終戦と新たな一歩 後編
異世界転生がしたい。
リージアがそう思うようになったのは、殺した人間の数が三桁を超えようとした辺りだった。
暇つぶしで読んでいた小説に憧れ、知識と記憶はそのままに新しい人生を歩みたいと、心のどこかで願うようになった。
もちろんアンドロイドとしてではなく、人間として、である。
と言うより、人型生物になれるのであればエルフでも獣人でも何でもいい。
政府達が用意した土壌に埋まるのではなく、鳥が空を羽ばたくように自由に生きてみたかった。
しかしそんな事が叶う訳もなく、政府高官のワガママに応えるために身を削り、罪も無い人達さえもその手にかけた。
拒否も認められず、心を砕くような事を成し遂げて来た。
おかげで、今や人殺しに躊躇も罪悪感も無くなった。
そんな事から解放されるために、異世界に行こうが行くまいが、死を渇望するようになってしまっていた。
「……やっと、念願叶ったのかなー」
何となく異世界転生への願望を思いだしていたリージアは、一本杉の木陰で寝ながら空を眺めていた。
先ほどまでの戦意や殺意は無く、妙に心地よい脱力感が身体にのしかかる。
綺麗な木漏れ日を目にしながら脱力感に身を任せていると、その願いは叶って居ないという現実が視界に入り込む。
「……あ」
「ようやくお目覚めね、馬鹿女」
「……」
視界に入り込んできたのは、長い草色の髪をなびかせながら不機嫌そうに眼を細めるエルフの女性。
嫌と言う程見知った顔のおかげで、変な落胆に襲われてしまう。
「どうしたの?」
「いや、まさかエルフの顔見て、異世界転生できて無いんだな、なんて思う日が来るとは思わなくて」
「……悪かったわね、まったく」
いち早く起きていたフォスキアと目が合ったと言うだけで、リージアは現実に引き戻された。
どこにも転生していないうえに、身体もアンドロイドのまま。
しかもその事実を叩きつけたのは、異世界ファンタジーの象徴と言えるエルフだ。
「あはは、ゴメン」
「はぁ、それで?まだやりたい?」
「……ああ、もう良いかな」
隣に座ったフォスキアに合わせる様にリージアも起き上がり、木の幹をもたれかかりながら座り込む。
壮大な草原で揺れる草達に、その草木の香りを運んでくる柔らかな風に髪を撫でられる。
そして、優しく体に当たって来る木漏れ日の温かさ。
妙な脱力感も相まって、自然の温もりが戦意も何も拭い取って行く。
「なんか、こう、何だろうね?あえて言うんなら、賢者タイム?って奴かな?もうフォスキアと戦う気になれないし、死ぬ気になれない」
「ッ……そ、そう」
今の心地を話しながら、リージアはフォスキアの肩に頭を乗せた。
一瞬フォスキアの心拍数が上がった事を認知しながら、安らかに今の温かさを堪能する。
大気汚染何てされていない綺麗で朗らかな暖かい空気も良いが、今はフォスキアの温かさの方が断然いい。
自分で行動に移したというのに、今は殺さなくて良かったと思っている。
殺してしまっていれば、この温もりは得られなかったのだから。
「……温かい」
「……そう」
鼻から空気を大きく吸い込んだリージアの嗅覚センサーは、様々な匂いを検知する。
ゆらゆらと揺れる草原や、今二人の居る一本杉の香り。
それらに交じり、一際フォスキアの匂いは強く入り込む。
僅かな酒精だけでは無く、硝煙や焦げた鉄のような臭いまで混ざっている。
そんな嫌な臭いばかりではあったが、確かに感じ取れる女性としての匂い。
「(こう言うの、案外良いな~)」
ゆっくりと目を閉じたリージアは、他の五感でフォスキアを感じ取る。
触れている暖かさに、何時もよりわずかに早い鼓動、そして柔らかく落ち着く匂い。
それらがリージアにリラクゼーション効果を与えてくれる。
「……ねぇ、フォスキア」
「な、何?」
「……大気圏突入してた時、私達抱き合って悲鳴上げてたよね?」
「……ええ、今回ばかりはダメかと思ったわ」
