血濡れた純愛 後編
モミザ達の手によって破壊されたネメシスの装甲板の残骸の一つにて。
徐々にフロンティアの引力に引かれ、本体だったネメシスからも遠ざかるそこにはリージアとフォスキアが横たわっていた。
二人の寝込む場所はフォスキアの血で作られた池の上で、二人は立ち上がろうと力を籠めだす。
「グ、アグ!」
「ア、ガハ!」
もう二人の身体に燃料は残っておらず、起き上がるにも一苦労だった。
それでも二人は痛みを飲みこみ、気合だけで身体を支える。
その上で二人は突き刺さっていた物を引き抜くと、その辺に捨てて睨みを利かせ合う。
「はぁ、はぁ、はぁ、まだ、まだ終わって無いわよ!」
「はぁ、はぁ……私だって、終わる気は、無いよ!」
揃いも揃ってガタガタの状態でにらみ合い、全くつかない決着に憤りばかりを募らせた。
お互い既に先ほどまで見せた超人的な戦いはできず、精々一般人の殴り合い程度だ。
それをわかっている二人は、威勢だけでどうしても前に出られなかった。
「でも……お互いガタガタ、とてもさっきまでの戦いなんてできないわよね」
「……そだね、どうする?諦めてくれるんなら、私も楽でいいんだけど」
「そうもいかないわ、折角勝敗の瀬戸際に来たんだから……でも、そうね……あ」
諦める何て事は癪であるフォスキアは、いい方法が無いかと考え出す。
とは言え、このまま殴り合っても泥沼でしかない。
実力もほとんど拮抗している時点で、また相打ちになる事は目に見えている。
悩むフォスキアは、不意に右の太ももの物に気付く。
「じゃ、これに、決めてもらうって言うのはどう?」
「え?……はぁ」
ため息をついてしまったリージアが目撃したのは、フォスキアの手に握られるリボルバー。
別れの餞別として渡したリボルバーを見せられ、彼女の考えは何となく察した。
もちろんリージアも新しく同じタイプのリボルバーを作り、それを腰に下げている。
であれば、やる事は一つだけだ。
「フォスキア、そればかりは考え直してよ」
「あら?勝つ自信ないの?」
「そんな訳無いよ、ただそんなのは、三輪車でF1カーに勝とうとするような物だよ、他の方法にしなよ」
やはりフォスキアが持ち出したのは、リボルバー同士の早撃ち対決だった。
一応聞きかじり程度にはフォスキアも銃の扱いを心得ているが、早撃ちだけは半ばリージアの専売特許のような物。
リージアの早撃ちの腕前は、比較的銃の扱いに長けているホスタを凌駕している。
そんな彼女を相手に、素人同然のフォスキアが相手に勝つ事は難しいだろう。
「大丈夫よ、そんな時はサ〇ヤ人並の脚力でこげば勝てるわ」
「……自分で例えといてあれだけど、そんな力でこいだらぶっ壊れて不戦敗だよ」
「良いのよ、その後で相手の車壊して運転手倒せば」
「良くないよ……まぁ話戻すけど、いくらちょっと教えたからって、ガンマンみたいな早打ち対決ができる程じゃ無いんだから」
「……そう、だったら、それでいいじゃない、それに、相手の一番得意な物で敗北を与えて心をへし折る、お姉さんの趣味の一つよ」
「……はぁ」
だが、フォスキアは忠告に聞く耳を持っていなかった。
それどころか、アリサの悪い部分に変な影響を受けて引くつもりが無いようだ。
あまり聞きたくない部分ではあったが、少し呆れながら懐を探る。
「はい」
「ん?」
あきれ顔のリージアは、フォスキアへと懐から取り出した物を投げ渡した。
それを受け取ったフォスキアは、手の上でそれらを転がす。
「……なにこれ?」
「オリハルコン製の強化弾、せめて弾丸だけは同じ条件にしてあげるよ、私のエーテルも、もう防御に回す程残ってないし、当たれば破壊できるよ」
「それはどうも」
リージアが投げ渡したのは、拳銃用に作られたオリハルコン弾。
エーテルの込められていない素の状態のリージアの義体であれば、十分破壊できる威力を持っている。
