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中編

 数か月後。

 私は、一日のほとんどをベッドの上で過ごすようになった。

 咳は重く、時折血が混じる。


 ディアボルテとの婚約を破棄した私に、国王たる父は今まで見たことがないほどに強い怒りを見せた。


『何を馬鹿な事を言っているんだ! 彼女はまだ亡くなっていないというのに』


 だからだとは、決して口にしなかった。

 彼女が亡くなってからではすべてが手遅れだったのだから。


 私は自分の腕にはまるブレスレットを見る。

 様々な魔法石が埋め込まれたそれは、まさしく王家の秘宝。

 代々、愛する人を守る腕輪なのだと父は言っていた。

 そして、わたしの婚約者になったディアボルテにこの腕輪を渡したのだ。

 それを見た時、私は父が伯爵令嬢であるディアボルテを正式に婚約者として認めてくれたのだと喜んだものだ。


 父は、病弱だった母を溺愛していた。

 そして、その忘れ形見である私のことも。

 けれど私は、母以上に弱く生まれついてしまった。


『成人するまで生きられない』


 医者にそう言われていたのだ。

 穏やかで優しかった母は、私が倒れるたびに謝っていた。

 弱く生んでしまって、ごめんなさいと。

 自分に似てしまったのだと。


 私の容姿は、母にそっくりだ。

 髪の色と目の色は父と同じ黒髪に紺色の瞳だけれど、顔立ちそのものは母に生き写しだった。

 だからこそ余計、母は自分よりも弱い私に負い目を感じてしまったのだろう。


 父も私を少しでも健康にできるように国中どころか隣国にも使者を出して腕の良い治癒術師を呼び寄せてくれもした。


 その甲斐あって、私は幼少の頃からずっとほぼ与えられた部屋で過ごしていたのに、八歳になるころには庭先を散歩する程度ならできるようになっていた。

 それでも、少しでも無理をするとすぐに熱を出してしまっていたけれど。


 そんな中、母が亡くなった。

 私が少しでも元気になったことを喜びながら、自分は旅立ってしまったのだ。

 もちろん私は悲しかったが、父の嘆きは深すぎた。


『……お前だけは、必ず』


 母そっくりの私を、泣きながら抱きしめた父の顔は生涯忘れられないだろう。  



 だから、私が父の愛情を疑うことはなかった。

 そしていまも私を確かに愛してくれていることをわかっている。

 けれど、その愛情が深すぎることまでには気づけなかった。


 母を失った父は、私だけは失えないと思いながらも、私も長くは生きられないと知っていたのだ。

 生まれつき弱かったのも事実だけれど、私は幼少期から不治の病に侵されていたからだ。

 最高峰の治癒術師の腕をもってしても完全に治すことはできず、緩和させて進行を遅らせているだけにすぎないことを。

 そのままでは、やはり最初の医師の見立て通り、成人するまで生きられないということを。


 私が死ぬこと。


 父は、それだけは決して許容することができなったのだろうとも思う。 

 だから、私にディアボルテをあてがった。



 私とディアボルテが出会ったのは、私が九歳の時だ。

 母を亡くし、丁度一年経った頃だった。


 日課の庭先の散歩中に、彼女はいたのだ。

 空色の大きな瞳に涙をためて、木の下に佇んで、私を見つけると駆け寄ってきてこう聞いてきたのだ。


「おとうさまを、さがしているの。あなた、しらない?」


 この時点で、おかしいと気づくべきだった。

 考えてみて欲しい。

 私は、現国王の溺愛する病弱な王太子だ。 

 その私が歩く、庭。

 そこら中に護衛は潜んでいたし、庭に来るまでの間にも当然厳重な警備が敷かれていた。

 そこに、幼い貴族令嬢がどうやって迷い込む?


