イレギュラー 前編
モミザとソルダの戦いが始まった頃。
小惑星のようになった旗艦ハイリトゥムの残骸の上で、フォスキアは目を覚ましていた。
「……モミザ」
未だ気を失うリージアを介抱しつつ、モミザ達の戦いを目にしていた。
爆発に巻き込まれた時に流れ込んで来たリージアの意識には、何やら不穏な物が混ざっていた。
その事を思い出しながらモミザに気をかけていたが、かなりマズイ戦況になっている。
「(リージアから流れて来た思考によると、あの激ヤバ砲の発射まで後五分くらい、あそこまで私の足でも五分以上かかる)」
今すぐにでも駆け付けたいが、フォスキアの脚では主砲の発射には間に合わない。
これでは、全てリージアの思惑通りになってしまう。
もはやリージア自身にも止められないらしく、今の彼女がどう思っているかは置いておき、問題の解決方法を模索する。
「(どうしたら)」
頭をひねり、過去の映像も参考にしながら解決方法を模索する。
こうしている間にもチャージは進み、モミザも苦しんでいる。
アリサのアーマーを纏うソルダの実力はかなり上がっており、モミザ一人では圧倒されているのだ。
他のアンドロイド部隊も主砲への攻撃に参加しているが、壊れる気配はない。
焦る要素が多すぎる状況で、一つの可能性に気が付く。
「あ……試して、見ようかしら?」
思い出したのは、タラッサの町での出来事。
その時は深海に潜行していた母艦ネメシスにリンクし、ホスタへ狙撃場所を伝達した。
当時の事を何とか再現できないかと、フォスキアは髪飾りを外す。
「……グッ!!」
髪飾りを外した瞬間、フォスキアの頭に大量の人間の思念が流れ込んだ。
怪我で苦しむ者や、友人や身内の死に悲しむ者に、怒り憎む者達。
久しぶりに感じる気持ちの悪い感覚だが、過去に類を見ない程に重たく辛い。
それを掻い潜りながら、モミザの事を探し始める。
「(モミザ、お願い、届いて)」
賭けではあった。
アリサシリーズの端くれであるモミザも、リージアやアリサと同じ事ができる。
それは理解しているが、有効範囲までは解らない。
仮に届いても、これだけ人の思念が入り乱れている所で彼女と上手く同調できるか解らない。
不安要素は多いが、それでもフォスキアはモミザの事を探す。
「(流石に頭が痛いけど、もうこれ以外に方法が無い、お願い、成功して)」
淡い祈りを乗せながら、フォスキアはモミザとのリンクを試みる。
――――――
その頃。
主砲の発射時間が迫る中で、モミザはソルダとの戦闘を続けていた。
「(クソ!速い!!)」
アリサが愛用していた日本刀を用いた絶え間ない連続攻撃で、モミザはどんどん追い詰められて行く。
剣速はモミザの反応速度でギリギリ捉えられるレベルなうえに、パワーも衝突する度に薙刀や義体の各所も悲鳴を上げている。
元々のソルダの実力は解らないが、先ほどまで互角だったサクラを圧倒する程のパワーアップは遂げている。
「クソ!元々人間を取り込む予定だったみたいだが、よりによって最悪な奴に渡っちまったって事か!!」
この最悪な状況に腹を立てながら、薙刀全体で猛攻を防ぎ止め続ける。
諸共切断されそうな程の衝撃を受け続け、薙刀は過去に類を見ない程壊されていく。
武器の衝突によって火花が飛び散り、更には破片までもが辺りに散らばる。
「チッ!!グア!!」
圧倒的な猛攻によって長年愛用してきた薙刀は破壊され、丸腰状態となった所で腹部に鋭い蹴りを入れられた。
背後の小惑星を砕きながら吹き飛んでいき、最終的にネメシスの装甲をぶち抜いて船内に入り込む。
そして船内に積まれていたコンテナがクッションになってようやく止まったが、積まれていた物が雪崩のように降りかかって来る。
「あダダダ!だ、テ~、あ、グ、ペッ、弾丸口入った、って、ここ、貨物室か」
どうやら貨物室に入り込んだらしく、コンテナに積まれていた大量の武器弾薬がぶちまけられた。
ついでに何か使えそうな武器が無いか探すが、いずれも通常兵器ばかり。
