陽が昇る頃に 後編
リージアが町を出ていき、数分が経過した。
町では、衛兵と傭兵たちが協力して、厳戒態勢に入っていた。
城壁の門は全て固く閉ざされ、弓兵や魔法使い達が警戒を行っている。
「アンタのお仲間達が来るのは、日の出ごろだっけ?」
「ああ、それまで、俺達で何とかしないとな」
月明かりだけでなく、かがり火の光で照らされた城壁を目にしながら、モミザは残った武器の準備を行っていた。
リージアから渡された物も含めても、余裕と呼べる物はない。
「(チ、アイツとの喧嘩で、ちょっと使いすぎたか)」
「さっきも言ったけど、貴女はカニス達と東側をお願い」
「……いいのか?そっちには弓兵も何もいないんだろ?」
リージアが出発した後で、町の防衛を行う役割分担を話し合っていた。
そこで、フォスキアは一人で西門を請け負った。
もう片方は、モミザたち傭兵や衛兵達の戦力を集中させている。
「いいのよ、そうでも無ければ、こんな重装備はしないわ」
「……確かに、そんなデカい剣やら鎧やら持ってたんだな」
一人で防衛すると言い出しただけに、今のフォスキアはかなり重装備だ。
背中には彼女の身長程の大剣を背負い、しっかりとした甲冑も身に着けている。
本当に一人で受け負うつもりなのだろう。
「ええ、こういう重要な仕事用の装備よ」
「そうか……ま、安心して待っていろ、アイツは人間嫌いだが、一度守ると言ったら、何が何でも守る性分だ」
「ほんと、信頼してるのね、戦友って奴?」
「本来なら、それ以上を望みたい……アイツらが来たら、救援に行く」
「お構いなく」
ライフルに弾丸を装填したモミザは、配置につく為に立ち上がる。
ここまでフォスキアと話せた事は、自分でも進歩だと思いながら、モミザは歩みを進める。
「世知辛いわね……ッ」
少し同情しつつ、フォスキアは自身の頭を押さえた。
酒が抜けたおかげか、また頭痛が再発している。
脳を直接締め付けるようなこの痛みには、どうも慣れない。
「あの木端共、なんて物を召喚したのよ」
拳を強く握りしめながら、フォスキアは西門へと向かった。
――――――
東門にて。
「門を固めろ!もう時間がない!」
カニスは指揮官として、参加した傭兵たちを指揮していた。
今回の戦いは、あくまでも籠城戦。
門の内側に籠り、応援の到着を待つ。
その為にも、使えるだけの戦力は全て用意してある。
「よう、準備は進んでいるようだな」
「……貴様か」
持てるだけの銃火器を持ったモミザも、東門に到着した。
やはりまだ信用されていないのか、向けられる眼光の圧が強い。
少しでも信用されるためにも、モミザは囮と言える役割を請け負った。
「約束通り、俺は町の外で魔物を迎え撃ってやる、お前達はその援護を頼むぜ」
「分かっている、貴様がどれだけ活躍できるか、見ものだ」
カニスの上から目線の発言に、モミザは怪しく微笑んだ。
彼の鼻っぱしをへし折る活躍は、しておきたいところだ。
「……しかし、まだ分からん」
「何がだ?」
「貴様ら、何故我々に力を貸す?傭兵でもないのならば、無視しても良かったはずだ」
彼のセリフは、頷くほかない。
実際こんな所でウジウジせず、さっさと見捨てて任務を遂行すればいい。
この町にも、これと言った執着も無いのだから。
リージアの視点で考えて、あえて一つ言えるとしたら。
「あのバカの気まぐれだ、強力な魔物の素体が手に入る絶好の機会だからな」
「……そうか、やはり目的は、魔物共の素材か」
「ああ、アイツは基本的に、自分の目的を優先するからな、町を守るのはあくまでもついでさ」
リージアの目的は、あくまでも魔物の素材。
サイクロプスのサンプルが手に入らなかったので、この機会に色々集めておくつもりだろう。
「……ッ!」
「敵襲ぅ!!」
話をしている中で、モミザ達の居る場所に火矢が複数発飛んできた。
モミザの手で何発か防がれたが、何人か被弾する。
「チ、思ったより早かったな……最前線は俺が請け負う!他の連中は、壁に張り付いてきた連中をやれ!!アンタはここで指揮を続けろ!!」
