ネメシス攻略戦 後編
司令官からの通達がスイセンに送られる前。
サクラ達の戦いに巻き込まれたモミザは、ケルンやアーマードパック達の瓦礫の中で目を覚ます。
「ッ……この、この」
瓦礫から這い出ようとするモミザは、ノイズの走る視界を無理矢理戻す為に自分の側頭部を軽く叩く。
荒療治によって取り除かれた視界で、モミザは目の前の激戦へと目をやる。
「……クソ、アイツ等、勝手に楽しみやがって」
目の前ではアーマードパックを脱ぎ捨てたサクラとソルダの二人が、飛行ユニットだけで一騎打ちに興じている。
ソルダの方はヘルメットで表情を読み取る事はできないが、ノーヘルのサクラの表情はとてつもなくイキイキとしている。
どう見てもモミザを救助しようなんて気は毛頭無いようで、一度たりとも目が合わない。
彼女から手を差し伸べられる事を諦め、モミザは自力で瓦礫からの脱出を試みる。
「フンッ!」
義体全身に力を入れ、自分の背に乗っている瓦礫たちを掃い除けた。
近くに埋もれていた自前の薙刀も回収し、半ば呆れながら二人の方へと目を向ける。
片や統合軍最強のクローン兵士のソルダと、もう片方はアンドロイド部隊最強の個体であるサクラ。
二人の最強の戦いは、とても苛烈な物となっている。
お互い一歩も引く事無く、一進一退の攻防は思わず見入ってしまう。
「(凄いな、あのソルダ?とか言う奴、あの聖剣使ってたエルフと同レベルの剣技だ、しかもサクラはエーテル使っていない義体だってのに互角でヤリやってやがる)」
ソルダの両手には大きさの異なる日本刀が一本ずつ握られ、二刀流を駆使しながらロングソードを駆るサクラと互角に切り結んでいる。
しかもソルダの技量は以前戦った聖剣使いのエルフ、アスガルドと同格だ。
そんな彼を相手に、活動時間も限られ、全体的な性能もモミザ達アリサシリーズに劣る一般的な義体で立ち向かっているのだ。
「楽しい!楽しいぞ!貴様とはもっとやり合いたい!ここで殺すのは惜しい!いっそこっちに来ないか!?」
『黙れ!誰が貴様なんかの傀儡になるか!』
「傀儡ではない!共に強さを極め合う者同士として戦い続ける仲になろうというのだ!」
『気持ちの悪い事を除け抜けと!』
「(ていうかサクラって、何時もあんな感じなのか?)」
モミザもサクラの戦いを見た事は無い為、半ば幻滅的な気分を覚えた。
完全にとは行かなくとも、できればお近づきになりたくはない、と言う気持ちはソルダと同じ物だった。
モミザの中のサクラへの人格面の評価が下がり始めると共に、二人は刃をぶつけ合った状態で硬直する。
鍔迫り合いとなる二人は互いに睨みを利かせるが、それは別の物に気を取られるソルダによってすぐに終わる。
『このっ……ッ!?あれは!!』
「どわ!」
「何だ?」
サクラの事を蹴り飛ばしたソルダは、自分の旗艦が見える場所へと移動する。
なにやら慌てた様子の彼の姿に首を傾げたモミザも、ソルダの隣に立つ。
『あ、ああ……』
「……おっと、向こうも終わりか」
どうやら旗艦が墜ちた事に気付いたらしく、ソルダは膝から崩れ落ちてしまった。
ソルダがどれだけ強くても、旗艦が墜ちてしまえばそれで敗北、ここで終わりという事は変わりないようだ。
だが、先ほど蹴り飛ばされた戦闘狂はそう思っていないらしい。
「おい!私との決着がまだついていないだろうが!何してやがる!?」
「待てサクラ!敵の旗艦は墜ちた、これで終わりだ」
「知った事か!退け!」
『……』
完全に決着をつけたいサクラとしては、戦争の勝敗はどうだって良いようだ。
流石に戦争が終わっても戦いを続ける事には反対である為、モミザは戦闘狂の事を抑え込む。
そんなモミザの気持ちとは裏腹に、背後でソルダはゆらりと立ち上がる。
『おい、確かサクラとか言ったな?』
「ッ、何だ?続きをやる気になったか?」
『……はぁ』
何とも恍惚な笑みを浮かべたサクラを前に、ソルダは二本の刀を力強く握り締める。
旗艦が墜ち、守るべき存在であるガラシアも死んだ可能性が有る。
例え彼が死んだとしても、このまま捕虜になるつもりはない。
『確かに旗艦は墜ちた、もう統合政府は終わりだ、だが、俺はこのまま終わるつもりはない!せめて貴様らガラクタを、一機でも多く破壊してやる!』
「ほう、面白いな!」
