悪魔の契約 後編
夕焼けに照らされるヴァルネイブの町。
空中からのホスタの砲撃によって、魔物達からの襲撃は退かれた。
焼け焦げた鉄の臭いや、魔物の腐臭が漂う中。
カニスは、城壁の上から戦場跡を見渡していた。
「……何なんだったんだ、アイツらは」
つい先ほどこの町を去って行ったリージア達の事を感がながら、カニスは目を細めた。
見渡す限り、地面には小さなクボミが形成されている。
その原因の全ては、鉄の巨人が降らせた炎の雨による物。
雨に当たらなかった近くの魔物は、破片に切り刻まれた。
撃ち漏らされた魔物は、巨人の取り巻き達によってハチの巣にされた。
「まさか、俺達は、悪魔と契約を結んだのか?」
振るえる身体を押さえつけるべく、カニスは拳を握りしめた。
穴だらけになるゴブリンは、まだ良いのだ。
もっとも恐ろしいのは、最後に放たれた雷。
その攻撃はメタルリザードを貫き、クレーターを形成したのだ。
そんな物を見せられ、本能的にリージア達の危険性を認識していた。
「……だが、アイツらには、相応の報酬は必要だった」
だが、彼女達に助けられた事に変わりは無い。
約束通り彼女達が望むだけ、魔物の素材の所有権をゆずった。
悪魔やメタルリザードの素材は、できればギルドへ卸したかったが、彼女達その所有権さえさらっていった。
回収に手間取ってはいたが、多くの素材を彼女達は持って行った。
おかげで、色々と問題は有った。
「どうしたの?随分さえない顔して」
「エルフィリア」
カニスの隣に立ったのは、ゴブリンキングを討伐し、その始末を終えたフォスキア。
彼女は城壁にもたれかかりながら、物悲しそうに酒を傾けだす。
そんな彼女へと、カニスは鋭い視線を向ける。
「貴様、何を知っている?」
「開口一番それ?」
酒に酔うフォスキアは、カニスからの質問にため息をつきながら返答を考える。
「……実を言うと、私もよく知らないのよ、解る事と言えば……まぁ、見ての通りなんだけど、私達の常識が通用しないって事位ね」
「……そうか」
フォスキアからの返答に、カニスは城壁を軽く叩いた。
多少はリージア達の正体を包み隠す目的も有ったが、実際の所フォスキアは彼女達の事を何も知らない。
「(それにしても、英雄になりたくないって言うのは、本当だったみたいね)」
酒を含みながら、フォスキアはちょっと前に起きた事を思い出す。
――――――
一時間前。
騒動が収まるなり、ギルドと国の関係者たちが兵士達を引き連れてきた。
彼らが向かったのは、メタルリザードよりも希少なバルバトスの遺体。
回収しようと道具を持って来た彼らへと、リージア達が立ちはだかった。
「な、何のつもりだ!貴様ら」
「何のつもり?この悪魔の遺体は、我々が全て回収させてもらうだけだよ」
一触即発という言葉が、今日一番似合う状況だった。
バルバトス程の悪魔の素材ともなれば、国が大金を積む程の値打ちが有る。
そんな物を何処の馬の骨とも解らない集団に持っていかれる何て、彼らには我慢ならなかった。
「そんな事許されるものか!いくら町を救った功労者であっても、しかるべき手続きはふんでもらうぞ!」
「そうだ!何処にも所属していない貴様らであっても例外ではない!」
批判を行う者の中には、ギルドの関係者もいる。
だがリージア達の事情を知るのは、ギルドマスターの部屋に居た一握りの人物だけ。
それ故に、リージア達との間で既決された密約を知る由もない。
「……はぁ、悪いけど、私達はアンタ等を助けた訳じゃない、中々いい値段で売れそうな魔物が居たから、勝手に始末しただけ、アンタ等なんてどうなろうが知った事じゃないよ」
「チ、それこそ知った事か!さもなければ、貴様らは我々全員を敵に回す事に成るぞ!」
見るからに悪い態度を見せつけるリージアへ、ギルド関係者の一人が前に出た。
そんな彼を見て、リージアは太もものリボルバーに手をかける。
「黙ってないで、何とか言ったらどうだ!?」
「……はぁ」
適当に答えたリージアは、お得意の早打ちを見せつけながら発砲。
顔を真っ赤に染めていたギルド関係者だったが、足への激痛に顔をゆがめだす。
「ギャアア!な、何しやがる!」
「まだ自分たちの立場が分かって無いみたいだね」
