有翼の戦機 後編
薄っすらと明るい空の下。
ゴブリンキングは、握っている杖で東門の方を確認していた。
「ギ、ギギギ、おのれ、オークロードまでやられるとは……」
『ど、ドウいたしまショウ?』
指揮官として配置させていたウィザードからの連絡で、オークロードの撃破が報告された。
杖が壊れそうな程強く握りしめたキングは、歯を食いしばる。
オークロードはとっておきだったが、隠し玉はまだ残っている。
「ええい!あれを使え!下等な人間どもの町を一気に攻め落とすのだ!!」
『は、はい!』
ウィザードからの返事を聞きながら、キングは杖を地面に叩きつけた。
額に青筋を浮かべたキングは、フォスキアと共にやって来た妙な連中を睨みつける。
「あんなふざけた奴らに、俺の世界征服の計画を潰されてたまるか!!」
―――――
同時刻。
西門の近くにて。
ハイキングでもしたら気持ちよさそうな野原の上で、二人の少女は唇を重ねていた。
「ンぐ……何時まで人の唇奪ってんのよ!?」
「ウヴォア!」
顔を耳の先まで真っ赤にしたフォスキアは、リージアの事を突き飛ばして立ち上がった。
唇を腕で拭い、地面に這いつくばるリージアに鋭い眼を向けだす。
「アンタ!やっぱ人の事狙ってたんでしょ!?」
「え!?いや!今の事故!ただの事故!痛ッ!」
「たく!油断も隙をありゃしねぇな!!」
顔を紅色に染めていたリージアに、フォスキアは蹴りを入れた。
何度も何度も踏みつけ、リージアの頭が上がらないようにしている。
因みに、駆け付けたモミザも一緒にリージアを踏みつけていた。
「イダダダ!ちょっと!フォスキアはともかく!モミザは関係ないでしょ!」
「そんな事より!」
「おわ」
隣に居たモミザを押しのけたフォスキアは、リージアの胸倉を掴み、自分の目戦の所まで持ち上げた。
耳を反り立たせながら、涙目でリージアを睨みつける。
「どう責任取ってくれんのよ!こちとら後生大事にとっといたファーストキスをアンタなんかにくれてやっちゃったのよ!!」
「そ、それはそれでおあいこだよ!私だって家族以外でしたの初めてなんだからね!こんな酒臭いキスが最初とか!アンタがエルフじゃなかったら願い下げなんだけど!!」
「なんですって!?」
「事実でしょ!アル中エルフ!」
口論に発展し、リージアまでフォスキアへと掴みかかった。
互いのツバがかかる程近づいても、二人の熱は冷める事なく騒ぎ立てる。
「……おい」
「あ?」
「何時まで待たせる気だ?」
「あ~、ちょっと待ってくれ……たく、羨ましい」
口論をする二人の横で、すっかり蚊帳の外のバルバトスは律儀に待ち続けていた。
しびれを切らしてモミザに話しかけたが、羨ましいという発言に、バルバトスは額に手を当てた。
今まで色々な人間と会って来たが、自分を差し置いて口論を繰り広げるような人間は始めて見た。
「ていうか!今の事故なんだからノーカンでしょ!」
「何がノーカンよ!?忘れられる訳ないでしょ!あんなトンでもイベント!!」
「……おい」
「三分位待て」
「チ」
青筋を浮かべだしたバルバトスは、腕を組みながら更に鋭い眼を作り出す。
そんな視線さえも気付く事無く、二人の口論は止まらない。
何時までも放っておかれ、貧乏ゆすりを始めるバルバトスから徐々に紫色のオーラが湧き出て来る。
「初めてだぞ、この俺を、こんなにも侮辱しやがった野郎は……」
「あ、そろそろ限界か」
身体を震わせるバルバトスを中心に、草と地面が揺れ出す。
限界を感じたモミザは、すぐにリージア達の元へ移動。
薙刀を構え、急な襲撃に備える。
「かかって来ねぇんならこっちから行くぞ!」
「テメェら!喧嘩はそこまでだ!!」
黒いオーラは、バルバトスの持つ刀へと移動。
とてつもないプレッシャーを感じた二人は、喧嘩をやめ、バルバトスの方へ視線を向けた。
まだ戦闘態勢に無い二人に構う事無く、禍々しいオーラの斬撃が複数発放たれる。
「ヤベ!」
「避けて!」
飛ばされた複数の斬撃を前に、三人は何とか反応して回避していく。
初めての純粋な魔法を前にするリージア達は、焦りながら身体を動かす。
受けなくても解ってしまう。
一撃でも命中したら、装甲ごと吹き飛ぶと。
「これが本場の魔法ねぇ!当たったら装甲何て意味無いよ!」
