ゴブリンの巣 後編
数々の罠を超え、伏兵のゴブリンも始末して行ったリージア達。
予定の時間通りに、件の砦へ到着していた。
辺りの警戒を怠らず、四人は砦を睨みつける。
「あれね?」
「そう」
「つまり、ここからが本番って訳ね」
ツタやコケに侵食されている砦を前に、リージア達はカバンを下ろす。
中身を取りだし、銃へ装備を取り付けていく。
今までは弾の節約のためにナイフを使ってきたが、ここからは銃撃を行うつもりだ。
「(何?この装備、こいつ等魔法使いなの?)」
初めて見る武器に、シャウルは首を傾げた。
銃器をシャウルに見られるのはどうかと思ったが、持参した武器は氷山の一角。
見られたからと言って、どうこうという訳でもない。
「(いろんな形があるのね、でも、音が大きそうなのは、変わらなさそうね)」
フォスキアが改めて見る銃は、デザインがかなり異なっている。
銃の事をあらかた知っている身として、形や種類の多さに感心した。
とは言え、彼女の懸念する音の大きさは変わらなさそうだ。
そんな事を思っていると、リージア達は金属製の筒も取りだす。
「(あら?何かしら、あれ)」
取り出された筒は、銃身の先に取り付けられる。
これで何が変わるか分からないが、リージア達の事なので何か意味があるのだと自己完結した。
「さて、準備完了、モミザ、右お願い」
「はいよ」
銃の槓桿を引き、弾の装填を確認したリージアは前方に狙いをつける。
入り口に歩哨が二名居り、眠そうに警備をしている。
リージアは左を、モミザは右に狙いをつける。
「ちょっと待った、ここは私がやるわ」
「え?」
銃声を懸念してか、フォスキアはチャクラムを一枚取りだす。
見張り二体に何故一枚なのかと首を傾げたリージアだが、ここは彼女に任せる事にした。
「自信があるならどうぞ(さて、お手並み拝見)」
「任せな、さいッ」
見事なフォームで投擲されたチャクラムは、少し緑色に輝きながらゴブリンへと向かう。
弧を描き、生きているような挙動を見せ、ゴブリン二体の首を刈り取る。
「すげ」
「(やっぱりあれ、何か細工されてるね)」
どこかに当り、跳ね返った訳でもなく。
ブーメランのように、形が独特という訳でもない。
明らかに物理法則を無視した動きを見せ、チャクラムはフォスキアへと戻った。
その様子に、リージアは何かしらの細工が有ると確信した。
「さて、見張りが交代される前に、さっさと行きましょう」
「だな」
「モミザ、一緒に行くよ」
「ああ」
見張りを倒し終えるなり、四人は砦内部へと突入。
まずリージアとモミザが先行し、エントランス内を見渡す。
久しぶりの屋内戦のせいか、二人共やけに真剣にやる。
「……クリア」
「クリア」
「(え?何?なんなの?今の動き)」
正に一糸乱れぬ動きに、フォスキアは目を丸めた。
以前騎士団の行進を見た事が有ったが、その時の様子をほうふつとさせる。
そのおかげで、二人が正規の軍人だと改めて実感した。
「(なんだ、ちゃんとやれるのね)」
「(こいつ等、やっぱ只者じゃないな)」
二人の実力に期待を寄せ始めた二人は、一緒に砦内部の調査を開始した。
――――――
二時間後。
リージアとモミザの偵察機能とシャウルのスキルによって、スムーズに調査を進めていた。
「……この部屋も外れか」
「うん」
「おえ」
蹴破った扉の奥。
埃にまみれた部屋に、数多くのボロボロのベッド。
鼻の効くシャウルは、埃とカビの臭いで表情を歪めた。
恐らく兵士用の寝室と思われる場所だが、薄汚れた寝具以外に見当たらない。
「妙ね、これだけ探して、ゴブリン一匹出てこないなんて」
かれこれ二時間程探っているが、ゴブリンは先ほどの見張りだけしか見ていない。
この世界では、ゴブリンは一匹見たら三十匹は居ると思え、何て言われている。
見張りやここに来るまでの歩哨を考えると、相応の規模の群れが居る筈。
