愛しき貴女と 前編
「さぁいぃたぁ、さぁいぃたぁ、チュ~リップぅのぉはながぁ~」
アリサとリージアがよく口ずさんでいた鼻歌を奏でるフォスキアは、食材を一杯に詰めたバスケットを持ちながらギルドの階段を上がっていた。
他の傭兵達からの視線を無視し、リージアと一緒に住む借家へと向かう。
「(あの一本杉の元で交わした告白、今でも私の中で響いてる)」
リージアからの告白を受けた時の事を思うだけで、まるで雲の上を歩くかのように軽快になる。
あの時は、数百年と言う年月を生きてきて初めて味わう幸福に包まれた。
そこから彼女との甘く幸せな生活を送り、最終的にストレリチア司令官の元へと向かう。
そんな幸せな夢を思い描いていた。
「……何てやり取りが有って三か月経ったけど」
しかし、微笑ましかったその記憶は既に三か月も前の事。
その記憶は良い物として脳裏を過ぎるが、借家の扉を開けた瞬間に表情は凍りつく。
「……」
「あ、お帰り~」
扉を開けるなり、以前より小ぎれいに整頓されたフォスキアの部屋が目に入る。
しかし、一番目に留まるのはリージアの姿。
黒いジャージのような姿でベッドに寝腐っており、そんな彼女へフォスキアは冷めきった目を向ける。
「アンタねぇ……」
「ん~?」
「そろそろ一歩でも外出たら?ちょっとは身体動かさないと鈍るわよ」
一先ず傭兵ギルドの借家を拠点に活動する事となったが、出発からようやく見つけた最初の町からまんじりとも動いていない。
というか、リージアは部屋から一歩も出ていない。
完全に無気力になっており、この三か月毎日寝て、食べて、飲んで、寝る、その繰り返しだ。
「えー、一応料理以外の家事は私がやってるし~、大丈夫ぅ~、ていうか、アンドロイドだから鈍んないし~」
「そうだけど……」
一応リージアは完全に嫌われないようにと、掃除や洗濯等の家事は一通りこなしていた。
フォスキアもその事は解っているが、それはそれである。
今のフォスキアがリージアへ望むのは、ショッピングや観光等。
とにかく彼女とのお出かけデートを行う事が第一であり、こんな引きこもり状態になって欲しくは無かった。
一先ず買い物から戻ってきた事を思い出し、フォスキアは買って来た物を机に置く。
「それはそれよ、私としてはお家デートより外で一緒に買い物したり、ご飯食べたりしたいのよ」
「……でもねぇ、なんか、こう……やる気が」
「……賢者タイム通り越して、燃え尽き症候群かしら?」
「多分そんな感じかな?」
ほんの数日だったとは言え、激戦を潜り抜けて久しい訳では無い。
色々有り過ぎたストレスの影響も有ってか、今はすっかり落ち込んでいる。
無理矢理な笑みも浮かべる事も無く、家事や食事以外は基本寝腐ったままなのだ。
「(はぁ、一体何時からこんな感じだったのかしら……最初からか)」
買って来た食材を保管庫にしまっていると、同化したアリサの記憶が想起された。
姉妹を殺される前の彼女は何処か内気で、初めて会った時のようなハイテンションぶりはアリサを模倣した結果。
喋り方から笑い方に陽気さまで徹底的にマネしていたが、今はその必要は無い。
燃え尽き症候群云々より、性格等が元に戻ってしまっているのだろう。
「(まぁそれにしては、だけどね)」
食材の整理を終え、改めてリージアの状態を眺める。
黒いジャージ姿でベッドに転がり、今までコレクションしてきた魔導書を読み漁っている。
彼女が着ているジャージっぽい服は購入した物では無く、変異する義体の特性を活かしてナノマシンで構成した物。
この部屋で過ごす分には良いが、絵に描いたような引きこもり姿は目が痛い。
そろそろ何とかしてくれなければ、気持ちが冷めそうだ。
「ねぇリージア、明日、一緒に買い物行かない?明日は快晴だし、絶好のデート日和よ」
「ん~?何?なんか買うの?」
「基本的にはアンタの服よ、他にも色々」
「え~」
と言う感じで、頼んでもこうして乗り気ではない感じを醸し出す。
