新たな問題児 後編
翌日。
昇って来た朝日に、修復の終了した宇宙艇のボディが照らされる。
荷物の積み込みは完了し、出航準備の整った船の艦橋にて。
「さぁみんな!長い事寄り道する事になっちゃったけど!宇宙艇の修理は完了!任務に戻るよ!」
艦長っぽい恰好をするリージアは、艦長席の上で仁王立ちをした。
彼女の視界に映るのは、それぞれの席に着く部下達と艦橋の設備。
前方のモニターには森林の様子が映し出された事を確認すると、リージアは笑みを浮かべる。
「メインエンジン点火!空中の安全を確認した後、垂直離陸開始!」
「はいよ」
やたらハイテンションなリージアの言葉を聞き流しながら、レーニアは言われた通りの操作を開始。
エンジンが起動した事で、僅かな振動が彼女達へ伝わる。
同時にホスタは機器を用いて、周辺の索敵を開始。
魔物の存在が無い事を確認しつつ、情報を共有して行く。
「光学迷彩展開!指定高度まで上昇して、目的地までぇ、直ッ進!」
そう言いながら、リージアは満面の笑みで目の前のモニターを指さした。
光学迷彩の起動音と共に、僅かに後方へGがかかる。
少しズッコケながら、リージアは着ていたコスプレを脱ぎ捨てた。
「さぁて、私は魔物の調査が有るから、ラボに居るから、交代時間が着たら呼びに来てねぇ、イヤッホゥ!」
そう言いながら、リージアは艦橋から出ていく。
今までに無い位朗らかな笑みを浮かべながら、ラボの方へと走って行った。
「はぁ……やれやれ、相変わらずか」
「ため息ついてる割には、少し嬉しそうじゃないか」
「……そうか?」
適当にリージアを見送ったモミザは、前に有るコンソールに足をかけながら笑みを浮かべていた。
内心は複雑な思いだが、レーニアの言う通りちょっと嬉しさも有る。
「何だい?ライバルが居なくなって肩の荷が下りたのかい?」
「チ、別にそうじゃねぇよ、そもそもアイツは元々ノンケだ、ライバルの形を成してねぇよ」
「そうかねぇ……」
「それにアイツ、あの悪魔野郎と戦ってる時、何て言ったと思う?ふふ、大切なお……人、フヒヒヒヒ」
「(やれやれ)」
ニヤニヤと気持ち悪いモミザの隣に座るレーニアは、別れを告げるリージアとフォスキアのやり取りを思い出した。
魔物の素材回収を終え、話をする二人。
リージアは、何時も通りの社交辞令的なやり取りをしていた。
しかし、レーニアの目に映ったフォスキアの表情にどこか乙女を感じた。
「密航者が居ないと良いんだがね」
「やめろ、変なフラグ立てんな」
「やっぱ不安有ったのか」
「チ、そんな事言ってる暇有るんなら、ちゃんと前見て操縦しろ」
「はいよ」
適当に返しつつ、レーニアは操縦桿をしっかり握り込む。
操縦系に問題は無いが、一番厄介なのは推進機の方。
アーマードパックの物を無理矢理流用しているので、何時異常が起きてもおかしくない。
そうならない為に、今の宇宙艇は通常よりも遥かに遅いスピードで動いている。
「……大丈夫、だよな」
宇宙艇が墜落しない事を祈るついでに、モミザは妙な胸騒ぎを覚えていた。
森から飛び立つ前、外に物資を広げていた。
積み込みの際に、何者かが入り込んでもおかしくは無い。
「……そんなに不安なら、見てきたらどうだい?」
「……感謝痛み入るわ」
レーニアからの厚意を受け取りつつ、モミザは席を立った。
――――――
一方その頃。
ラボへ向かっていた途中のリージアは、格納庫近辺でウロウロしていた。
「なんか気配感じたんだけどなぁ」
昨日用意し忘れた物を取りに来たのだが、その際に何か気配を感じた。
ホスタは警戒の為に艦橋に居るので、今回は白だろう。
となると、気づかないうちに野生動物が紛れ込んだ可能性が有る。
精密機器も多いので、尿でもかけられたら故障の原因になる。
「変な奴が入り込んで無いと良いんだけど」
多少の不安を覚えながら、リージアはリボルバーに手をかける。
普通の犬猫の類ならばいいのだが、魔物の類は勘弁してほしい。
「……ん?この匂い」
周囲を警戒していると、リージアの嗅覚センサに嗅ぎ覚えのある匂いを検出した。
その匂いを認識するなり、警戒を解除。
リボルバーのハンマーを元に戻し、匂いを辿っていく。
「どうしたの?こんな所まで来て……エルフィリア」
辿った先に有ったコンテナにもたれかかり、リージアは侵入者に話しかけた。
彼女のセンサが捉えたのは、アルコールの臭い。
