陽が昇る頃に 前編
砦に突入し、早くも半日以上が経過。
空が赤く、夕暮れと成ったと同時に突入した砦は全壊。
どう見ても生存者は絶望的な状況だが、内部のメンバーのおかげでそんな事は無かった。
「テンペスト・ブラストォォォ!!」
喉がはち切れんばかりのフォスキアの声が響くと同時に、崩れた砦は地下から発生した巨大な竜巻によって吹き飛ばされた。
砦が有った場所は巨大な縦穴が形成され、穴以外は跡形もなくなった。
「はぁ、死ぬかと思った」
「反省だな、俺もちょっと大人気げなかった」
辺りに瓦礫が散らばる中で、リージア達は這い出て来た。
二人の背にはフォスキアとシャウルが括りつけられており、一緒に脱出に成功した。
「(もうこいつ等と仕事しない)」
しかし、助かったシャウルは、もう二人と仕事をしないと硬く決めた。
こんな滅茶苦茶をする奴らとは、二度と組みたくないのは当然だろう。
「てか、エルフィリアこんな凄い魔法使えたんだ」
「ええ、これでもエルフだからね、ま、接近戦の方が好きだけど(こいつ等が意外とパワー有って助かったわ)」
リージアの背から地面に座り込みながら、フォスキアは得意げに話ながら酒を傾ける。
そのついでに、地下でのリージア達の活躍を思い出した。
崩れ落ちて来た瓦礫を見るなり、二人は部屋の中央へシャウル達を運んだ。
そして信じられない事に、二人は瓦礫を受け止めたのだ。
おかげで先ほどの魔法を準備する余裕ができ、こうして脱出に成功したのだ。
「(はぁ……でも、焦って余計な魔力食ったわ)」
しかし、状況が状況だったので、必要以上の魔力を消費してクタクタだった。
「しかし、魔法ねぇ……(地表への守りが不完全とは言え、地表ごと建物を吹き飛ばしやがった)」
その横では、モミザが魔法の威力に驚愕していた。
何しろ、これだけの芸当ができる兵器は、リージア達の世界でも少ない。
こんな事を個人単位で出来るとなれば、戦争の在り方は大きく変わる。
「……」
「モミザ、これ」
「あ?」
物思いにふけっている所に、リージアがバッテリーパックを手渡してきた。
考えてもみれば、今の二人のバッテリー残量は限界。
瓦礫を受け止めた際に、二人は最大稼働状態に成った。
電力を大きく消費する代わりに、義体の性能を限界以上引き出せる機能だ。
フル充電の状態でも五分しか動けないという欠陥は有るが、今回は助かった。
「ああ、すまんな」
「最大稼働何て、何時ぶりかね~」
モミザの隣に立ったリージアも、笑顔でバッテリーの交換を行う。
勿論、後ろの二人からは見えないようにやっている。
「……どーしたの?豆がハト鉄砲食らったみたいなかおして」
「豆とハトが逆だ、それとそんな顔してねぇ」
「うへ」
交換作業の終了と一緒に、リージアはモミザの浮かない顔に首を傾げた。
大体察しはつくが、何となく聞いてみた。
「……俺は、怖い」
「止してよ、アンタらしくもない……それとも何?恐れを知らない戦士だろ、とでも言って欲しい?」
「うっせぇ」
悪態をつくモミザだったが、今はその一言以外に言い返せなかった。
そんな彼女を見かね、リージアは背を軽く叩く。
「ほら、ちょっと休憩、軽く雑談でもしようよ」
「ッ……ああ」
――――――
数十分後。
暗くなる前に、リージア達は撤収を決めた。
休息は軽い物にし、そそくさと森を歩いていく。
「ところでさ、魔法って、魔法陣を書ければ、何でもできるの?」
「う~ん、物によるわ、何かしたいの?」
「……長距離の転移、とか?」
帰る途中で、リージアはフォスキアに魔法に関する質問を行った。
今回の調査で気になる事は幾らか払拭できたが、まだ気になる点は山ほどある。
その一つが、長距離の転移だ。
「……さっき、サイクロプスって魔物が居たんだけど、見てた?」
「まぁね」
「魔法にはね、召喚魔法って言うのが有って、こことは別の次元から、魔物を召喚する方法が有るのよ、ゴブリンなんかは昔どっかのバカが召喚して、ここに住み着いた、って話よ」
