彼女の幸せ 前編
今までに味わった事の無い、限界を超える激痛。
それがリージアの頭部半分に襲い掛かり、視界も今までに無い程乱れている。
自己修復機能のおかげで徐々に治っているが、それでも死にそうな痛みが続く。
「あ、アガ、ギ」
声も壊れたラジオのようにノイズがかってしまい、上手く喋る事ができない。
視覚機能だけでも速やかに治すが、ヘルメットを脱いで鬼の形相を晒しながらズカズカ歩いて来るフォスキアの姿を捉えた。
「昨日ぶりね、この馬鹿女が!!」
「ちょま、ゴハッ!」
静止を促すために手を差すリージアへ、フォスキアは脱いだヘルメットをリージアへ怒りに任せて投げつけた。
命中した鼻先を抑えるリージアだったが、オリハルコン製の義体を破壊する程のフォスキアの怒りはまだ収まらない。
すぐ横ではダウンしていたアントロポスが復帰しつつあるというのに、フォスキアはリージアの事を踏み潰す。
もちろん一度などでは無く、何度も何度も踏みつけていく。
「この!この!恥ずかしい事言わせたりしといて!」
「いだだだ!ちょ、ちょも、ちょもま、ちょま!待って!待って!」
「うるさい!うるさい!この!ダメ女が!」
「ブッフェ!」
『クソ、そこの貴様、どこの部隊だ!?』
ようやく発声機能が回復したのだが、フォスキアは聞く耳を持たずにリージアを踏む。
ここまで溜まっていた怒りを今ここで発散するように攻撃を続けるが、もう既にアントロポスがすぐ近くにまで迫っている。
「待って!待って!お願い!裏切ったのは謝るから!ほら見て!今にも敵が私達の首取ろうとして来てるよ!ここで仲間割れしてる場合じゃないでしょ!」
「うるさいのよ!こっちは今すぐアンタの首を取りたいわよ!」
「ブファッ!!」
ガラシアを完全無視するフォスキアは、リージアへ鋭い蹴りを炸裂させた。
しかも治りかけの下アゴにクリーンヒットし、折角治った顔はまた崩壊してしまう。
パーツを飛び散らせながら再び倒れ込んだリージアを見て、攻撃はようやく中止。
気持ちを落ち着ける為に、フォスキアは酒の入った水筒を取りだす。
「全く」
スキットルでは無く、宇宙で飲食をする為の専用の物。
心なしか何時もと味が変になっているが、今はアルコールが摂取できればいい。
ノックダウンするリージアを横目にしていると、二人に巨大な影が落とし込まれる。
「……ん?あら、改めて見ると随分大きいのね」
『……き、貴様、貴様は一体何者だ!?フロンティアの住民なのか!?』
「あらあら、随分と上から目線ね、文字通り」
正に上から物を言うガラシアを前にして、フォスキアは空になったボトルを手放して戦闘形態へ移行する。
背中には金属製の鳥の翼が生え、本来左手に装着される大型ガントレットも懸架され、足も巨大な鳥の足のようになる。
大剣も装備し直しながら鋭い目を向け、ガラシアの事を威圧する。
完全に戦闘状態に入る彼女を前にしながらも、ガラシアは機体の機能を用いてフォスキアの身体をスキャンしていた。
『(何なんだ、このエルフからの金属反応が少ない、それなのに)』
金属反応は一部の装備品にしか出ておらず、フォスキアの身体はほとんど生身と言っても良い。
遺伝子操作を施されたガラシア達でさえ、宇宙服無しでは宇宙空間で生きていけない。
それなのに、フォスキアはヘルメットも何も装備せずに宇宙で活動している。
このハイリトゥムの船体には人工重力も働いているが、大気は宇宙空間と大差ない。
そんな異様な光景に、ガラシアは驚愕の顔を浮かべていた。
『質問に答えろ!』
「……何者って言われてもね、もう自分でもどんな存在か解らないわよ、でも、少なくともアンタの敵、そして、この子の味方よ」
「いや、味方にやる仕打ちじゃ無かったんですけど」
「自分の馬鹿さ加減を憎みなさい」
自己修復を終えたリージアはハルバードを杖代わりにしながら立ち上がり、口元を覆いながらフォスキアへ憎まれ口を叩いた。
そんな彼女達の前で、ガラシアはフォスキアの観察ばかりを続けていた。
『(生体反応は有る、つまり、あの女は生きている、我々ともアンドロイドとも違う、全く別の生命体……いや、高次元の生命体?)』
