ダンジョン 前編
リージア達が砦の地下へ突入し、一時間が経過した。
移動を繰り返しながら戦っていると、気づけば砦の地下の奥へと移動していた。
地下には複数の部屋が存在し、そこから伏兵のように次々と出て来る。
押し寄せて来るゴブリンの質は徐々に向上し、数も衰える事がない。
「あーもう!弾無くなるって!これ!」
波のように押し寄せるゴブリンにしびれを切らし、リージアは近づいて来たゴブリンを蹴り飛ばした。
ただし、蹴ったゴブリンのサイズは成人男性並み。
ホブゴブリンと呼ばれ、鍛錬を経て成長した戦闘タイプの個体だ。
「(こ、コイツ、ホブゴブリンをただの足蹴りでヤりやがった)」
相手の首をへし折ったリージアのハイキックを前に、シャウルは目を見開いた。
戦闘タイプというだけあり、ホブゴブリンの防御は並みではない。
彼らの頑強な筋肉は、遠方からの射撃とは言えリージア達の銃弾を弾いた程だ。
「クソ、こっちはロクな補給が無ぇってのによ!!」
似たような事は、モミザも行っていた。
銃器は背部のアームに配し、直接拳打を入れている。
「デアリャ!!」
その破壊力は、ホブゴブリンの頭部を千切り取る程。
義体の出力と強度に加えて、拳打の為に強化した腕部を持つ彼女。
もはやどこを殴ろうとも、屈強なホブゴブリンの身体を粉砕している。
「……アンタ等背中の武器要らないんじゃないの?」
もう銃を使わない方が強いのではないのか。
そんな事を思いながら、フォスキアもゴブリンを排除する。
宇宙艇の装甲を斬れるだけあって、どんな種類のゴブリンも豆腐のように斬っていく。
「ん?熱源?……エルフィリア!後ろ!」
「え?ッ!?」
リージアの感知した熱源は、炎の塊。
見てわかる魔法の攻撃だったが、赤外線センサに反応した。
忠告が早かったおかげで、フォスキアは魔力をまとわせた拳で炎を殴り消す。
「……やっぱ、ゴブリン相手には油断禁物ね」
「……」
フォスキアの手の先には、複雑な文字が描かれた魔法陣が浮かんでいる。
改めてゴブリンの危険性を認知しつつ、攻撃した個体を探し当てる。
「あれね……ゴブリンメイジ」
フォスキアの視界の先に居たのは、黒いローブに身を包んだゴブリン。
携えている杖を振るい、炎で描かれた魔法陣を出現させる。
二波目の攻撃を行おうとしており、リージアもそれを認識する。
「させない!」
一発の小さな銃声が響く。
早打ちを得意としているだけあって、サブマシンガンでの素早い照準もお手の物だ。
「……防がれた」
「ええ、周辺に物理攻撃用の魔法を張っているわね……こういう時は(今、やっぱり、って言った?空耳?)」
しかし、放たれた銃弾は、ゴブリンの顔面直前で停止。
防御魔法に阻まれた弾丸は回転と推力を失い、力無く地面へと転がり落ちた。
代わりに対処を行うべく、フォスキアはチャクラムを手に取る。
「ああいうのは、魔法か魔力をまとった物理攻撃が」
説明を行いつつ、フォスキアは手に持ったチャクラムを手の上で回転させる。
まるで電動ノコギリのような回転を見せた刃は、魔力に反応して緑色に発光。
「有効よ!」
投擲されたチャクラムは、空気を切り裂く。
明らかにリージア達へ向けられた物より強力で、道中のゴブリン達もろとも切断しながら進む。
前衛を突き破り、チャクラムはメイジを捉えかける。
「ギエ!」
チャクラムが到達するより先に、炎の魔法が放たれた。
だが、そんな物はもはや意味がない。
炎はかき消され、銃弾を受け止めた障壁もろともメイジの首を斬り裂いた。
「ひえ~、宇宙艇の装甲切れる訳だよ」
数体まとめて切り裂き、銃弾を防いだ個体さえも排除したチャクラムは、彼女の手元へ帰って来る。
しかも、帰って来る時にも一匹貫通した。
その光景だけで、宇宙艇の装甲をきれたことが偶然ではないと思えた。
「でも、対象の魔力を中和しなきゃいけないから、単にぶつければ良いって訳じゃないわ」
ノールックで向かってきたゴブリンを切り裂きながら、説明を追加した。
「ん?」
フォスキアの説明を片手間程度に聞いていたモミザは、目の前のゴブリンが動きを止めた事に気付く。
何かに反応しているように首を動かした数秒後。
ゴブリン達は撤退を開始した。
「あ!」
「ひ、引き上げた?」
分が悪いと判断したのか、理由は定かでは無いが、全員一目散に逃げて行った。
