愛しき貴女と 中編
店の扉を勢いよく開けたフォスキアは、リージアから逃げるようにして入店した。
「い、いらっしゃいませ!?」
「あ、すみません」
フォスキアが服屋の扉を勢いよく開けた事で、店員さんや他の客を驚かせてしまった。
その事を謝りつつ、気持ちを落ち着かせる。
「(普通にめんどくさそうな事聞いたのに、何であんな殺し文句が出て来るのかしら……でも、後で謝っておきましょう)」
改めて思い出してみると、先ほどの発言はかなり面倒な女と言う印象を持たれかねない物だった。
それなのにリージアは嫌な顔一つせず、真摯な目で答えてくれた。
嬉しさで気が高まり、突っぱねるような態度もとってしまった。
今になって妙な罪悪感に襲われ、後で謝る事にしながら店内を見渡す。
「(……相変わらず、ここの品揃えは良いわね)」
リージア達と合う前にも何度か来た事の有る老舗の店舗で、数ある服屋の中で規模も大きく商品もリーズナブルな物が多い。
しかも防具類まで取り扱っており、アリサに改造された物以外の服と防具は基本的にここで買った物だ。
と言うのも、この店が客層として絞っているのは傭兵全般。
駆けだしからベテランまで幅広く狙っており、普段着も傭兵が休暇に着るような物を取り揃えている。
「(傭兵相手の商売とは言え、結構可愛い物とかそろってるのよね~、この服もここで買った奴だし)」
ゴロツキに見えるような物ばかりでは無く、こうしてデートに使えるような可愛いものや恰好良い物も有る。
現在のリージアは丸腰なので後程防具もそろえるつもりだが、今は私服から見繕う事にしている。
「と、ところでリージア、何か服のリクエストとか……」
「……」
まださっきの余韻で気まずさを感じながらリージアを呼んだが、まだ彼女は店の前で立ち尽くしていた。
正確にはドアを開けてはいるが、どこかよそよそしくして敷居をまたいでいない。
もしかしたらまだ先ほどの事を引きずっているのでは無いか、そんな不安が一瞬過ぎってしまう。
「……ど、どうかしたの?」
「……あ、いや、その、考えてみれば私、こう言うお店、とかって、入った事無くって」
「……」
確かにリージアは今まで戦場で生き、更には基地や母艦の中に軟禁状態だった。
この世界に来てもどこか店に入った訳でもなく、これがリージアの人生初のショッピングになる。
その緊張のせいで入店できずにいるらしい。
「そんな所に居たら他の人に迷惑でしょ」
「あ、ちょ」
とは言え、出入り口で硬直している事に変わりは無い。
他の人の邪魔にならないように、さっさとリージアを店内へと引っ張り込む。
「……それで?何が良い?」
「あ、え、えっと……何が良いのかな?」
「そうね……たまにはズボンじゃなくてスカートとかにしたら?」
「す、スカート……はいた事無いんだよね」
「……」
一緒に普段着や下着などが売られているコーナーを歩きながら選んでいると、やはりリージアはこれと言った要望は無いようだ。
今までの彼女の着て来た服と言えば、迷彩服や背広程度だ。
オシャレなんて髪のケア位で、ほとんど何もしてこなかった。
衣服に関する知識等が無くても不思議では無いが、こう言った物が着たい位の要望さえないらしい。
「仕方ないわね、私が良さそうな物見繕ってくるから、ちょっとあそこ、試着室の前で待っててちょうだい」
「あ、ありがとう」
まだこう言った事を解っていないリージアの為に、フォスキアは一旦離れた。
そんな彼女を見送り、リージアは言われた通りに試着室の方へと向かう。
「(フォスキア……怒ってる、訳じゃない、よね?)」
トコトコと服の壁を過ぎ去りながら、リージアの足は試着室へと歩を進める。
その傍らで、リージアは適当に辺りの服のデータを取って行く。
またフォスキアの手を煩わせないように、少しでも参考とする為だ。
「(それにしても、色々有るな、あ、これフォスキアが着たら似合うかも)」
アニメや漫画、ドラマ等で得た物とはまた異なる毛色の服たち。
中にはフォスキアにも似合いそうな物も有り、徐々にファッションへの興味がわいて来る。