「……つまり、転移は可能?」
大変興味引く話が出て来たが、今は本題の転移の方が大事だ。
ちょっと釣られかけたが、我慢して本題に入る。
「それがね、こっちだけでやろうとすると、どうも上手くいかないらしいのよ」
「え?何で?」
「理由は分からないわ、でも、向こうから召喚はできるけど、こっちで、町から町へ、みたいなのは、結構複雑らしいのよ、事故だって起こるし」
「事故?」
酒を傾けるフォスキアの話に、リージアは首を傾げた。
召喚も転移も、原理は同じ筈なのだ。
それができないと言うのなら、相当複雑な技術が必要らしい。
説明をするフォスキアは、有名どころの失敗例を記憶から探り当てる。
「そうね、例えば、転移魔法の実験を行ってたら、部屋ごと行方不明になった、とか聞いたわ」
「そ、それは、危険だね」
「でも、古代魔法には、貴女の考えている物が有るかもね」
「え?」
とんでもない失敗例に冷や汗をかくなかで、また新しい単語が出て来た。
古代魔法、なんともファンタジーな響きだ。
だが、フォスキアは少し表情が暗い。
「古代魔法は、魔法関連の全盛期に作られた技術なんだけど、今はそのほんどが失われてて、かろうじて残った物は、ギルドと一部の国何かが独占しているのよ、それで、ギルドが持っているのは、物だけを転移させる物よ」
「マ?」
「ええ、手紙とか、荷物何かのやり取りの為にね、でも、物だけよ、ネズミを木箱に入れて送ったら、同化しちゃったらしいわ」
「成程……ありがと、知りたい事はあらかた知れた」
「そ、そう」
明らかな作り笑顔を浮かべたリージアは、フォスキアよりも先に進んでいく。
妙に物悲しい背中を目にしながら、フォスキアは酒を傾ける。
「……思った以上に、あの子の傷は深そうね」
何が有ったか知らないが、これ以上の詮索を止める事にした。
――――――
その日の夜。
何時しか深夜と成り、リージア一行は、報告の為にギルドマスターの部屋へ足を運んでいた。
「ゴブリンの討伐、ご苦労だった」
「ええ、ちょっと大変だったけど」
部屋に居るのは、リージア一行とギルドマスター、そしてウルフハウンズの若頭であるカニス。
フォスキアから依頼完了の報告を行った後で、ギルドマスターは、リージア達の方を睨む。
「それで?記事とやらはできたのか?」
「あ~……」
フォスキアから口裏を合わせるように頼んでおいたので、当然この質問が来た。
嘘を通す為に、適当な物を見せる予定ではあった。
しかし、もっと興味深い事が有って全く手を付けておらず、記事はまっさらだ。
「じ、実は、さっきも話した通り、砦が崩落しちゃいまして~……その時、記録が全部ダメに成っちゃいました」
「……」
苦し紛れの言い訳に、ギルドマスターはため息をついた。
砦の崩落や、サイクロプスの召喚。
それらは予め話しておいたので、多少の理由にはなるとは思ったが、上手くはいかないようだ。
「まぁいい、お前達が記者ではない事は、最初から分かっていた」
「あ、あははは~(やっぱバレたか~)」
「……ところで、一つ良いか?」
「何だ?」
色々とばれていた事に、苦い笑いを浮かべるリージアの横で、モミザは手を上げた。
彼女も彼女で、色々と気になる事は有る。
「あの砦、どう考えても普通じゃない、通路も馬鹿みたいに広いし、まるで、何かの実験場だったぜ」
あくまでも軍人としての感性であるが、地下でモミザの得た印象は何かの実験場。
実験場という単語に反応したギルドマスターは、大きく息を吐く。
「……そうか……あの噂は、本当だったか」
「噂?」
「そうだ、あの砦は、かつての大戦の際、召喚獣を使役させる為の実験を行っていた、恐らく、その技術の一部が奴らに流出して、悪用されたんだろう」
カニスの説明に、モミザは頷いた。
砦の風化具合を考えても、調査に入るには危険すぎる。