それが六発渡され、早速通常の弾丸と交換していく。
敵に塩を送った形となったが、リージアの内心は喜びが脹れて来た。
「(ま、別に良いか、これで私の望みは叶う、未来永劫ずっと、フォスキアと二人だけ、あはは)」
自分に圧倒的有利なこの状況を活かさない訳がなく、リージアは恰好を付けて銃を回転させながらホルスターへ納める。
その頃には、フォスキアも弾の装填を終えて銃をホルスターへしまっている。
距離も程よく取り合い、二人は早撃ちの体勢入る。
「……ねぇ、リージア」
「……何?今更怖気づいた?」
「違うわよ……その、アンタ、この先の事とか、た、楽しみにしてたんじゃないの?」
「……例えば?」
「……あー」
緊張感をぶち壊すように話しかけてきたフォスキアの言葉には、いくらか心当たりは有った。
リンクされていない今ではどの事なのか解らなかったが、耳の先まで顔を赤くし、更には視線を逸らした彼女の様子で察した。
確かにフォスキアとの甘い蜜月を過ごせるのであれば、少し位生きても良いと思えてはいた。
だが、そんな願いは既に発散されていた。
「あはは、さっきリンクしたでしょ?私からしてみれば、実セって奴だよ、正直あれで満足しちゃった」
「……そう、そう言う所、生物と無機物の違いって奴なのかしらね?」
「そうかもね」
「なら、その身体に教えてあげるわよ、セイの喜びって奴」
話は終わったらしく、フォスキアは改めて構えた。
彼女の様子を前にして、リージアもリボルバーへと手をかける。
特技とは言え、ここで慢心してしまえば負ける可能性だってある。
「(……獅子は兎を狩る時も本気を出す、それに、相手を見くびっちゃいけないって、貴女も言ってたしね)」
一緒にゴブリンの巣へと殴り込んだ時の事を思い出し、リージアはほほ笑んだ。
三か月程度しか一緒に居なかったが、それでもフォスキアは大きな影響を与えてくれた。
「お好きなタイミングでどうぞ(フォスキア、さようなら、そして、ありがとう、これからもよろしく!)」
「解った、わ!」
「ッ」
目を見開いたリージアは、フォスキアがいきなり銃を引き抜いた事を認識。
彼女と遅れる形で銃を引き抜くと、目にも止まらぬ速さで引き金を引いた。
二発の銃声が虚空にとどろき、鮮血が吹き荒れる、
「ウッ!」
「……あはは」
リージアの目が捉えたのは、顔から血を吹き出して地に伏せたフォスキアの姿。
それでもまだ生きているらしく、痛みに顔を抑えている。
勝利確定の笑みを浮かべたが、右手は変な激痛に襲われだす。
被弾した顔を抑えながら倒れる彼女を横目に、リージアは自分の右手に視線を落とす。
「……え?」
自分の手へ視線を落とした途端、リージアは目を丸めた。
何しろ手首から先は無く、残骸らしき物が近くを漂っている。
右手が無くなっている事に気付くなり、激痛に襲われて右手首の辺りを抑える。
「ッ!な、なん、で」
「上手く行った、みたいね……痛って」
困惑していると被弾した筈のフォスキアは立ち上がり、血で塗れた顔を見せつけて来た。
命中したホホから血を流しながらも、止血の為に傷口を抑えている。
もう再生に回せる魔力が少ないらしく傷の治りが悪いようだが、彼女であれば問題になるような負傷ではない。
その状態で銃口を向けられ、敗北を悟ったリージアは膝をつく。
「……何で、それに、私が、早撃ちでフォスキアに負ける何て」
「……」
状況を呑み込めないリージアは、先ほどの自分の行動を思い返した。
過去最速の早撃ちを披露し、フォスキアへと銃弾を放った。
紙一重の差では有ったが、確かに彼女よりも早く引き金を引いた。
その結果、弾丸はフォスキアのホホを掠め、リージアの右手は崩壊したのだ。