顔の代わりに赤く染まる足を抑えながら、彼はリージア達を睨みつけた。
彼女は見下すような表情を浮かべ、片手を上へ上げる。
「構え」
「ヒ!」
「や、ヤバくないか?」
リージアの指示を受けたモミザ達は、衛兵達に向けて銃を向けた。
彼女達の働きを見ていた一部の兵達は、顔を青ざめだす。
リージア達の用いる武器の脅威は把握しており、下がる準備も始める者もいる。
「……撃て」
妖しい笑みを浮かべたリージアは、手を振り下げた。
同時に、モミザ達は彼らへと発砲。
数名が被弾する姿を目にし、全員は一目散に逃げて行った。
――――――
時は戻り、現在。
町へ戻って行くカニスを見送っていたフォスキアは、回想を終了。
夕焼けの穏やかな光を浴びながら、身体に酒を入れていく。
「(何て、大惨事引き起こしたかと思ったら、あの時のアイツらが使っていたのは、殺傷能力を低下させたやつ、赤い物は血じゃなくてただのペイントだったのよね……しかも、一部は空砲だったらしいし)」
先ほどの乱射事件の現場に居たフォスキアは、実はリージア達から事情を聴いていた。
彼女達が使用したのは、非殺傷弾と空砲。
おかげで死亡者は出ておらず、出たのは負傷者のみ。
非殺傷弾とは言え石を投げつけられたような物なので、重度の打撲を負った者もいる。
「(……英雄になりたくないからって、あそこまでやるなんてね)」
死者こそ出なかったもの、攻撃に殺意が無かった事に気付いても、態度等が相まって彼らの険悪なムードは終わって居なかった。
下手をすれば、彼女達を討伐する依頼なんかが発行される可能性も有る。
そこまでして英雄である事を望まなかったリージアは、その理由も告げていた。
『私達の世界にも英雄って呼べる人達が居たの、まぁ政府が存在を隠蔽しちゃってるんだけど、私を含めて多くの人がその存在を見てた……たった数機で敵部隊を壊滅させた英雄がね……私からすれば、力に物を言わせて虐殺する野蛮人共に見えたけど』
という事を、リージアは表情を曇らせながら語ってくれた。
当時の印象が強すぎるあまり、リージアは英雄や勇者と言う肩書を嫌うようになったらしい。
「(でも、結果的にアイツらの思惑通りにはなったみたいなのよね)」
スキットルを片手に、フォスキアは街中の見える場所へ移動。
視界に入る町の住民達は、兵士達と共に魔物の遺体を運搬していた。
なんとも嫌な表情を浮かべながら。
「クソ、あのメス豚ども」
「持っていくだけ持って行って、後片付けもせずに帰りやがって」
「やっぱり、町の平穏はよそ者に任せちゃいけないな」
「ああ、これからは俺達だけで何とかできるようにしないとな」
リージア達へのグチを零しながら作業を進めているのだ。
一応、空薬莢の類は目を盗んで回収していたが、瓦礫や遺体などはそのまま。
それらの片づけを押し付けられたので、みんな機嫌が悪かった。
汗を流す彼らを横目に、フォスキアはため息をつく。
「(あえて悪人を演じる事で、他人に頼ろうって気を無くさせて、今度は自分たちで何とかさせようとする……一昨日言ってた吊り橋効果って奴ね、でも、もうちょっと良いやり方無かったのかしらね)」
彼女だけは、リージア達の真意を耳にしていた。
英雄になっていれば彼らはリージア達を祀り上げ、自分で何とかしようという気を無くしてしまう可能性が高い。
だからこそ、あえて悪人を演じた。
善人のように思われていた所で悪事を働けば、余計に悪い人間だという印象を持たれるように。
「被災した人には、魚をあげるより釣り方を教えろ、か」
リージア達が言い残した言葉を思い出したフォスキアは、空を仰いだ。
その言葉を呟くと同時に、リージア達は魔物を回収して去って行った。
フォスキアへの感謝を述べながら。
「……でも、意外といい子だったわね」
上を向くフォスキアの目に、徐々に涙が溜まりだす。
いい子なのか何も考えていないバカなのか、どちらでもいい。
リージアの事を考えるフォスキアは、胸の痛みを覚えながらうつむく。
「でも、吊り橋効果とか言うの使うのは衛兵共だけにしなさいよね」
目に溜まっていた涙は、ポタポタと垂れ落ちる。
バルバトスを倒した時に言われたリージアの言葉は、今もフォスキアの中で響いている。