とても今のソルダに対抗できそうな物は見当たらず、下手をしたらこのまま素手で戦う事に成る。
「(……使えそうな武器は無い、いや、武器変えただけであれに勝てるなら、苦労は無いな……チクショウ)」
それ以前に、もう武器の優劣だけで勝てるかどうかの領域ではない。
性能面や技量さえ、今のソルダの足元にも及ばなかった。
E兵器の悪用を未然に防ぐ安全弁のような役割を与えられているというのに、最後の最後でこの体たらくだ。
しかも大見えを切っておきながら、こうして圧倒されてしまった。
「……もうカップ麺作る時間しか無ぇ、所詮俺は、ガラクタか」
弾薬や武器の上で脱力してしまうモミザは、ほとんど諦めてしまった。
ただでさえリージアを止められずに自己嫌悪に陥っていたというのに、ここに来て完全に挫折してしまう。
何もできない自分を嫌になりながら、静かに涙を流す。
「クソ、情けねぇぜ……グ、ウ、ウゥゥ」
両手で目を抑えて涙が零れない様にするが、すぐに手からあふれ出てしまう。
もう望みも無く、このまま消えてしまうしか道は無い。
だがリージアと心中できるというのであればそれでいいと、完全に開き直ってしまう。
『馬鹿!何弱気になってんのよ!?』
「ッ!?ふぉ、フォスキア?」
意気消沈のモミザを引っ張り出したのは、何とか交信に成功したフォスキア。
実際にその場に居る訳ではないが、モミザの目には緑色の光で構成された彼女の姿が映る。
ホログラムのような状態の彼女は、半分疲れた表情を浮かべながらも怒りを露わにする。
『頭痛いの我慢してようやく見つけたと思ったら!何いじけてんのよ!?リージアの愚行を止められるのは、もう貴女だけなのよ!』
「ああ、だが、もう無理だ、俺の力じゃ、もうどうする事もできない、武器も無いしな」
『……あのね、貴女だってアリサの妹、リージアの姉でしょ!だったら、私が居れば何とかなるでしょ!何のためにこうして来てあげたと思ってるの!?』
「あ……そうか、俺も、俺もアイツ等のように」
同じアリサシリーズであるのなら、姉妹達と同じ事ができて当然だ。
フォスキアに諭されたモミザの目に再び光が宿り、その希望にすがろうと手を伸ばす。
しかし、その手は見えない力で阻まれる。
『その手、先ずは向こうに向けなさいよ』
「は?」
『さっきアンタ、武器が無いって言ってたけど、そこに最後の武器が有るでしょ?』
「え?……あ、あれは」
最後の武器が有ると、フォスキアは指をさした。
散らかった貨物達の山の中から、モミザは最後の武器を見つけ出した。
それに笑みを浮かべ、改めてフォスキアのホログラムと目を合わせる。
「成程、けど、どうやって見つけたんだ?」
『割と前からアンタの視界に有ったわよ』
「そ、そうか……」
どうやら諦めすぎていて、周りが見えていなかったらしい。
その事を指摘されながらも、モミザは改めてフォスキアへ手を伸ばす。
それに合わせ、フォスキアも手を取る様にその手を差し出す。
「ありがとうな、アンタに逢えて良かった」
『ええ、私の方こそありがとう、終わったら一杯やりましょう、皆で』
「ああ、義体改造しとく!」
戦意に再び炎を宿したモミザは、フォスキアの手をとった。
目の前のフォスキアはある種の幻影のような物だが、握られたその手は確かな感覚と温かさを持っていた。
その温かさに気持ちを奮い立たされながら、武器を手に取って船外へと飛び出した。
――――――
その頃。
モミザが一時戦線離脱した事によって、暴走状態のソルダは主砲を攻撃するメンバーへと狙いを変えていた。
後三分程で主砲を破壊しなければならない状況で混乱しているというのに、彼と言う最後の防衛線が更に現場を余計にかき乱す。
「ちょっと!あの大口叩いた副長はどこ行ったのよ!?」
「さっき船内に吹っ飛ばされて行きました!」
「無駄口を叩くな!それより、あの化け物を止めるぞ!」