「そりゃね、貴女にマカロニウエスタン気取りの正攻法で勝てる訳無いでしょ、だから私が狙ったのは貴女の銃弾の方よ、私より身長の高い貴女から撃たれた弾丸なら、弾道は私方が低くなる、私の弾とぶつかり合ったら貴女の弾丸は上に行って急所の直撃は免れるし、代わりに私の弾丸は貴女の胴体近くに下がる、成功する保証は無かったけど、まぁ命拾いしたわ」
「……そ、そんな、デタラメな」
フォスキアに見下ろされながら、リージアは自分が負けた理由を突きつけられた。
理屈までは解るのだが、成功する保証の無い命がけのギャンブルだ。
思いついたからってやろうと思うのは、アニメのガンマン位だろう。
しかし、その説明だけで、はい解りました、とはならない。
「そんな事になれば弾丸の威力は確実に半減する、柔らかい貴女の身体ならともかく、私の身体がここまで損傷する事は……」
一番納得いかなかったのは、リージアの義体の損傷具合。
フォスキアの身体は体内のナノマシンが攻撃を防いでくれるとは言え、今の彼女もガス欠に近い状態だ。
そんな状態であれば、防御力も通常の人間程度に落ちてしまう。
ぶつかって威力の死んだ弾丸ではフォスキアを傷つける事は出来ても、強固なリージアの義体を傷つける程の威力は無い。
「簡単よ、私が弾丸にちょっと細工した、それだけよ」
「細工?」
「ええ、貴女、シャウルちゃんの話覚えてないの?魔法陣は単純な物程干渉して書き換えやすいのよ」
「ッ」
かつてゴブリンの巣で共闘した獣人の少女シャウルの話と共に、リージアは強化弾に刻んだ魔法陣の構造を思いだした。
大量生産用にとてつもなく簡素にしてあるため、フォスキア程魔法の知識の有る者からすれば書き換えるのは赤子の手をひねる様な物だ。
それも弾丸を受け取って込める程度の短時間でそれを成し遂げ、成功するか解らないギャンブルに出たのだ。
「それで弾丸が強い衝撃を受けた時に再加速する、そう言う風に書き加えさせてもらったわ、勿論、貴女の義体を破壊できる位の威力が出る位ね、それ位の魔力はギリギリ残ってたし」
「……」
「これで貴女の負け、約束、守ってよね」
「う、ううぅ」
ごたくは置いておき、結果的にリージアは戦闘不能となった。
その事実を突きつけられ、悔しさから涙を零してしまう。
今のリージアの脳裏を過ぎるのは、絶望ばかりの未来と、姉たちを殺された過去。
未だ過去のトラウマに縛られ、生きる事に希望を見出せていない。
そんな事に成る位であれば、先ほどの約束なんて反故してしまいたい位だ。
「……ほら、今ならスーちゃんもそんな怒んないだろうし、一緒に帰りましょ」
「……うん……フッ!!」
「ッ!?」
肩にフォスキアの手を乗せられると共に、リージアは隠し持っていたナイフを突き出した。
涙の雫をまき散らしながらの一撃は、フォスキアの首を掠めた。
首筋に赤い線のできたフォスキアは顔に青筋を浮かべると、現役軍人並の動きで反撃を加える。
「アンタ、いい加減しなさい!!」
「ブッフェッ!!」
顔面を鷲掴みにされたリージアは、受け身を取る暇も無く後頭部を残骸へと叩きつけられた。
足場の形が歪む程の力のおかげで、残骸の軌道は更にフロンティア側へとよってしまう。
しかしそんな事を認知する事無く、フォスキアは話をリージアへ怒りをぶつける。
「さっき言ったわよね!?私が勝ったら言う事聞くって!?」
「……貴女が何と言おうが、私は、もう、生きていたくない、私が死なない限り、私の戦争は終わらないんだから!」
絶望を断つためには、自分の中の戦争を終わらせる必要が有る。
そう思い込む彼女の自殺願望は底知れず、先の約束を反故するレベルだ。
涙ながらに自らの意思を告げたリージアは、またナイフを握る力を強める。
「……ばぁか」
「ッ!」
大粒の涙を流すリージアをそっと抱きしめたフォスキアは、さりげなくナイフを破壊。
フォスキアに抱擁され、一瞬思考を止めたリージアは彼女の温もりを受け入れてしまう。
接触で伝わって来る彼女の柔らかな体温は、凝り固まるリージアの心を僅かにほぐす。