辛い過去を思い出していた所だったので、彼女の優しい言葉が深く突き刺さっていた。
「(きっと彼女なら、私の真実を見せても、軽蔑しないでくれるかもしれない、でも、アイツらは異世界人だから告げる訳にはいかない……受け入れてくれたら、きっと私は、アイツを……)」
顔を赤くしながら涙を流すフォスキアは、リージアの事を思い浮かべた。
最初見た時はその姿に驚いたが、今は一人の少女として捉えている。
彼女が真実を受け入れてくれた時の事を考えると、胸がドキドキする。
「(アイツを、好きに成っちゃう)」
彼女の事を思い浮かべるだけで、早まってしまう鼓動。
同性愛を軽蔑していたが、今は悪くないと思えてしまう。
「……でも、告白に成功したとしても、ずっと一緒には居られないのよね」
表情を曇らせたフォスキアは、真実と事実に目を向けた。
リージア達は、異世界のアンドロイド達。
仮に受け入れてくれても、彼女達は自分の任務を終えれば帰ってしまう。
相思相愛になっても、永遠に離れ離れになるのだ。
「……帰ろ」
そうつぶやいたフォスキアは、ギルドの方へと歩みを進める。
「(どうせ叶わないのなら、忘れてしまうのが吉よね、苦い過去も全部、酒で洗い流すとしましょう)」
道中でも、フォスキアは構わず飲酒を開始。
行く先々でリージア達への不平不満を零す者達とすれ違うが、そんな言葉さえ彼女の耳には入らない。
重い足を引きずりながら、フォスキアはギルドを目指す。
――――――
しばらくして。
ギルドに到着したフォスキアは、大きな扉をくぐり抜けた。
「あ!エルフィリアさん!」
フォスキアがギルドに入って来た事に気付いた受付嬢は、バインダーを片手に近寄って来る。
「何?」
「あ、あの、今回受けてくれた二つの依頼の報酬なんですが……」
今回の魔物の退治や、ギルドマスター直々の依頼。
両方の報酬が未払いだったので、その話をしようとしたが、当人の様子に顔を引きつらせてしまう。
「……ごめんなさい、今は気分悪いから、後で受け取るわ」
「は、はい、お、お休み、なさい」
受付嬢が見たのは、フォスキアの血のような赤さの目。
光が無くなったせいで、宝石のような輝きは消え失せていた。
まるで吸血鬼でも前にしたような恐怖が、彼女に襲い掛かっていた。
「……はぁ」
怖がる受付嬢をしり目に、フォスキアは階段を上がっていく。
重い足取りで上の階へと移動し、すぐ傍にある部屋へと入る。
木製のロッカーが並ぶその大部屋には、仕事を終えた傭兵たちが屯していた。
「……お、おい、アイツ大丈夫か?」
「し、知らねぇよ、もうヤケ酒食らったオッサンみたいになってんじゃねぇか」
「折角ぶっ倒した上級悪魔の素材全部持ってかれたらしいしいからな、余程ショックだったんだろうな」
どんよりと落ち込むフォスキアを見るなり、傭兵たちは次々道を開けていく。
そんな彼らすら視界に映っておらず、フォスキアは適当なロッカーの前に立った。
ギルドのライセンスカードを取りだし、ロッカーの扉にかざす。
「……」
開錠されたような音を耳にしたフォスキアは、ロッカーの扉を開けて中へと入っていく、
一瞬だけ彼女の視界はホワイトアウトし、僅かに目を閉じた。
すぐに目を開けると、見慣れた風景が視界に入り込む。
「はぁ……疲れた……」
安心する空間にたどり着くなり、フォスキアの身体はどっと重くなった。
広がるのは、ワンルーム程の大きさの部屋。
ベッドや簡易的なキッチン等の他に、中央にポツンとテーブルとイスも置いてある。
床やテーブルに有る脱ぎ散らかした服や羽毛、散乱している空き瓶等に目を瞑れば良い部屋だ。
「ヤケ酒何て、何時ぶりかしら」
甲冑や大剣を脱ぎ捨てたフォスキアは、肌着姿で部屋の奥にある箱の前に立つ。
箱の中には今まで買い貯めた上物の蒸留酒が保管されており、その中から度数の高い物を選ぶ。
六本程指に挟み、つまみ用のナッツの入った袋を咥え、足で箱の扉を閉めた。
個室という事を良い事に、一目でガサツとわかる姿を晒しながらテーブルに移動。
「ん」
テーブルの上に置かれていたチャクラムやナイフを雑に払い落し、持って来た酒等を置く。
ため息交じりに椅子に座り込むと、ノールックで酒を手にするなりコルクを歯で引っこ抜いた。
「そうよ、こんな辛い事、飲んで忘れましょう」