モミザの一時離脱を受けた事で、代わりにストリクス隊の三名が応戦していた。
だが小回りの利く相手には相性が悪い上に、如何ともしがたい実力差に手を焼いている。
ホスタのドローンを用いた一斉掃射や、サイサリスの弾幕は全て掻い潜られてしまう。
接近戦を挑むゼフィランサスさえ、片手を失っている事を差し引いても返り討ちにあってしまう。
三人を手玉にとりながらも、ソルダはそのスピードを活かして他の隊員隊達もその手にかける。
『こちらスイセン!既に護衛部隊は半数を撃破されました!こちらも航行不能です!!』
『こちらヘリコニア!攻撃不能~!』
『ベゴニアだ!全弾撃ち尽くした、ブースターもやられて身動きが取れない!』
『壊滅状態だ!マズいぞ!』
『畜生!もうこれで終わりなのかよ!?』
「おのれ!」
多くの隊員達が戦闘不能になった通信が届けられ、ゼフィランサスは苦虫を食い潰したような表情を浮かべた。
ここに来るまでの戦いで消耗していたとはいえ、彼女達も精鋭である事に変わりない。
だというのに、一分程度でストリクス隊の三人以外を制圧してみせた。
トドメこそ刺していないが、最終的に全員消される事になるのだから同じなのだろう
だが、これ以上攻撃の手を緩ませないためにゼフィランサスは剣を握り締める。
「ッ、モミザ!早く戻って来い!ッ!!」
淡い期待と願いを込めて叫んだ頃には、ソルダの間合いに入り込んでしまっていた。
彼の攻撃が届く範囲まで接近されてしまえば、もう下がる位しか選択肢は無い。
だが、もうそんな事をしている余裕は無い。
スラスターを吹かせようにも、その操作を行っている内に両断される。
「クッソ!!」
悩んでいる内にソルダの刀の一撃はコックピットに到達し、ゼフィランサスはダメ元で身構える。
ストリクスの装甲を両断するような一撃をゼフィランサスの装甲が受け止められる訳無い事位解る為、今回ばかりは流石に死ぬ覚悟をしてしまう。
「(これまでか!)」
「させるかー!!」
片腕に刃が食い込むと共に、横やりを入れたモミザによって救助される。
義体の電磁装甲は破られ、中の配線も少しやられたが何とか九死に一生を得た。
生存に胸をなで下ろしたが、そんな場合では無いと気を引き締める。
「ふぅ……モミザ!無事か!?」
「ああ、さっきまでしょげてたが、今は絶好調だ!」
ゼフィランサスの前に立ったモミザは、青いオーラを纏いながら気持ちを露わにした。
先ほどまでの彼女の声はどこか落ち込んでいるように思えたが、今は快活さがあふれ出ている。
「……やれるのか?」
「当然だ、今の俺なら、負ける気はしない」
勝利宣言をしたモミザは、手にしていた太刀を構えた。
リージアお手製のE兵器を配備させてから、すっかりホコリを被せてしまっていたバルバトスの遺品だ。
予備兵装としてネメシスの武器庫に積んでいたが、先ほどモミザが突っ込んで散乱した物資の中に紛れ込んでいた。
それを破壊された薙刀の代わりに拝借し、再び戦場に立ったのだ。
「頼むぞ」
「任せろ!」
彼女の戦意に期待し、ゼフィランサスは下がった。
周りの安全を確保した事を見たモミザは、ソルダへと敵意の籠った目を向ける。
「よぉ、さっきはよくもまぁ、やってくれたじゃねぇか」
やる気満々の表情で、モミザは視界の隅に表示されているタイマーを確認した。
現在リンクしているフォスキアから送られて来たデータを元に、主砲発射までのカウントダウンを始めていた。
残り時間は二分をきり、この限られた時間でソルダを撃破、その後で主砲を完全破壊しなければならない。
『やれそう?』
「ああ、今の俺なら、一分、いや、三十秒で、奴を撃破できる」
現状ソルダを殺す必要は無い。
戦闘不能にまで追いやってしまえば、残りの時間を主砲破壊に割く事ができる。
とは言え手加減できる相手ではないので、殺す結果になるとしか思えない。
リンク中のフォスキアの質問に答えながら、モミザはソルダとの間合いを詰める。
「やって、やるぜッ!!」