いい加減堪忍袋の緒が切れてきたので、最終手段に出る事にした。
「まぁ断っても良いけど、その代わり、出て行ってもらうわよ、ただ飯食らい養うために付き合ってる訳じゃないし」
「う……」
できるだけ圧もかけつつ、条件を叩きつけた。
一応リージアが怠けている間でも、傭兵としての仕事を受け続けて生活費を稼いでいた。
流石の彼女もヒモ状態でいる事に罪悪感が有ったのか、少し考えこむ。
「わ、解ったよ」
「よし!決まりね!」
「見た事無い位嬉しそう」
リージアの言う通り、フォスキアは見た事無い位の笑みで指を弾いた。
――――――
翌日。
リージアはフォスキアに連行に近い形で、外に連れ出された。
中世ヨーロッパ風の街並みに、多種多様な種族の入り乱れる街道に放り出され、リージア顔を少し青ざめる。
「う~、人間いっぱい、いやだ~」
「アンタ、最初にこういう風景見た時のテンションどこ行ったのよ」
「慣れてどっか行った」
以前同じような景色を見た時は見境なく喜んでいたものだが、それはどちらかと言えば初めての物を見て興奮していたせいでもあった。
以前までは異世界人と元の世界の人間は別と割り切っていたが、今はどうしても混同してしおり、繁華街レベルの人混みにはどうしても酔ってしまう。
「……もう、しっかりしなさいよ、せ、折角ので、でで、デートな訳だし」
「……デート」
顔を真っ赤に染めるフォスキアの方を振り向いたリージアは、今の彼女の姿を目にする。
今のフォスキアはデートと言う事も有って、以前アリサの作った赤黒いスカートアーマーではなく私服。
肩や胸元の開いた服に、深めのスリットが一つ空いたロングスカートと言う、自分の武器を良く理解しているコーディネートだ。
と言うか、リージアに対する攻撃力を高めたファッションと言える。
「(いやよく見たら恰好ヤバ、何この視線専用の磁石みたいな恰好、私なんかの為に準備しすぎでしょ!いや、そう言えば、先月辺りから進めてたかも、だって、あんな服最初無かったし!なんか化粧品みたいな物増えてたもん!)」
彼女の魅力と言う名の攻撃力を上げているのは、何も服装だけではない。
先月からフォスキアはこの日の為に準備していたらしく、今日の服だけでなく化粧品まで買いそろえていた。
この世界では普通に高級品である化粧品を薄っすらと施すことで、彼女の色っぽさをより際立て、肩から下げているショルダーバッグがおしとやかさを前面に押し出している。
今すぐにでも抱きしめたい位の彼女は、通行する全ての人間の目を引き付ける磁石のようだ。
女性であれば一度は憧れる美しさと言う感想を抱きながら、リージアは自分の服へと視線を移す。
「(それに比べて、私は……)」
完全に美女と呼べるフォスキアに対して、上下黒いジャージっぽい服装に大きめのリュックサックだ。
スタイルの方は戦闘重視で設計したのでスレンダーでしかない為それは置いておき、リュックの方もこれから買う物を入れるのに必要になるので仕方ない。
だが纏っているジャージっぽい服装は釣り合わないどころの話ではなく、恥ずかしさに襲われてしまう。
「……ヤバい、なんか改めて私なんかが貴女とお付き合いする何て、思い上がりにも程が有るって思えて来た」
「……ばかね、何言ってんのよ」
「ッ!」
自己嫌悪に陥って更に顔を青くしていたリージアは、今度は逆に真っ赤に染め上げてしまう。
何しろ、フォスキアの柔らかで大きな胸がリージアの腕に当てられたのだ。
しかも左腕にしがみ付くように寄り添ってきているので、明らかにわざと当てている
それだけ急接近して来た彼女は目を潤ませ、ホホを桜色に染めながら顔を寄せてきる。
「(ちょ、ちょっと!ヤバい!さっきまでの落ち込みがウソみたいに晴れて来る!)」
フォスキアの方が僅かに低い身長という事も有って少し背伸びをし、リージアの耳元へと柔らかな口を寄せてくる。