「分かってるからお前も避けるのに集中しろ!」
飛行ユニットの性能を限界まで引き上げた二人は、次々迫る魔力の刃を回避する。
リージア達の電磁装甲は物理的衝撃には強いが、魔法への耐性は低い。
なんの対策もしていないのだから、一撃でも貰えばただでは済まないだろう。
その緊張感が、二人の集中力を高めていた。
「やるじゃねぇか!」
「ウへ!?」
今回ばかりは、リージアは自分にも心臓があるのではと錯覚した。
先ほどまで遠方から斬撃を飛ばしていたバルバトスは、気づけばリージアの眼前。
振り下ろされる刀を前に、リージアはハルバードを構える。
機関銃を腰にしまい、迫りくる刃を受け流していく。
「最初来た時は何かと思ったが!ずぶの素人って訳じゃねぇな!!」
「同格の相手と戦うのは、ほとんど初めてだけどね!」
ハルバードを巧みに扱うリージアは、バルバトスの猛攻を受け流していく。
彼の攻撃は、フォスキアの物と同格。
正面から受け止めれば、たちまち真っ二つだ。
「何モタモタしてんのよ!」
「テメェの相手は一人じゃねぇぞ!」
防戦一方のリージアを救出するべく、フォスキアとモミザの二人が駆けつけた。
しかし、二人共駆けつけるまでは良かったが、互いに動きを把握しきれていなかった。
「おっと」
「え!」
「あ!」
リージアへの攻撃を止め、回避行動をとったバルバトスのせいで、モミザとフォスキアは衝突。
二人は盛大にずっこけてしまった。
集団戦には慣れておらず、モミザ達と同じ訓練をした間柄でないフォスキア。
彼女との共闘は、型にはまった戦いを得意とするモミザ達とは相性が悪かった。
「ケ、集団戦は素人かよ!」
「しまッ!」
完全な隙をつかれ、フォスキアは左腕に一太刀受けてしまった。
焼けた石を押し付けられるような痛みに伴い、大量の血が吹き出る。
「こん、のっ!!」
表情を歪めるフォスキアは、大剣を雑に振り抜きバルバトスを追い払った。
「へ」
「モミザ!」
「ああ!」
間合いを取ったバルバトスに対し、リージアは前線へと上がっていく。
その間にモミザは応急手当用のキッド取りだし、フォスキアへと駆け付ける。
「受けも良いが、攻めも中々だな!」
「まぁね!」
反撃の隙を与えまいと絶え間なくハルバードの連撃を繰り出し、バルバトスの巨体を押し出していく。
「これで!」
「な!?」
蹴りを伴ったバク宙を披露したリージアは、背中のロケットランチャーの引き金を引いた。
発射された対戦車ロケットは、バルバトスの腹部に命中。
貫通はしなかったが、皮膚と腹筋の一部にダメージを与えた。
「グ、ガハ!」
「ウへ~、対戦車ロケットくらってあの程度?」
吐血しながら苦しむバルバトスを視認しながら、リージアはホバー移動で二人の下へ下がっていく。
ロケットによる攻撃は思った以上に浅く、傷は徐々に再生しつつある。
長引けば本当にマズイ。
「そっちはどう?」
「ど、どうも何も……」
「……」
包帯片手に困惑するモミザと合流し、リージアは首を傾げた。
すぐ傍には、暗めの表情のフォスキアが居るが、先ほど斬られた部分が見えないようにしている。
「ちょ、変な意地張ってないで!」
「そ、そんなんじゃ、あ!」
治療を拒んでいるのかと思い、リージアはフォスキアの腕を強引に引っ張った。
しかし、彼女の目に映ったのは斬れた袖とその奥の綺麗な肌。
「……え?何で?骨まで行ってたと思うんだけど」
「……」
リージアの記憶が正しければ、フォスキアの切創は斬れた骨まで見えていた。
それが綺麗サッパリ治っている事に、リージアは目を丸めてしまう。
目に影を落とすフォスキアは、リージアから少し視線を逸らした。
「あ、そっか、エルフだもんね、回復魔法位使えるか!」
「え……あ……」
「成程、そう言う事か、なら、そうと言ってほしかったぜ」
笑顔を取り戻したリージアは、キョトンとするフォスキアを横目に立ち上がった。
そして、モミザと共に再生を完了しているバルバトスを睨みつけた。
傷が治り、もう襲い掛かっても良い筈が、刀を担いだまま笑みを浮かべている。
「(余裕見せるね~)」
「……回復魔法なんて洒落た物、私は使えないわよ」
「え?なんか言った?」
「いいえ、それより、アイツを倒す方法を思いついたわ」
大剣を地面に突き立てながら立ち上がったフォスキアは、二人にそう告げた。