「私も」
閉じられたリージアの瞼の裏には、先ほどの大気圏突破の様子が鮮明に映し出された。
もうエーテルも何もかもがカツカツになり、死んでもおかしくない灼熱を耐え続けていた。
そんな危機的状況の中で二人は抱き合い、己の生を懇願していた。
「あの時、私も死ぬかと思った、それで、その時、貴女を抱きながら、まだ、生きたいって、思ったの」
「……そう、必死に生かしたかいが有ったわ」
そう、あの時だけは、リージアも生きる事を望んでいた事に気付いたのだ。
まだ見えぬ死に怯えて、ただひたすらに生きたいと思っていた。
当時を改めて思い出した事で涙まで零れだし、なんとも情けない気分になってしまう。
「幻滅するよ、自分自身の変わり身に」
「……そう」
死にたくて今まで戦ってきたというのに、この気持ちの変わりようだ。
改めてその感情を自覚した事で、自分自身に幻滅してしまう。
そんな気持ちを募らせながら、リージアはフォスキアの腕に抱き着く。
「ちょ」
「だからさ、責任取ってよね?貴女が全部台無しにしたんだから」
「……」
責任転嫁になるかもしれないが、こんな風に気持ちが変わってしまった原因はフォスキアの存在しか考えられない。
随分前から彼女の事はイレギュラーと捉えながらも、上手い具合に自分の計画に組み込んでいたつもりだった。
だが、フォスキアは思っていた以上にイレギュラーとして深く影響を与えていたようだ。
それこそリージアの内面にまで影響を及ぼし、最終的に計画の失敗を誘発した。
もう彼女には、その責任を取ってもらうしかなかった。
というか、約束で生きなければならない事を除くと、現状のリージアの望む進路はこれ一本だ。
「そ、それって、その、改めてのプロポーズって事で、いいの?」
「……そうなるね、今は、兵士でも、反乱者でも無く、ただの貴女の恋人として、生きたい」
「そ、そう……不束者だけど、お願い、ね」
「……ありがと」
改めて告白を行ったリージアと、それを再び受け止めたフォスキア。
お互い顔は合わせなかったが、震えを帯びる甘い声で表情は何となく察した。
「(ヤバ、顔あっつ、今フォスキアに顔見られたくない)」
顔で焼肉でもできそうな位熱くなっており、表情筋も制御不能となってかなりニヤニヤしている。
何とも情けない顔になっていると、鏡を見なくても解る。
自分の現状を分析しつつ、リージアの目はフォスキアへと向けられる。
「(フォスキアも……あ、やっぱ同じなんだ)」
しかし、それはフォスキアも同じ事だった。
チラリと見た彼女の横顔は、トマトのように真っ赤になっている。
顔だけでなく耳の先まで赤く染まっており、顔も心無しか合わせようとしてくれない。
自分と同じように嬉しさと恥ずかしさが入り乱れ、感情が制御を離れている状態だ。
「ふふ……さてと、どうしよっか、この後」
「……一応モミザと、アンタの事連れて帰るって約束してるんだけど」
「うへ、そ、そうだよね……」
一応フォスキアは、リージアを連れて帰るとモミザと約束した。
このまま待っていればいずれ救援が駆けつけて来る事は間違いなく、見つけてもらえなくても回復すれば一緒に帰る事は出来る。
だが、今は帰ろうと考えてない。
気まずいというのも有るが、今は滅茶苦茶になっているメンタルを回復させたい。
というのは建前で、フォスキアと二人きりの生活を満喫したかった。
「も、もう少し、先延ばしにできない?そ、その内、自分で帰れば、問題無いだろうし」
「大ありよ、スーちゃんめっちゃ怒るわよ」
「そ、そうだけど……い、今は、その……ふぉ、フォスキアと、一緒に居たいって言うか」
「……もう、そ、それ言えば、許されると思わないでよ?」
「あ、バレた?」
「バレバレよ」
ここで待たないという選択肢を取れば、間違いなく司令官の怒りの雷は強く成る。
それどころか、先延ばしにすればするほど落ちる雷は激しくなるだろう。