 誰かの、そう、例えば国王である父か同じぐらい権力のある人間の手引きが無ければ、入り込むなど到底できない場所なのだ。


 それに、ディアボルテは『駆け寄って』きた。

 本来であれば、護衛が即座に前に出て止めるはずなのだ。

 相手が私よりも幼い令嬢であっても。

 けれどそれも無かった。


 おかしな点はいくつもあったのに、当時の私は何一つ気付かず、彼女の父親を捜すべく侍女達に頼んだ。

 泣いている彼女を助けてあげたいと、その気持ちだけだった。


 そうして『偶然』知り合った私達が交流を深め、お互いを好きになるのにさして時間はかからなかったと思う。


 伯爵令嬢という王妃には低い爵位の令嬢であるディアボルテを父が認めてくれるかどうかだけが不安だったけれど、父は二つ返事で婚約を認めてくれて、本当に嬉しかった。


 父のもとには以前から次の王妃を、それが無理ならせめて側妃をと貴族達から言われ続けていたのだ。

 少しは起き上がって散歩ができる程度になったとはいえ、父の子がすぐに寝込む私だけでは心もとないという事だろう。

 当然の心配だと思う。


 けれど父が首を縦に振ることは決してなかった。

 亡くなった母だけを愛していたし、新たに次男が生まれれば、病弱な私の王位を脅かすと思っていた節がある。


 実際、もし父に別の子がいたら、それが王女であっても私が王位につく未来は遠のいただろう。

 病床の身でも体調の良い日は教師陣から学んでいたとはいえ、王に相応しいかと問われれば、私自身ですら首を横に振らざるを得なかった。

 それほどに、私の身体は弱かったのだ。


 だから、私の婚約者には、父に口うるさい貴族達を黙らせるためにも、高位貴族の、そう、例えば公爵令嬢であるウィラン・ラングレイ公爵令嬢あたりと婚約させられるだろうと思っていたのだ。


 それなのに、伯爵令嬢にしか過ぎないディアボルテとの婚約を許されたばかりか、父はディアボルテに王家の秘宝であるという『守りの腕輪』を贈ってくれたのだ。

 私は心底感謝したし、ディアボルテとの未来を想って喜んだ。

 けれど、違和感も感じていたのだ。

 最愛の人を守るという守りの腕輪。

 その腕輪を、母が身に着けているのを見た記憶がなかったのだ。


 ほんの、小さな違和感。

 この違和感にもっと早く向き合っていたなら、ディアボルテを苦しめずに済んだのにと思わずにはいられない。


「ぐっ、ごふっ!」


 重い咳と共に口元から血が零れた。

 侍女が悲鳴を飲み込んで、私を支えながら口元にタオルをあてがう。

 もう何度も見ている光景だろうけれど、鮮血が溢れる様子を見るのは辛いのだろう。

 タオルを持つ手が震えている。


「すまないね……あとは、自分で、やれるから……」


 断ろうとすると、侍女は必死にかぶりを振って否定する。

 うつる病だと思っているはずなのに、懸命に看病してくれる姿に申し訳なさがこみあげてくる。

 国王に溺愛されている王太子である私を粗末にあつかってしまったら、首が飛ぶ。

 仕事を失うだけでなく、父上なら物理的にも飛ばしてしまいそうだ。


 この病は、うつるものではない。

 もともと病弱過ぎた私だから、患ってしまったものだ。

 けれどディアボルテの症状と全く同じだから、事実を知らない皆はうつる病として認識しているだろう。

 治癒術師でも治せない病を患ってしまったなら、待っているのは死だ。


(あぁ、でも、私自身を恐れているのかもしれないね)