ちょっとウキウキしながら歩いていると、腕が冷え始めて来る。
「(ん?なんか寒い……そっか、この店冷房とか付いてるんだ、今日暑かったし丁度いいけど、ちょっと寒いか?」
この店内には冷房に近い物が動作している事に気付くと、今日の外の気温を思いだした。
日焼けや熱中症の心配がない程度の暑さであるが、店内は過剰とも言える位風が冷たい。
今日のフォスキアの恰好は肩や腕をほぼ完全に露出しており、この店の中ではかなり寒いだろう。
「(……折角選んでくれてるし、私も、ちょっと選んでみようかな?オシャレは我慢、みたいな言葉も聞いた事有るけど、私としてはフォスキアの体調も気を使いたいし)」
今のフォスキアが風邪をひくことも凍える事も無いかもしれないが、それでも寒さを感じない訳ではない。
例え病気の心配の無い身体になったとしても、やはり生身の状態で物事を捉えてしまう。
一枚羽織って丁度いい位の上着が有ればと、リージアは見物を続ける。
「う~ん(あ、これとか良さそう、いくらかな?……あ、お金ないや……とりあえずデータだけとって、言われた通りに試着室行こ)」
とりあえず良さそうな物は見つけたが、値札を見て今自分が一文無しである事を思い出した。
とりあえずデータだけを取って、改めて試着室へと向かう。
「ここか?」
適当に歩いていると、複数の試着室の並ぶエリアへと到着した。
他の客もその辺で手にした手ごろな防具や衣服を持ち込み、人一人が定員の部屋へと入り込んでいる。
他にも、仲間か友人かそれとも恋人らしき人に、試着した姿を見せびらかす者も居る。
やはりメインの客層は傭兵らしく、防具を持った人が多く、普段着に出来るような物を持っている人数は少ない。
それはそれとして、ここも人が多くて気分が悪く成って来る。
「うへ(何だろう、以前はそうでもなかったのに、なんか人ごみに酔いやすくなってる気がする)」
人間との関係悪化のせいか、少し人が密集している場所を見るだけで軽いめまいに襲われてしまった。
とりあえずフォスキアが来るまでの間、人混みを避けられる場所へ移動。
壁際へともたれかかり、フォスキアの到着を待つ。
「(とりあえずここで待っておこっと、ついでに他の女性陣がどんな物着てるか研究でも)」
休みついでに、リージアは散見される女性の観察を開始。
フォスキア程の身体付きの者は早々居ないが、その辺は自分の為のファッションとしてデータに加える。
そうしていると、もちろん色々な客とすれ違う。
「なぁ、さっきのエルフの姉ちゃん、見たか?」
「ああ、見たところ、酒豪のエルフィリアだったが、めちゃエロかったな」
「だよな、お、俺、今度声かけてみようかな?酒さえチラつかせれば、色々してくれるって話だし」
「そん時は、俺も誘ってくれよ、一人で抜け駆けとかすんなよな」
「……チッ」
何て言う男性傭兵の会話も聞こえ、リージアは顔に青筋を浮かべた。
確かにフォスキアの身体と顔は、誰もが目を引く程のポテンシャルを持つ。
こうした下心しかない会話が有っても不思議ではないが、実際に耳にするとかなり腹立たしい。
独占欲も有るのだが、そう言う邪な気持ちだけで近づいて欲しくない。
「(男って奴は……いや、私も人の事言えないな、今日のフォスキア、ホントヤバい)」
デート開始直後に抱き着かれた事を思い出し、また恥ずかしさが湧き出て来る。
しかも今日は気合を入れてめかし込んでいる事も有って、攻撃力は凄まじい。
あんな事を何度もされてしまえば、理性がもたないかもしれない。
「(とにかく抑えろ、私の中の雄を)」
どこかでフォスキアを襲ってしまわないように、リージアは深呼吸を行う。
そんなこんな待機していると、ようやくフォスキアが服を持って来る。
「ごめんなさいリージア、待った?」
「え?あ、ううん、そんなに待って無いよ」
「そ、そう、じゃぁ行きましょうか」
「うん」
腕に何着かの服を抱えて来たフォスキアに連れられ、リージアは開いていた試着室へと入る。
「じゃ、なんか有ったら、呼んでね」
「わ、わかった」
フォスキアから服を貰ってカーテンを閉じると、身体を纏っていたナノマシンを体内へ格納した。
