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ロスト・フラワー アンドロイド少女はエルフ少女に恋をするか  作者: B・T
終章 ※ここから毎日投降いたします
132/138

幸せな今を 前編

「ただいまー!あ~、楽しかった~!」


 元気よく借家の扉を開けたリージアは軽く目を閉じ、今日のデートを思い返す。

 食事の後で再びショッピングを楽しむと、二人で酒をあおりながら夜景を楽しんだ。

 初めての楽しいひと時の余韻を酒の酔いと共に楽しみながら、リージアは閉じていた目を開く。


「ん?……あれ?」

「……ふふ」


 ゆっくりと開けられたリージアの目に映り込んだのは、安アパートのワンルーム程度の広さだった部屋ではなく、倍以上に広く豪華な部屋。

 記憶にない光景に思わず目をパチパチしながら、リージアは硬直してしまう。


「ね、ねぇフォスキア、部屋、間違えたかな?」

「ふ、ふふふ、いいえ、ちゃんと合ってるわよ」

「え、いや、だって、ボロアパートみたいな部屋だったのに」

「悪かったわね、今までお酒飲んで寝る為の部屋だったけど、これからは二人で過ごすんだから、これ位広い方が良いでしょ?」


 一足先に部屋の奥へ移動したフォスキアは買った物の入った袋等を下ろし、部屋の変わりように驚くリージアへ微笑みを向けた。

 リージアへのサプライズが成功し、上機嫌になりながらクローゼットへと移動していく。


「て、ていうか、お金とか大丈夫だったの?今日のデートでも結構使ってたのに」

「……」


 しかし、リージアの口からお金の話が出た事でその笑みは虚無へ変わる。

 一応この部屋は1LDKな上に、バスルームやトイレも別の部屋に設けられている。

 キッチンも以前より広い物となっており、二人暮らしには丁度いい。

 当然その分家賃も高く、前の部屋の立退料やらなんやらでかなり吹き飛んだ。


「……フォスキア?」

「立退料、敷金礼金的な物、契約料、買い替えた家具、引っ越しの為のスタッフ代、その他モロモロ、この出費だけで貴女達との冒険で得た報酬と残ってた貯金でも足りなかったから、貴女が怠けてた三か月で全部稼いだのよ」