おかげで彼女の鎖骨や、押し付けられて形を変える胸元へ視線が吸い込まれる。
人間工学の研究で様々な骨格を見て来たが、彼女程美しく滑らかな鎖骨は見た事無い。
そして、何時もチラチラ見るだけだった柔らかく大きな彼女の胸部に釘付けとなってしまう。
「アンタ以外に、私と付き合える奴がどこに居るのよ?ホムンクルスだとか悪魔だとか、挙句にはサイボーグ?もう私エルフって呼べないでしょ?そんな訳わかんない奴ってわかってて付き合ってくれるの、アンタしか居ないわよ」
「ッ、そ、それは……」
聞かれるとマズイ単語のオンパレードだったという事も有って、フォスキアは耳打ちで話すが、必要無いレベルの囁きボイスがリージアの耳に襲う。
甘くとろけるようなトーンの言葉はほぼゼロ距離にあるリージアの耳をくすぐり、鼓膜を貫通して心臓へと電流のように突き抜けて行った。
くすぐったさと気持ち良さが同時にもたらされ、一瞬理性が飛びかけた。
「それとも、私とじゃ、嫌?」
「ッ!」
ただでさえ感情が爆発しそうだというのに、更に身体を押し付けながら足も絡めて来た。
しかもスリットから生の脚が現れ、程よくムッチリと筋肉質な太ももやふくらはぎが絡められる。
おかげでフォスキアの身体との密着度は向上し、体温や脈拍がより伝わって来る。
そんな色仕掛けの連続に、リージアは根負けしてしまう。
「わ、わかった、わかったから、せめて、人目の無い所で、やって」
「あ、ご、ごめんなさい」
リージアに諭された事で、フォスキアはようやく距離をとった。
しかも天下の往来でやっていた事も有って、通りすがりの人達にジロジロ見られている。
今のフォスキアの恰好も作用し、男性陣はもちろん女性陣からの目も痛い。
「はぁ、はぁ……」
「ちょ、調子に乗ったわ」
「もう、ジェネ爆発するかと思った(それより、男どもの視線も有る、そう言う恰好嬉しいけど、あんま他の奴に見られたくない)」
「そ、それじゃ、行きましょう、先ずは服屋よ、ちゃんとした服何セットか買いましょうね」
「わ、わかった」
少しオドオドとする二人は、最初の目的地へと移動を開始する。
今日の一番の目的はやはりリージアの服の調達であり、幸いこの町にはフォスキアもヒイキの店が有る。
そこへエスコートする為に、リージアの手を取る。
「そ、それじゃ」
「あ、ちょ」
「これ位なら、いいでしょ?」
フォスキアが行なったのは、もちろんリージアとの恋人繋ぎ。
確かにこれであれば普通に歩けるうえに、リージアも緊張感はそれ程感じない。
いや、正確には今も吐きそうなくらい緊張してはいる。
とは言え、先ほどの密着より遥かにマシだ。
「じゃ、行きましょう」
「うん」
色々有ったが、二人のデートはようやく開始される。
握られた手から伝わって来る暖かさと、彼女の鼓動が伝わり、これが現実である事をリージアに突きつける
「(……私、今、フォスキアと、憧れのエルフと、恋人繋ぎしながら、で、デート、してる、それに、フォスキアも、やっぱ、緊張してるんだ)」
隣で赤面している表情だけでも、フォスキアが緊張しているという事は十分わかる。
だが一番決定的なのは、繋いだその手。
肩と肩がぶつかり合う度、早まるフォスキアの脈がリージアの手に伝わって来るのだ。
「え、えっと、その」
「……な、何?」
とは言え、何か喋らなければ。
そんな使命感と責任感から、リージアは言葉をひねり出した。
目を合わせる事こそ無いのだが、何とかして話題を口にする。
「こ、ここここ、ここって、その、ふ、ふふ、服とか、良いの、売ってる、んだよね?」
「え、ええ、ここ、魔の森より、規模の小さい魔物の住み家になってる山が有って、そこにいろんな種類の蜘蛛とか、蛾とか居るから」
「蛾……あ、か、カイコ的な?」
「そ、そうよ、幼生体から取れる糸って、その辺のシルクより質が良いのよ、普段着としても防具としても」
「そ、そうなんだ」
この町の近辺には、良質な糸の取れる魔物が豊富に居る。
