決意と行動 後編
食堂で約束を交わしてからしばらくして。
リージアは約束の場所である展望室へと赴き、ベンチに座り込んでいた。
「(やばい、さっきまで自信とやる気に満ちてたのに、急に緊張してきた)」
モミザの部屋を飛び出し、色々と準備を整え、呼んだ身なので遅刻しない様にこの部屋へ来た。
それまではやる気満々だったというのに、今となっては緊張で頭が渋滞している。
目の前のスクリーンには、現地のさんさんと輝く太陽や、緑豊かな森林という、リラックスに丁度いい映像が映っているが、それすら目に入らない。
「(お、落ち着け、何時も通り、何時も通りだよ、何時もみたいに気軽にやればいい、服もセリフもしっかりと吟味してきたんだから)」
心臓なんて物が有ったら、今頃発作でも起こしていたかもしれない。
そんな緊張のおかげか、外でこっそり見守るモミザにさえ気づいておらず、服や髪の乱れなどに気を使い出す。
「……て、ていうか、これで、良いの、かな?ロクな服持って無いから、軍服着て来たけど、しかもメンズ、変って思われないよね?」
言葉を震わせる今のリージアが着用しているのは、男性士官用の軍服。
階級章などのバッジは付けられておらず、ただの背広に近い。
帽子もかぶっていないが、これはリージアができる可能な限りの正装だ。
念のため持って来たこの服以外だと迷彩服しかないが、迷彩服で告白何て失礼と考えてこの服を選んだ。
しかし、今になってこの服で良かったのかと疑問を抱いてしまう。
「(ていうか、あれ?この恰好だと、好きですって伝えるっていうより、プロポーズ?結婚してくださいレベルの恰好じゃない?あれ?それより、この世界って、一旦告白してから付き合って、その後で結婚の申し出って順序とるのかな?マスターが日本人だから私達にもそう言うの有るんだけど、あれ?これって日本だけの風習みたいなの聞いた事有るけど、あれ?その前にこの世界の恋愛的常識って何?普通現地の習慣くらいリサーチしとくべきだよね?オセアニアでは常識だよね?あれ?オセアニアってどこだっけ?)」
考えすぎて思考が迷走し始め、もう周りが見えなくなっていた。
結論がどこにあるのか目を瞑りながら手探りを続けていると、部屋の扉が開き、コツコツと言う音がリージアへと近づいてくる。
「え、えっと、リー、ジア?(何でスーツ?)」
「(そもそもスーツって重すぎるかな?クソ、こうなる位なら適当な所で可愛い服とか買っておくんだった……まぁ、服屋なんて入った事無いけど)」
部屋へ入ってきたのは、緊張で顔を赤くするフォスキア。
指定した時間になって会いに来たのは良いが、肝心のリージアはまだ自分の世界に入り浸っていた。
折角一番可愛い服に着替えて来たと言うのに、全く気付かれていない。
「ちょ、ちょっと?リージア?」
「ヒャイッ!!?」
「ウヲ」
完全に不意打ちで肩に手を乗せられ、リージアのとんでもなく甲高い悲鳴が響き渡った。
おかげでようやくフォスキアの姿に気付き、彼女と目を合わせる。
「あ、ふぉ、フォスキア、い、居たの?(あ、ヤバい、何か今までで一番キラキラしてる気がする)」
「い、今気づいたの?」
「ご、ゴメン」
互いに目を合わせる事さえもできず、顔を赤く染め上げてしまう。
リージアに至っては、さっきまで考えていたセリフ類全てが吹っ飛んでいた。
「(やばい、本番に来て考えてたセリフ全部無いなった!)」
「(ちょ、ちょっと、呼んだんなら何か切り出しなさいよ!)」
まだ数秒しか経っていないというのに、二人の間では数十分と言う時間の経過に感じてしまう。
一歩でも話を進める為にも、リージアは手をベンチの方へと向ける。
「と、とり、あえず、すあ、すらろか(噛んじゃった)」
「え、ええ(どんだけ緊張してんのよ)」
あまりに緊張し過ぎて、もう言葉にすらなって居なかった。
そんなリージアを黙認したフォスキアは、彼女の指示に従ってベンチへと腰掛ける。
「(……まぁ、うん、結局)」
「(……結局、こうなるわよね)」
半ば分かりきっていた事だったが、数十分近く黙って外を眺める事となった。