そう思って身構えていたが、拍子抜けしてしまう。
「上層はこれで全部、後は地下だけだよ」
「そうね、とりあえず、地下に降りてみましょう、何か解るかも」
上層は調べたので、酒を嗜むフォスキアからの提案で地下へと足を運ぶ事にした。
カビ臭さと蜘蛛の巣にまみれる砦内。
今にも崩れそうな程風化しており、所どこ砂埃が頭にかかったりする。
できるだけ早めに退散したかったが、簡単にはいかなさそうだ。
「はぁ、フレームにゴミが詰まりそうだ」
「我慢我慢、砂嵐に飲まれるよりマシでしょ」
「確かにな」
モミザのグチも最もだが、今よりもっとひどい目に遭った事が有った。
砂嵐に飲まれた時は、動作不良が心配で大変だった。
「……そう言えば、この砦って、何の為に有るの?随分古いけど」
「そうね、この砦が建てられた時代は、まだ魔王がどうのこうのって時代って聞いてるわ、私も生まれてすぐかしらね?」
「魔王とか居たのか」
「(王道オブザファンタジー)」
使われず、誰の手入れもされていない古い砦。
造られたのは、どうやらかなり古い時代の物らしい。
しかし、そちらへの感心よりも、魔王の存在の方が驚きだった。
リージアは目を輝かせ、モミザは驚きながら質問した。
「昔の一部の種族と魔物は、魔王の配下として、人間達と戦争してたのよ、多分、これはその名残ね」
「成程ねぇ」
「でも、今は魔王の子孫とも上手くやってるみたいね」
「生きてんのかよ」
「安心して、昔ほどの害はないわ」
「……おい、着いたぞ」
そんな昔話をしていると、地下への入り口らしき物が見つかった。
というより、突入した時既に、馬車すらスッポリ入りそうな穴をエントランスで見つけていた。
カーテンで隠されていたが、地下へ通じる階段が有る。
「……明かりが必要ね」
「なら」
階段は光の届かない場所まで通じており、リージア達は銃に取りつけたライトを灯す。
何時もなら別の方法で行動するが、今回はフォスキア達も居る。
ライトを使ったのは、非常手段のようなものだ。
「な、何だよ、それ」
「灯りの魔法?でも、それにしては魔力が」
「はいはい、気になるだろうけど、今は先に進も」
流石に怪しまれたので、適当にはぐらかして先へ進んでいく。
かがり火の一つない、真っ暗な道を。
「……いかにも、って感じだな」
「ホラー映画とか苦手だもんね」
「う、うるせぇ!わざわざ怖がるために映画見る意味が分かんねぇんだよ!」
「はいはい、静かにね」
二人に先導させつつ、フォスキアはチビチビと酒を飲んだ。
――――――
数分程階段を下って行くと、ようやく地下通路が姿を現す。
「やっと着いた」
たどり着いた場所、今度は視界が確保できる位明るい場所だった。
とは言え、不気味さに変わりは無い。
まるで、ゲームのダンジョンにでも迷い込んだ気分になる。
「……な、何でここは明るいんだ?」
ライトを消したモミザは、周囲の明るさに警戒を強めた。
どこにも光源となりそうな、ロウソクやかがり火は無い。
だというのに、最低限の視界は確保できる。
「……ヒカリゴケだね」
「ヒカリゴケ?」
「ほら、壁とか天井、コケみたいな奴が光ってる」
改めてよく見ると、確かに何かが光って、明かりをともしている。
気になったモミザは、コケらしき物に近寄る。
「……コケね……けど、たしかヒカリゴケって生物発光じゃないって聞いたが」
「うん、あくまでも光を反射させるだけ、光源にはならないんだけど……これは明らかに発光してるね、またエーテ……魔力の突然変異種だと思う」
「ええ、トモシコケ、湿度と大気中魔力の濃い場所に発生するのよ」
「(それも常識なんだけど、何なの?こいつ等)」
「(あ、ヤベ)」
フォスキアから説明されて助かったが、事情を知らないシャウルにとっては、何の事だか。
と言った具合だったので、さっさと捜索を再開。