それも、かなりキツメの物だ。
「……な、何で、分かったの?」
「そりゃこんだけ酒臭いとね……大酒でもくらった?」
「い、色々有ったのよ」
コンテナの陰から出て来たのは、若干顔が青いフォスキア。
相当酒を飲んだのか、かなり酒臭い上に二日酔いの症状が見られる。
「で?何でこんな所に?」
「あ、えっと、アドバイザーの一人でも居たら、その、便利、でしょ?」
「……」
青かった顔を赤く染めたフォスキアは、適当な言い訳を言った。
そんな彼女へ、リージアは細めた目を向けだす。
フォスキアから見ても、その目はウソに気付いている目だ。
「本音は?」
「あ、いや、ゴメン、そう言う事にしておいて、お金とか取らないから(アンタに付いて行きたかったとか、口が裂けても言えないわよ)」
昨日、酒に溺れながら考えた結果、付いて行く事に決まった。
十本程酒を飲み干す事になってしまっても、リージアの事は忘れられなかったのだ。
その事を思い出すだけで、フォスキアは耳まで顔が赤く成ってしまう。
「ん~?」
目を細めるリージアは、顔をフォスキアへと近づけていく。
町への案内にも金銭を要求してきた彼女が、見返りは要らないというだけでかなり怪しい。
「ちょ、ちょっと(顔近い!)」
しかし、その疑念をぶつけられるフォスキアは、近づけられるリージアの顔に動揺してしまう。
鼓動は早まり、顔も余計に熱く成って来る。
「はぁ……分かったよ、でも、せめて一言位は相談があっても良かったんじゃない?」
「え、あ、ゴメン……でも良いの?」
「まぁね、貴女の力が必要になる事も無いとは限らないし」
「そ、そう……ありがと」
頭をボリボリとかきながら、リージアは同行を承認。
その返答に、フォスキアは笑みを浮かべながら、小声でお礼を述べた。
同行する事を決めたのはいいが、承認してもらえるかの不安がぬぐえなかった。
その上、ちょっとした理由も有る。
「(……想いが伝えられなくてもいい、でも、少しだけでもいいから、私を認めてくれる人の元に居る、それだけでいい)」
フォスキアにとって、認めてくれる人の元に居てみたかった。
千年の寿命を持つ彼女にとって、数百分の一の時間でも構わない。
認めてくれる人の元に居たかった。
「さ、こっち来て、皆に新メンバー紹介しないと」
「え、あ」
艦橋へ連れて行くべく、リージアはフォスキアの手を取った。
手袋ごしではあるが、金属の手の感触はよく伝わって来る。
人間の物とは違い、鼓動も筋肉の収縮も無く冷たい。
まるで、骨を直接握っているようだった。
「(硬い、本当に人間じゃないのね……で、でもモミザも、あれだったし、うん)」
動揺を見せるフォスキアも、リージアの手の感触を堪能した。
彼女が生物でない事を再認識しながら、フォスキアは格納庫を歩く。
動揺を気付かれない様にリージアに続くが、手の脈から気取られないか不安になる。
その時、宇宙艇が激しく揺れる。
「キャ!」
「おっと……うへ、やっぱ直りきって無かったか~、目的地まで持つかな?」
可愛らしい悲鳴を耳にしつつ、リージアはバランスを崩したフォスキアを受け止めた。
揺れから察するに、まだ飛行能力に不備があるらしい。
一応海上を航行する前に、適当な所に降りて点検するつもりではある。
しかし、今はその適当な所に着くか不安だ。
「り、リージア」
「あ、ゴメンゴメン、大丈夫?」
「大丈夫、じゃないかも(本当に金属でできてるのね、唇はあんなに柔らかかったのに)」
受け止めた際、二人は図らずも密着する事に成った。
しかも、フォスキアはここぞとばかりにリージアの身体をまさぐっている。
初めて会った時の体と異なり、今は戦闘用のパーツを装着している。
自分の世界の鎧とは根本的に異なる質感の身体にうっとりしつつ、フォスキアはリージアと視線を合わせる。
「え、ちょ、え、エルフィリア?」
「(よく見ると、結構可愛いわね)」
艶やかな目をリージアへ向けるフォスキアは、彼女のホホをなでた。
人工的な皮膚とは言え、触感は普通の人間と大差ない。
オマケに、リージアは開発者の趣味で美少女として作られている。
整った顔立ちに、アンドロイド特有の青い瞳、絹のように滑らかな白い髪。
どれを取っても素晴らしく、その完成度には異世界人のフォスキアにも可愛く映った。
数秒程硬直していると、二人の耳に足音が響いてくる。
「あ」
「あ」
「あ(やば)」