深追いをする事は得策ではないと判断し、四人はその場にとどまる。
「……良いの?追わなくて」
「可能な限り倒した方がいいけど、罠の可能性も有るわ、一旦、一息つきましょう」
「そうだね、こっちも装填しておきたいし」
酒を飲みだしたフォスキアに続き、リージア達も補給を開始する。
弾倉は全部で四つずつだが、使用する弾薬はまだまだある。
今の内に、持って来た分だけ装填していく。
「……さっき言った事、訂正しないとだね」
「何が?」
「あの程度の群れって言った事、ここまでの群れが居るなんてね、キングとかいう奴がいても、おかしくは無いよ」
食料にも手を付けるフォスキアに、リージアは先ほどの言葉を訂正した。
何しろ、倒したゴブリンの数はいままで遭遇した数の倍以上。
サブマシンガン程度の火力では、制圧しきれなかった。
「……それは最悪な場合よ、この程度なら、さっきのメイジの上位個体、ウィザードか、ホブの上位、ジェネラル辺りかもしれないわ」
「何種類居るんだよ」
「ゴブリンは特に居るわね……でも、根本は同じだから、役職で分けてるような物だけど」
干し肉を酒で流し込むフォスキアは、改めてゴブリンの種類を考え出す。
冷静に考えてみると、ゴブリンは他の魔物に比べて種類が圧倒的に多い。
しかし、学者たちの見解ではただの個人差程度の違いで、中身は同じと言われている。
「成程ね~、でも、精密に検査すれば、案外生物学的な違いが判るかもね~」
等といいながら、銃の装填を終えたリージアはホブゴブリンやゴブリンメイジの解剖を開始。
検体を回収していき、魔石や素材等をシャウルやフォスキアへと渡していく。
出来れば死体も持ち帰りたいが、かさばるのであきらめた方が良さそうだ。
「……そう言えば、死体は放置で良いの?なんか、変な病気とか媒介しない?」
「大丈夫よ、ちょっと腐敗したら、臭いにつられて、死体を食べるスライムが来るわ」
「(それは、大丈夫なのか?)」
フォスキアの説明に、一抹の不安を覚えたモミザだった。
腐臭で寄って来るという事は、人間の死体まで食べるという事。
死体の発見が遅れたらスライムの栄養になっていた、何てことに成るかもしれない。
「……そう言えば、何でアイツらは引いたの?」
「さぁ……何かに引き寄せられたみたいだったけど」
「ああ、犬笛みたいなのが聞こえた、おおかた、呼び鈴みたいな物だろ」
「犬笛?」
シャウルの言葉に反応したリージアは、先ほどのデータを閲覧。
拾っていた音の確認を開始する。
「(……成程、人間の認識領域から外れた音が響いてる)」
リージア達のセンサは、基本は人間が聞いている音と同じ物を拾っている。
なので、犬笛のような音は拾えても認識ができないのだ。
一応拾えているので、設定次第では聞こえるようにもできる。
「音は何処から来たの?多分そっちに連中の頭目が居るでしょ?」
「そうとは限らないわ、ただの伝令兵の可能性も有るのよ」
「同じ理由で、アイツらを追っても同じ事だ、分散して撤退したし、追っても向かった先に罠か何かがあるだろうな」
「そっか」
二人からの意見に、リージアは難色を示した。
先ほど音響を確認した時に分かったが、ここはかなり広い。
他の通路はまるで塹壕のように入り組んでおり、どこから奇襲されるか分かった物ではない。
「そう言えばモミザ、ここ、塹壕か何か?広すぎない?」
「……それにしては通路がデカい、それに、地下倉庫って訳でもないようだ」
リージアの質問に答えながら、モミザはすぐ近くに有った扉を開ける。
中には誰かの部屋の跡のような物が広がっており、家具の残骸らしき物がいくつか見られる。
生活用の部屋というより、何かの研究室のような印象を受けた。
「個室?こんな所に?」
「ああ、だが、将校の部屋って訳でも無さそうだし、この通路の広さ、ただの砦じゃない」
今四人が居る通路は勿論、この地下の入り口もそうだったが、かなり広い。
トラック程度なら簡単に入れそうだ。
「……まさか、ダンジョンって奴?」
「ええ、恐らくそうね」
「え」
適当言った筈なのに的中してしまい、リージアは口をひきつらせてしまう。
口走られた言葉を肯定したフォスキアは、酒の入った水筒をしまう。
「説明は後よ、とりあえず、先に進みましょう」
「こっちだ、音からして、向こうが最奥だな」