「(ああもう!私のバカ!何でこんな所でヘタレるかな!?ていうか、私、フォスキアに何言うつもりだったの!?色々な口説き文句沢山考えて来たのに!!あの子前にしたらデータ全部吹っ飛んだんだけど!!何このポンコツメモリ!)」
その中で、リージアの頭はかなりゴチャゴチャしていた。
折角用意したカンペのデータは吹っ飛び、そもそも緊張で声が出てこない。
記憶メモリの不具合を疑ってしまうが、調べる余裕は無い。
「……リ、リージア?」
「ぴゃい!?」
「(可愛い)」
この空気に耐えかねて先に斬りだしたフォスキアだったが、急すぎてリージアの口からは謎に甲高い声が出てしまった。
そんな彼女に少し萌えながら、フォスキアはスキットルを取りだす。
「……その、変に緊張するようなら、これ」
「あ……」
フタの開けられたスキットルを差し出されたリージアは、少しだけ考えてしまう。
確かに酒の一杯でも飲めば、多少は今の緊張から逃れられるだろう。
向けられるスキットルに、リージアは手を伸ばす。
「……だ、大丈夫、じ、自分の、自分の口で言うから」
「……そう」
スキットルをフォスキアの方へ押し返したリージアは、その手を自分の胸へと押し当てる。
小細工に頼らず、自分の気持ちは自分の力で伝えたかった。
締め付けられる胸の痛みに抗い、リージアは勢いよく立ち上がる。
「あ、あの!?」
「ッ、は、はい」
「その、えっと……(何時もより綺麗、その服可愛いね、本日はお日柄も良く?あ、ダメだこれ)」
しかし、立ち上がった時の勢いはすぐに衰退。
すぐに委縮してしまい、フォスキアの前で屈み込んでしまう。
「あの、えっと(ああもう、いい!小細工とか、もうどうでも)」
「……」
フォスキアの目線からではリージアの表情は見えないが、彼女も彼女で顔を長い耳の先まで赤くしてしまっている。
そんな彼女の表情を見る事無く、リージアは緊張で痛む喉から言葉を吐き出す。
「ふ、ふふ、ふふぉ、フォスキア」
「は、はい」
ようやく名前を呼べたリージアは、フォスキアの両手を包むように握る。
手汗で塗れてしまう事さえ気にならないフォスキアは、彼女からの言葉に構える。
勢いよく顔を上げたリージアは、フォスキアと目を合わせる。
「私、その」
「……」
「わ、私!」
もう回りくどいセリフは必要無いと悟り、言うべき言葉はただ一言だけ。
そのたった一言だけを伝えるべく、リージアは一点突破で突き抜ける。
「私と結婚してくださいぃぃ!!」
室内に響き渡ったその言葉は、フォスキアとリージアの耳に何度も木霊する。
硬直する二人は互いに言葉を受け入れるのに時間がかかり、先にフォスキアが顔を真っ赤に染め上げる。
「……ふぇ?」
「(……あ、あれ?)」
数秒程硬直したリージアは、ようやく自分の言った言葉を理解した。
同時に変な汗が吹き出し、顔は爆発しそうな程熱くなる。
「(い、行き過ぎたアアアア!!)」
リージアの予定では、単純に好きだという事を告白したかっただけ。
それよりほとんど玉砕覚悟だったので、成功するとも思って無かった。
それに加え、自分の感情の大きさにも驚いてしまう。
「(何言ってんの私!?ていうか私、フォスキアにここまでの感情持ってたの!?それに気付けない私って馬鹿なの!?死ぬの!?いや、その、バカなのは認めるけど、いやそれより……私ってバカなのぉぉぉ!?)」
もう頭が迷宮にダイブしてしまい、思考は右往左往を繰り返してしまう。
どうにかしてさっきのセリフを取り消し、関係性を修復させなければならない。
しかし今の混乱した頭でそんな言葉が思いつく筈なく、固まったまま長考してしまう。
「……け、けこん」
考え込むリージアの前には、予想の一個上のセリフで顔が爆発しそうな程赤くするフォスキアが居た。
彼女としてはリージアとであれば、行ける所まで行きたいとは思っている。
だがこんな所で言われるとは思わず、思考が停止してしまっていた。
「あ、えっと、その」
「あ、ああ」
「ご、ごめ」
「待って!」
結局何も思い浮かばず逃げ出そうとするリージアだったが、フォスキアはすぐにその手を握り返した。
湯気でも出そうな程顔を赤くしながらも、フォスキアはリージアの事を見つめる。