一瞬にして互いに正面から衝突したが、その速さは周囲のアンドロイド達の認識しきれない物だった。
あまりに早い一瞬過ぎた故に、センサー類ですら捉えきれていない。
そんな速さを叩き出し続ける二人は、宇宙空間を縦横無尽に駆け巡りながら切り結ぶ。
「(チ!姉貴の装備使ってるからって、今の俺と互角とかふざけてんのか!?)」
『多分ネメシスのリアクターと同じ原理ね、人の脳波とリアクターを反応させる事で、性能を引き上げてるのよ』
そもそもソルダの実力は、アンドロイド部隊最強であるサクラと同等。
増設されたエーテルリアクターと彼の脳波が反応し、性能が数倍に跳ね上がった飛行ユニット。
それらが掛け合う事で、今のモミザとも肩を並べる実力を引き出されている。
「だったら、力技で押し通してやるよ!!」
性能では同等であっても、モミザのスタイルに技術云々を持って来る事はできない。
彼女の得意とするのは、姉妹の中でも比較的秀でた出力を用いたパワーファイト。
その長所を徹底的に武器として扱い、パワーで押し通す事に決めた。
フォスキアとのリンクによるパワーアップを信じて、モミザは固く握り締めた左手を繰り出す。
「くらい!」
突き出した左手は刀で防がれたが、その衝撃は凄まじい物だ。
打撃も得意とする彼女の重たい一撃により、ソルダは受け身を取りながら後方へと下がって行く。
そして間髪入れる事無く、以前から憧れていた技を繰り出す。
「やがれ!!」
大量のエーテルを流し込んだ太刀を振り抜いた事で、その太刀筋を模った斬撃が出現。
アリサの特技をまねて繰り出した青い斬撃は、ソルダへと接近して行く。
しかし、その一撃はすぐに体勢を整えたソルダの刀の一振りで両断される。
「クソ、けどまだまだ!!」
攻撃を防がれる事は想定していたかのように、モミザは何度も太刀を振り抜いた。
その数を同じ量の斬撃が放たれるが、ソルダはそれらを次々回避して接近してくる。
おかげで彼のルートも限定されたおかげで、モミザの思った通りの攻撃方法を行えた。
「(良いぜ、このままだ!!)」
内心笑みを浮かべたモミザは、太刀をナイフのように軽々と扱いながら戦闘を行う。
牽制による攻撃を繰り出しては、左右に持ち替えつつ、逆手にも持ち替える。
一見トリッキーな戦い方であるが、持ち方を変えただけのパワー押しだ。
向上した素早さを用いて刃を叩きつけ、防御も行う事無く反撃もあえて受ける。
「(このまま、このまま!!)」
防御や回避はかなぐり捨て、バルバトスの太刀の頑丈さも信じながら力押しを続ける。
フォスキアとのリンクで生成量が膨大となったエーテルは全て義体の出力へと回し、ただ一貫して攻め続けてソルダを追い込んでいく。
「(攻めろ!攻めろ!反撃の隙を与えるな!間合いを開けさせるな!息さえ、まばたきの間さえ許すな!!)」
傍から見た今のモミザは、まるで複数の太刀を同時に扱っているような錯覚に陥る程の速さで攻撃を続けている。
その一撃一撃は義体の駆動系やフレームに深刻な負荷をもたらしており、リージアと違って自己修復機能を持たない彼女には大問題だ。
だがそんな事を気にしている状況ではないと言い聞かせながら、反撃すら許さない間隔の連打を繰り出す。
「押し通る!アイツ等への劣等感も、貴様も!全て押し通ってやる!!」
今まで抱いていた劣等感さえも切り裂くように、モミザは太刀を全力で振り下ろした。
その一撃は先ほどまでのどの連撃よりも重く、ソルダの握り締めるアリサの刀に刃が食い込む。
太刀の刃の食い込んだ箇所を起点に大きくひび割れたアリサの刀は、まるでガラス細工のように砕け散る。
「くたばりやがれぇぇ!!」
その一撃はアリサの刀の破壊だけにとどまらず、その奥のソルダの肩へ到達。
肩部のアーマーを砕き、そのままソルダの身体を一刀両断した。
『やった!』
「おし!後一分強か、あのデカブツをやるぞ!!」
ソルダの撃破を終えたモミザは、その足で主砲を破壊する為に移動する。