おかげで洋服やアクセサリー等を制作する事で生計を立てる職人が多く、貴族や国も個人の楽しみや交易の材料としてこの町は重宝されている。
だが、そんな難しい事まで考える余裕は二人には無く、先ほどから目を合わせておらず声も震え気味だ。
「……」
「……」
つい先日殺し合った仲である筈の二人だが、今やネメシスでの展望室の時のように初々しい反応ばかりだ。
何時もは人目の無い場所でイチャイチャしていたが、今は多くの人が行きかう環境。
視線を気にする余裕は無いが、やはり環境のあれこれは大きいようだ。
「(あ~、もう……フォスキア……何でそんなに優しくしてくれるの?)」
それに加えて、リージアの中のフォスキアへの好感度は右肩上がりだ。
普通に嫌われてもおかしくない事を何度もしているというのに、こうして恋人としていてくれる。
その優しさに依存してしまいそうになるが、そんな事を続ければ今度こそ捨てられる。
「(でも、彼女の優しさに甘えてばかりじゃダメだよね、だけど、今すぐフォスキアにしゃぶりつきたい)」
今すぐ路地裏にでも連れ込んで、強引にでもキスやら何やらをしたい。
彼女を見ているだけでそんな気持ちが膨れ上がり、自分を抑えるのに精一杯だ。
しかし自分の事ばかりを押し付け続ける何て、いくら恋人同士でも愚の骨頂でしかない。
「(ダメダメ!よし、絶対フォスキアが求めて来るまで、絶対に手は出さない!絶対!)」
フォスキアへの好感度低下はもちろん、追い出されるような事は絶対に避けるために決心した。
そんな風に心の中でゴチャゴチャ考えていたおかげで、フォスキアの方は完全に置いて行かれた状態だ。
「……ね、ねぇ」
「ッ!な、何?」
「……やっぱり、その、私だけだと、つまらない?」
「あ、え、あ、ああ、えっと」
先ほどの魔物の話題から、全く話す事無く十分ほど経過していた。
その結果もたらされたとてつもなく返答に難しい質問に、リージアはたじろいでしまう。
交渉や社交辞令的な返答はできるが、こう言った恋愛関連の話に経験は無い。
もちろん、つまらない、何て答えたらボコボコにされたうえで捨てられる事は明白と言う事は解る。
だが、しっかりと答えなければ、別れる事に成らなくても好感度急落は免れない。
「……そ、そんな事……ぜ、絶対、無いから!そ、そもそも、つまらない何て思う人と無理心中しようなんて考えないし!フォスキア以外の人何て考えられないから!!」
「……」
今思いつける限りの言葉でフォスキアを誉め、持ち上げ、肯定した、しかも公衆の面前で。
しかも、無理心中、何て単語を付けたせいで回りからナイフのように鋭い視線が向けられ、二人は余計に気まずい空気に包まれる。
そうなったせいなのか、顔を真っ赤にしたフォスキアは握っていた手を離す。
「わ、解ったから!は、早く行くわよ!お店、あそこだから!!」
「あ……」
ズカズカと進んでしまうフォスキアの後ろ姿に、置いて行かれたリージアは少ししょんぼりしてしまう。
「選択肢、ミスったかな?」
「……」
「あれ?」
落ち込みながら歩いていたリージアは、店の前で顔を両手で覆うフォスキアに追い付く。
今のフォスキアに渦巻く感情には恥かしさも有るが、嬉しさが勝っている。
首を傾げてしまうリージアを他所に、フォスキアは思わず今の気持ちを口に出してしまう。
「……好き」
「え?」
「な、何でもない!ほら、行くわよ!」
「あ」
両手を顔から離したフォスキアは、顔を真っ赤にしたまま入店して行く。
リージアから見たらかなり不機嫌に見えたが、とうの本人は羞恥と嬉しさで胸が一杯の状態だった。
そんなフォスキアの態度に胸を痛めながら、リージアは視線を上へと向ける。
「(やっぱり、選択間違えたかな?まぁ、それは、それとして……)服屋、か」
店名のつづられる看板を眺めながら、リージアは軽く硬直してしまう。
本日より最終回まで毎日投降いたします。