「あ、ちょっと!」
瞬時に準備を終えた二人は、いくつか有った通路から一つを選んで進む。
罠を警戒し、シャウルを先頭にしつつ、リージア達も急いで追いついていく。
モミザに後方を任せ、リージアはフォスキアの隣に立つ。
「それで?ここ、ダンジョンなの?」
「ええ、といっても簡易的な物よ、凄い奴は空間をまるまる自分の好きなようにいじれるけど、ここは、ゴブリンに過ごしやすい環境にして、通路を増やした程度ね、この通路の広さは天然よ」
「過ごしやすい……このエーテル……じゃなくて、この魔力の濃度が?」
「そうよ、アイツらは、比較的魔力濃度の濃い場所を好むのよ」
解説を聞きながら、リージアは改めてエーテル濃度を計測しだす。
人間に直接害が有る訳ではないが、墜落地点よりも濃度が濃い。
この環境では、レーザー通信がようやくだろう。
「それも魔法なの?汎用性高すぎない?」
「ええ、魔法って言うのは、大昔の住民、エルフなのか、天使だか悪魔だか、はっきりしないんだけど、そう言う連中がもたらした、あるいは、遺した文字を使って、魔法の設計図のような物を構築して使う物よ」
リージアに説明するべく、フォスキアは空中に文字を描く。
一つの輪の中に、マークのような物を一つ。
ゴブリンの物よりわずかに歪でかなりシンプルだが、機械も何も無いのに文字は空中に書かれている。
「これを魔法陣呼んでいて、どれだけこの文字の文法と単語を知って居るか、それが大事なの」
「成程ね……でも、ゴブリンの奴は、もう少し複雑じゃなかった?」
「ええ、これは、風を吹かせるだけ、ここから更に付け足していって、向き、発動条件、威力なんかを決めていくのよ、でも、結果的に多い文字数や、強力な魔法だと、その分魔力を消費するから、強力な物を造りたければ、鍛錬あるのみね」
最初に浮かび上がったマークから、魔法陣と呼べる程複雑な文字をつづっていく。
先ほど見た魔法陣同様、赤い炎で出来た物。
初めて間近で見る本物の魔法陣に、リージアはホホを緩める。
「ふぉ~……あれ?」
しかし、ゴブリンの作った物と違い、使い古されたネオンライトのように光が所々消えたり点いたりしている。
それどころか、書き終わって数秒程度で割れてしまう。
割れたガラス細工が散る様に、彼女の制作した魔方陣は粉々と成り消えていく。
「……やっぱ、今だとこれが限界ね」
「え?何で?」
「止まれ」
「おっと」
魔法陣が散ってしまった事に驚いていると、先行していたシャウルの指示が下った。
全員を止めたシャウルはかがみこみ、石畳の地面に手を当てる。
何かを探る様に地面を撫でまわし、とある場所で彼女の頭の耳が一瞬逆立つ。
「ここか」
何かを見つけた素振りをすると、床に先ほどの物とは違う魔法陣が展開。
出現した青色の魔法陣に手をかざすシャウルは、少し呼吸を荒くし始める。
「ハァ、ハァ……」
「(この感じ、まるで爆発物を処理するよう)」
リージア達からすれば、今のシャウルの様子は爆発物を処理する人間。
焦らず慎重に、複雑に組み上げられた爆弾を解体する姿と重なった。
「……よし」
シャウルが肩の力を抜くと同時に、床の魔法陣は消滅した。
「罠?」
「そうだ、ゴブリン以外の奴が踏んだら起動するようになってた、踏んでたら即死レベルの放電で、全員痺れてた」
「ほえ~」
物理的な仕掛けの罠しか知らないリージア達からしてみれば、正にファンタジー。
魔法的な罠が仕掛けられた経験何て今まで無いだけに、彼女達にとっては大変な脅威だ。
「……他人の魔法陣にも、干渉できるの?」
「ああ、コツは要るが、内容の改ざんなら、私でもできる」
「成程~」
「でも、それには集中力が大事だ、魔法陣の構築もそうだが、改ざん何かは特にな、下手したら、暴発したり、別の罠が発動する事だってある」
そろそろリージアが一般人以上に無知という事を悟ったのか、シャウルも説明を始めた。
かなり集中しなければ、形を崩された魔法陣は設置した本人にも解らない魔法に豹変する事も有る。
もしくは、別の罠が作動してしまう場合もある。
なので、またリージアが暴走しないよう釘を刺しておく、という目的も有った。
「だからそいつみたいに酒で酔った頭だと、魔法関連でマトモな事はできないから、魔法を多用したり研究をする奴は、滅多に酒は飲まないんだよ」