ガラシア達ジェネラスは、優秀と判断された各界の明主や有能な人物のクローン達。
誕生の過程でエーテル技術とナノマシンで遺伝子操作を行い、より優れた能力を持って生まれて来た。
ガラシアも政治関連だけでなく、あらゆる場面でも優良な力を発揮できるように調整された。
しかしフォスキアは自分達以上の存在かもしれない、そんな確信のような物が彼の中で渦巻く。
「何か固まってるけど」
「どうせ変な事考えてるんだよ、ていうか、ノーヘルで大丈夫なの?」
「当然よ、深海に叩きこまれようが宇宙に放り出されようが、快適に生活できるわ」
「流石お姉ちゃん」
『……そこのエルフ、名は何という?』
「何?ナンパ?キモ」
『答えろ!』
「うるさ」
「答えなくていいよ、ろくでもない事しか考えてないだろうし」
『ガラクタは黙って居ろ!』
「……チ」
いくら統合政府の代表とは言え、態度の高さに腹を立てたフォスキアは前へと出る。
ナンパ紛いのセリフには気持ち悪さを覚えたが、それよりリージアのガラクタ呼びされた怒りの方が強い。
「私はエルフィリア!フォスキア・エルフィリアよ!それがどうかした!?」
『……フォスキアか、ふ、良い名前だ』
「(いきなり名前呼び?リージアでももうちょっと距離感把握してたわよ……あ、いや、そうでもなかったわね)」
いきなり名前で呼んで来る事に身の毛がよだつが、今は耐えて話を続ける姿勢を取る。
そんな彼女の前で、ガラシアはアントロポスを片膝立ちとなった。
今にもプロポーズでもするのか、と言う姿勢に余計に気持ち悪くなりながらフォスキアは耳を傾ける。
『君は実に素晴らしい、どんな技術で生まれたか解らないが、君ほどの存在をそんなガラクタ共の傍に置いておくのは実に惜しい』
「(……またガラクタ)」
『フォスキア!私の元へ来い!君と私の力を合わせれば、必ず人類の頂点に立つ事ができる!その力はより有意義に、そして効率的に扱える立場を約束する!!』
「オエッ」
手を差し伸べられながら言い放たれたセリフに、フォスキアは全身の鳥肌を立たせた。
リージアと初めて会った時も似たような経験は有ったが、今回はそれ以上だ。
以前は多少の寒気程度だったが、今回は吐き気も伴っている。
「ねぇリージア、宇宙酔いって奴かしら?なんか、気持ち悪い」
「もう、だから連れて来たく無かったんだよ」
顔を青ざめながら口を押えるフォスキアを介抱しながら、リージアは連れて来たくなかった理由の一つを告げた。
欲しいと思った物はどんな手を使ってでも我が物にするというのが、彼等の常とう手段のような物だ。
現在のフォスキアの特異性を考えれば、ガラシアの反応は容易に想像がつく。
『どうした!?君の本当の居場所に連れ行こうというのだぞ!ガラクタ共の元に居座った所で、宝の持ち腐れだぞ!』
「……ちょっと、ゴメン」
「フォスキア?」
介抱してくれているリージアを軽く離したフォスキアは、ゆらりとした動きでガラシアの方へ向かう。
彼女の動きに合わせ、背中の大型ガントレットは左へ傾く。
「……良いわ、答えを言ってあげる」
『ほう、素晴らしい返答であると願う』
フォスキアを前にしたガラシアは、アントロポスの右手を差し出した。
人一人を乗せられる程大きな手、正に乗れと言わんばかりの姿勢だ。
吐き気さえ振り解く怒りを乗せながら、フォスキアは左手に大型ガントレットを装着する。
「……リージアをガラクタ呼びするような奴の元に、行く訳無いでしょ!!」
『ッ!』
答えを言いながら放たれた拳はアントロポスへと直撃し、数十メートル後ろへと突き飛ばした。
船体を削りながら飛んでいくアントロポスを視界に収めながら、フォスキアはリージアの隣に立つ。
「フォスキア」
「……そういう訳、言いたい事はまだ沢山有るけど喧嘩はお預けよ、先ずはあの気持ちの悪い奴を倒すわ」
「……そうだね」
軽く笑みを浮かべたリージアは、ハルバードを構えながら背を合わせた。
心の底から嬉しい気持ちが溢れだしてくるが、今は目の前の共通の敵に集中する。
内心喜ぶリージアの背後で、フォスキアはとある事に気付く。
「……そう言えば」
「何?」
「貴女と二人だけで戦うの、滅多になかったわよね」
「そう言えばそうだね、うちは基本団体行動だから」
