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恋する乙女 後編

 リージアの胸の中でフォスキアが泣いた数時間後。

 陽が落ち始め、太陽が赤く成りだした頃。


「(はぁ、まさか六時間以上拘束されるなんて……流石に疲れたわ)」


 流れで座ったベンチでぐったりするフォスキアは、先ほどまでの検査を思い出す。

 リージアの研究の協力をする筈が、その前の質問攻めはかなり堪えた。

 と言うのも、フォスキアの能力は鳥の姿に変異するだけではない。

 悪魔と同化してから、色々な特殊能力が宿っているのだ。


「(テレパシーとか、飛行能力とか、破壊した相手の魔石から力を一部手に入れられるとか、そう言うの打ち明けた結果これって)」


 泣き止んで落ち着いた後で変身以外に何かできるかと聞かれ、素直に答えたラインナップ。

 それらがリージアの興味を惹かない訳もなく、長丁場となる原因となってしまった。

 慣れない環境から解放されたフォスキアは、通路で見つけたベンチに腰を掛けていた。


「(それはそれで……何かしら、これ)」


 すぐ目の前に置いてある物に、フォスキアは首を傾げていた。

 赤い塗装をほどこされ、様々な模様を持ち光る直方体の物体。

 いわゆる自販機だが、異世界では絶対に見ないデザインに目を奪われてしまう。


「(まさか、祭壇?でもアイツら神様とか信じて無さそうだけど)」


 光を発しているせいか、フォスキアはそんな考えに至った。

 だが、それを言えばこの艦内の天井には発光している物が至る所にある。

 その可能性は薄そうと、すぐに考えを投げ捨てた。


「(まぁいいわ、それにしても、改めて見ると解らない事が多いわね、こいつ等の文明とか技術って)」


 自販機から目を逸らすと、今度は蛍光灯の方へ視線を移した。

 フォスキアが見た宇宙艇は、外の部分だけ。

 内部を見たのは、今日が初めてだった。


「(……冷静に考えて、アイツら、どうやって動いてるのかしら?)」


 リージアの世界には、魔法に関する技術は無い。

 その事を考えると、魔力無しで彼女達が動く理由が分からなかった。

 この世界には蒸気船のような物も有るが、燃料は魔石による供給。

 解らないのは現象ではなく、燃料の部分だ。


「……考えても、仕方ないわね」

「何を考えていたの?」

「ヲッ!」


 何となく呟いたと同時に、いつの間にか居たヘリコニアが訊ねた。

 変な声が出た事を恥じながら、目の前に立つ彼女に目を向ける。


「ま、まぁ色々と……そ、それで、何か?」

「いえ、私の操舵の時間は終わっちゃったし、頼まれた部品作ってリージアちゃんに届けたら、ラボに籠っちゃってぇ、暇だから貴女と何か楽しいお話でもできたらなぁ、と思ってぇ」