運の悪い事に、やって来たのは様子を見に来たモミザ。
しかも、リージア達はまだ抱き合ったまま。
その光景を目にしたせいで、モミザの瞳孔は見た事無い位狭まった。
「あ、ちょ、ちょっと、も、モミザちゃ~ん、い、一緒に、お話、しない?」
「……」
「あ~、マズイかも」
一瞬で離れた二人だったが、無言のままのモミザは拳を力強く握りしめた。
しかも、義体が耐えられる限界を超えた圧力がかけられているのか、スパークが散っている。
落ち着かせようとリージアは話しかけたが、フォスキアの言う通りかなりマズイ。
もはや誰の言葉も耳に入っていないかのように、ゆっくりと近づいている。
「ま、待って!お願いだから話聞いて!」
「フンッ!!」
「ヒ!」
一瞬で間合いに入り込んだモミザは、リージアの静止を振り切ってぶん殴った。
辺りに衝撃波をまき散らす程の攻撃には、フォスキアも思わず悲鳴を上げてしまう。
何時も以上の力で殴られたリージアは、下アゴを破損させながら吹っ飛んで行く。
機材に突っ込んで行くリージアを目にして、フォスキアは腰を抜かしてしまう。
「……」
「あ、あわわわ~」
「で?何でテメェがここに居やがる」
リージアを殴って落ち着いたのか、ナイフを抜いたモミザはフォスキアへと狙いを変えた。
フォスキアの首元にナイフを滑らせ、ゴミを見るかのような目を向けだす。
「は、はははは」
――――――
数分後。
モミザはフォスキアとリージアを連れて艦橋に上がった。
「おーい、密航者連れて来たぞ」
気を失うリージアの足を鷲掴みにしていたモミザは、艦橋に上がった途端に投げ捨てた。
フォスキアは結束バンドで拘束してあるので、丁寧に扱いつつ艦長の席に座らせる。
リージアの惨状を目にしたヘリコニアは、ぐったりするリージアに駆け寄る。
「あらあら、リージアちゃんのアゴ、外れちゃってるじゃない、一体何したの?」
「うるせぇよ、それよりこちらのお美しい密航者だ」
「わ、悪かったわよ」
席に着かされたフォスキアは、ナイフと冷たい視線を向けられた。
連れて行くという話自体は、リージアがさっき勝手に決めた事。
ここにいる隊員達は、事情を聞かされていない。
「と言うか、何時の間に乗り込んだんですか?」
「アンタ等が荷物積み込んでる間に、コソコソっと」
「はぁ」
ホスタの質問に、フォスキアは淡々と答えた。
同行を決めた頃には既に深夜を過ぎていたが、場所は覚えていたので大急ぎでやって来た。
その頃には広げていた物資を片付けていたので、こっそり侵入したのだ。
「今後再発防止に努めましょう」
「だな」
ため息交じりに提示されたホスタの案に、レーニアは賛同した。
今回はフォスキアだったから良いが、敵性勢力だったら大問題すぎる。
下手をすれば、船を占拠される危険が有る。
「それより、今からでも遅くない、その辺着地して降りてもらうか」
「え」
「ああ、アタシも賛成だ、これ以上関わるのはアンタの身の安全は保障できないよ(いろんな意味で)」
モミザの発言に賛同したレーニアは、目に影を落とすフォスキアの身を按じた。
普通にどんな敵が居るか解らないというのも有るが、この船の中で修羅場になるのはゴメンだった。
「(リージアの奴が殴られたのって、大方アタシがさっき船揺らしたせいだろうね、その時にこけたリージアが、エルフィリアと抱き着いたか、押し倒したか、胸揉んだか、どれかだろうね……それに、わざわざここまで来るって事は、そう言う事か)」
ここにフォスキアが来ている時点で、彼女の気持ちはリージアへ傾いている事は確信できた。
確認の不行き届きだった事にため息を零しながら、レーニアはしっかりと操縦桿を握る。
「いや、エルフィリアも連れて行くよ、彼女の知識は役に立ちそうだからね」
「噛み合わせとか問題無いかしら?」
「ん……大丈夫」
アゴの修理が終わり、リージアは適当に自己点検を行いながらフォスキアの動向を許可した。
彼女の発言に、フォスキアは表情の明るさを取り戻す。
反対に、モミザは身体から負のオーラを吹き出す。
「おい正気かよ、コイツ民間人だぞ」
「まぁまぁ、あくまでもアドバイザーだよ、魔物の研究とか、他にも色々」
「……お前」
リージアの妖しい笑みを前に、モミザは顔をしかめた。
魔物の知識が平均程度は有るフォスキアが居れば、確かに研究は捗るだろう。
そうなれば、リージアの目的の完遂に近づく。