「……」


 実はこの部屋と今回のデート代も込みで、フォスキアの持ち金はほぼなくなっていた。

 しかも足りない分はリージアが怠けていた時に稼ぎ、服代などもしっかりと取りそろえた。

 その事を伝えられたリージアは、罪悪感で胸に鋭い痛みを感じた。


「(こ、これ私、完全にフォスキアのヒモだったって事になるじゃん)」

「そう言う訳だから、明日からギルドに登録してちゃんと一緒に稼いでもらうから、それでチャラよ」

「え、でも私、武器が」

「無くても貴女ならステゴロでいけるわよ、安心しなさい」

「うへ」


 虚無の表情を維持したままのフォスキアに言われるように、並大抵の魔物はリージアなら素手で倒せる。

 一応服と一緒に革製の防具は購入してあるが、あくまでも偽装用に近いので戦闘力に変わりは無い。

 一人の時よりも大分楽に稼げるだろうが、それでも結構苦労しそうだ。


「まぁでも、稼いでくれたら、私の取り分で新しいハルバードでも買ってあげるから」

「……まぁ、そう言う事なら(そう言う事も何も、今までニート状態だったのに武器まで買ってくれるって、天使ですか?貴女)」


 とは言え、フォスキアもそこまで鬼ではなかった。

 それどころか一定額稼いだら武器を奢ってくれるとまで言っており、改めてリージアの胸に痛みが襲う。

 そんなリージアを横目に、フォスキアは部屋着へと着替えだす。


「さて、ご飯作るから、片づけとお風呂の準備お願いね」

「ッ……」


 デート服を脱ぎ捨てたフォスキアが着用したのは、何時も部屋で過ごす時に着るラフな服装。

 半袖のシャツと半ズボンと言う服装のおかげで、ある意味ではデート服より目のやり場に困る恰好だ。

 その事に悩むリージアに、この部屋の間取と風呂関連のデータが送られた。

 いつの間にか身体の機能を使いこなしている事に驚きながらも、リージアは片づけを開始する。


「は、はい、は~い(やれやれ、フォスキアって意外と生活態度悪いんだよね、お姉ちゃんが片割れみたいになってるのに)」


 この三か月同棲してみて解ったが、フォスキアは意外と生活態度が悪い。

 空の酒瓶も脱いだ服も散乱させ、いざ片づけるとなると押し込むだけのような形になる。

 リージア達と会う前からその気は有ったらしく、半世紀以上前に空けたと思われる酒瓶も収納の奥から見つかった事も有る。

 しかも完璧なメイドと呼べる位家事はキッチリこなすアリサと同化しているというのに、その粗雑さは変わっていない。


「(まぁ、私がやるから別に良いんだけど)」


 とは言え、同棲状態になってから整理整頓はリージアの役割。

 元の世界の基地では、備品管理だけでなく清掃員としても働いていた。

 その時のノウハウやアリサからの教えのおかげで、清掃業者並に綺麗にできる。

 掃除機やら洗濯機と言った家電は無いにせよ、これと言って不便は感じていない。


「(そう言えば、お風呂ってどんな感じなんだろ)」


 買った物を片付け終えた辺りで、不意にこの部屋に付属されているお風呂が気になった。

 フォスキアからはお風呂の準備も頼まれているので、ついでにどんな感じなのか見てみる事にした。


「(えーっと、お風呂場は……ここか)」


 送られて来た間取のデータを元に脱衣所を見つけ、その奥の扉の先に家庭用の風呂場を見つける。

 タイル張りの部屋に陶器製の浴槽が置かれており、その隣にはシャワーも設置されている。

 浴槽の容積は二人で入れる分には余裕が有り、リージアのイメージにも一致する。


「……わ、お風呂って感じ、マスターの家以外実物見た事無いけど」


 何度かマスター達のお風呂を見た事有ったが、ここは少し広い。

 見た事有るのはそれだけだったが、とりあえず設備の確認ついでに用意を開始する。


「えっと……これが蛇口で、シャワーも、有るね、使い方は前のと同じか」


 ちゃんと浴槽にお湯を溜める為の水道と、シャワーも取り付けられている。

 一応前の部屋にはシャワー室位は付いており、その時にこの世界の水道の使い方も心得ている。

 どうやら水と火の魔法陣が刻まれており、念じるだけで温度の調節を自在に行えるらしい。

 この浴室にも同じ物が取り付けられているらしく、その使い方に倣って使えば問題は無い。


「……あ、しかもこの浴槽、保温の魔法も有るんだ」


 色々調べていると、浴槽には保温の魔法陣が刻まれている事に気付く。

 三か月間ただ燻っていただけでは無く、ちゃんと本を読んで魔法の勉強はしていた。