ある程度視界を確保できるように成ったので、ライトは消して進む。
「モミザ、どう?」
「どうって?」
「生命反応」
「……そうだな、上とは比べ物にならねぇな」
「こっちも」
レーダーは大気中の魔力の影響で使えないが、音や熱によって魔物の存在は判明した。
どうやら地下階層を主な住み家にしているらしく、上よりも簡単に確認できる。
しかも、侵入した事がバレたらしい。
何体かこちらに向かってきている。
「……来る」
どうやらシャウルも感づいたようで、頭の猫耳がピクピクと動く。
そして、フォスキアも接近を察知。
チャクラムと剣を手にする彼女の前に、二人は立つ。
「モミザ、行ける?」
「当然だ」
「よ~し、単連射、できるだけ一発で仕留めてよ」
「ああ、無駄弾使ってる場合じゃないしな!」
「ッ」
銃を構えた二人を見て、フォスキアは咄嗟に耳を塞いだ。
外でもかなり響いたというのに、今は良く響きそうな屋内。
どれだけの炸裂音がするかと身構えた。
「……え?」
しかし、考えていたような音は響かない。
以前の物比べて大分軽く、全く響いていない。
それなのに銃からは鈍い金色の筒が零れ落ち、石畳みの床に小気味よい音を響かせながら落ちて行く。
「(な、何で?もしかして、あの筒?)」
フォスキアの目は、銃の先端に取り付けられている筒の方を向いた。
彼女の推察は当たっている。
二人が装着しているのはサプレッサーと呼ばれ、銃声を抑える効果がある装備だ。
「腕は落ちて無いみたいで、何よりだよ!」
「一応実弾訓練だけはさせてもらえたからな!」
驚くフォスキアなんて知らず、二人は遠方のゴブリンを片付けていく。
ただ押し寄せるだけの生物何て、二人には良い的。
しかも、二人の射撃能力は高水準。
放たれた一発の銃弾は、ほぼ確実に相手の急所を貫く。
着弾地点が逸れても、心臓に一発打ち込んでトドメを指す。
「(す、すげぇ、ゴブリン共がどんどん死んでいきやがる)」
二人の戦いには、シャウルも絶句していた。
どちらかが引き金を引けば、一体が倒れる。
死ななくとも、もう一度引き金を引く事で死ぬ。
それを繰り返していくだけで、二十体以上のゴブリンが制圧された。
「ふぅ、こういう創作物のサプレッサーは仕事してくれて助かるね~、うるさくなくて超便利」
「そう言う事言うな」
良く解らない事を言いながら、二人は弾倉を交換した。
まだ弾は残っているが、念のために新しい物をセットする。
「さ、行こう」
「え、ええ、そうね(異世界人も、結構考えるのね)」
唖然としていたフォスキアはリージアに話しかけられ、正気を取り戻した。
音を無くせる道具も有るのであれば、彼女達の戦法にも納得がいく。
無音で遠方に居る敵を仕留められる武器。
そんな異世界の武器に、僅かに恐怖心を抱いた。
「(魔力も必要無いようね、力を持たない一般人が持てば、私達の仕事は激減ね……いや、それよりもっと酷い事が起こるかも)」
二人の武器は扱い方と技術さえ知っていれば使える、ただの道具。
魔道の道具であれば、色々な制約と魔法に関する知識や能力が必要だ。
そのおかげで、一般的にはあまり普及しない。
仮にリージア達の軍が、一人一丁持てる程の数を保有できる位量産できたとしたら。
更なる治安の悪化が予想できてしまう。
「(……こいつ等の世界が戦争続きなのも、あんなのが有るからなのかしらね)」
イヤな事を考えながら、フォスキアはリージア達に続いていく。
その途中で、二人の銃撃で死んだゴブリン達にたどり着く。
全ての個体から生体反応が消えており、傷は多くても銃創が三つだけ。
「……斧、槍、ボロボロの鎧……どれも人間から鹵獲したのかな?石斧何かはお手製だろうけど」
「そ、そうね、こいつ等の使う武器何かは、基本的に盗んだりした物よ」
「弓とか持ってるが、コイツは?」
「こいつ等もそこまで馬鹿じゃないわ、弓位なら作れるわよ……でも」