それを考えれば、さっさと合流した方が身のためだ。
しかし、しばらく二人きりで居たいというのは、フォスキアも同じだった。
「ま、まぁ、でも、無事って事と、その内帰るって事にすれば、あの子もそんなに」
「……そうさせてよ、色々整理したい事も有るし」
「……全く」
「(まぁ、二割くらい事後処理とかの方が面倒だからなんだけど)」
「事後処理が面倒だからとかが無ければ、別に良いわよ、私も一緒に謝るから」
「あ、え?あ、あはは」
「(……当てずっぽうだったんだけど)」
普通に心を見透かされて驚くリージアと、それを察しながらも黙るフォスキアだった。
実際戦争というのは、事後処理が面倒である事が多い。
今回は政治関連の面倒は無いが、それでも大気圏突入で燃え尽きないようなデブリの回収等がある。
機械魔物達を使役する際のあれこれはレーニア達双子が知っているとは言え、労力はどれだけ有っても足りない。
その上置いて行かれた統合軍なども居れば、面倒は更に加速するだろう。
「……それじゃ、そろそろ行こうか」
「……行くって、どこによ?」
「あの島の基地だよ、艦隊作るのにナノマシンほとんど使っちゃったけど、スト姉達が回収してくれてればまた再稼働できるレベルだし」
リージアが示した目的地は、かつて調査チームが建造した基地。
アリサの手で九割以上がナノマシンで構築されていたので、今回の艦隊を作る際に辛うじて原型が残る程度に使用されていた。
だが、司令官達がナノマシンを回収していれば再稼働は可能だ。
彼女達の事なので、目立たない為にその島を根城にしていてもおかしくは無い。
「そう、でも、飛んでいくって訳じゃないでしょ?」
「そ、今回は徒歩だよ、もしくはこの世界の交通機関でね」
「交通機関ねぇ、そんな小洒落た物でもないけどね」
「あはは、まぁ異世界生活の現実を味わうのも一興かと思って」
「……」
以前は宇宙艇や母艦ネメシスが有ったので、移動は悠々自適のファーストクラスだった。
だが、今回は徒歩かこの世界の交通機関を使う予定だ。
折角観光に来た現地の物を味わおう、と言うような気分ではある。
リージアとしては夢を現実にしておきたい所なのだろうが、フォスキアとしては勘弁してほしい所だった。
「(正直、普通に歩いたり飛んだりした方が、気分的に良いんだけど)」
この世界の交通機関と言えば、馬車や蒸気船風の乗り物位だ。
いずれも貴族御用達の物であればまだしも、一般人の使用する物はとんでもなく乗り心地が悪い。
気持ちの悪い思いをしてまで長距離を移動するくらいであれば、歩いてのんびり行った方が良い。
「あ、そうだ、出発前に……」
「ん?」
あれこれ考えていたフォスキアの横で、リージアはおもむろにナイフを取りだした。
また何かしでかすのではないかと、一瞬身体をビクつかせたが、その刃先は木の幹へと向けられた。
コリコリと表面を削って行き、何やら英語で文字を彫った。
「よし」
「……リージア、ここに有りき……一体何から仮釈放されたのよ」
「う~ん、社会という牢獄?」
「上手いけど何か腹立つ」
「うへ」
「まぁ良いわ、それじゃ、私もっと」
映画のワンシーンを思い出しながら、フォスキアもリージアに同調。
更に言葉を書き加え、後に救援部隊が見つけるメッセージが出来上がった。
これに満足したリージアは立ち上がり、お尻を軽くはたく。
「よし、じゃ、行こっか」
「ええ」
フォスキアの事も立ち上がらせると、二人は歩みを始める。
最終的な目的地は、拠点の孤島だ。
だが、その前に色々と物資を得るために町へ寄る予定だ。
その事を脳裏に過ぎらせると、とある事に気付く。
「……そう言えば、ここ、どこ?」
「……さぁ」
一旦足を止めた二人は、改めてこの近辺を見渡した。
先ほどの一本杉以外マジで何も無く、近くには落下地点と思われるクレーターが有るだけだ。
