恋する乙女 前編
フォスキアとモミザのイザコザが有ってから、三十分後。
結局、変な事をしないなら、と言うレーニアからの妥協案で終局。
フォスキアはリージアの研究の手助け、もとい、検査を受けていた。
それにあたって、今のフォスキアはスカートアーマーでは無く、病人服を着ている。
「ね、ねぇ、これで何か解るの?」
「まぁ色々とわかるよ、貴女の身辺を探る事にもなるかもしれないけど」
「そ、そう……ウ」
ウキウキとした表情を浮かべるリージアは、フォスキアの身体から血を抜き取って行く。
採血の検査と言う初めての事に少し恐怖を覚えながらも、フォスキアは腕に走った痛みを耐える。
「はい、ありがと」
「ふぅ、血だけを抜き取られたのは初めてよ」
採血を終えると、リージアは腕に巻いていたゴムを外して止血を行う。
早速検査用の機械に血を送り、すぐに検査を開始する。
その合間に、これまで得られたフォスキアの状態をまとめていく。
「えっと、身長百六十と少しで、体重が……うん、で、スリーサイズが上から……ふむふむ(改めて検査して分かったけど、やっぱデカ、膝枕したら空が半分しか見えなさそうなのに、よくあんな機敏に動けるな、生で見た時素でビックリしたわ)」
「(はぁ~、恥ずかしかった、まさかこんなすぐ裸体さらす事になるなんて)」
次々とパソコンへカルテを記して行くリージアの横で、フォスキアは顔を赤くした。
検査の内容は、ほとんど一般企業や学校の健康診断と似たような物。
なので、内科系の診察の際に、自分の身体を舐めまわすように見られてしまった。
「(でも、コイツその時全然変な目とか無かったのよね……それはそれで、なんか、ショックね……初めて会った時はあんなチラチラ見てたのに)」
しかし、まだ誰にも触れさせた事の無い純潔の身体。
それをわざわざ見せたのに、リージアは七割方ノーリアクションだった。
その事には、少しショックを受けていた。
「(はぁ、耐えるの辛かった……フォスキアってノンケだし、ここで襲い掛かってもね)」
ショックを受けるフォスキアに気付かず、リージアは欲望を抑えるのに必死だった。
フォスキアの裸体を見て、耳以外の人間との差異が気になって仕方なかった。
人形のように美しい肢体や、きめ細かい肌。
それらを改めて見て、もっと撫でまわしたい欲求をずっと抑えていた。
「(スタイルには自身有ったけど、もしかして、この子にとっては魅力的じゃないのかしら?)」
「あ、結果出た……」
「ん?」
出て来た検査結果に、リージアはかじりついた。
ウキウキしながら結果を記録していると、徐々に彼女の表情は落ち着いてくる。
とても真剣に画面を見つめだし、別のデータと比較を始める。
「エルフィリア、一つ良い?」
「な、何?」
「私達が戦った悪魔、アイツが言っていた言葉の意味、何となく分かったよ」
「……」
リージアの言葉に、フォスキアは全身の鳥肌を立たせた。
正体を知られる事を承知で来たとは言え、まだ恐怖をぬぐえた訳ではない。
真相を知られて拒絶されてしまう事が、彼女にとって何より恐れるべき事だ。
少し心拍数を上げながら、フォスキアは耳を傾ける。
「検査の結果、貴女とアイツ、それと、ゴブリンの血液が一致した部分が有るの、他の住民の血もこっそり集めてたけど、そこには見られない反応だね」
「へ、へー(そう言えば、負傷者の看病みたいな事してたわね)」
リージアの発言を聞き、フォスキアは戦いが終わってすぐの事を思い出した。
悪人のフリをする前に、彼女は負傷者の手当をしていた。
流血していた人を主に診ていたのだが、その時に血を採取していたのだろう。
「……その、一致する部分ってなに?」
だが、今はそんな事よりも大事な事が有る。
リージアの言う、魔物と共通する部分が気になって仕方がない。
「その辺はまだ調査中だけど、とにかく、一致している部分が有る、つまり貴女の身体は、魔物と同質の物と言えるの、何か、心当たり有る?」
「……てか、心当たりしかないわね」
曇った表情を浮かべたフォスキアは、立ち上がりながら着ている服を崩しだす。
少し目に涙を溜め、胸を傷める彼女は、再びリージアへ身体をさらした。
「え、ちょ、何?」