「そうね(……早く倒して、本当に二人きりで過ごしたいわね)」
何度も戦ってきたが、二人だけで戦う機会はそんなに無かった。
滅多にない状況にそろって笑みを零していると、殴り飛ばしたアントロポスが再度接近してくる。
その事に気付くなり、彼女達は気持ちを入れ直す。
『フォスキア、君は自分がどれだけ特別か分かっていない!私が一目見ただけで、特別だと思える程なのだからな!』
「初対面の奴に言われたくないのよ!」
「私達の前からさっさと消えろ!」
『この愚か者が!!』
三人の力強い言葉が放たれると共に、彼女達の戦いの火ぶたは切られた。
開戦の狼煙を上げるかのように、ガラシアはアントロポスの砲門全てを解放。
両手の指全てと、頭部の二門、腹部の砲門に加え、全身に複数配備されている砲門が追加で展開される。
その全てからエーテルが放出され、まるでハリネズミのようになる。
「結局アンタ等はそれかよ!」
「アンタみたいな奴らに、私の幸せを図られたくないわね!!」
『自分の特別さを分かっていないからそんな事を言える!』
分厚い弾幕を掻い潜る二人は、アントロポスを挟み込むように展開。
エーテルを纏う武器を振りかざす二人は、同じタイミングで攻撃を仕掛ける。
彼女達の動きに合わせ、砲撃を止めたアントロポスは両手を差し出す。
その分厚い装甲とエーテルによる防御力向上を活かし、二人の攻撃を受け止められる。
『特別な存在は、その天才的な才能を活かさなければならない!下民共が間違った道に走り、正しき御旗を破壊しないように!!』
「思いっきり道間違えてる奴に言われたくないわよ!!」
「私達姉妹を敵に回した時点で、テメェら間違いまくりなんだよ!!」
ガラシアの主張を全面的に否定しつつ、二人は息を合わせながら行動を開始。
四方八方より交互に攻撃を行い、アントロポスの巨体を斬り裂く。
当然ガラシアもやられっぱなしで居る訳も無く、すぐに二人の連続攻撃へと対応する。
『正しさは常に人の幸せの中に有る!幸せになれない正しさに、一体なんの意味が有る!?我々は全ての者達が幸せを得るために戦っているのだ、それを邪魔するガラクタに何が解る!!フォスキアは我々の元に居るべき存在だ!!』
「私の幸せはリージアと一緒に居る事よ!彼女が居ないんなら、アンタ等の正しさなんかに用は無いわよ!!」
「反対勢力全部ぶっ殺して、無理矢理幸せだって言わせてる奴が語るな!!」
ガラシアの言葉は全て戯れ言と聞き流し、二人は反撃を行ってくるアントロポスへと攻撃を続行。
アントロポスの厄介な点は、巨体に見合わない俊敏性。
以前よりリージアとフォスキアの両名の戦闘力は向上し、更に小さい故の素早さに対応している。
「大好きな人と美味しい物食べて、美味しいお酒に酔う!そんな人として何気ない幸せさえ噛み締めるだけで、私は十分満たされるのよ!!」
『そんな物、その場凌ぎの偽りの幸福だ!君の本当の幸せではない!』
「うっさいわね!大好きな人とショッピングして、色々な風景を見に行ったり、世界中の名物に触れ合う、アンタの作り出そうとする世界で、そう言う幸せを享受できないって言うんなら、アンタがどんな説得しようが、私の心は動かないわよ!!」
「(本人の前で言わないで)」
引き入れる事を諦めようとしないガラシアに、フォスキアは堪忍袋の緒が切れた。
彼等の作ろうとしている世界は、典型的なディストピア。
人間は社会を動かすための完全なる歯車となり、食や遊び等の娯楽を味わう事はできない。
そんな世界を終着点としているのならば、どんな言葉にも揺らがない自信が有る。
「リージア!合わせて!」
「え!あ、わ、わかった!(こっちは願望ぶちまけられて恥ずかしいってのに)」
先ほどからフォスキアのこれからの願望を聞かされ、顔に熱を溜めていたリージアは何とか気持ちを切り替えた。
ハルバードと大剣による攻撃は苛烈さを増し、ガラシアの反応速度を上回る。
全方位からの絶え間ない連続攻撃を行い、大きな隙を作りだす。
『ウッ、クソ!』
「お次は!」
「これ!」
怯むアントロポスへ向け、二人は突貫。
二人共同じ速度を維持しつつ、音速を超えた速度で距離を詰める。