「……」
「……」
「エルフってのは、総じて魔法の扱いに長けてる、だから、エルフは基本酒何て飲まないんだよ」
そんな説明を受けたリージアとモミザは、フォスキアへと冷たい目を向けだした。
勿論シャウルも同じ目を向けている。
エルフであるだけに、フォスキアも魔法に長けている。
だが、彼女は酒好きのせいか、常に酔っているような状態。
そんな状態で魔法がマトモに扱える訳がない。
「な、何よ!そもそも、魔法なんて武器に付与できる分で十分だし!身体強化魔法だけでどうにかなるじゃない!」
そう言いながら、フォスキアは愛用の剣をリージア達に見せつけた。
攻撃の際何時も光っていると思っていたら、光源は予め細かく刻まれた文字。
これに魔力を込める事で、複雑な事を考えなくても剣の強化を施せるようになる。
恐らく、チャクラムも似たような加工が施されているのだろう。
「た、確かに、これにも同じ奴が有るけど」
「そ、それに!エルフと言ったら魔法、何て古いのよ!ファイトスタイル何て、その人その人の個性なんだから!私は接近戦の方が好きなの!」
「別に貴女のスタイルは否定してないけど……身体強化って言うのは、頭使わないの?」
「ええ、魔力を筋肉とかに流し込んで、ブーストするだけだから!」
妙に必死だった所は目を瞑っておき、身体強化魔法についての説明も聞いておいた。
身体能力を上げるだけであれば、力を入れる時に魔力も一緒に流せばいい。
なので酔って頭が鈍っている時でも、十分に発動するらしい。
「さ!行きましょう!さっさと奥にいる奴ぶっ潰して帰りましょう!」
「あ!勝手に行くな!アンタに何か有ったら、私の給料に影響出るんだからな!」
誤魔化すように先へ行ってしまうフォスキア、彼女の後を追うシャウル。
そんな二人の後を追うべく、リージア達も駆け足になる。
「……ねぇモミザ、見た?あの魔法陣」
「……ああ」
二人共表情を曇らせており、顔も心なしか青ざめている。
やはり、無理にでも調査に来たのは正解だった。
そう思いながら、二人は急いでフォスキア達の後を追う。
「あ、見えて来た、お~い!」
笑顔を取り戻したリージアの視界に映るのは、目的としていた広間と二人の姿。
手を振りながら陽気に話しかけるが、フォスキア達の表情は暗い。
「……あ、止まって!」
「え?ヒデブ!!」
「アガ!?」
フォスキアの警告を耳に入れた頃には、既に手遅れだった。
リージア達は目に見えない壁に阻まれてしまい、マヌケなポーズで壁に激突する。
「あたた~、な、何?これ、ゲームでよくある摂理の壁?」
「うるせぇ、どう考えても魔法で作った隔壁だろ」
目に見えない壁に二人は打撃を入れるが、手応えは有るようでない。
確かにそこに何か有ると、感触で分かるのだが、目の前には何も無い。
まるで風に触れているかのような感じだ。
「ご、ごめんなさい、さっき変に先行したせいで……その、変なトラップ踏んじゃった」
「クソ駄肉エルフが……私が開錠してみるからその辺の調査でもしてろ……お前ら二人も、少し離れろ、何か有ったら、こっちも保証できないからな」
「は~い」
「はいは~い」
「了解だ」
シャウルの指示に従い、リージア達は下がり、フォスキアは広間の中央へと向かう。
「……私とした事が、こんな初歩的な罠にかかる何て」
手で頭を押さえながら、フォスキアは先ほどの行動を恥じていた。
こう言った場所では、下手に先行しない。
こんな事は初心者でもわかる事だというのに、動揺していたとはいえ不注意が過ぎた。
「……でも、一人になって、かえって良かったかもね」
奥は光源が無いらしく、かなり暗い。
その闇の中から、薄っすらと見えるシルエットに、何かをむさぼる音。
とても大きい何かが、奥に居る。
「あらあら、大物が釣れたわね」
奥の何かもフォスキアの姿に気付いたらしく、むさぼっていた物を捨て、立ち上がった。
目測だけでも三メートル以上の巨体。
緑の皮膚に、角を生やした、一つ目の大きな魔物。
地響きを生み出しながら近寄るそれは、天井の光に照らされ、その姿を現す。
三下であれば誰もが腰を抜かしてしまいそうな迫力のそれの名を、フォスキアは呟く。
「サイクロプス、戦うのは何年ぶりかしら」
剣を鞘から引き抜くと、彼女の敵意に反応したサイクロプスは、広間が震える程の雄叫びを上げた。