 おっとりとした笑顔で、ヘリコニアはここに来た理由を話した。

 到着には三日程かかるので、部隊のメンバーで操舵を交代しあう事にしている。

 彼女の番は終わり、一番の話し相手であるリージアもラボに籠っている。

 なので、フォスキアに目を向けたらしい。


「い、良いけど……(この人、リージア以上に何考えているのか解らないから苦手なのよね)」


 話すのは良いが、部隊の中で一際異彩を放っている彼女はどうも苦手だった。

 何しろ、マンドラゴラでビックリ箱を作ろうとするような人物だ。

 笑顔も含めて少し怖い。


「ありがとう、それと、リージアちゃんから貴女を部屋に案内してって頼まれたから、お話はそこでしましょう」

「え、ええ、ありがとう」

「ついでにこれもあげるから」


 部屋に案内さえしてくれれば、それだけで良かった。

 そう思うフォスキアの目に高そうな酒瓶が映り込み、あからさまに目の色を変える。


「何でも話してあげるわ」


 彼女と話せば、また異世界の酒が味わえる。

 それだけで十分お釣りが来る条件だ。


 ――――――


 案内されたのは、士官用の部屋。

 流石にフォスキア一人を狭い三段ベッドが並ぶ部屋へ通す訳にはいかないので、ちゃんとした部屋を紹介した。

 と言っても、個室である所以外はあまり変わらない。


「ね、ねぇ、良いの?こんな良い部屋」

「良いのよぉ、どうせ使う人は居ないし」

「で、でも、助けに行く人に、将校とか居るんじゃないの?」

「居るには居るけど、リージアちゃんが、生きてるか分からないぶt……人の為に埃被せるよりはマシって」

「そ、そう(今、豚って言いかけた?人間嫌いとは聞いてたけど、そこまで嫌いなの?)」


 町を守る準備を行っている時。

 モミザの口より、リージアが人間嫌いという事は聞いていた。

 しかし、豚呼ばわりする程とは思っていなかった。

 ヘリコニアの素なのか、リージアが言ったセリフを言いかけたのかはこの際置いておく。


「(私、ちゃんとあの子に好かれるかしら)」

「さ、お話しましょう」


 若干顔を青ざめるフォスキアに構わず、ヘリコニアは用意してあった椅子に腰かけた。

 マイペースな彼女に苦笑しながらフォスキアも椅子に座り、置いてあったテーブルに瓶とグラスを置く。


「それで?何が聞きたいの?」

「そうねぇ、報告にあったシャウルちゃんみたいに、可愛い子は他に居るのかしら?」

「え、ええ、結構いるわよ」

「そうなの?良いわねぇ、今度は実際に会って話してみたいわぁ」


 ヘリコニアは面白い事は好きだが、可愛い物も同じ位好きだ。

 シャウルのような可愛い系の獣人に会う事は、リージア以上に楽しみにしていた。

 意外と普通の質問をされた事に驚きながら、フォスキアは答えた。

 他種族の交流が深まってきたおかげで、様々な地域で彼女の同胞と会えるのだ。


「私ぃ、シャウルちゃんみたいに可愛い子が大好きなのよ」

「そうなのね、なら、南の方の温暖な国がおススメね、そこを故郷としている人が多いの」

「あら、良い事聞いたわぁ、機会があったらぜひ足を運ぼうかしら、色々な人の写真撮ったり、お話もしてみたいわ」


 喜ぶヘリコニアの顔を横目に、フォスキアは新しく貰った酒をグラスへ注いでいく。

 その笑顔は社交辞令のような物ではなく、本当に喜んでいる。

 本当に動物が好きなのか、単純に獣人が好きなのかは定かではない。


「(そう言えば、この部隊の皆はスネに傷が有るってリージアが言ってたわね)」


 朗らかなヘリコニアを見ていると、どんな問題を起こしたのか不意に気になった。

 何を考えているか解らないので、少し怖い印象は有る。

 だが、検査中の他愛もない雑談で、リージアが彼女の事を何度か話していた。


「(お互い楽しい事が好きだから、結構気が合うって事だけど)」

「……何か、考え事?」

「え、あ、いや、その……何で、貴女がこの部隊に入ったのかなって」

「……」


 踏み込んではいけない所に踏み込んでしまった。

 表情から朗らかさを失った彼女を見て、フォスキアはそう思ってしまう。

 しかも彼女の顔は、トラウマに苦しんでいた時の自分に似ていた。