その辺で鹵獲した武器と、お手製の武器。
それぞれ半々程の、お世辞にも良いとは言えない装備達。
組織を作ることができるだけあって、やはり原始的な武器程度ならばお手の物らしい。
しかし、フォスキアにはそれ以上に気がかりな事が有った。
「……さっきの歩哨に、この数、ただの群れじゃないかもしれないわね」
「え?」
「下手したら、ゴブリンキングかクイーンが居るわね」
「もしそうだったら、早めに殺した方が良いな」
「ええ」
フォスキアとシャウルだけで話が進み、二人の間だけに不穏な空気が漂った。
文脈からして、ゴブリンがかなりの規模の群れを率いているというのは伝わったが、それがどれだけの危機なのか、リージア達には不明だ。
「あ、あの~、できれば、私達にも説明を~」
「え、あ、そうだったわね」
リージア達の事情を思い出したフォスキアは、どこから話すのかを考え出す。
中々複雑な話なので、まとめるのに時間がかかってしまう。
「ゴブリンの厄介な所は、知能が地味に高いって所の他に繁殖力があげられるわ、他の種族でも構わず交わって、同種を増やすのよ、でも、クイーンは通常の種類よりも、多くのゴブリンを産み落とすから、厄介なのよ」
「成程、蟻とか蜂みたいな?」
「そうよ、でも、そいつらをまとめ上げるだけの知能と力を持っているのが、キングと呼ばれているわ」
「(これも常識の範囲なんだけど、何でコイツらこんな事も知らねぇんだ?)」
シャウルからの疑惑の目を向けられながらも、リージア達は足元に転がるゴブリン達に目を移す。
ここまで撃破した個体は、大体三十匹。
小隊程度の規模でキングがどうのというのは、少し奢っていると思える。
「でも、ここに来るまで三十体程度だったけど、それでキング、なの?」
「……まぁ、偉そうに言ったけど、これは私の取り越し苦労かもしれないわ、もっと下位の種類の可能性が有るわ」
「ッ!また来る!」
説明を受けていた中で、モミザは新しい敵性反応を拾った。
その数は先ほどよりも多く、隊列まで組んでいる様子だ。
「チ!」
「まて……この音、デカいぞ!」
舌打ちと共に銃を構えたリージアの横で、シャウルの警告が耳に入った。
聞き入れたリージアは、視覚センサのズーム機能で確認する。
「……モミザ、デカいのが五体、いや、七体居る!細かいのは三十越え!」
「クソ」
「私も手を貸すわ!」
銃を構える二人の援護を行うべく、フォスキアは前へ出る。
何しろ、今回はゴブリンだけではない。
成人サイズのホブゴブリンまで混ざっているのだ。
――――――
三人が戦闘を開始した頃。
砦の最下層にて。
薄暗い広間の中、一匹のゴブリンは地面に赤い魔法陣を描いていた。
広間には大量の人間の死骸が転がり、部屋中に腐臭が漂っている。
魔術師と呼べるようなローブを揺らしながら、人間の血をインク代わりにして作業を続ける。
「ケケケ、コレがカンセイすれバ、ジュンビはバンゼン」
この近くから拉致した人間や、愚かにも攻めて来た傭兵。
彼らを捕まえ、準備を整えて来た。
その結果、満足のいく魔法陣を制作できた。
「ドウいうワケか、サイキンのニンゲンドモのカツドウは、ニブっている、そのアイダに、ケケケ」
完成した魔方陣の前に立ったゴブリンは、出来栄えの確認を行う。
繊細な魔法だ、少しのミスも許されない。
慎重に魔力を注ぎ込み、魔法陣を起動させる。
「ケ、ケケケ!セイコウだ!!ケーッケケケケ!!」
成功を知らせるように、魔法陣は妖しく光った。
計画の成功に一歩近づいた事で、ゴブリンの笑い声が広間中に響きわたる。
「てはじめ二、ノコノコやってキタネズミドもをハイジョしてやル!」
吹き荒れる風と、打ち付ける膨大な魔力を感じながら、ゴブリンは杖に付けられている宝玉を目にする。
そこには銃撃戦を行うリージア達と、接近戦を繰り広げるフォスキアの姿が有った。