 その時に得られた知識を元に魔法陣を解読すると、魔法陣に込めた魔力が持続する限り望んだ温度にお湯を保温してくれるらしい。


「(相変わらず、魔法って便利だ)」


 色々知識や慣れも必要だが、やはり魔法は慣れると便利だ。

 科学の結晶とはまた違う便利さに感心しながら、リージアは風呂の用意を続ける。

 その途中で、変な胸騒ぎが過ぎる。


「(……ん?この広さ、二人で一緒に入る、何て展開にならないよね?)」


 何ともありがたく、不安しかない予感。

 余計に手を出してしまいそうな状況に震えながら、リージアは浴槽内を洗浄していく。


 ――――――


 しばらくして。

 風呂の用意を終えたリージアは今日買ったばかりの部屋着へと着替え、ほんのりと良い香りの漂うリビングへと移動した。


「ん……あれ?この匂い」


 何かが焼ける香ばしい香りがリージアの鼻孔をくすぐり、空っぽの胃袋を刺激してくる。

 しかもどこか懐かしく、昔の記憶を呼び覚ます。

 記憶と多少違う部分も有るのだが、どこか落ち着く良い匂いだ。


「あ、リージア、お疲れさま」

「……フォスキア、それ」


 笑顔で振り返ったフォスキアの両手には、完成したばかりの料理を持っている。

 その料理はリージアもよく見知った物であり、アリサの一番の得意な料理だ。

 驚きの表情を浮かべるリージアに喜びつつ、フォスキアは人数分の料理をテーブルの上におく。


「お待たせ、今日のご飯は、貴女の憧れのオムライスよ」


 テーブルの上に置かれたのは、リージアが一番食べる事を憧れていたオムライス。

 米食をメインにする文化圏にでも行かなければ、再現できないと思っていた物でもある。

 そんな物を前にして、リージアは少し硬直してしまう。


「……ど、どうしたの?それ」

「ふふ、大変だったのよ、一応この辺りはお米を作ってるんだけど、パンとかパスタ程食べられてないから売ってるお店も少なくて」

「……」


 一応この辺りでは小麦だけでなく、お米も栽培されていてもあまり食べられていない。

 この町でも売っている店は少ないため、フォスキアも探すのに苦労していた。

 滞在中の三か月でようやく見つけ、こうして食卓に並べる事に成功したのだ。


「大変だったのよ、トマトとかも見つけてケチャップっぽい感じに加工したり、お米は玄米しか売って無かったから自前で精米して」

「(……フォスキア、マジ私にはもったいなさすぎなんだけど)」


 完成に至るまでの苦労を語るフォスキアは、他にもスープやサラダ等を用意していく。

 そんな彼女の姿を椅子に座りながら眺めるリージアは、彼女の尽くし具合に驚愕していた。

 食べてみたいと言ったのは、今から半年ほど前に一回だけ。

 もう自分でも言っていた事さえ忘れていたというのに、わざわざ材料をかき集めて作ってくれたのだ。


「あら?どうしたの?」

「あ、いや、その……」

「ん?」

「ありがと、フォスキア、貴女、本当に最高だよ」

「……」


 料理を並べ終えて目の前の卓に座ったフォスキアに、今思った事を伝えた。

 何のお世辞も無く、本当に心から思った言葉を微笑みながら言った。

 その何気ない一言はフォスキアの心に刺さったのか、彼女の顔はほんのり赤くなる。


「そ、そう言うの良いから、早く食べなさい」

「はいはい」


 照れ隠しのように怒る姿を可愛く思いながら、リージアは木さじを手に取る。

 改めてフォスキア特性のオムライスを前にし、まじまじと観察する。

 冷めないうちに食べるべきだろうが、この記念すべき日を記録する為に何度も写真をとる。

 何枚か取り終えた辺りで、卵焼きの黄色が全面に出た美しい造形の上に、ケチャップっぽい調味料で描かれた赤いハートに気付く。

 見ているだけで気恥しくなりそうな料理を前にして、軽く会釈する。


「い、いただきます(も、萌え萌え)」


 恥かしいが嬉しい模様を崩す事をもったいなく思いながら、早速スプーンをオムライスへと沈ませる。

 卵の膜を割った先に有る赤いチキンライスにふわりと当たり、具材と共にさじの上に乗せられた。

 少し多めの一口を前にして固唾を飲みつつ、念願のオムライスを口内へと運ぶ。


「アム、ムグムグ……」

「……ど、どう?」

「……グ」

「ッ」


 咀嚼していたオムライスを飲み込んだ事で、リージアの顔は強張った。

 身体も震わせ、木さじを握る力も強まる。

 そんなリージアの様子に、フォスキアは鼓動を早めながら見守ってしまう。


「美味しい!」

「ふぅ(ややこしい反応しないでよね)」