「せ、せめて、返事位、聞きなさいよ」
「え、あ……はい」
出来れば聞きたくはないリージアだったが、彼女の鋭い目の圧に負けてしまう。
どんな返答なのか怯えながら、リージアはフォスキアの前で正座する。
「け、結婚は、その、ちょっと、まだ無理だけど」
「……やっぱり」
「でも!」
「……」
緊張でこわばる表情を何とか笑顔に変え、フォスキアは返答を口にする。
「その、恋人からなら、喜んで」
「え」
その返答に意外そうな顔を浮かべるリージアは、数秒程硬直。
もう少し喜んでくれると思っていたのにこんなリアクションだったので、フォスキアは浮かべていた笑みを徐々に消していく、
困惑するリージアの顔を両手で包み、無理矢理自分の方を向かせる。
「……ちょ、ちょっと、何よ、その反応、もうちょっと喜びなさいよ」
「……しょ、正直、成功すると思って、無かったから、どういう顔して良いか」
「な、何でよ?」
「だって、フォスキア、ノンケだって言ってたし」
「わ、私だって人間なんだから、時間が経てば気持ち位変わるわよ(てか何?結構アピってたつもりなんだけど、マジで気付いてなかったの?)」
「じゃ、じゃぁ、本当に、いいの?私の告白OKって事で」
「い、良いって、言ってるじゃない」
「……」
爆発しそうな程に高鳴る鼓動を感じながら、フォスキアは改めて告白を承認。
おかげでリージアの身体の内から、今まで感じた事の無い感情が吹き出て来る。
その抑えられない感情は徐々にリージアの身体に現れ始め、小刻みに震えだしてしまう。
「フォスキア!」
「おっと」
良く解らない感情を爆発させ、リージアは弾けるような笑みを浮かべながらフォスキアへと抱き着いた。
島での一件以来、リージアはくすんだ笑顔しか浮かべていなかった。
いや、もっと以前、この世界に来る前から、こんな弾けた笑顔は浮かべていなかった。
「(……久しぶりね、この子のこんな笑顔見るのは……って、この子のこんな顔見た事ないんだけど)」
三か月近く一緒に居たと言うのに、今のリージアの笑顔は見た事がない。
それでもフォスキアの心はその笑顔を知っている、と言うより覚えている。
久しぶりに見た気がするその正体は、すぐにわかった。
「(……そう、これは、貴女の記憶なのね)」
正体は、同化した事で共有されているアリサの記憶の一部。
家族と共に過ごしていたリージアが見せていた笑顔だが、その記憶よりも今の彼女は輝いて見える。
そんなにも喜ばしい事なのだと認識するフォスキアを前に、リージアはハグを終了する。
「あ、あはは、ちょっと、取り乱しちゃったね」
「な、なんか、過去一で喜んでたわね」
「そ、そうかも、正直、成功するなんて思ってもみなかったから」
フォスキアの隣に座ったリージアは、笑みを浮かべながら目に溜まる涙を拭い落した。
感情が爆発しすぎたせいか、次々とリージアの目に涙があふれて来る。
「あ、あはは、なんか、涙止まんないよ」
「全く、昔から泣き虫よね、貴女」
「……お姉ちゃんの記憶から恥ずかしい過去引っ張り出さないでくんない?」
「あ、ゴメンなさい」
恥ずかしい過去を引っ張り出された、リージアの涙はすっかり引いてしまった。
昔から泣き虫だった事は認めるが、フォスキアに言われるのは恥ずかしい事この上ない。
少しふくれっ面になりながら、リージアは話を戻そうとする。
「……ま、まぁ、でも、その、改めて、私達、恋人って事で、いいのかな?」
「そ、そう言ってるじゃない」
「な、なんか実感無くって」
「そうよね」
告白に成功したのは良いが、やはりお互いに実感がわいていない。
恋人同士になったからと言って、何かが変わる訳でもない。
色々と考えるリージアは、手をベンチ伝いにフォスキアの方へと移動させる。
「(でも、手ぇ位、握って、良いよね?)」
狙うのは、ベンチに置かれるフォスキアの手。
先ほどのように勢いで握るのではなく、今度は意識して触れる。
以前ならばボディタッチ何て普通だったが、今は彼女の素肌に触る事さえ恐れおおく感じてしまう。
「……ん?」
「あ」