「……わかった、ただし、司令官に何言われようが、俺は知らないからな」
「良いんですか?副長」
「ああ、それに、今後も戦う可能性が高い、六人だけで対処できるか不安な所もあるだろうからな」
「そうねぇ、それに、この世界のお話も聞きたいわねぇ、面白そうだわ~」
「はぁ、仕方ありませんか」
「あーしは別にどっちでもいーよ」
「……仕方ないか、あんまり暴れないでおくれよ」
「じゃ、決まりね」
隊員達の賛同を聞き、リージアはフォスキアの拘束をナイフで切った。
解放されたフォスキアは、繋がれていた部分をなでながら立ち上がる。
改めて目の前に広がる隊員達を視界に収めながら、胸に手を当てる。
「ありがとう、それじゃ、改めまして、私はフォスキア、フォスキア・エルフィリアよ、短い期間かもしれないけどよろしくね」
「改めてよろしく、私はリージア、この部隊の隊長だよ」
「モミザだ、変な事すんなよ」
「ヘリコニアよ~、面白い事が大好きだから、この世界の笑い話が有ったら聞かせてちょうだぁい」
「レーニアだ、操縦中だから、礼も何もできなくて申し訳ないね」
「妹のブライト、ま、しくよろ」
「……ホスタです、以後お見知りおきを」
これからの事も考えて、七人は改めて自己紹介を終えた。
空気が和んだ所で、リージアは早速行動に出る。
「と、言う訳だから、早速仕事の手伝いお願いね!」
「え、もう!?」
「あ、ちょっと待てや!」
フォスキアの手を掴んだリージアは、ラボの方へ向かおうと急ぐ。
急な事に驚くフォスキアだったが、すぐにモミザによって静止される。
早くしたいというのに止められ、リージアは少しホホを膨らました。
「何?」
「あ、いや、お、俺だって、少しは力になれるだろ?別に二人っきりにならなくても」
「ん~……確かにそうかもだけど」
本当はリージア達を二人だけにしたくない。
本音を押し殺しつつ、モミザは言いくるめようとした。
確かに人手は多いにこした事は無いが、リージアとしては自分のペースで進めたい所だ。
「いいじゃない、二人で行きましょうよ、別に三人居なきゃいけないって訳じゃないでしょ?」
「う~ん、それもそうだね」
「おいぃ!流されんな!つか、テメェはテメェで何時からそんな色気づいたんだよ!?」
リージアの事をたぶらかしたフォスキアへと、モミザは食いかかった。
先日までは同性愛に嫌悪を示していたと言うのに、急にこれである。
初日から警戒していたことが、今現実になった事に焦りを覚えてしまう。
「あら、そんな事を言う位なら、もうちょっとグイグイ行ったらどうなの?でないと、取っちゃうわよ」
「う、うるせぇっての、第一お前、アイツに言い寄られて引いてただろうが」
「人間って言うのは心の持ちようで苦手を克服できる生き物なのよ、むしろ好きになる事だってあるわ」
「んな事言ってもよ、過去は変わんねぇぞ、テメェがリージアだけはお断りとか言った過去はな」
「確かにそうね、でも、仲たがいしていた二人が仲良くなる、ロマンチックで素敵じゃない?」
「お前やっぱ船降りろ!」
黒い笑みを浮かべるフォスキアに対し、モミザは顔に青筋を浮かべながら言い合いを始めた。
因みに、半分位元凶であるリージアは、二人の横で研究を始めたくてウズウズしていた。
喧嘩する二人を尻目に、レーニアはため息を零してしまう。
「はぁ、やっぱりこうなるのかい」
「こら、あんまり暴れないでよね」
リージアも仲裁に入るが、二人の喧嘩はしばらく続いてしまう。
やたら騒がしくなったこの空間に、喧嘩中の二人とリージアとヘリコニア以外はため息をついてしまう。
――――――
同時刻。
リージア達が目的地としている孤島。
統合政府の派遣した調査チームの造った基地の地下にて。
ひと気も無く、電力供給のほとんどが停止して薄暗くなった研究室。
死体やアンドロイドの残骸が戦闘跡に転がり、不気味な雰囲気を醸し出す一室にある一つのモニターに文字が映しだされる。
『目標の反応消失を確認、計画のフェイズ1を完了、ただちにフェイズ2への移行……現状況では不可能と判断』
怪しげな文字が映し出されたが、数秒程ロードを開始。
誰も居ない部屋の中で、コンピュータだけが不気味に動き続ける。
『打開案の出力を完了、フェイズ2開始の下準備は、当該する二機に整えてもらう』
打ち出された文字を最後に電力がストップし、モニターはブラックアウトした。