「はぁ、精々仲良く喧嘩してな」
改めて刀を二本握ったソルダは、サクラと対峙する。
二人の邪魔にならない様にモミザは離れると、戦闘が再開された。
戦争が終わった事もあって、ホホ杖をついて座り込むモミザは再び傍観者としての立ち位置をとる。
「やれやれ、元気なこった」
戦争の終わりに気を緩ませながら、モミザは二人の戦いを眺める。
もう必要のない戦いではあるが、二人の中では必要な戦いなのだろう。
サクラは単純に戦いたいだけなのだろうが、ソルダの場合は軍人の意地のような物だ。
観戦を続ける彼女の目は、偶然にもネメシスの主砲を捉える。
「……ん?(そう言えば、主砲ってあんな形だったか?てか、何だ?あれ?)」
頭部を破壊された筈のネメシスは稼働を続け、主砲を構えだしていた。
よく見れば形状が若干異なっており、何か小型艇のような物が主砲へと近づいている。
何かと思いながら、モミザはズーム機能を用いる。
「(……小型艇?しかも生体反応がある、誰が乗っているんだ?)」
モミザの見つけた小型艇は、主砲へと格納されていく。
生体反応から誰かが乗っている事は明らかだが、今の所心当たりがない。
「(あの野郎、変な事考えてない、よな?……あ?通信?ガンシップからか)
妙な不安に駆られていると、モミザの義体はガンシップからの通信を拾った。
さっきの衝撃や周りのエーテルのせいで通信環境は悪いが、ノイズのかかった音声であれば何とか聞こえる。
『……ソイツの発射を何としてでも阻止するんだ!失敗すれば、私達だけでなく、統合軍も、下手をすればフロンティアさえも、全てが消え去るぞ!!』
「何だと?一体何が」
戦闘を再開したサクラ達は置いておき、モミザは司令官の声に集中する。
司令官がここまで焦る事は滅多にない為、一字一句を聞き漏らさないように耳をすます。
『ソイツは我々姉妹の最重要極秘事項の魔法陣、名称を変えていなければコラプサーカノンだ、指定の場所に超高重力場、つまりブラックホールを形成する代物だ!』
「……」
司令官からの通信で、モミザは思考を停止させた。
ほとんど忘れていたが、記憶の片隅にそんな危険な物が有ったのは思い出した。
徐々に意識が鮮明になって行き、モミザは勢いよく立ち上がる。
「クソ!アイツ、何が何でも自分ごと政府連中をやるつもりか!」
司令官の話を聞き終える前に、モミザは立っていた床を破壊した。
リージアの最終手段を潰すには、リアクターか主砲を潰す事というのは彼女も認知している。
急ぐために正規の手順では無く、隔壁や設備を破壊する事で進む。
――――――
モミザがリアクターへと向かった事なんてどうでも良いかのように戦闘を続けるサクラは、死に物狂いで戦ってくるソルダと楽しんでいた。
「カカカ!良いぞ!お前は頑丈だからな、お楽しみが絶えない!私と戦い続けようぜ!!」
『お断りだ!たとえ最後の一兵になろうと、俺は貴様らを破壊する!!』
熾烈を極める二人の戦いは、未だに決着がつかずに居る。
それどころかこの激しい戦いに二人の得物が付いて行けず、衝突と共に両者の武器は崩壊した。
「チ、脆い武器だ、ここからはシンプルな殴り合いだ!!」
『上等だ!俺の拳で粉砕してやる!!』
壊れた武器と飛行ユニットを捨てた二人は、泥臭い殴り合いを開始する。
一見すると金属製の身体を持つサクラの方が有利に見える戦いだが、ソルダのアバラ骨への一撃が耐久度のハンデは無いと悟る。
「さっきもそうだったが!お前傷の治りが早いな!」
『当然だ!俺は戦うために生まれて来た!簡単に前線から離れないように、この身体は頭さえ無事なら再生され続ける!!』
殴り合いを続けるサクラが思い出すのは、先ほど墜落した機体から脱出してきたソルダの姿。
四肢が変な方向を向いていようが、パーツの破片が突き刺さっていようが、彼の身体の傷は短時間で回復した。
見間違いでは無い事を証明するかのように、先ほど殴って折ったアバラの骨は既に治っている。
「そいつは良い事を聞いた!だったら顔は狙わないでやるから、もっと私と戦おう!!」
『それは無理だ!何故なら俺が貴様を破壊するからだ!!』
互いに拳を振りかぶり、同時に強烈な打撃を入れようとする。
戦いに夢中になったせいで、二人の様子を伺う謎の影に気付かず。
――――――
その頃。