「あ、その、ごめんなさい、嫌な事なら、話さなくても」

「良いわよぉ、貴女も過去を吐き出してくれたのだから、私も少し話そうかしら、昔の事……」


 申し訳ない気持ちになりながらも、フォスキアは責任をもって聞く事にした。

 グラスからも手を放し、ピッシリと座り直す。


「そんなかしこまらなくて良いわよ~」

「は、ははは」


 朗らかさを取り戻したヘリコニアは、無礼講を許した。

 しかし、自分のなりの礼節は持っているつもりなので、姿勢を崩す事は無かった。


「でもぉ、どこから話そうかしら、色々と複雑なのよねぇ」

「とりあえず、要点かいつまんでくれれば良いわ」

「そうなるとぉ、軌道エレベーター地上施設の出来事になるんだけどぉ」

「……やっぱり、最初の方簡単に説明して」

「は~い」


 彼女の傷を変にえぐらない為に要点だけを聞くつもりが、急に知らない単語が出て来たので、最初から聞く事にした。


「そうねぇ、今私達の世界はぁ、空で暮らしている人とぉ、地上で暮らしている人の二つに分かれているのぉ」

「最初から神話みたいな感じ」


 正確には宇宙で暮らしているのだが、フォスキアに気を使って空と訳したヘリコニアは、分かりやすい説明を考える。

 この世界の技術では、数時間空を飛ぶことが精々。

 恒久的に空に住むという事は、正に神の所業だ。

 地上と空の住民が、と言う話になればそれはもう神話の世界だろう。


「地上は大昔の戦争で大分荒廃しちゃったからぁ、ほとんどの人は安全な空で暮らしているのよぉ」

「どんな戦争よ(やっぱ、文明に似合わず野蛮ね)」

「軌道エレベーターはぁ、地上から空へ物資を上げる為に大事な施設なのよぉ」

「つまり、地上と空を繋ぐゴンドラって事ね、空には何も無いのだから妥当な判断だわ」


 何も無い空で暮らすという以上、やはり物資不足は否めない。

 ならば地上から物資を運搬する術が必要になる。

 軌道エレベーターは、宇宙のコロニーを維持する要だ。


「でも、貴女達の技術なら、そんな大層な施設が無くても空に物を運べそうだけど」

「ええぇ、それもできるけどぉ、魔法を使って物を運ぶのとぉ、ゴンドラなんかを使って物を運ぶのぉ、どっちの効率がいいかしらぁ?」

「そう言う事ね」


 ヘリコニアの言いたい事は、大体分かった。

 魔法を使っても、今彼女達の居る場所に物を持っていく事でさえ大変な労力になる。

 そこより高い場所で物のやりとりをするのであれば、その為の装置を作った方が効率は良いだろう。


「さて、本題に入るわ」

「え、ええ」

「この部隊に入る前、私はシータって言う部隊にいたの、その時に請け負っていた任務は、さっき話した軌道エレベーターの地上部分の点検と防衛よ」

「防衛?」

「地上に住んでいる人達は、空に住んでいる人達を良く思っていないの、だぁかぁら、よく喧嘩になるの」


 地上と宇宙を繋いでいるだけあって、軌道エレベーターの管理はかなり厳重。

 ゲリラの襲撃で破損した場合、かなりの損失になってしまう。

 その防止として、リージア達の所属する部隊からも点検と防衛の役割を担う部隊が交代で斡旋されていた。


「まぁ私は戦闘タイプじゃないからぁ、施設の点検が役目だったわね」

「タイプ?」

「ええ、私を含めて、みんな名前の前に色々言ってたでしょ?それが基本的な役割なの、私達CO型の場合は、戦地での施設建設や災害時の救助活動ねぇ」

「へ~、リージアのCAっていうのは?」

「一番基本的な戦闘タイプよぉ、数も一番多いわぁ」

「そうなのね」


 ヘリコニアの主な任務は、施設の建設や重機の操縦等。

 資材の加工にも精通しているので、機能をフルに活かせば色々な小道具を作る事もできる。

 基本彼女の趣味だが、性能等は軽く商売ができるレベルだ。

 本人曰く、森林に放置されてもナイフ一本有れば小さい村落を作れると豪語する程の腕が有る。


「話逸れちゃったわね」

「そうね」

「……それでねぇ、そこの指令官が問題だったのよ」

「司令官?」

「ええ、現地の部隊を取りまとめる為のねぇ」


 司令官について思い出した途端、ヘリコニアの表情が僅かに曇った。

 アンドロイド部隊だけでなく、人間の部隊も居る。