舌打ちをしたモミザは、約束通り城壁の外へと降り立つ。
正面には数十体のゴブリン系の魔物が立ちはだかり、今にも襲い掛かろうと武器を見せつけている。
松明の明かりも何も見えないが、やはりゴブリン達は夜目が効くらしい。
「多いな」
「グヲオオ!!」
バッテリーの残量を気にすれば、近接戦闘よりも射撃戦の方がいい。
まだ弓矢の射程内程度の距離だが、銃撃には最適な距離だ。
加えて、重装備のホブゴブリン達が突撃してきている。
報告よりも数が少ないが、第一波という事だろう。
「まぁいい、場合によっては、俺が全部終わらせてやる!」
日の出まで、何とか持たせる為に、モミザは射撃を開始する。
現代の防弾を撃ち破るために開発されたライフルは、ただの鉄でできた鎧を容易く貫く。
「さぁ、来やがれ!この化け物共め!!」
最前線に出て来たホブ達がやられるなり、狼を従えたゴブリン達が襲い掛かる。
他にも、ゴブリンではない別の魔物も見られる。
二つの首を持つ、大きな狼だ。
「あれは、オルトロスって奴か!?」
オルトロスを囲うようにして、展開するゴブリンの騎兵たち。
だが、接近される事さえなければ、彼らは無力だ。
周りの木端もまとめて、オルトロスへと銃撃を行う。
「チ、流石ボスキャラ級だな……だったら!」
しかし、オルトロスだけは銃撃に怯む事はあっても、動きが止まる事は無い。
ライフル単体では無理だと判断し、モミザは背部のサブマシンガン二丁を展開。
サブアームを使い、全体的に銃撃を開始する。
「クソ、これでもダメか!」
弾丸の雨によって、騎兵はどうにか対処に成功した。
しかし、お構いなしに迫って来たオルトロスは、その強靭な爪をモミザへと繰り出す。
直前で回避したモミザだったが、その巨大な爪は地面をえぐり取る。
「やっぱデカいな」
「ウ~」
遠目で見るより、やはりオルトロスは巨大だった。
もはや狼というよりも、ゾウやマンモスだ。
これだけ大きければ、生命力も高いだろう。
手持ちの火器だけでは心元無い。
「時間がないんだ、コイツで決める」
「グヲオオン!」
ライフルをしっかり構えたモミザは、バレルの下部に付いているグレネードを射出。
雄叫びを上げるオルトロスの口内へと、グレネードは着弾。
内部から爆発し、首の片方が吹き飛ぶ。
「どうだ!?」
「グルヲオオオ!!」
「クソ!」
片方の頭が爆散しようと、オルトロスは攻撃をやめなかった。
やはり、頭を両方共潰さなければ、無力化する事はできないのだろう。
しかも悪い事に、他のゴブリン達が城壁へと取りつき始めている。
「こっちは何とかしてやる!貴様はその化け物をやれ!!」
「そうさせてもらう!!」
カニスからのありがたい言葉を受け、モミザは武器をショットガンに切り替える。
リージア愛用のレバーアクション式の物で、今や時代錯誤の旧式。
彼女の手で別物と言える程の改良が加えられており、それなりに使える物だ。
「コイツなら!」
オルトロスの猛攻を回避しつつ、モミザは前足へと狙いを定める。
装填されているのは散弾では無く、一発の大きな弾。
それも鉛では無く、鋼鉄を用いた徹甲弾。
その威力に期待して、引き金を引く。
「グ!ヲオオン!!」
被弾した前足は大量に出血し、骨もむき出しとなる。
狩猟用にも使える大型の弾という事も有り、かなりのダメージを与えられた。
完全に怯んだ事を確認し、モミザはレバーを操作して次弾を装填。
「くたばり、やがれ!」
前足の急所と成りえる場所に、モミザは次々と銃弾を撃ちこんでいく。
装填されている四発全てを撃ち切り、歩行を不可能にした。
しかし前足に食い込む銃弾は、傷の再生と共に外へと転がり落ちる。
これを見たモミザは、トドメを刺すべく弾の装填を急ぐ。
「チ、だからレバーアクションは」
物にもよるが、基本的にショットガンは一発ずつ弾を装填する。
物によっては持ち主のテクニックでどうにか出来るが、この銃はその技が使えない。