そして頃合いを見て、二人の足がアントロポスへ向けられる。
『ダブルキィィック!!』
昔のヒーローが使っていた技をマネ、同時に蹴りを繰り出した。
彼女達の足は装甲とぶつかり合い、その衝撃でアントロポスの装甲は大きく破損。
衝撃は内部にまで伝わり、一瞬だけコックピットのモニターに異常を来たした。
完全に倒れ込んだアントロポスへ向けて、二人は更に追撃を試みる。
「できる?」
「もちろん!」
アントロポスの真上で背を向け合いながら浮かぶ二人は、互いに展開した大剣を握る。
剣先に二人を包む程の魔法陣が形成され、照準は倒れ込む鉄くずへと向けられる。
「サイクロン!」
「ディスラプター!」
二人の力に呼応する形で形成された魔法は、以前までとは比べ物にならない規模となる。
射出された巨大な風の剣はアントロポスへ命中し、その先の船体に穴をあけてしまう。
空気は漏れ出し近くに有った物は外へと飛び出してくる中から、アントロポスは爆炎から姿を現す。
「……しぶといな」
「ホント、しつこい奴嫌い」
先ほどの攻撃をもってしても、アントロポスは破壊しきれなかった。
二人の攻撃で形成された穴を這いあがる様にして、その巨体は姿を現す。
外装はほとんど破壊されて内部機器はほとんど露出させているが、問題無いかのように二人の前に立ちはだかる。
『はぁ、はぁ……間違った思想と道を持つ者は、何時だって権利ばかりを主張し、自分の責任も義務も放り投げる、そんな奴らが蔓延る世界で構わないと言うのか!?我々のような特別な存在が導かなければならないのだ!!』
「……あの気持ち悪い言い回し、どうにかならない?」
「独り相撲してることにも気付いて無いみたいだし、しょうがないでしょ」
「はぁ、何度も言わせないで!リージアが幸せになれないなら、アンタの元に行く気何て毛頭無いわよ!」
『……所詮はあの未開の惑星の住民という事か、その力の有用性さえ理解できない野蛮人と言う事だな!!』
怒りを込めたセリフを口にするなり、アントロポスの残り少ない外装はパージされた。
まるで人体模型のように、筋肉繊維のような物が露出。
その繊維は白から赤へと変色し、より筋肉に近い印象となる。
変色しただけに見えたが、先ほどより明らかに威圧感を醸し出している。
「な、何?」
「分かんないけど、大体赤い奴は強いからね!」
『せめて我が正しさを身に刻み、死に絶えるがいい!!』
身構える二人だったが、アントロポスは彼女達の視界から消えた。
警戒状態にもかかわらず相手を見失う事に動揺するリージア達は、その背中に強い衝撃を覚える。
「ガハッ!」
「ウグッ!」
『この姿を見た以上、貴様らに勝ちの目は無い!!』
二人に考える隙さえ与えず、アントロポスは先ほどとは比べ物にならない速度で攻撃を行う。
リージアとフォスキアの両名は巨大な拳に蹂躙され、最終的に船体へ向けて殴り飛ばされる。
「ウへッ!」
「アガ!」
『こいつはオマケだ!』
更にその追撃として、船体に叩きつけられた二人へガラシアは急降下した。
その巨体を用いて、二人の事を勢いよく踏みつぶす。
船体には巨大なクレーターを形成し、すぐに上昇する。
『先ほどのお返しだ、これで終わるがいい!!』
クレーターの中で身動きの取れない二人に向け、アントロポスは頭部を展開した。
口元を覆っていたパーツが取り除かれ、口内から砲台が姿を現す。
『ギルティ・ブレイク!!』
砲台には機体のほぼ全てのエーテルが攻撃に回され、真っ赤なビーム砲が放たれる。
その威力は凄まじく、二人の放った魔法さえ凌駕する。
血のように赤い光はリージア達を包み込み、自分の艦である筈の船体を更に破壊してしまう。
『(少しやりすぎたか、だが)』
光が収まるなり、ガラシアは身震いした。
これで邪魔をする愚か者はいなくなる。
しかもその愚者たちは、本領を発揮したアントロポスに手も足も出なかった。
仮に生きていたとしても、逆転される事はまずない。
その確信から、思わず笑いが込み上げて来る。
『フハハ、ハハハハ!!』
勝利と己の利の正しさに、ガラシアは高笑った。
彼の心情を現すかのようにアントロポスも動きを合わせ、空を仰ぐようなポーズをとった。