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前編

 辛気臭い部屋だった。

 カーテンを閉めきっているわけでもないのにどことなく部屋がくすんで見えるのは、この部屋の住人が今まさに死の淵に佇んでいるからだろう。

 王宮の一角に作られた隔離部屋。

 伯爵令嬢とは思えない質素なベッドに横たわるのは、私の婚約者であるディアボルテ・オーベルハント伯爵令嬢だ。

 以前は輝くばかりに眩しかった蜂蜜色の金髪はぼさぼさに傷み艶をなくし、柔らかな曲線を描いていた頬はこけ、大きな空色の瞳は落ちくぼみかつての愛らしさは微塵も残っていない。

 もうベッドから起き上がることも出来なくなった身体は痩せこけ、皮が骨にへばりついているかのようだ。

 漂う隠しきれない死臭に吐き気がする。

 こんなことはあってはならなかったのだ。

 

 私の気配に気づいたのか、ディアボルテがうっすらと目を開ける。

 その瞳に光はなく、おそらくもうほとんど見えてもいないのだろう。

 

「ディアボルテ・オーベルハント伯爵令嬢。貴方との婚約は破棄させてもらうよ」


 ぴくりと、ディアボルテの身体が反応する。

 くすんでしまった水色の瞳が、私を見つめる。

 いつ息を引き取ってもおかしくない程に衰弱した彼女は、わたしの隣にいる令嬢に気づいたようだ。

 

「……その、方、は……」


 明るく華やかだった声も擦れ、息も絶え絶えな事に苛立ちが募る。

 彼女を取り巻くすべてに怒りがこみ上げる。


「私の新しい恋人だよ。シュリーナ・ライネル男爵令嬢だ。彼女ほど素晴らしい人はいない。さぁ、愛しのシュリーナ。君の愛らしい声を聞かせておくれ」


 シュリーナの腰に手を回すと、彼女の身体がぎくりと強張るのがわかった。

 それでも表情は笑顔を浮かべているのだから、許せる範囲だ。

 ディアボルテには見えないだろうから。


「初めまして。ディアボルテ・オーベルハント伯爵令嬢。あた……わたくしは、ジグニール殿下と真実の愛に目覚めましたの! 祝ってくださいますわよねっ」


「真実の、愛…………っ」


 落ちくぼんだ眼が、はっきりと見開かれた。

 私に向かって震える手が延ばされる。

 老女のようになり果てた枯れた手を取ると、その手に不似合いな豪奢なブレスレットがごろりと主張する。

 煌びやかな魔法石が埋め込まれたブレスレットは、継ぎ目が見えない。

 やせ細った手首よりもずっと大きく、今にもするりと抜けそうだというのに、手を触れ抜き取ろうとするが、外れない。

 舌打ちをしたくなる。

 王家の秘宝といわれるこのブレスレットは、ディアボルテが身に着けていていいようなものじゃない。


「あぁ、そうだとも。ディアボルテにはもうわからないかもしれないが、愛しのシュリーナは妖精のごとき愛らしさなんだ。君のようにみすぼらしくなり果てた女がこの王太子たる私の婚約者だなんて、おかしな話だろう?」

 

 彼女を言葉で傷つけながらブレスレットを抜こうとするが、まだ外れない。

 だが先ほどまでは見えなかった継ぎ目がうっすらと浮き上がっている。

 目をきつく瞑り、私は言い放つ。


「今日この時をもって君との婚約は破棄される。私はこの最愛のシュリーナと婚約するのだ。彼女の愛らしいピンク色の髪を見ていると癒される。珍しい赤い瞳も魅力的だ。平凡な水色の瞳と金髪しか持たない君とでは大違いだろう? 私の愛はもう君にはないんだ。わかったら、さぁ、私たちを祝ってくれ。婚約破棄に同意してくれるね?」


「……っうっ……」


 ディアボルテの瞳から、涙がこぼれる。

 瞬間、ブレスレットがかちりと外れた。


(よしっ……!)


 外れたブレスレットを即座に自分の手首に付ける。

 瞬間、ずしりと身体に重みがかかったが、ディアボルテの腕にあった時と同じように継ぎ目が消えたのを見て、私はほくそ笑む。


 最初から、こうあるべきだったんだ。


「まぁ、君が破棄に同意しなくとも同じことだけれどね。そうそう、このブレスレットは返してもらうよ。これは王家の秘宝の一つだからね。君が身に着けていていいようなものじゃないんだ。王太子たるわたしにこそ相応しいとずっと思っていたからね。もう二度とここへ来ることはないだろうけど、元婚約者のよしみだ。王宮から追い出すことはせずに、少ない余生を楽に過ごせるように取り計らっておくよ。じゃあね」


 へらへらと笑みを浮かべながら言う私にシュリーナが引きつり笑いを浮かべている。

 ベッドの上で声を押し殺して泣くディアボルテに背を向け、私はシュリーナと共に部屋を後にした。



※あらすじにもタグにも入れましたが、『ざまぁではない』です。

ざまぁ好きの方はご注意ください。


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