焦りながらも、モミザは装填を完了。
立ち上がろうとするオルトロスと距離を詰め、もう一度銃撃を浴びせる。
「これで!最後だ!」
今度は脳天にしっかりと銃弾を打ち込んだ。
「はぁ、やったか……」
頭を吹き飛ばされたオルトロスは活動を停止したが、ゴブリン達はまだまだ沸いてくる。
彼らに続き、大型の魔物も随伴している。
「へ、リージアが喜びそうだ」
わらわらと向かってくる魔物達を前にして、モミザはリージアの興奮する姿を思い浮かべた。
ゴブリン以外にも、オークらしき個体やコボルトも確認できる。
弾を節約しなければならないので、かなり分が悪い。
「日の出まで後……三時間、もってくれよ!!」
接近してくる魔物の群れを前に、モミザはもう一度ライフルを構える。
――――――
西門にて。
ただ一人で防衛を請け負ったフォスキアは、魔物の死骸の中で、血濡れの大剣を担いでいた。
「……やっぱり、こっちが正解だったわね」
先ほどまで襲ってきたのは、大剣の一振りで片が付くような細かい魔物。
妙に数が少ないと思っていたのだが、やはりただの威力偵察だった。
本命は、今彼女の目の前にいる。
「確かに、俺もこっちを選んで正解だったぜ、お前みたいな上物が居るとはな」
するどい角に、コウモリのような翼を持った身長三メートル程の大男。
彼からは押しつぶされそうな威圧感と、近くに居るだけで肌が痺れるような魔力量が感じられる。
武者震いを押し込めたフォスキアは、大剣を握る力を強める。
「(デーモン族、それにこの魔力量……上級の悪魔ね)」
知性を持つ魔物が、悪魔を召喚する事は珍しくない。
だが、今回の主犯が召喚したのは、上級悪魔と呼べる存在だろう。
「アンタ、そこいらの悪魔じゃないわね」
「ほう、その口ぶり、他の連中とも会った事が有るんだな」
「ええ、残念な事に」
「そうか、俺の名はバルバトス、ゴブリンキングごときに仕える事に成ったが、テメェみたいな奴と戦えるなら、文句はねぇ!」
自身の名を名乗った悪魔は、どこからか刀状の武器を取りだす。
刀を取りだしたバルバトスを前に、フォスキアも大剣を構える。
緊迫した空気の中、二人はにらみ合う。
「クソ、おい悪魔!今の発言は取り消してやる!さっさとその娘を殺せ!」
「……チ、うるせぇ奴だ」
「アンタも難儀ね、そんな奴に仕える事に成るなんて」
二人の居る場所から、少し離れた場所に居たのは、バルバトスを召喚したと思われるゴブリン。
ウィザードよりも活舌が良く、体格も大きい。
ただの個体では無く、キングと呼べる存在だ。
「お前が少ない手勢でここに来たいと言ったのだ!そんな奴に負けたら、ただでは置かんぞ!!」
「黙ってそこで見ていろ!こっちはテメェみたいな木端野郎に支配されてムシャクシャしてんだ!」
「そのはけ口に、私を使わないでくんない」
彼の怒りは最も。
バルバトスはかなり高位の悪魔だ。
ゴブリンの最上位種のキングとは言え、バルバトスよりも格下である事に間違いない。
彼に仕える何て、プライドが許さないだろう。
そのストレスの発散に巻き込まれるフォスキアからすれば、勘弁して欲しい所だ。
「ははは、すまねぇなぁ、けど、テメェだって、俺と戦いたいんだろ?」
「……まぁね、私の汚名は、私が返上するだけよ!」
「へ、つぅ訳だ、キング、テメェはそこでくすぶってな!」
そう言い捨てたバルバトスは、フォスキアへと迫る。
彼に合わせ、フォスキアも大剣を構えて接近。
二人の武器はぶつかり合い、周辺に衝撃波が発生。
その威力は、二人の踏み抜く地面が陥没する程だった。
「(おのれ、戦いしか能のない野蛮人め……だが、こうなっても良いよう、向こう側にも強力な個体を用意させてもらった)」
――――――
もうじき日が昇るという頃。
モミザ達が奮戦している中で、リージアは魔の大森林に到着していた。
車並みの速さを叩き出していたおかげで、遠回りでもかなり短時間で到着。
オマケに、ブライトの飛ばしていたドローンのおかげで、通信が行える状態となった。