モミザがリアクターの破壊に向かう中で、宇宙空間では主砲の破壊に専念していた。
戦いで消耗した火力を無理矢理引き出しながら、彼女達は主砲への攻撃を続ける。
「何なのよこれ!?全然壊れる気配無いんだけど!!」
「泣き言言ってる暇が有るんなら攻撃を続けてください!」
サイサリスの持つランチャーの一斉砲撃や、ホスタの連結されたレールガンによる砲撃。
更にはガンシップからの大量のミサイル群を受けても尚、主砲は傷一つ付く事がない。
護衛の部隊として来たカローラ達も絶えず攻撃を行っているが、こうして居る間にも主砲を包む光はどんどん輝きを増している。
そんな主砲へと、ゼフィランサスは突撃する。
「このデカブツが!」
一気に間合いを詰めたゼフィランサスは、背部のウィングを展開。
巨大なエネルギーの刃を形成し、膨大な推力に乗せて振り下ろす。
「グッ!」
しかし、彼女の背中の刃は弾かれてしまった。
傷の一つも付けられなかったが、背中に伝わって来た感覚には覚えがある。
その事に目を見開いていると、彼女に続いて攻撃を仕掛ける者が現れる。
「こぉのぉぉ!!」
「ヘリコニア!」
続けて攻撃を仕掛けたのは、チェーンソーを激しく回転させるヘリコニア。
回転する刃は弾丸のような勢いと速さで押し付けられ、火花が辺りへと飛び散る。
数秒程奮闘するが、ヘリコニアも弾かれてしまう。
「ッ、この感じ、ゼフィランサスさん」
「ああ、この感じはオリハルコンだ」
先のエルフとの戦いでオリハルコンへと一撃を加えた二人は、主砲がオリハルコン製に変わっている事に気付いた。
込められる魔力の量に比例して強度を増す金属という事は、今は相当な強度になっている。
現状オリハルコンを破壊した例は、アリサに憑依されたフォスキアだけ。
このまま攻撃を続けても、破壊できるとは思えない。
「どうする?」
「……モミザがリアクターを破壊してくれる事を待つか?いや、わざわざ主砲をオリハルコンで覆った奴だ、それだけで阻止できるようにしているとは限らないな」
主砲から距離をとって行く二人は、四方八方から攻撃にビクともしない姿を眺めだす。
頼みの綱はモミザがリアクターを破壊してくれる事であるが、ゼフィランサスには不安が有った。
頭部を破壊された後の事を考えているリージアが、リアクターの破壊だけで止められるようにするとは思えない。
そんな不安は、ネメシスの胴体部分の爆発と共に現実となる。
「ッ!モミザか!?」
「ゼフィランサス!」
ネメシスの胴体部分を破壊して脱出して来たモミザは、ゼフィランサスと合流した。
彼女の表情はどこか怒りを孕んでおり、その理由はすぐに語られる。
「あの野郎!リアクターを全部エーテル貯蔵タンクに変えてやがった!」
「何だと、ではリアクターはどこに」
「多分主砲の中だな、あれだけ攻撃しても壊れない辺り、大方オリハルコンでコーティングしてんだろ?」
「その通りだ、全く、抜け目ない奴だ」
リアクターの破壊に行ったモミザだったが、三か所共貯蔵タンクに切り替えられていた。
彼女達が目撃した主砲の使用回数を考えても、貯蔵しただけのエーテルでは賄えない。
どこか別の場所でエーテルを生成されていると考えられるうえに、最後の手段を確実に成功させるためにはリアクターの破壊だけは絶対に阻止しなければならない。
そう考えた場合、リアクターは三機とも主砲の中に隠してあるのだろう。
破壊は困難であるというのは、火を見るよりも明らかだ。
「だが、どうやって破壊する?現有の兵器ではどれもパワー不足だ」
「確かに、だが、何も試さずってのは、俺の性に合わない!!」
「モミザ!」
せめてもの抵抗を行うべく、モミザは主砲へと突き進む。
最大稼働も使用し、薙刀にエーテルを込められるだけ込める。
スラスターも全力で吹かし、その速さに乗せて薙刀を振り下ろす。
「この、鉄くずがッ!!」
暴言と共に放たれた一撃は、砲身と接触する前に防ぎ止められた。
ブラックホールを形成する程の量のエーテルは、一種の斥力のような物を生み出している。
薙刀の刃は反発する力によって阻まれ、抵抗していたモミザさえも弾き飛ばされてしまう。
「グあッ!」
「モミザ!」
吹き飛ばされたモミザは、ゼフィランサスによってキャッチされた。