「私がとっておきの魔法を用意するから、貴女達は時間を稼いで」
「できんのかよ、酔っ払い」
「今はお酒抜けてるから大丈夫」
「……倒せる保証は有るの?」
「ええ、三分位貴方達がもってくれれば」
「成程……」
フォスキアの提案を聞き、リージアは少し目を瞑った。
さっきのモミザとフォスキアの事を考えても、このまま三人同時に行くより、慣れている二人で行った方がいい。
加えて、最大稼働状態に成れば、三分程度の時間稼ぎは余裕だ。
考えがまとまり、リージアは目を見開く。
「乗った」
「そう、良い判断よ……でも、この魔法は強力だから、今の私じゃ、撃てて一回だけよ」
「そう言う訳だから、モミザ、最大稼働で行くよ」
「今の状態なら、四分持つかもわからねぇぞ」
「三分で良いみたいだし、それで十分」
「はぁ」
少し笑みを浮かべたモミザは、リージアと共に武器を構えた。
二人の姿を見たフォスキアは少し下がり、残っている魔力を練り込み、魔法陣を形成していく。
「エネルギーモジュール全接続、電磁装甲最大出力、各部モーターリミッター解除、フライトタービン全開……最大稼働!」
「行くぞ!!」
全身から電流を発生させた二人は、一気にバルバトスの元へと接近する。
長時間の稼働を行う為のリミッターが外され、二人の性能は格段に向上。
二人は弾丸の如く速度を叩き出し、普通の人間なら押しつぶされる圧力が全身に伝わる。
「クソ!急になんだ!?」
「何でしょうね!?」
冷や汗をかくバルバトスの質問を適当にあしらったリージアは、モミザと共に攻撃を開始。
ハルバードと薙刀、二つの武器と技を交差させ、バルバトスへ攻撃を入れる。
「グハッ!」
「やっと一撃入れられたぜ!」
「(黒い血……)」
リージアのハルバードを切りつけられ、吹き出したのはゴブリンと同じ黒い血液。
一瞬固まったリージアだったが、すぐに切り替えた。
「モミザ!フォーメーション!」
「言われずとも!」
「クソが!」
バルバトスの大振りな一撃を避けた二人は、ミサイルを射出。
一度上へ上がっていき、雨のように降り注ぐ。
エーテルの影響で精密性には欠けているが、そこは数で補った。
爆炎に飲まれたバルバトスへと、二人は波状攻撃を繰り出す。
「ほらほら!どんどん行くよ!!」
「チ!グア!(クソ、動きが、思考が読めない!)」
ユニットの高機動を活かしつつ、二人は離脱と攻撃を繰り返す。
バルバトスが反撃に出ようとすれば、遠方からのロケットやミサイルが襲う。
怯んだ所に、二人のどちらかが機銃による牽制を伴った攻撃が来る。
先ほどのマヌケな姿とは、まるで違う。
「(それに何だ、この連携!反撃の隙が)」
バルバトスからすれば、初見の武器と動きによる攻撃の数々。
近接武器以外は身体も含めたすべてが近代兵器である彼女達の攻撃は、魔法陣を形成させる隙さえ与えない。
「(ああもう、何コイツ!切っても撃っても、すぐに再生される!)」
苦い表情を浮かべるバルバトスだったが、それはリージア達も同じ事。
ミサイルを打ち込み、ハルバードで叩き斬ってもその傷は再生されてしまう。
可能ならばこのまま倒してしまいたかったが、それは叶わないかもしれない。
「(それに、コイツ無駄に硬い!)」
柄を握りしめたリージアは、肩の辺りへと更に力を込めた一撃を入れる。
黒い血しぶきが吹き出し、鉄パイプで樹木を殴ったような衝撃が手に伝わった。
硬さと柔軟性を両立させた防御力、そこへ魔力による肉体強化が加わっている。
傷をつけるだけで精一杯なおかげで、二人の単純な物理攻撃は効果が薄い。
「ガッハ!グ……調子に」
「ヤバ!」
吐血しながらもハルバードの柄を掴んだバルバトスを前に、リージアは柄を手放した。
後方へ回避した彼女に対し、バルバトスは強く握り込んだ刀の一撃を繰り出す。
「間に合わなッ!」
「乗るな!」
迫りくる刃を前に、リージアは急いで回避行動を取った。
魔力をまとった刃は、実際の物よりもリーチが有る。
咄嗟に防御と共に体をひねったリージアだったが、回避は間に合わなかった。
「グ!」
「リージア!」
持っていた機銃もろとも、リージアの左腕は切り裂かれた。
戦車砲さえ防ぎ止める表面の電磁装甲を物ともせず、刃はリージアを切り分けた。