 ここ半年間、私は最低の人間になりきった。

 ディアボルテという婚約者がいながら、シュリーナ・ライネル男爵令嬢を常に連れ歩いた。

 最低の婚約者になりきり、ディアボルテのほうから愛想をつかしてほしかった。

 そうしなければ、守りの腕輪は外れることが無かったから。


 最愛の人を守るという守りの腕輪。

 それは、確かにその通りなのだが、これには別の意味がある。

 正確に言うなら『最愛の人を【自分が身代わりになって】守る腕輪』だったのだ。


 ディアボルテが死の淵をさまようことになったのは、私の病を、その身をもって代わってしまったから。

 病弱で寝込むことが多かった私が、彼女が腕輪を付けてから、徐々に倒れづらくなった。

 代わりに、健康そのものだったディアボルテがだんだんと体調を崩すことが増えてきた。

 一緒に通っていた王立魔導学園も、彼女は休みがちになっていった。


 最初は、腕輪と彼女の症状の関連性に気づけなかった。

 うつる病ではないのに、私の症状ととても良く似ていたから、見当違いにも私は何度も王宮の治癒術師たちに本当にうつっていないかと尋ねて回ったりしていた。


 けれど私はずっと気になっていたのだ。

 なぜ、最愛の母に父は腕輪を贈らなかったのか。

 母が亡くなる前に、私はあの腕輪を父が持っていたことを思い出したから、余計に気になった。


 ディアボルテの代わりに健康的になった私には、調べものをするために王家の禁書庫に入ることも容易だった。

 そこで知ってしまった真実。

 歴代の王家に連なる者達の記録に散りばめられたそれらは、はっきりとは書かれていなかったからこそ、父も記録を隠さなかったのだろう。


 守りの腕輪は、愛する者に降りかかる厄災を、その身で防ぐ。


 自分自身をいわば生贄にして、守るのだ。

 愛していなければ、守ることはない。

 身に着けている人物を守るわけではなく、付けた人が愛している相手を守る腕輪。

 だから、罪人や奴隷につけさせても意味はない。

 私の命を繋ぐには、私を愛し、犠牲になる人が必要だったのだ。


 そして、それは、ディアボルテ。


 父が選び、あの日、私とディアボルテは出会うように仕組まれた。

 ディアボルテはオーベルハント伯爵家の令嬢だが、庶子だった。

 母親は身分の低いメイドの娘。

 それを、私と出会う少し前に引き取っていた。


 この時に、すでに父と伯爵の間で取引があったのだろう。

 伯爵家に引き取られてから私に出会うまで、ディアボルテは虐待を受けていた。

 誰にも愛されず、辛く当たられる日々を過ごしていたのだ。

 おそらく、私にだけ好意を持つように、そうされていた。


 そして父の思惑通り、彼女は私を深く愛してくれて、守りの腕輪を身につけるに値する生贄へと育ったのだ。


 真実に気づいた瞬間、私は即座にディアボルテの腕輪を取り外そうとした。

 けれど出来なかった。


 守りの腕輪は、一切の継ぎ目なく繋がり、ディアボルテが病にやせ細っていってもその細い腕から外れることが決してなかった。


 日に日に死へと近づいていく彼女に気が狂いそうになりながら、私は必死に腕輪の解除方法を調べた。

 そうしてたどり着いたのは、腕輪の使用者が、愛する者への愛を揺らがせること。

 身につけた時に想っていた相手への信頼と愛情を欠けさせれば、発動条件が崩れるのだ。

 知った直後、私は彼女へ酷い言葉を投げつけた。

 そうすれば、ディアボルテは私への愛情を揺らがせてくれると思ったからだ。

 けれどそうはならなかった。


 冷たく接しても、夜会のエスコートしなくても、贈り物をしなくなっても。

 彼女はただ、耐え続け、私への愛を少しも曇らせてはくれなかった。 


「……何か、事情があるのでしょう? ジグニール」


 急に冷たくなった私を信じて疑わないディアボルテ。

 嬉しかった。

 私を愛してくれていることが。

 けれどそれでは駄目なのだ。

 彼女が私を諦めてくれなければ、腕輪は外れず、彼女は近い将来私の代わりに死ぬのだ。


 それだけは、許容できなかった。

 彼女に憎まれ嫌われようとも、私は、彼女に生きてほしかった。


 そして私は最低の王子を演じることにした。

 協力してくれたシュリーナ・ライネル男爵令嬢は、最後まで私と一緒に腕輪の解除方法を探してくれていた助手だ。


 王宮魔導師を頼ると父にわたしの動きが知られてしまう可能性が高かった。

 けれど学生なら、まだ父の目をごまかせるのではないか?


 シュリーナは男爵令嬢でありながら成績優秀で、将来は王国の魔導研究所に行くだろうと言われていた。

 だから私は彼女に声をかけた。

 王家の影を欺くために周囲に防音の結界を張り、婚約者を助けるために協力してほしいと。


「ディアボルテ様に事情を話した方が早いのでは?」


 そうシュリーナはいっていたけれど、私はそれに頷かなかった。

 何度冷たい態度をとっても私を嫌うことの無かったディアボルテだ。

 事実を知ったら、私の身代わりに喜んで死んでしまう未来が容易に想像できたからだ。


 シュリーナには悪いことをしたと思っている。

 表面上は偽の恋人を演じさせ、周囲を欺きながら腕輪の解除方法を、その仕組みを共に調べてもらっていたのだから。


 ディアボルテを前に笑顔が引きつっていたのはそのためだ。

 死にかけている彼女を救うためとはいえ、心にもない言葉を吐いて王太子をたぶらかす悪女になり切ってもらったのだから。


 父の誤算は、ディアボルテを私が心底愛してしまったことだろう。

 こんなところは、本当に親子でそっくりだと思う。


 シュリーナが今後困らないように、すべてを書き記した手紙を私の死後に父に届くように手配してある。

 父がすべてを知った私が取った行動を、そしてそれに協力したシュリーナを排除することが無いように。


 そしてディアボルテにだけは、真実を知られないように。


 彼女には、自分を捨てた最低の屑王子が自業自得で亡くなったのだと思ってもらいたい。

 少しの罪悪感も抱くことなく、幸せな未来を歩んで欲しい。


「……っ!」


 ごふっと、咳と共に血が吐き出される。

 私の命は、もうあと僅かだろう。

 腕輪は私の手首にしっかりとついている。

 自分自身に即座に付けたのは、父を身代わりにさせないためだ。


 父が母の代わりに身代わりにならなかったのは、私がいたからだ。

 母は侯爵令嬢だったけれど、実家の侯爵家は権力欲の無い、言い換えれば力のない侯爵家だった。

 そして生まれてきた私も病弱。


 母の代わりに父が亡くなったら、力のない侯爵家出身の母を守るものはなくなるのだ。

 そして幼い私までいた。母にそっくりな私が。


 だからこそ、父は最後まで、身代わりになる事が出来なかった。

 けれど母を失い、私までも失うなら、父は、自身を身代わりに私を助けようとしただろうから。


 父が私を想うように、私は父を大切に想っている。

 やり方は間違ってしまったけれど、父が私を愛し、守ろうとしてくれたのはわかっているから。

 私が腕輪を付けている限り、外れることは死ぬまでない。


 彼女を、ディアボルテを、私は愛しているから。

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