 基本地位の低い彼女達が人間の部隊を指揮できる訳もなく、その問題の司令官の指示を受ける事に成った。


「その司令官は高級軍人の息子だったのよ、コネと地位だけで経験もない七光りだったわぁ」

「な、何でそんな奴に?重要な拠点とかは、名だたる高官が指揮を執るのは、流石に世界共通でしょ?」


 司令官の正体を聞き、フォスキアは目を細めた。

 生活の基盤とも呼べる場所の軍を指揮をするのであれば、熟練の高官に任せる。

 そんな事は、異世界人であるフォスキアにも解る。


「そうねぇ、軌道エレベーターを攻撃するって事は、王様に喧嘩を売るような物だからぁ、攻撃される可能性は低いのよぉ」

「……それ、左遷?」

「と言うよりぃ、変に戦火が有る場所に子供を送るよりは、忙しくない場所に配置した、って所かしらぁ?」

「ああ、そう言う感じ」


 異世界であろうと、有力者の考える事は同じ。

 そんな事を思うフォスキアを前に、ヘリコニアは拳を握りしめる。

 脳裏に貼り付いている記憶が掘り起こされ、滅多に怒らないヘリコニアから怒りがにじみ出る。


「それを見越したのか解らないけど、地上の人達が襲い掛かって来たのよ」

「急展開ね」


 急に話しを進めたヘリコニアの発言に首を傾げるが、気にせずに続ける事にした。


「……それで、司令官は人間の部隊と籠城して、私達シータチームだけで、逃げ遅れた作業員たちの防衛と救助に当たる事になったの」

「最低ね」

「ええ、本当に」


 目を閉じたヘリコニアは、当時の地獄絵図を思い出した。

 シータチームは正規の部隊とは言え、頭数は通常の三十名程。

 しかも敵も味方の装備は、双方共に今のリージア達と大差なかった。


「でぇもぉ、施設内にも敵が侵攻しちゃって、戦闘タイプの人達までそっちに行っちゃったの」

「え?じゃ、じゃぁ、貴女は?」

「……私は、作業員を助ける為に、気休め程度の護衛の為に残る事に成ったの」


 部隊とも離れ離れになってしまったヘリコニアの目に映り込んだのは、ゲリラたちに虐殺される作業員たち。

 資材や食料等は奪われ、無抵抗な人達は殺される。

 そんな地獄絵図を前にして、ヘリコニアは反転攻勢にでたのだ。


「でぇもぉ、おかげで私は喧嘩が強い事を知れたの」

「喧嘩?」


 戦闘タイプではないヘリコニアは、大戦時でも自衛のための戦闘しかしてこなかった。

 せいぜい後方から銃撃を行う程度で、表だった戦闘はしていない。

 前線に立って殴り合う何て、考えた事も無かった。


「ええ、銃の弾が無くなっちゃったから、その辺に有ったノコギリとかぁ、ハンマーとかでぇ、色々と、ふふふ」

「そ、そう……(やっぱり怖い)」


 黒い笑みを見て、ヘリコニアが何をしたのか察した。

 実際、武器が無くなった彼女は、その辺の工具を振り回し、重機を乗り回す事で応戦した。

 軍事兵器を相手にそんな戦い方をすれば時間もかかり、遠くの敵の対処も難しい。


「そ、それで、その……作業員たちは」

「……全滅したわ」

「ッ、ご、ゴメン」

「良いのよ、でも一番許せなかったのは、アイツは私に罪を全部擦り付けたのよ」


 拳を握り締めたヘリコニアの目には、確かな憎悪が宿っていた。

 襲撃を退けた頃、日が暮れて辺りの空は赤く染まっていた。

 赤い光に照らされた血濡れの彼女の恐ろしさは、罪人として印象付けるには十分だった。


「何で、そんな事に」

「当然よ、作業員みんなを取り残して、司令官は籠城、責任問題は免れないわ、だから、私が敵を先導した事にして、会議中に集まってた所を襲われたって事にされたのよ」

「……悪魔連中が優等生に思えて来たわ」

「奴隷扱いの私達は、トカゲの尻尾みたいな扱いをされるのよ」


 いつの間にか特徴的な柔らかい話し方は消え、目には涙を浮かべていた。

 冤罪を着せられた事で、彼女は解体処分寸前まで陥った。

 無罪を証明しようとしても、既に根回しは完了していた。

 どう転んでも、ヘリコニアの有罪は確定だった。


「で、でも、貴女の仲間は、味方になってくれたのよね?」

「いえ、彼女達は何も言ってこなかったわ、きっと巻き込まれたくなかったのね……でも、労いの言葉の一つでも有ったら、救われたのかもしれないけど、今となってはどうでも良いわ」