涙ぐみながら呟いたフォスキアは、グラスに注ぐ何てことをせずに直で飲み始める。
リージア達から貰ったスコッチよりも高い度数の火酒は、フォスキアの喉と脳を焼いていく。
「プハ……」
酒瓶を机に叩きつけるようにして置いたフォスキアは、視界が僅かに揺れるのを感じた。
味も考慮しつつ選んだだけあって、良い香りとコクが口の中に広がる。
顔も少し熱くなり、僅かに酔ったらしい事を告げる。
「難儀な体ね、こんなに流し込んでも、ほろ酔い止まりなんだから」
ナッツをかじりながら、フォスキアは自分の身体に苦言を呈した。
普通なら急なアルコール摂取で、倒れていてもおかしくない量を飲んだ筈が、ちょっと酔っただけ。
どんなに飲んでも、彼女の頑強な体はすぐにアルコールを分解してしまう。
おかげで、度数一桁程度の酒では水と対して変わらない。
「今は泥酔したいの、だから、もっと」
今のフォスキアが望んでいるのは、何時ものホロ酔いでは無い。
いつの間にか気を失い、今日有った事全てを忘れる程の泥酔。
叶わない恋ならいっそ忘れてしまおうとするが、簡単には忘れられそうに無さそうだ。
酒が喉を通る度に、涙と一緒に酒が流れ出て来る気分だ。
「……さっきまでは半分くらい感謝してたのに、今は、あの時と同じくらい憎い」
今になるまで、この身体には半分程感謝はしていた。
そんじょそこらの魔物に後れを取らず、悪魔さえも葬れる程強く成れた。
結果、目の前にある金貨数枚はくだらない酒を飲めるようになり、この部屋も手に入れられた。
「……この部屋見せたら、あの子、喜んでくれたかしら?」
この部屋は傭兵ギルドに登録している者であれば、誰でも借りられる部屋。
良い部屋程家賃も高いが、プライベートは約束されている。
宿屋代わりにできるこの部屋は、ただの部屋ではない。
全ての傭兵ギルドから、同じ部屋へアクセスができる異空間だ。
部屋を通じて好きな場所に出るような事はできないが、リージアは喜んでくれたかもしれない。
「って、ダメダメ、忘れないと」
またリージアの事を考えてしまったフォスキアは、記憶をかき消す為に酒瓶を傾ける。
こうして居ると惨めさを覚えるが、同時に自分の本当の気持ちも湧き出て来る。
一人で居たかったのは、故郷と同じ目に遭わないようにする為。
定住する場所も持たずに世界をブラついたのも、変な馴染みを持って真実に気づかれないようにする為だった。
「ふぅ……あの子がどれだけ、私の事に気付いたか解らないけど、甘えちゃダメよね、今まで通り、強く、生きて……」
空になった瓶を避け、別の瓶に手を付ける。
同じく直飲みを始めるが、共に涙も溢れ出て来る。
酔って全部忘れたいが、目から酒が全て流れ出てしまう気分だ。
どんなに飲んでも、リージアの事を考えてしまう。
「でも、私もチョロすぎよね、今まで一人で、一人で生きて来たんだから、これまでと変わらないわよ、あの子が居なくたって、私は……私は、一人……一人は、もう、いや」
思わず出て来た言葉に、フォスキアは胸に手を当てた。
チクチクとする胸の痛みは、一人で居る事を拒絶したがっているようだ。
「……ああ、そっか、私、寂しかったんだ」
苦い笑みを浮かべたフォスキアは、更に酒を流し込む。
極力一人で居たかっただけで、一人が好きだったわけじゃ無い。
何時も誤魔化していたが、内心は寂しくて仕方がなかった。
「この世界だと、私みたいな奴がどれだけ受け入れられるか解らないものね」
一人になりたくないと行動すれば、この世界は必ず拒絶する。
そう考えたフォスキアは、自分の右手を目の前に持って来た。
酔った頭で魔力の操作をし、右腕に力を集中させる。
「……これを見ても、あの子は、私を受け入れてくれるかしら?」
細めた目で、フォスキアは自分の手を見つめる。
指と爪は鳥のように細く鋭くなり、腕の一部は白と緑のグラデーションの入った羽毛で覆われだす。
ずっと隠してきた彼女の秘密の一部だ。
「……」
しかし、リージアが拒絶する姿を想像しただけで、その手は酒瓶へと向かった。
リージアには全てを話した訳ではない。
こんな異形を見せられても、興味を惹けるか解らない。
押し寄せて来る不安をかき消す為に、身体へとアルコールをつぎ込んでいく。