」
「止めろ!その言い方!!」
「あら?子姑さんの方がよかった?」
「……」
フォスキアの家族ムーブのせいで、主導権を握られかけている事に気付いたモミザは、ツッコミたい気持ちを強引に抑え込む。
深めに深呼吸を行い、出かけた言葉を無理矢理飲み込む。
「ふぅ……」
「あ、耐えた」
「姉として、俺は妹に不純な同性愛をさせたくないだけだ、良いな?」
「何が良いのよ、実の姉妹のイチャコラの方が不純じゃない」
モミザの発言に、若干引いたフォスキアだった。
しかしモミザはモミザで、フォスキアの発言に不思議そうに首を傾げてしまう。
「は?姉妹で付き合う以上の純愛が有るのか?」
「アンタしっかりしてるように見えてその辺ちゃんとリージアの姉よね!!」
フォスキアの正論は、モミザには通じなかった。
コレクションしている薄い本のデータの中で、およそ七割以上を姉妹百合物に割いているモミザには。
因みに義理系も吟味しているが、やはり実の姉妹と言うシチュエーションが多い。
「……」
「どうしたの?」
「いや、何か俺の知らん所で性癖が一部バクロされた気が」
「さっきから自分でぶちまけてるじゃない」
と言う事はさておき、モミザはもう一度深呼吸を行う。
「……とにかくだ、これ以上アイツに関わるな、一度船の整備の為に着陸する予定だから、そこでお前は降りろ」
「あらあら、随分嫌われたわね、私も」
「そんなんじゃねぇよ……お前はアイツに悪影響なんだよ」
拳を握りしめたモミザは、目の下に影を落とした。
怒りともとれる表情だったが、何故だか悲しさが伝わって来る目だ。
「……何か有ったの?」
「……なんでもいいだろ、とにかく、アイツの助手をするだけなら俺は文句は言わない、だが、手ぇ出すような事が有ったら、ただじゃおかねぇからな」
「……」
目に涙を浮かべたモミザは、別の部屋に向かう為に振り替える。
確実に何か有った事を察するフォスキアだったが、同情から踏み込む事をためらってしまう。
「(ヘリコニアと逆ね)」
以前ヘリコニアと話した時、彼女にはリージアの支えになって欲しいというような事を言われた。
二人の涙はリージアの事を想っての物というのは間違いないが、ニュアンスが違うような気がしてならない。
だが、その違いがフォスキアには解らなかった。
「(……でも私は、私を認めてくれたあの子の力でありたい)」
リージアへの想いを胸にしまったフォスキアは、再びラボへと入って行った。