「……見てて」
急な事に顔を赤めるリージアの前で、フォスキアは全身に魔力を巡らせる。
身体に力を入れ、ずっと内に眠らせていた物を活性化させていく。
久しぶりのせいか、全身が柔らかな痛みに襲われて表情が歪む。
「う、あぐ、ああ……」
「あ、ああ……」
予想外の光景が目に入り込み、リージアは開いた口を塞げずにいた。
フォスキアの四肢は鳥足のような外観となり、爪も鋭く尖る。
四肢の全体と身体の一部分は、白と緑のグラデーションのかかった羽毛が生える。
「はぁ、はぁ……」
「……」
「私が、何に見える?」
正に鳥人間と呼べる彼女の姿を前に、リージアは硬直していた。
もはや言葉を出す余裕さえなく、情報の処理が追い付いていない。
「(……そう、やっぱり、不気味よね)」
その硬直時間が災いし、フォスキアは顔を俯かせた。
初めて友人に打ち明けた時も、同じような反応だった。
驚いて硬直した後で、里の人達へ魔物が出たと大声で告げた。
同じ事が起きる前に退散しようと、ラボの出入り口の方を向こうとした時。
「エルフィリア!」
「ヒ!……」
勢いよく立ち上がったリージアは、フォスキアの両肩を掴んで静止させる。
フォスキアの目が捉えたのは、顔を赤くして息を荒くするリージア。
もしかしたら、シャウルの時より興奮している。
「こっちはね、アンタの為にずっっと我慢してたの、今すぐにでも貴女を押し倒して、手足縛って舐めまわすように調べたかった……でもねぇ」
「は、はい」
キョトンとするフォスキアの事を、リージアは診察用のベッドへ寝かせる。
そして、溜まりに溜まっていた感情を爆発させだす。
「もう限界!その身体どうなってるの!?羽毛は体毛が変異したのかな!?でも手とか足は直接鳥みたいになってる、あ、よく見たらマブタも二枚ある!前髪も何かクチバシみたいに……気のせいかな?まぁ、それは置いといて……はぁはぁ凄い、綺麗、可愛いよ~」
顔を赤くしながら、リージアはフォスキアの身体を漏れなく見定めだす。
モミザの静止が無いせいか、彼女の暴走は留まる事がない。
興奮しすぎて言葉が追い付いておらず、感想が適当になっている。
「羽毛もフワフワで、まるで高級なお布団だよ、それに、心なしか瞳の赤さも際だってるし、爪もピカピカに磨いた黒曜石みたいに綺麗、強度はどれ位かな?あ、口の中どうなってるのかな?」
「ちょ、ひょっと」
羽毛を堪能し、爪にうっとりとした後、リージアはフォスキアの口内を覗いた。
歯科検診も行ったので、その時と比べてみると、四つの八重歯が少し大きくなっている。
鳥には歯がない筈なのだが、変異した影響だろうか。
「ふぉあ~、貴女の事調べるだけで一日過ぎちゃうよ!本当に良かった!貴女に逢えて、本当良かった!こんな興味深くて格好良くて、可愛い子を目にできる何て!」
「……」
次々と襲い掛かる褒め言葉に、フォスキアは顔から火が出る気分になった。
この姿を見せた人間は少ないが、こんなに褒められたのは初めて。
家族さえこの姿には拒絶反応を見せていたというのに、このベタ褒め攻め。
情緒は徐々に滅茶苦茶になり始め、徐々に平静さが欠かれていく。
「い」
「い?」
「イヤアアアアア!!」
「ヒデブ!」
迷子になった感情に任せたせいで、思わずビンタをかましてしまった。
変異した事により、一発の威力は倍増されていたせいでリージアはノックアウト。
変異を解除したフォスキアは、彼女をそのままにして全裸のまま部屋を飛び出してしまった。
――――――
丁度その頃。
心配になったモミザは、少し早めの足取りでラボへ向かっていた。
SFチックで無機質な通路を進んでいく。
「様子見るだけだ、様子をな……ん?」
そんな風に自分に言い聞かせながら歩いていると、途中の曲がり角からすすり泣く声が耳に入る。
謎の羽毛が大量に散らばっている事も気になるが、恐る恐る影へと
「……おい、どうした?」
「う、うぐ、モミザ……」
曲がり角のすみでうずくまっていたのは、ほとんど全裸のフォスキア。
顔を赤くしながら涙を流し、鼻からも色々垂れている。
ゆっくりとモミザの方に視線を向けた彼女は、大粒の涙を流しながら訳を話しだす。
「私、(情緒を)滅茶苦茶にされちゃった」
