後編
「…………?」
遠くで、声が聞こえた。
起きて、と。
いつまで寝ているんですか、と。
その声は愛しい婚約者のものと、ずっと私を手伝ってくれていた彼女のもので、私は首をかしげる。
ずっと苦しかった胸の痛みがない。
そうか、ここは天国なのだな。
彼女を傷つけた私が招かれるのは天国ではなく地獄ではないかと思うのだが、ディアボルテの声を聞いていられるのは至福だ。
「ジグニール。いつまで寝ているのですか? わたしを一人にするのは許せません」
はっきりと、ディアボルテの声が聞こえて私は目を覚ます。
目に飛び込んできたのは、泣きそうな顔で私を覗きこむ水色の瞳。
「ディア、ボルテ……?」
「えぇ、えぇ、そうですわっ。わたしですわっ」
泣きながら抱きしめられ、困惑する。
私は確かに死んだのではないのか。
背中に回された彼女の腕に腕輪を感じて、慌てて彼女を引き離す。
「そのっ、腕輪っ!」
自分の手首を見る。
そこには守りの腕輪がきちんとついている。
けれど同じ腕輪がディアボルテの腕にもあるのだ。
「あたしが説明しますよ。ジグニール殿下」
「え。シュリーナ? 君が一体……って、君までなんでその腕輪を?!」
彼女が私に見えやすいように片腕をあげて腕輪を見せつける。
いったい何が起こっている?
「この腕輪はあたしが複製しました。ちょっと効果も変更しましたけどね。いまこの腕輪はあたしとディアボルテ様、それと国王陛下が身に着けてます」
「複製? それに、効果を変えたって、君、この腕輪は国宝でおいそれと作れるものじゃない……」
「ジグニール殿下はあたしが才女であることをお忘れですか? 自分で言うのもなんですけど、魔導、とりわけ魔導具に関しての才能は有り余ってるんですよ。それこそ、ジグニール殿下がいざという時のために隣国への紹介状を認めてくれるぐらいにね」
隣国の魔導研究所への紹介状も、保険として彼女に持たせてあった。
私と共にいて恋仲のように振る舞ってもらったから、父が手を出さずとも、心無い輩に中傷誹謗される危険性はあったから。
王国の魔導研究所で働きづらい場合は、隣国へ行かれるように手はずを整えておいたのだ。
彼女の才能なら、どこでも実力をもってして働けると思った。
けれど国宝である魔導具の複製など聞いたことがない。
前代未聞過ぎる。
「大体ね、勝手すぎるんですよ。確かにその病はジグニール殿下のものだったかもしれないけれど、それで死なれちゃどれほどあたしが後悔するか、わかりませんでした? 後味悪すぎるんですよ」
「あ、いや、その……君には悪いことをしたとは思っていて……」
「思っていても、ディアボルテ様の為には躊躇わなかったんですよね。ため息が出ますよ、まったく」
呆れるシュリーナに、ディアボルテがくすくすと小さな笑い声を漏らす。
良かった、もう泣いていない。
「ジグニール。ほっとしている場合ではありませんよ? わたしは、怒っているのですよ?」
「ディアボルテ?」
「真実を知って、どれほど悲しかったか。わたしは、貴方の為になら死んでも良かったのですよ。それなのに、あんな演技までして……」
演技って気づかれていた? じゃあ、なんで腕輪は外れたんだ?
「ディアボルテ様はジグニール殿下の役に立てない事に絶望したんですよ。愛する人に何もしてあげられない絶望感。『自分が愛していることに何の意味もない』……そんな想いでも、腕輪は愛情の揺らぎとして反応したんですよ。そこに、この複製の腕輪を作るヒントが隠されていました」
そうだ、腕輪を複製して、効果を少し変えた、と言っていたか?
「ジグニールはもう意識が朦朧としていたから覚えていないと思いますが、わたしとシュリーナは何度も貴方の部屋に足を運んでいました」
「腕輪はジグニール殿下が身に着けていらっしゃいますからね。陛下に頼み込んで当時の資料と殿下の腕輪をにらめっこしながら完成させたんですよ。徹夜ですよ、徹夜。あたし結構美人だと思うんですけど、周囲のみんなからは悪鬼の形相だったなんて笑われてるんですよ。酷いわよね?」
何のことはないようにいっているけれど、それは、私への配慮だろう。
「話を総合すると、シュリーナが主導で腕輪を複製し、私を愛している父と、ディアボルテと、シュリーナで私の病を分散させている、という事か?」
「待って、それは誤解! あたしは殿下を愛してないからっ。さっき言いましたよね? 発動条件をいじったんですよ。尊敬や友情もこの腕輪は反応するようになってます。あたしのは愛情じゃなくて友情! ……って、ディアボルテ様、そんな目であたしを見ないでください。ライバルじゃないですよ。あたしはちゃんと好きな人がいるって知ってるでしょう!」
「ふふっ、ちゃんとわかっていますよ。本当に、話してくれてありがとう。貴方が真実を話して協力を仰いでくれなかったら、わたしは最愛の人を失うところでしたわ」
「ちょっ、やめてください、頭下げないで! 殿下も笑ってないで! あぁ、もう、後は二人で話し合ってくださいよ。ちゃんと腕輪が発動したのを確認できたから、あたしはもう用はないんでっ」
ディアボルテに深く頭を下げられたシュリーナは、真っ赤になって部屋を出て行った。
「彼女はなんというか、元気だね……ディアボルテも身体は何ともない?」
「えぇ、何も感じませんわ。病を分けて受け持つことを思いついた彼女は天才ですわね」
ディアボルテに、私も頷く。
私の身体の状態からして、最後に吐血して意識を失ってから、そう何日も経っていないはず。
おそらくシュリーナは、私が計画を持ち込んだ時から腕輪の改良を考えていたのではないだろうか。
感謝の念が尽きない。
「ジグニール。わたしを見てください」
「ディアボルテ……」
「もう、二度と、死のうとなどなさらないでくださいね」
「うん」
「もしあなたが死んだなら、わたしも後を追います」
「え、それは」
「反論は認めません。死ななければいいのですから」
微笑んでいるのに、ディアボルテの手は小刻みに震えている。
どれほど、私は彼女を悲しませたのか。
私は無言で彼女を抱き寄せる。
もう二度と離さない。
私を愛してくれる彼女を、心の底から愛してる。
読了ありがとうございます。
もし良かったら、広告の下に表示される『☆☆☆☆☆』を『★★★★★』に変えて応援して頂けると嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ほのぼのハッピーエンドがお好きな方は、こちらのお話もぜひ読んでもらえたらと思います。↓
『婚約破棄を突きつけているのは王子なのに、どうして泣いていらっしゃるのですか?
https://ncode.syosetu.com/n2171id/