部外者が見れば本当に一糸まとわない少女のように見える状態となり、先ほど見つけて貰った服をまとっていく。
初めての着るタイプの服にとまどいながらも、一式の着用を終えて鏡へ目をやる。
「……あ」
初めて纏う私生活の為の服に受けた印象は、自分自身でも可愛いと思える物だった。
膨らんだ短い袖を持つ白いシャツの上に黒いベストと言う、絵に描いたような中世ファンタジー風の服でリージアの少女らしさは更に磨かれている。
それは別に良いのだが、冷静になって気になるのはやはり赤いフレアスカートだ。
ひざ下まで長い物を選んでくれたのは良いが、どうもヒラヒラと落ち着かない。
何時もは長ズボンだったため、これが人生初のスカートだ。
「か、可愛い、けど、落ち着かない……でも、フォスキアが喜んでくれるなら」
まだ多少の落ち着かなさもあるが、フォスキアの喜ぶ顔の為にリージアはカーテンを開ける。
「き、着れた、よ」
「あ……そ、そう」
勇気を振り絞ってカーテンを開けると、早速外で待機していたフォスキアと目が合う。
すると、フォスキアは息を飲み、見開いた目でリージアを見つめる。
完全に硬直してしまっており、何か不備があるのでは無いかと疑ってしまう。
「……え、えっと」
「……ちょ、ちょっといい?」
「え、ちょ」
何かに気付いたらしく、フォスキアはリージアの居る試着室へ乱入。
リージアを少し後ろに下げさせながら、カーテンだけで遮られる密室に二人だけとなる。
試着室の広さは元の世界の物と変わらない為、二人はほとんど密着状態となった。
「ふぉ、フォスキア?(な、何この薄い本でありがちなシチュエーション!流石に私そう言う趣味無いよ!)」
「あ、え、えっと、その、り、リボンは、もうちょっとこう言う感じに」
「あ」
首に巻いていたリボンの形にご不満だったらしく、フォスキアは形の修正を開始する。
狙っていたようにも思えたが、今はそんな事を疑っている余裕は無い。
人一人が着替えるだけの個室では、もう互いの体温も息も感じ取れる程の距離。
しかもフォスキアの胸も僅かに接触しており、それが感情の乱れを加速させる。
「(ふぉ、フォスキアはただ直してるだけ!直してるだけだから!断じてやましい考えで入ってきた訳じゃない、平静だ、平静で居ろ、私の中の雄よ!!)」
「(私はただリボン直してるだけ、直してるだけよ!断じてここでリージアの恰好が思った以上に似合い過ぎてたから、密室状態にしてキスしたりハグしたいとか思った訳じゃないわよ!!)」
感情を抑え込むリージアの前で、フォスキアも一生懸命に自分の欲望を抑えていた。
恥じらいも相まってか、予想以上に可愛らしい姿に心を打たれていた。
おかげで足が無意識に試着室へと踏み込まれ、急いで思いついた言い訳がリボンの型崩れだ。
「……は、はい、な、直ったわ、よ」
「ん、あ、ありが、とう」
フォスキアに体を回され、視線は無理矢理鏡へと向けられた。
確かに先ほどよりリボンがしっかりとしており、それが今の服装をよりキッチリ見せてくれる。
そして、その鏡の傍らには顔を赤くするフォスキアも映る。
何かに見とれているような彼女は、リージアの両肩に手を乗せて密着してくる。
「ちょ、な、何?」
「……ちょ、ちょっと、冷房冷たいな、って(そうよ、ちょっと寒いだけ、寒いだけだから)」
「そ、そう、だね」
確かに冷房が強いが、こんな密室状態でやらないで欲しかった。
密着している箇所は確かに暖かくなってきたが、それ以前に体温が異様なまでに上がって来る。
のぼせそうな思いをするリージアに、更に追い打ちがかかる。
「あと、その、さっきはごめんなさい、ちょっと、嬉しくて、恥ずかしくて、つんけんしちゃって」
「え、あ、そうだったんだ、良かった、嫌われたりじゃなくて」
入店する前の態度の変化が取り越し苦労である事を知り、胸をなで下ろしながらフォスキアの手の上に自分の手を置いた。
指先だけしか触れていないが、確かに彼女の体表温度は低下している。
「……ありがと、その恰好、似合ってるわよ、ちょっと恥じらってたのも可愛かった」