リージアの金属の手が触れた瞬間、フォスキアは自分の手へ視線を落とした。
一応踏み込めたのは良いが、手の甲に指先を当てているだけ。
弱すぎる踏み込みにもどかしさを感じたフォスキアは、リージアと指を絡めだす。
「ちょ」
「ヘタレ女」
「う」
核心をつかれながらも、リージアは絡められた指からフォスキアを感じ取る。
細胞間にナノマシンが埋め込まれているとは言え、その手の柔らかさは以前と変わらない。
生きている証と言える暖かさや、脈拍さえも伝わって来る。
特に強い脈拍は、フォスキアも緊張しているのだと間接的に伝わっている。
「(柔らかいな~、それに、ちょっと脈が速い、やっぱ、フォスキアも緊張してるんだ)」
「(相変わらず硬いわね、脈も何も無いから分かり辛いけど、表情でわかるのは良いわね)」
互いに読み取れる部分から相手の緊張度合いを確認しつつ、笑みを浮かべ合った。
「(あ~、可愛いな~、そっか、私、フォスキアと恋人になれたんだ……予定外だよ)」
ようやく実感を得られて笑みを浮かべるリージアは、少しフォスキアから視線を落とした。
彼女からの好意に気付く事もできず、くだらない意地のせいでこんな幸せを逃していた。
今までの自分に蹴りを入れたくなりながら、リージアは握る力を少し強める。
「(フォスキア、今の私の、一番大事な人……こんな人を、私は、私は……)」
再度顔を上げてフォスキアの目を見つめるリージアは、脳裏に嫌な記憶をチラつかせた。
喜ばしくて苦しかった胸は、徐々に別の苦しさに変わりだす。
「(私は、守る事が、できなかった)」
「……リージア?」
「……」
涙を零したリージアは、もう片方の手をフォスキアのホホに当てた。
宝石のように赤い瞳を覗きこみ、桜のように綺麗なホホを撫でる。
本当にサイボーグなのか疑いたくなる程生気に満ちた身体を感じながら、リージアは自分の顔を近づけて行く。
「ちょ、リージア?」
「……目、閉じる?」
「……」
何をする気なのか察したフォスキアは、軽く目を閉じた。
事故でも何でもない、本当のキス。
備えるフォスキアの様子を可愛く思いながら、リージアはゆっくり自分の唇を尖らせる。
「じゃ、失礼、するね」
「す、するなら早くしなさい」
「はいはい(でも、これは予定通り)」
「……」
少し無駄話を挟むと、リージアは少し早めに顔を接近。
二人の唇は重なり合う。
「ん」
「ん、ん~」
少し離しては、もう一度重ね合わせる。
それを繰り返す事数分行うと、二人はようやく顔を離す
「あ」
「……」
二人の口の間に栄光の架け橋がかかり、赤く染まる顔を向ける。
揃いも揃って目はとろけ、まだキスを欲するかのように見つめ合う。
「ま、また、行き過ぎた?」
「そ、そんな事、無いわよ……無いから、その、もう一回」
「……うん」
フォスキアの頼みを聞き入れたリージアは、もう一度キスを開始。
今度はお互いに深く、より深くと交じり合う。
「(リージア、リージア、私の事を受け入れてくれた、初めての人、これからも、もっと、恋人らしい事を……ッ!!?)」
すっかり惚気ていたフォスキアは、突然襲い掛かった体の痺れに目を見開いた。
リージアへの想いからではない、別の何かが身体を痺れさせている。
かろうじて指先が動く程度で、全身の力が抜けだしている。
「な、な、で」
「……ゴメンね、フォスキア、ちょっと痺れてもらうよ(密着状態のEMPで痺れさせられる事は、今朝の解析でわかったからね)」
唇を離したリージアは、左手の平をフォスキアへ見せつけた。
何かは解らないが、身体の痺れの原因が彼女の左手に有るのだろう。
調べようにも視界の一部はブレ、上手く機能してくれない。
「だま、した、の?」
「……貴女に言った事に、嘘も偽りも無いよ、でも、こうするしか無いの、ゴメンね、大好きだよ、愛してる、フォスキア(本当は、ふられて全部スッキリしてこうするつもりだったけど、どうしてこうなっちゃうのかな?)」
涙を零したリージアは、フォスキアの事を力いっぱい抱きしめ、その柔らかく暖かい人肌を堪能する。
これが最期だと言わんばかりに。
「さようなら、フォスキア、貴女に逢えて本当に良かった」