フォスキアの記憶にも無い辺り、恐らく通り過ぎた事も無いポイントだ。
「……まぁいいわ、どこか道でも見つければ、それに沿って行けばいいだけだし
「そ、そんなんで良いの?」
「伊達に世界中回ってないわよ、あ、それと」
「あ」
とりあえず今までの旅で得た記憶を元にして目的地を決める事にすると、フォスキアはどこかへ行ってしまった大剣を呼び寄せた。
そこからともなく飛んで来た大剣はフォスキアの手に戻り、背中にマウントする。
「……便利だね」
「ええ、お姉さんには感謝よ」
以前の大剣は頑丈な位しか取り柄が無かったが、アリサが手を加えてから実に多機能となった。
色々と有ったが、彼女の存在が無ければ今この瞬間は無い。
その事に感謝しながら、二人は歩みを続ける。
「ま、とりあえず、これからよろしくねっ!」
「ッ」
笑みを浮かべたリージアは、フォスキアのお尻を足で軽く小突いた。
痛みこそ無かったが、急に蹴られて少しイラっとしながらも、これもアニメのワンシーンという事に気付いて反撃を加える。
「こちらこそッ!」
「ブっ!」
地味にムカついたので、少し強めに蹴り返した。
その結果、リージアの臀部のアクチュエーターに影響が出る。
蹴られた部分はそれなりに激痛が走り、歩き方も少しぎこちなくなってしまう。
「ちょ、い、いきなりやったの謝るけど、やりすぎ」
「あら、ごめんなさいね」
そんなこんな有りながらも、二人は軽く笑い合った。
これから有るかもしれない希望に胸を躍らせながら、二人は目的地を目指していく。
しかしその反面、雲った部分も有る。
「(……正直言って、統合政府の連中のやり方は、部分的に見れば本当に正しいって言うのが、ムカつくんだよね)」
穏やかな草原を歩く中で、リージアは政府達のやり方について考察を行っていた。
彼らのやろうとしていた事を短絡に言えば、政府の定める正しさのみを絶対の正義とする事だ。
それはつまり、国民を羊に見立て、政府はそれを導く羊飼いといった所だ。
「(人間は身勝手な動物だ、異なる正義、価値観が有れば、必ず争いがおこり、意見の対立が有る、だったら全てを一つに統合し、上からの管理を厳格な物とする、一見独裁だけど、合理的に考えればそれもまた正しい選択だ)」
何世代先も考えも思想も変わらず、掲げている正義さえ変わっていない。
常に合理的で滅びる事の無い道に政府が国民を導き続けるというのが、彼らの掲げる政策の究極系だ。
そうなれば、恒久的な平和は夢ではないかもしれない。
「(けど、それは自分達の世界だけで行うからこそ上手く行く、他の世界に押し付けるような事じゃない、せめて彼らが宇宙に出る事を諦めていれば、何とかなっただろうに)」
だが、彼らは自分達の面子を優先しすぎた。
宇宙での生活こそが先進的であるという考えを少しでも妥協していれば、わざわざこの世界に来る事は無かったかもしれない。
むしろ地上と宇宙の両方で協力しあっていれば、外宇宙への夢は諦める事に成っても、ここまで瓦解する事は無かったかもしれない。
「(……いや、やめよう、もうあんな奴らの事は考えたくない、この先の事も考えず、今はただ、フォスキアとの人生を楽しもう)」
もはや政府とのやり取りは過去の事と切り捨て、リージアは今の事だけを考える。
来るかもわからない未来何て置いておき、今のこの桜色の感情に入り浸る。
隣にフォスキアが居る、ただそれだけで幸せな気分になる。
「(ありがと、フォスキア、私に、こんな幸せな未来をくれて)」
改めて死なないルートに導いてくれたフォスキアに感謝しながら、リージアは新たな一歩を踏み出していく。
※お知らせ※
当作品をここまでご愛読いただき、誠にありがとうございます。
もう少しだけ続きますが、現在最終回に手がかかっている為、次の土曜日から最終回まで毎日投降を予定しております。
一年と少しと言う期間ではありましたが、最後までよろしくお願いします。