そんなリージアを見て、モミザは目を鋭くする。
「クソ!」
「く、ククク!」
「この野郎!」
ハルバードを引き抜いたバルバトスは、不敵な笑みを浮かべた。
機銃を放ちながら接近するモミザを視界に入れつつ、刀を握りしめる。
「脆い、まるで土くれだ!」
「ウ!」
迫って来た刃を回避したモミザだったが、立て続けにリージアのハルバードがぶつけられた。
「そんな脆い身体なら、俺は防御をする必要何て無い!ただ攻め続ければ、俺の勝ちだ!」
防御力が皆無に等しいと気付いたバルバトスは、一気に攻勢へと転じた。
ハルバードをぶつけられ、バランスを崩したモミザにその凶刃が迫る。
モミザの首へと刃が触れる瞬間。
「グア!」
「前の女の事忘れると、こうなるんだからね!」
リージアのロケットランチャーによって、バルバトスの右腕は爆散。
モミザは爆風で引き飛ばされ、難を逃れた。
「この、クソアマ!」
「うっさい!」
弾のきれたランチャーと共に、リージアは飛行ユニット以外の装備を放棄した。
軽くなった身体を一気に加速させ、バルバトスの下アゴへと蹴りを入れる。
防御は劣っていても、攻撃力は十分通じる。
歯が砕け散るバルバトスへと、リージアは次々打撃を加えていく。
片腕を無くしていようと、スラスターを巧みに使ってバランスと連打を維持。
飛行ユニットで空中に留まりながら、打撃の雨を降り注がせる。
「グ!アガ!ガハ!」
「この!人の姉に、何してんだ!」
「ゴハ!」
打撃の打ち込まれる場所は、全て人間でいう所の急所。
リージアの義体に、骨の折れた感触や内蔵の破裂する感覚が伝わって来る。
どんなに再生されても、急所への一撃はバルバトスの身体を蝕んでいる。
「あんなんでもねぇ」
怯むバルバトスを前に、リージアは少し身体を硬直させる。
その数秒後、リージアの片足はわずかに発光。
地面を蹴り飛ばし、バルバトスへと急接近する。
「私の大事なお姉ちゃんなんだよ!!」
「グッハァァ!!」
スラスターと義体の動作を掛け合わせたリージアは、バルバトスのミゾオチへと、鋭い蹴りをいれた。
その蹴りは、まるで槍。
貫通まではしなかったが、全体重を乗せた一撃はバルバトスの身体を崩した。
「ウ、こ、この、野郎ッガハ!」
腹部を押さえるバルバトスは、血の混じった内容物を吐き出した。
傷を治す事はできても、ダメージの余韻だけは回復できないようだ。
痙攣する体を気合でこらえるその姿は、もはや立っているだけでやっとと言った具合だ。
「エルフィリア!」
「ええ!よくやったわ!丁度、準備完了よ!!」
完成した魔法陣やフォスキアの状態をみて、リージアは早急にモミザと退避した。
彼女の周囲は、まるでつむじ風のように風が吹き荒れている。
衣服や髪は激しくなびき、かざしている両手の先には、ゴブリンの使用していた物とは比較にならない程複雑な魔法陣が輝く。
「やっちゃえ!」
「クッソォォォ!!」
口の中を血や吐しゃ物で汚すバルバトスはもう一度魔法を相殺しようと、フォスキアへ向けて魔法陣を展開。
禍々しく黒い球体を作り出し、フォスキアへと投げつけた。
それと同時に、フォスキアは魔法を撃ちだす。
「サイクロン・ディスラプター!!」
「インフェルノ・カノン!」
二人の魔法は衝突。
先ほどと同様に、辺りに衝撃波を振りまく。
先ほどと異なったのは、結果。
フォスキアの魔法はバルバトスの魔法を貫く。
「な、何ぃ!?」
驚愕するバルバトスへと、フォスキアの造りだした風の槍が突き進む。
寸前のところで羽を羽ばたかせ、回避行動を取るが手遅れだった。
初速から音の壁すら突き抜けながら加速を続ける彼女の魔法は、バルバトスの腹部に命中。
その途方もない威力によって、身体は上半身と下半身に分かれた。
「ば、かな」
意識を飛ばしながら、バルバトスは地に伏した。
その様子を空中で見ていたリージア達は、彼女の魔法に体を震わせていた。
「……あの貫通力、ウチのレールキャノンだな」
「それ以上だよ……て、雲突き抜けちゃった、あんなのアニメでしか見た事ないよ」
魔法を撃った跡に、二人は目を見張った。
地面はえぐれ、貫通して行った魔法は更に奥へと突き進み、雲を貫いた。
改めて魔法の威力を見せつけられながら、二人はゆっくりと降下していく。