「……」
フォスキアのややこしく一言足りない言葉に、モミザは目を見開いた。
ほぼ全裸な上に、泣き顔を浮かべている。
加えて今のセリフは、完全にリージアに襲われた後と言う印象しか無かった。
「ちょっとシメてくるか」
目を見開いたモミザは、殺意全開でラボへ入室。
その後すぐに金属同士がぶつかり合う音と悲鳴が、外まで聞こえて来た。
――――――
数十分後。
モミザはリージアの処罰を下す為に、全員をブリッジへ召集させた。
その途中、容疑を否認するリージアの発案によりフォスキアの正体のお披露目を行う事になった。
「……え、えっと、こんな感じ、だけど」
「あら~綺麗ねぇ、隠す必要ないじゃない」
「変異した姿は、この世界ではタブーのような物なのでしょう」
「(え?何?どうなっているんだい?)」
今度は下を履きながら変異したフォスキアは、皆にその姿を見せた。
ヘリコニアはその姿にうっとりしているが、他のメンバーはリージア同様に驚いている。
しかし操舵を行っているレーニアは、その姿を見る事ができていない。
「……こんな感じだよ、お姉」
「あ~ありがとう、ほぉ~、こんな感じかい」
そんな姉の為に、ブライトは自分の視覚情報を共有。
改めて見たフォスキアの姿に、レーニアも関心を示した。
「と、まぁ、うん、ここまで来れば、モミザなら、解るでしょ?何が有ったか」
殴られた部分をなでるリージアは、不機嫌そうにモミザを睨んだ。
フォスキアにぶたれ、何とか目覚めた所にモミザの拳に襲われたのだ。
そのおかげで機嫌が少し悪かった。
「……この姿見て興奮したお前が、コイツに襲い掛かったんだろ?なんか滅茶苦茶にされたとか言ってたし」
「そうですか、元々見損なっていましたが、心底クズですね、貴女」
「ホスタく~ん、昨日より眼光鋭くなぁい?」
モミザの言葉を耳に入れたホスタは、昨日よりも鋭い眼を向けて来た。
正にゴミを見るような目、と言う表現が一番似合う。
そんな彼女達を見て、フォスキアは冷や汗をかく。
「あ、いや、確かに襲われはしたけど、滅茶苦茶にされたのは私の情緒よ」
「情緒?」
「ええ、押し倒されただけで、何もされていないわ、さっきは私の言葉足らずよ、ごめんなさい」
リージアの弁解をしつつ、フォスキアは頭を下げた。
変異を解除したフォスキアは、上着を着込んで適当な席に座った。
「では、何故?」
「……初めてだったのよ、さっきの姿を見せて拒絶されなかったの、だから嬉しくて、なんかもう、感情が迷子になったのよ」
「確かに、そうでしょうね……どうやら、手品の類では無さそうですし」
訳を話すフォスキアの前で、ホスタは落ちた羽の一つを拾い上げた。
触った感じは、ハト等と大差はない。
だが、それ一つで美術品として扱えそうな程美しい。
「でも、アンタエルフっしょ?何で鳥なんかになれんの?」
「リージア、何か分かったんだろ?お前の見立てはどうなんだ?」
ブライトの疑問に反応し、モミザはリージアに見立てを訊ねた。
訊ねられたリージアは、研究の結果を思い出す。
「……そうだねぇ、強いて言うんなら、あの悪魔野郎と同質の血が流れてる、今言えるのはそれだけだよ、それ以外はまだ調査中」
「悪魔と同質って、何が有ったんだよ」
「……」
さっきの仕打ちのせいか、リージアは少し不機嫌そうに答えた。
その答えを聞き、首を傾げたモミザの疑問を耳にしたフォスキアは、持っていた酒を傾けだす。
事情を話そうにも、嫌な過去である事に変わりない。
酒が入っていなければ、話せる気がしなかった。
「……私、こう見えて昔は病弱でね、百歳までしか生きられないって言われてたのよ」
「そ、それが、何で」
「でも百歳って、十分生きれるじゃないですか」
「人間で言えば十歳程度しか生きられないって所だろ、親御さんからすればショックだろうな」
酒を傾けながら告げられた言葉に、全員反応した。
エルフの寿命は人間の十倍以上とされているので、百年が寿命と言うのはだいぶ問題だ。
モミザの発言に、フォスキアは頷く。
「ええ、だから、両親は私を何とかして延命させようと、色々と手を尽くしたのよ……最終的に、悪魔を召喚するに至るまでね、キャ!」
「ウへあ!っと、レーニア!」