「アンタの戦争はもう終わってるわよ」
「……何を言うかと思えば、終わらないよ、私がこうして生きている限り」
「終わってるわよ、あの人が、お姉さんが死んでから」
「……貴女も、モミザと同じ事言うんだね」
アリサが死んだ事で、もうリージア達の戦争は終了した。
それはモミザも言っていた事だが、そんな事で納得できる訳ない。
そもそもリージアの中の戦いが始まったのは、姉たちを殺されてからだ。
理屈の一つや二つで晴れる程、浅い物ではない。
「何も終わらない、お姉ちゃんが死んでも、あのクソ共が、私が生きている限り、何も終わりっこない、ただ振り出しに戻るだけ!アイツ等も機械と同じだ、平和を望んでおきながら、最後は必ず自分勝手になって自滅する、そう言う風になってるんだ!だから私が全部終わらせる!また同じ事を繰り返される前に!」
「……」
辺りに涙をまき散らしたリージアは、自分の中の考えを述べた。
堂々巡りばかりする人間達の何もかも終わらせるには、自分の憎む全てを殺す。
それがリージアの望みだが、フォスキアが認める訳無かった。
「フンッ!」
「痛ッ!?」
自暴自棄全開のリージアの額へ、フォスキアはヘッドバッドをおみまいした。
改めてフォスキアの顔を全面に押し出されて緊張するかと思ったが、鬼の形相の彼女には恐怖しか抱けなかった。
「あのさ、もうアンタ頑固通り越してただのバカよね?私の意見は無視?私の幸せはアンタと生きる事って言ったわよね?それなのに何?死にたい死にたいって」
「そ、それは」
「私を頼って、貴女は一人で生きてるんじゃない、どれだけ貴女が傷を負っても、私が無事な限り、貴女を絶対に見捨てたりしない、必ず傍に居るから」
フォスキアの意見は最初から変わる事なく、リージアと生きる事だ。
その意見は無視され、先ほどからイラ立ちしか無かった。
だが怒りは抑え、リージアの事を改めて優しく抱きしめる。
「だから、少しでもいい、私達の世界で生きてみましょう、私の幸せには、貴女が絶対に必要なんだから」
「……それでも、奴らが来ない保証はないし、またエルフ共が牙をむいてこないとも」
「……良いのよ、性懲りも無くまた来たら、私達でまた潰せばいいだけでしょ?」
「もう、脳筋すぎ」
観念したリージアは、フォスキアの抱擁を受け入れた。
フォスキアに負けない位強く抱きしめ、彼女の柔らかく温かな身体を堪能する。
まだぬぐえない不安は有るが、必要だと言ってくれる事にはやぶさかではない。
もう二度と味わう事無いと思っていた温かさに、リージアは包み込まれる。
「(暖かい、やっぱりこうしてると……ホント、熱い位……ん?いや、何だろう、なんか、マジで熱い?ん?心体より、足が……)
プラシーボ効果的な物と思っていた温もりに違和感を覚え、リージアは周囲を見渡した。
二人の乗っていたネメシスの残骸は、いつの間にか高温で熱された鉄のように赤く染まっていた。
しかも周囲は燃えているように赤くなっており、これは一つの事実を彼女達へ示していた。
この違和感にはフォスキアも気付き、彼女も辺りに目を配っている。
「ね、ねぇ、リージア、もしかしてだけど、私達落ちてない!?」
「もしかしなくともそうだよ!アッツ!ヤバ!大気圏突入してるこれ!!」
「ちょ、ちょっと!どうすれば良いのこれ!?」
「無理!燃料切れで減速もクソも無いから耐えるしかできそうにない!!」
通常であれば、エーテルフィールドを集中展開する事でこの熱を軽減する。
しかし、現在の二人は完全にカツカツの状態。
スラスターで無理矢理減速する事もできなければ逃げる事もできず、フィールドで熱を軽減する事もできない。
なす術も無く落下して行く二人は、ただ悲鳴を上げる事しかできなかった。
「イヤアアアアア!」
「ギャアアアアア!」
虚空と大気の間に絶叫を響かせる二人は、炎上に耐えながら落下して行くのだった。