 反応で不安を感じるフォスキアだったが、リージアはご満悦となった。

 美味しいという事を証明するかのように、その一口を皮切りにどんどん口へと放り込みだす。


「ハグ、ハグ」

「ちょ、そんな慌てなくても、逃げたりしないわよ」

「あ、あはは、ゴメンゴメン」


 ガツガツと食べ進める所をフォスキアに静止されると、改めてゆっくりと食べ始め、よく味わう。

 最初に卵の淡白な味を捉え、それが包むチキンライスと一体となる。

 刻まれた野菜達が味にまろやかさを与え、細かく切り分けられた鶏肉が重厚さを与えてくれる。

 そして追加のケチャップ風のトマトソースが、全体の味をまとめ上げてくれる。

 この辺りでしか入手できない食材だけだと言うのに、素晴らしい出来だ。


「(そうだ、キッカケはこの料理だ、何時か、お姉ちゃんのオムライスを食べたい、それが最初の一歩だった)」


 一口食べ進める度に、リージアの記憶は走馬灯のように巡りだす。

 リージアが生体パーツを用いた義体の設計の構想を考えだしたのは、今食べている物がキッカケとなった。

 そこから人間の生活に憧れ、人間の楽しみに恋い焦がれた。

 元々生物学に興味が有った事も後押しされ、今の義体が完成したのだ。


「(でも、お姉ちゃんも、他の姉妹達も死んで、これを食べる事も諦めてた、まさか、今になって夢が叶う何て)」


 政府達の裏切りでほとんどの姉が殺され、生き残ったのは三人だけ。

 決して叶う事の無い夢として諦め、ただの淡い望みとして脳裏を過ぎる程度だった。

 その筈がフォスキアと言うイレギュラーのおかげで夢は叶い、更に今までに無い幸せを感じている。

 何時かしっぺ返しのような物が来るかもしれないと恐怖は有るが、今はそんな事はどうだって良い。

 ただ今は、こうして幸せを噛み締めていたい。


「(せめて、フォスキアとの今を、深く長く、噛み締めたいな)」

「(……お義姉さんもずっと食べさせたがってた、このオムライスのレシピ、完全じゃないけど、喜んでくれて良かったわ)」


 ほほ笑みながらオムライスを食べ進めるリージアを前にしながら、フォスキアは幸せそうに笑みを浮かべた。

 このオムライスのレシピはアリサが遺した物を参考にしており、この辺りでは手に入らない食材も有ったので完全再現とはいかなかった。

 それでも、リージアは十分幸せそうに食べ進めている。


「(ふふ、可愛いわね、さて、私もさっさと食べちゃおうっと)」


 喜ぶリージアを肴にしつつ、フォスキアも食べかけで止まっていた物を頬張って行く。

 不完全なレシピとは言え、やはり美味しい事に変わりは無い。

 むしろアリサが気を使ったのか、材料が不足していた事を考慮した物も記してあった。

 おかげで、お互いに舌鼓を打つ仕上がりとなったのだ。


「うん、美味しいわね」

「ホント、夢が叶って良かった」

「でしょ?生きてれば、良い事有るのよ」

「……あ、あはは(何時か、彼女の為に、精一杯の贈り物を)」


 痛い所をつかれ、リージアは何とも言えない表情を浮かべた。

 その恥ずかしさを誤魔化し、尚且つ彼女の為のプレゼントを考えながら更にガツガツと食べ進める。

 彼女につられるようにフォスキアも食べ進め、二人の器は全て空となる。


「……ふぅ、美味しかった、ご馳走様」

「はい、お粗末様」

「はぁ、さて、洗い物は私がやっておくから、フォスキアは先にお風呂入っちゃって」


 余韻に浸りながらも、リージアは完食した食器の片づけを開始。

 一応こういった後片付けはリージアの担当であるので、先にフォスキアに入浴を推奨した。

 大体何時もこういった感じだったのだが、フォスキアは首を横に振る。


「いいえ、少し待ってるわ」

「え、何で?」

「もちろん、一緒に入るからよ」

「……え」


 食器を洗い場に置き終えると共に言い放たれた言葉に、リージアは硬直した。

 耳がおかしくなっていなければ、確かに彼女は一緒に入ると言っていた。

 何度かリピート再生し、それが間違いない事を確認する。


「え、えええ!!」


 ただでさえデート中はフォスキアの事で頭が一杯で、襲いたくて限界だったというのに今度は一緒に入浴しようという提案。

 悪い予感の的中に軽く絶叫しつつ、リージアは胸を抑えながら考え込む。


「(ふぉ、フォスキアと、お風呂……)」


 顔を真っ赤にしながら、リージアはしばらく硬直する事になった。



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