「通信ができる、よかった」
通信を行えると知り、リージアは早速通信を開始する。
「こちらオメガリーダー!緊急事態発生!誰か応答して!」
『な、なんだい!?如何かしたのかい!?』
通信に応じたのは、妙に焦るレーニアだった。
リージアの急な帰還と、突然の緊急の通信。
彼女が焦るのは無理もない。
出来れば詳細を話したいが、今は必要な事だけを伝える事にした。
「レーニア!今すぐ飛行ユニットと、アーマードパックを一機用意して!」
『き、急に戻って来て、一体なんだい!』
「良いから!隊長命令!モミザとエルフィリアを助けないと!」
『ッ、わ、分かった、できるだけ用意はしておくよ』
「あ、後変えのバッテリーもお願い!もう残量が少ないから!」
バッテリーの残量は残り僅か、何時もならばユトリをもっているリージアでも、今回ばかりはピリ付いている。
そんな彼女の言動に応じたレーニアは、急いで準備に取り掛かるべく通信を切った。
「……急げ、急げ」
約束の日の出まであと少し。
それまでに到着するよう、リージアは急ぐ。
たまたま目の前に現れた魔物を突き飛ばし、険しい道の森を突き進んでいく。
「あ!見えたぁって、ヤベ!」
急いでいると、リージアの視界に宇宙艇が映り込む。
同時にバッテリーの残量も限界を迎えた。
おかげで強制的にセーフモードに入り、義体が急に重くなった。
動きも遅くなってしまい、普通の人の走りと同じ位の速さになってしまう。
「はぁ、はぁ(バッテリーを長持ちさせる為とは言え、勝手に出力を低下させるのやめて欲しいよ)」
「あら、リージアちゃん!新しいバッテリーよ!」
到着するなり、心配して待っていたのであろうヘリコニアが、バッテリーを持ってきてくれた。
動きの鈍くなっている彼女の代わりに、ヘリコニアはバッテリーを交換する。
「もう、無茶しちゃダメよ」
「ははは、ごめんね」
バッテリーを交換されて元気を取り戻したリージアは、ヘリコニアの肩を軽く叩き、二人で宇宙艇の内部へと向かう。
二人の足は迷う事なく格納庫へ向かい、出撃の準備を行う音が耳に入り込んで来る。
「みんな!準備はどう!?」
「一先ず、一般的な装備はそろえてやったが、一体何が有ったんだい?」
「せめて、納得のいく説明を」
準備の進捗を聞こうとした所で、レーニアとホスタが問いただしてきた。
当然だろう、今回の出撃は全く予定に入っていなかったのだから。
しかも使おうとしている装備は、本来ガンマやデルタ達に届ける筈の物だ。
「私達の向かった町に大量の魔物が襲ってきたの、それで、これからヘリコニア以外のメンバーで、救援に行く」
「また貴女は、そんな勝手な事を!」
「気持ちはわかるけど、これは私達の問題でもある、自分たちで起こした問題は、私達で対処して、責任取るのが筋でしょ」
事情を聞いたホスタは、リージアに食い掛った。
しかし、今回の事は自分たちの責任。
その言葉を聞き、ホスタは少し下がった。
「……どういう事です?」
「あの町の名うての傭兵は、ほとんどここから東の海に移動している、残っているのは、日銭稼ぎのぼんくらばかり、おかげでゴブリン達の活動が強まって、誰も今回の事態に気付けなかったみたいなの」
「それが私達に何の関係が」
「海の近辺には、半年前から新種の魔物が闊歩してる、熱心な傭兵たちはそっちの対処に当たってるの、下手したら、その正体は調査チームの創り出した生物兵器の可能性が有る、なら、私達のせいでしょ」
「……そんな」
リージアの仮説を聞いて、ホスタは戦慄した。
本当に調査チームの研究で生物兵器を造ったというのなら、この事態はそのせいだろう。
その根拠が気になる所ではあるが、リージアの目はウソをついているようには見えない。
「そう言う訳だから、ホスタ君、アーマードパックは君に預ける、今までのうっぷん、弾丸に乗せて晴らしてきな」
「……了解」
リージアの言葉を受け、ホスタは敬礼をした。
そして、彼女達は出撃の為の準備を急いで進めだす。