ずっと放置していたおかげで、実験のデータがゴブリンに渡ってしまったのだろう。
「とは言え、貴様らも活躍はしたのだろう、少ないが、報酬を支払う」
「あ、いえ、折角の申し出ですが、私達の報酬は、エルフィリアさんに、全て譲渡します」
「何故だ?」
「私達が彼女に護衛を頼んだ事に変わりは有りませんし、我々には、報酬を払うだけの資産も有りませんから」
「……そういう事ならば、フォスキアの報酬に、貴様らの分を上乗せしておこう」
元々がそういう取り決めだった。
この世界の貨幣は情報収集の為に貰っておきたかったが、致し方がない。
契約用の羊皮紙と思われるものに、カニスは追加分の依頼料を書き加えていく。
これで、調査等の任務は終了。
バッテリーが尽きる前に、早く帰ろうと考えた時。
「も、申し上げます!」
「ッ、な、何?」
「どうした!?」
突如部屋の扉が開き、入って来たのは、カニスと同じ服装の青年。
腕章から見ても、彼の仲間の一人だろう。
跪いた彼は、報告を始める。
「魔の大森林より、大量の魔物が現れました!」
「な、何だと!?」
「偵察部隊からの報告です、魔の大森林側より、およそ五百体の魔物が進行中との事!」
「五百体だと!バカな、どうしてそんなに」
二人のどよめき様に、リージア達は重大さを察する。
下に居たような傭兵たちでは、五百体の魔物を排除しきることは難しいだろう。
フォスキアとカニスであれば何とかなるかもしれないが、数が数、対処しきれるか解らない。
「詳細に報告しろ」
「はい、ゴブリンキングを筆頭に、多数の召喚獣が確認されています」
「腕の立つ連中は、海の方に行っている、残っているのは日銭稼ぎの連中ばかり……クソ、駆除が奴らの繁殖能力を下回ったか」
「……」
地図を広げた彼らは、チェスのコマらしき物を使い、敵の進行の報告を行う。
場所から考えても、数時間もすればこの町に到達する。
今の傭兵たちの戦力では、恐らく全てを排除する事は叶わない。
その上、衛兵がどれだけ役に立つかもわからない。
「ちょっといい?」
「な、何だ?」
この状況は、リージア達のせいで起きた可能性が有る。
そう考えたリージアは、彼らの前に立つ。
「衛兵や傭兵たちで、進行してきている魔物の対処はできそう?」
「難しいな、オルトロスのような大型の魔物も複数確認されている、今の俺達じゃ」
「(うへ、オルトロスってあれだよね、ケルベロスの幼体的なあれだよね)」
「そんな弱気で如何する!今戦えるのは俺達だけだ!ならば、全力を尽くし、事態に当たる、籠城戦を展開し、三日持つ事さえできれば、隣の町から増援が来る筈だ!」
カニスの発言に、リージアは考え込む。
下に居た傭兵はせいぜい三十人程度。
衛兵と合わせたとしても、たいした戦力にはならないかもしれない。
そんな奴を相手に、籠城しても三日持つか分からない。
「……よし、仕方ない、私達が手を貸すよ」
「何だと?」
「おい、どういうつもりだ?」
「ちょっと失礼」
モミザを連れたリージアは、部屋の隅に移動。
周りに聞こえても良いように、自分たちの世界の言語を使用し、コソコソと話始める。
「この状況、どう考えても私達のせいでしょ?だったら、軍事支援の一つでもするのが人情って奴じゃん」
「そうだが、良いのか?今は人数だって限られているし、ホスタ以外は、みんな戦闘タイプじゃねぇ」
「でも、やれる事はしてあげよ、私達のせいで大勢死んでも、目覚めが悪いし」
「……チ、分かったよ」
仕方なく納得したモミザを確認し、リージアは営業スマイルを浮かべながら振り返る。
「話は決まりました、これから提示する条件をのんでいただければ、我々もご助力いたします」
「条件?」
「はい、ちょっと書くものをお借りします」
そう言い、リージアはギルドマスターから羊皮紙と羽ペンを借り、条件を書き記していく。
時間がないので、手短に、それでいて素早く。