「わ、悪かったね、驚きすぎたよ」
更なる爆弾発言が投下され、再び場が凍り付いた。
おかげで、レーニアの操縦が一瞬だけブレてしまった程だ。
急いで機体を水平に直す彼女を横目に、フォスキアは話を続ける。
「つ、続けるけど、両親が呼び出したのは、シャックスっていう鳥の悪魔、召喚される悪魔は向こう側の気分だから、そいつが出たのは本当に偶然らしいわ」
「それで、そいつと無理矢理契約させられた?」
「いえ」
リージアの予想を否定しながら、フォスキアはもう一度酒を含む。
フォスキアの両親が何をしたのか、気になるリージア達は息を飲みながら待つ。
「……両親は、何をトチ狂ったのか知らないけど、そいつが召喚されると同時に袋叩きにして殺したのよ」
「ズコ!」
本当にトチ狂ってるな。
ヘリコニア以外そう思いながらズッコケた。
加えて、召喚されてすぐに袋叩きにされた悪魔に、リージア達は同情してしまった。
だが、それだけではフォスキアの身体の説明になっていない。
「でぇもぉ、それだけだと、貴女の身体の説明になってないわよねぇ?他に何か理由が有るの?」
「ええ、両親はあろうことか、そいつの生き血とか生き肝とかを私に処方したのよ、しかも未処理の肉食べさせてきたり、砕いた骨を身体にすり込んだりして」
ヘリコニアの疑問から帰って来た答えに、リージア達は冷や汗をかく。
何しろ、病弱な子供にしていい療法では無いと素人でも解る。
肉に至っては未調理ではなく未処理と言っている辺り、本当になんの加工もされていないのだろう。
実際味を思い出したせいなのか、顔色が悪い。
「もう貴女の両親の方が悪魔なんじゃない?」
「てか、よく耐えられたな」
「そうね、今思えば、何で私耐えられたのかしら」
虚空を見つめるフォスキアは、モミザとリージアのセリフを肯定した。
病弱な子供に生肉を食べさせるだけでなく、血まで飲ませている。
彼らの行動は、フォスキアを助けたいのか殺したいのか良く解らない。
「そんな生活が大体半年くらい続いたんだけど」
「よく生きてましたね」
「しびれを切らした両親は、最後の手段として、私の体内にシャックスの魔石を移植したのよ」
心臓の部分をさすりながら、フォスキアは両親の最悪な愚行を口にした。
「……そんな事、できるの?」
「さぁ、でもやったのよ、私の両親は、よく解らない魔法使って」
体内へ入れた魔石は、両親の魔法によって心臓と一体化。
結果的に、フォスキアの病は完治。
自分で起き上がる事すら困難だった体は、たった一日で走れる程にまで回復した。
だが、代償としてフォスキアの身体は変異するようになってしまった。
「……この処置で、私の身体は治ったけど、代わりに化け物になる能力を手に入れちゃったのよ、こうなってすぐの時は、勝手に変身しちゃったりして大変だったわ」
「それはまた、苦労したね」
「ええ、何とか制御できるようになったんだけど、悪魔との契約は何処に行っても御法度だからずっと黙ってた、でも、両親以外の理解者が欲しかった私は里で一番信頼してた友人に、この事を打ち明けた……結果は、ご想像の通りよ」
「……」
フォスキアの発言を聞いて、リージア達は静かにうなずいた。
彼女の記憶に過ぎるのは、拒絶した友人の顔。
そこからはすぐだった。
瞬時にフォスキアの真実は広がり、その日の内に里中から狙われるように成ってしまった。
死に物狂いで里を飛び出し、逃げ切った先で号泣した日。
この過去は永久に話す事は無いと思っていた。
「……エルフィリア」
「……何?」
しゃがんだリージアは、フォスキアと視線を合わせる。
普段ふざけている彼女では考えられない位優しい瞳を向けながら、フォスキアの肩に手を置く。
「今までよく頑張ったね、大丈夫、ここの皆は貴女を見捨てないから」
「……ありがとう」
労いの言葉をかけられたフォスキアは、大粒の涙を流す。
気づけば酒も手放し、リージアに抱き着いていた。
異世界の存在であっても、初めて自分自身が認めてくれた事に感謝した。
「……」
大団円な空気の中、モミザだけは心中穏やかでは無かった。
リージアの腕の中で満面の笑みを浮かべるフォスキアを見て、とてつもない不安に駆られていたのだった。