「どうでもいいの?」

「ええ」


 その時、ヘリコニアの目に光が戻った。

 涙を浮かべたヘリコニアは、何時より朗らかな笑みを浮かべる。


「皆が責めて来る中で、あの子が、リージアちゃんだけは、私の味方になってくれたの、どんなに証拠を突きつけられても、あの子だけは私を信じてくれたの」

「……」


 ヘリコニアが浮かべたのは、正に乙女の顔だった。

 仲間からも、上官からも捨てられた彼女に差し込んだ確かな光。

 暗闇の中で有れば、リージアと言う光は眩しすぎる位だろう。


「(そう、この人も、私と同じなのね)」


 ヘリコニアが浮かべる朗らかな笑みの裏に、フォスキアはとある物を感じた。

 境遇が似ていたからこそ、察する事が出来た事でもある。


「貴女も、リージアが好きなのね」

「……」


 珍しく悲しい表情を浮かべたヘリコニアは、静かにうなずいた。


 ――――――


 数十分後。

 満足したヘリコニアは、フォスキアの部屋を後にした。


「今日はありがとう、付き合ってくれて」

「いいのよ、私も楽しかったわ」

「ふふ、そう言ってくれるとありがたいわぁ」


 ヘリコニアを見送るフォスキアは、去っていく彼女へと軽く手を振る。

 リージアと似た彼女の背中は、とても幸せそうだった。


「……」

「ヘリコニアとお話?」

「ヲ!……アンタ等、気配位出しなさいよ」


 次に話しかけて来たのは、ラボに居た筈のリージア。

 アンドロイドであるせいなのか、熟練の傭兵であるフォスキアも気配を捉えづらい。

 そろそろ彼女が操舵を換わる時間だったので、偶々通り掛かったのだ。


「そんなにビックリしなくて良いでしょ、それに私達は軍人なんだから、気配を殺すのは当然」

「そ、それも、そうね……(だからって常に消さないでちょうだい)」


 リージアの反論を聞きながら、フォスキアは彼女の事を見つめる。

 顔だけであれば、普通の少女と変わりない。

 その下の金属の身体は、彼女を人では無いという現実に呼び戻されてしまう。


「どうかしたの?エルフィリア……あ、もしかして、私の魅力に気づいちゃった?なんて」

「……リージア」

「ん?なぁに?」


 後半の部分を聞き流したフォスキアは、先ほどヘリコニアの言った事を思い出す。

 自分の過去を打ち明けた後で、彼女は助言のような言葉をくれた。

『もし、貴女もあの子を慕っているのなら、そのままでいて、そのまま、あの子を、繋ぎ停めてあげて、あの子が、憎しみに溶けてしまわないように……お願い』

 このセリフを言った時、自分の過去を打ち明ける時以上に大粒の涙を流していた。

 その時に握られた手の感触は、今も残っている。


「その、名前……」

「え?」

「これからは、その、あの……名前で、呼んでくれる?」

「……」


 耳まで顔を赤くしたフォスキアからの可愛らしい頼みを前に、リージアはキョトンとしてしまった。

 考えてもみれば、名前で呼び合う人間の知り合いは居ない。

 同胞のアンドロイド達は皆名前で呼び合うが、それはそれで何かが違う。


「……」

「ちょ、ちょっと、何で固まるのよ」

「い、いやぁ、急にそんな事言われてもね、でも、良いか……フォスキア」


 笑顔で言われた自分の名前に、フォスキアは顔をトマトのように赤くしてしまう。

 照れ隠しに自分の髪の毛を弄りだしながら、リージアと目を合わせる。


「あ、ありがと……リージア」

「うん、悪いけど、これで」

「(一歩前進、かしら?)」


 恥かしくなった二人は、そのまま別れた。


 その後。

 フォスキアは部屋に駆け込み、恥ずかしさのあまりベッドの上でジタバタする羽目になった。

 そしてモミザに謎の電流が走り、不思議な危機感が湧き出ていたのだった。




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