その腕の中で、モミザは自分の力に自己嫌悪を覚えてしまう。
「……クッソ、全力でやってこれかよ、へ、アリサシリーズの恥さらしだな」
最強として数々の強敵を討ち破ってきた長女と、こうして綿密なクーデターを行う末っ子。
そして今は亡き有能な姉妹達と比べ、自分の能力の低さには嫌気がさす。
「チ、ふて腐れてる暇が有ったら、何か手段を考えろ!」
「……そんな良い方法がポンポン浮かぶかよ」
「確かにそうだが、何もしないのは性に合わないんだろ?」
「……ああ、また見てるだけ何て、もうこりごりだ」
不貞腐れるモミザだったが、ゼフィランサスの叱咤で薙刀を握る力を強めた。
姉妹が壊滅した時は何もできず、ただ怯えてうずくまるだけだった。
結果リージアに二人の姉を殺す何て事をさせ、更にはリージアの心の傷を癒す事さえできなかった。
今回も何もできずに終わる何て事だけは、絶対に避けなければならない。
「もう一度だ、せめて発射されるまで抗ってやる!」
「力を貸すぞ!」
「私もよ~!」
最後まで抵抗するべく、モミザはもう一度薙刀を構えた。
彼女に続き、ゼフィランサスとヘリコニアも闘志に火を灯す。
だが、やる気を出した途端、近くの部隊から通信が入る。
『こちら護衛チーム!正体不明の機体と交戦中!至急応援を頼む!』
「ッ!何だよ畜生!これからって時に!」
「……仕方ない、先ずはソイツからッ!?」
標的を正体不明の機体に切り替えようとした途端、ゼフィランサスのストリクスの片腕が切り落とされた。
落とされた腕は爆散し、モミザ達は急いで警戒態勢をとる。
「な、何だ!?」
「アイツか……」
ゼフィランサスの腕を切り落とした存在を探すモミザは、すぐにそれらしい存在を見つけ出した。
星型の鍔を持つ日本刀に、羽のようなスラスターのアーマー。
統合政府の調査チームがアリサに着せていた飛行ユニットであるが、よく見れば女性的なフォルムは無くなっている。
どちらかと言えば、男性に近い筋肉質な体型だ。
「クソ、どういう事だ?」
「はぁ、はぁ、お前ら、どけ」
「サクラ!?」
「何が有った!?お前程の奴が!!」
首を傾げるモミザの横に現れたのは、妙にボロボロなサクラ。
先ほどまでソルダ互角の激戦を繰り広げていたのだが、目を離した隙にバッテリーもカツカツの状態になっている。
満身創痍のサクラは、その身体を引きずりながらソルダへ向かおうとする。
「よせ!そんな身体で何ができる!?」
「黙れ、私は、アイツと、けっちゃく、を……」
「……バッテリーがきれたか、データだけでも見させてもらうぞ、モミザ、お前にも共有する」
「ああ」
バッテリーのきれたサクラを小脇に抱えたゼフィランサスは、モミザにも情報を開示した。
装備も無くなって殴り合いに発展して泥臭い戦いを行っていた時、瓦礫の影からあのアーマーが出現してソルダに取りついた。
軽い変形も行いながら彼の事を包み込むと、圧倒的な強さを発揮してサクラを撃退した。
その映像を元に、モミザは少し思考を巡らせる。
「……飛行ユニットだけはまだ人間に対応できていない、人間用に改造したって事は、流石のアイツも、姉貴の義体まで持ちだすようなマネはできなかったって事か」
アリサの義体がアーマーの中に無いという事は、義体自体は基地で安置されているのだろう。
わざわざアーマーを人間用に改造し、頃合いを見て取り込んだ人間に最後の防衛線に使用したと考えられた。
アーマーの背中には小型のリアクターが増設されている辺り、機械魔物と技術としては近いようだ。
「……まぁいい、コイツは俺が対処する、お前らは主砲の破壊に専念しろ、レーニア!発射までの時間は解るか!?」
薙刀を握る力を強めたモミザは、レーニアへと通信を繋げた。
できれば主砲発射前に倒し、自分も協力したい。
そんな思いも有るが、早めに破壊してソルダの撃破に加わってくれる事も考えている。
『……初めての兵器だからね、正確な時間までは割り出せないが、司令官からの資料から考えて、制限時間は約五分か、それ以下か』
「……わかった、三分で奴を破壊する!!」
制限時間を告げられると共に、モミザはスラスターを全開で吹かした。
アーマーがモミザを脅威と判断したのか、ソルダもモミザへと接近。
二人の武器がぶつかり合い、戦いの火ぶたが切って落とされた。