「ッ……あ、ありがとう、き、きが、着替えるから、ちょっと、出て」
「え、あ、え、ええ、ごめんなさい」
リージアの恰好を褒めたフォスキアは、試着室から出て行った。
その事をしっかり確認したリージアは鏡に手をつき、真っ赤になっている自分の顔を見ながら、今まで見て来たラブコメを思い出す。
大体主人公に着ていた服を褒めてくれたヒロインは、ちょっとオーバーと思える程
に喜んでいた。
大方可愛く見せる為の演出と言うのもあるのだが、それがウソではないと理解してしまう。
「(ダアアアアア!!な、何この気持ち!!?嬉しい!嬉しいよぉぉ!!好きな人にファッション褒められるの、すんごい嬉しいぃぃ!!)」
うっかり声に出ないように発声機能をオフにしながら、リージアは今の心境をイメージした。
もし発声機能がオンになって居たら、どこかのガキ大将のリサイタルレベルの大声で先ほどのセリフを叫んでいたかもしれない。
どこまで正確に言えたかは分からないが、少なくとも営業妨害レベルの奇声になっていた危険は有った。
数分かけて落ち着きを取り戻していき、発声機能を元に戻す。
「はぁ、はぁ、はぁ……この服、購入決定」
とりあえず、購入するセットは一つ決まった。
――――――
それから数十分後。
リージアが購入する服は数セット決まり、二人は店の外へと出ていた。
「(可愛かったな~、途中からファッションショー紛いになって店員さんに怒られちゃったけど)」
試着時間が長すぎて店員さんとのトラブルも有ったが、とりあえずリージアもファッションには興味を持ってくれた。
最初に選んだ服を今回のデート服として選び、リージアはご機嫌にスカートを揺らしている。
こうして見れば、今の彼女は立派にこの世界の住民に見える。
他にも購入した服の入ったリュックを背負いながら喜ぶ彼女を横目に、フォスキアは現在の残高を確認する。
「(最近ちょっと消費凄かったし、大きい買い物も有ったけど、高額の依頼と今までの未払いの報酬のおかげで、まだ温かいわね、今日のデートで氷河期が来るかもしれないけど)」
一応リージアが引きこもっている間、このデートの為の資金を稼いでいた。
直近で大きな消費もあったが、それはリージア達との旅の途中で未払いだった報酬も合わさって何とかなっている。
選ばれた服全てを購入しても、今回のデートは十分続行できる。
最も、明日から依頼漬けの日々になる可能性も有るが。
「ま、明日から頑張ればいいわよね」
「ふぉ、フォスキア」
「ッ、あ、ごめんなさい、そろそろ行きましょうか」
「あ、そ、その前に、その、あ、あと、その、これ」
「ん?」
どこかよそよそしい雰囲気のリージアは、フォスキアの肩に薄手のジャケットを羽織らせた。
今日の気温でもそれ程暑さを感じず、今のフォスキアのコーディネートを崩さないデザインの物だ。
こんな物を買った覚えはない上に、そもそもリージアは買うお金を持っていない。
どうしたのかと気になりながらジャケットを手に取り、リージアへと目を向ける。
「こ、これ、どうしたの?」
「ちょ、ちょっと、ナノマシンで編み込んでみた、さっき、風が冷たいって言ってたし、まだ腕とか冷たいでしょ?(さっき見つけた服を元にした奴、今度は本物買おう)」
さりげない気づかいに嬉しさも有ったが、この恰好はリージアが好きかもしれないと思った物。
何とも言えない感情になりながら、フォスキアはリージアから送られたジャケットをしっかりと着る。
「……そ、そう(色仕掛けのつもりだったんだけど、まぁ、気づかいを無下にしたらダメよね)」
「……うん、やっぱり似合ってるよ(さっきのお返し)」
「ッ」
お返しのつもりで口にしたその言葉にフォスキアの心臓は反応し、今までに無い位はずませ、顔を真っ赤に染め上げながら俯いてしまう。
言った本人であるリージアまでソッポも向き、お互いに目を合わせられなくなる。
「あ、ありがと(好きー!絶対手ぇ出させる!)」
「う、うん、どうも(ヤバい、言ってみたは良いけど、めっちゃハズイ)」
お互い心の中で叫び終えると、二人は恋人繋ぎとデートを再開した。