三つの条件と約束事の書かれた紙を、ギルドマスターへ提示する。
「どうぞ」
「……一つ目、倒した魔物の中で、望む物全てを君達に譲渡、二つ目、君達の詮索は行わない、三つ目、表向きには、君達と我々ギルドは無関係という事にする」
「はい、それさえ守ってくれれば、我々は戦力をお貸しします」
魔物の素材に関しては、リージアとしては是非とも入手しておきたい。
国がらみのイザコザで没収されては、たまったものではない。
加えて、詮索も行ってほしくはない上に、正体不明の連中の力を借りたとあれば、ギルドも不名誉であろう。
無関係である事にしておけば、多少は彼らを立てられる。
「分かった、承認しよう」
「ギルマス、いいのか!?」
「ああ、今は猫の手も借りたい」
渋々と承認したギルドマスターは、リージアの用意した契約書に押印した。
カニスとしては、まだ不審人物であるリージア達を信じる事は難しいのだろう。
それを示すかのように、彼の鋭い眼はリージア達を睨みつけている。
「契約成立……と言いたいけど、しばらくは貴方達だけで耐えてもらう事に成るよ」
「な、何だと?」
「聞く限り、魔物の進行ルートは私達の仲間がいる場所を覆っている、私もできるだけ戦闘を避けて味方と合流したいから、どうしても遠回りになるの」
地図を使い、リージアは自分が進むルートを示した。
墜落地点へと直線で向かうには、向かってきている魔物達をかいくぐる必要がある。
だが、今のリージアは時間をかけていられない。
バッテリー残量を考えても、戦闘を避けておく事に越した事は無い。
「でもその間は、このモミザちゃんが、籠城戦の手伝いをするから、好きに使って」
「お、おい、俺は居残りかよ」
「私の方が足早いでしょ、それと、ちゃんとカニスさんの指示、従ってね」
「チ、分かったよ……で?どれ位持たせればいい?」
「そうだね、装備の換装時間と、私が到着するまでの時間、それと、向こうからこっちまで向かうまでを考えると……やっぱり、夜明けまではかかっちゃうね」
「クソ」
リージアの考えに、モミザは舌打ちをした。
この町にある出入り口は二つ、どうしても戦力を分ける必要がある。
分散された戦力の中で、少ないバッテリーを持たせながら、籠城を成功させる。
なんとも難しい任務だ。
「ま、細かい所は、そっちで何とかして」
「ちょっと待って」
ドアノブに手をかけたリージアの事を呼び止めたのは、腕を組みながら立ち尽くすフォスキア。
「……どうかした?急ぎたいんだけど」
彼女の声に反応したリージアは、背を向けたまま応じた。
今の状況を良い事に、リージアの顔に笑みは無い。
「……これ以上貴女達が私達に協力する義理、無いと思うんだけど、英雄にでもなりたいの?」
「……」
フォスキアの挑発的ともとれてしまった発言に、リージアは左手を力強く握りしめた。
悪意も何も無い、単純な興味からの質問なのは解る。
しかし、今の言葉は僅かにリージアの逆鱗に触れていた。
「……あはは、違うよ、私にとって、英雄だの勇者だの、そんな物以上に不名誉な称号は無いよ、ただ、サイクロプスの検体だけ回収し損ねたからね、私としては、それと同等の物が手に入ればいいの」
「……」
かすかな怒りを孕んだ彼女のセリフに、フォスキア達は疑問符を浮かべた。
彼女達にとって英雄や勇者という称号は、とても名誉が有る。
傭兵の最高ランクであるプラチナは、裏を返せば勇者と呼べる物として、多くの者が夢を見ている。
それだけの物を、リージアはそんな物と言い捨てたのだ。
「(彼女の世界は、随分荒れているようね)」
「じゃ、私は、そろそろ行くから」
「……ああ、気を付けろよ」
「モミザもね」
部屋から出ていく際に、リージアは自身のバッグをモミザへと渡した。
急いで仲間からの応援を連れて来る為に、リージアは駆けだす。
「(英雄何て、虐殺を美化しただけだもんね、もうゴメンだよ)」