冒険者VS犯罪者
そっと扉を開けた瞬間、ネウス、ローチバ、メイトと兎人の戦いが静かに幕を開ける。
スッ・・・。1ミリにも満たない隙間が扉と壁の間に開き、室内の空気が外へ漏れ出すより早くネウスは進入に成功する。中にいた兎人も、扉を開けたローチバも、後ろから見ていたメイトもネウスの動きを把握できていなかった。
ヒュッと一足遅れ室内から矢が扉の持ち手に向かって飛び出す。扉に仕掛けられた簡易的な罠が侵入者の腕を狙う。
だが侵入者は元々、このアジトの住人。罠が仕掛けられていることは把握している。バシッと掴み、扉の隙間に身を入れ込み侵入に成功する。
侵入者を傷つけることに失敗した罠だが、本来の目的は達成していた。兎人達は罠の起動を把握し、侵入者の存在に気づく。
「一人・・・、いやたった二人で来たのか。自ら来たんだ、ポーションにされても文句は言うなよ。」
「・・・・・・。兄貴。」
侵入者の数を二人と把握した、兎人の頭領は余裕を見せる。
それに対し先行したネウスか、後ろのメイトの存在を隠し人数を誤認させるというアドバンテージを獲得しようとしたローチバは、それを活かす方法を考えていた。
「言葉ではもう、兄貴には届かないっぴょ。だからあとは、この拳で思いを打ち込むしかないっぴょ!!」
ローチバは自分が囮になることで、メイトとネウスが動きやすい空間を作ろうと考えた。
兎人の頭領に向かって飛び出し、拳を振るう。
ガキィン・・・。
お揃いのナックルがお互いを弾き合い、鈍い音を響かせる。
結果は仕掛けたはずのローチバが大きく仰け反り、隙を晒す。
好機と判断した兎人たちはローチバを囲もうと背後に回り接近し、発達した足で蹴り飛ばそうとする。
「【悪鬼強化】脚力、腕力。」
ローチバの危険を察知したメイトが扉から部屋に突入し、襲い来る兎人の前に立ちはだかる。そして、ゴブロウから受け取った大楯を前方に掲げ、強靱な蹴りを防ぎきる。
「助かったっぴょ。でも、これはちょっとまずい。」
兎人の攻撃を防ぎきったものの、他の兎人に背後を取られた。ただでさえ不利な多人数戦で背後を取られてしまうと攻撃を防ぎ切るのは難しい。
さらに唯一の退路である扉も取り押さえられていて、メイト達の状況は最悪だ。
メイトとローチバはお互いの背中を守り、背後を守る。
「お前のことだ、何か策があるんだろ?早く使わなくても良いのかよ。」
「何のことだっぴょ。」
「ああ、ほんとにお前は嘘が下手だな。」
ローチバは切り札を隠そうとして、頭領に向けて横を向き半身だけを見せる。だが、それは隠した場所に秘策があることを教えてしまう。
ローチバは頭領に言われて、しまったという顔をするが、すぐに冷静になる。
確かに秘策があることはばれてしまったが、幸いばれて困るようなものではない。
「なるほど、よっぽどその秘策に自信があるらしいな。だが、俺はお前相手だからって油断はしない。」
そう言って頭領は懐から何かを取り出す。それを見たローチバが苦い顔をする。
メイトが横目で確認すると、それはハイポーションだった。
「それは、あの子たちの・・・っぴょか?」
「新鮮な色だろ。何せさっき取ってきたばかりだからな。」
「・・・・・・っ!!」
それは、絶望にも希望にも捉えられるような言葉だった。頭領の言葉を信じるなら、バードか、イーグか、あるいは両方が生存している可能性を示唆する。その言葉の意味を理解した二人は明らかに動揺する。
「良いのか?早く助けないと死んじまうぞ。」
焦るな、焦るなと、ローチバは自分に言い聞かせる。
(兄貴は俺に平気で嘘をつく。今回もそれに違いない。
新しいポーションも別の冒険者を攫ってきた物のはずだ。)
それでも、動揺はローチバに罪を自覚させる。もし、兄貴の言っていることが本当であの子たちが生きているなら・・・。
「二人はずっと苦しんでいるぞ。」
頭領はローチバに更に絶望を与える。
焦るな!!焦るな!!
嘘だ!!嘘だ!!
ローチバは自分に言い聞かせ、唇を噛み耐える。
「うあああああぁぁぁぁぁ!!」
だが、もう一人、バードとイーグを知るメイトは耐えられなかった。否、メイトは耐えようとさえしなかった。地獄での出来事を考えれば、このくらいの絶望、メイトなら耐えられる。しかし、動かなければならない理由があった。
「こいつの言っていることは嘘じゃない!!バードとイーグは生きてるッ!!」
メイトの【悪心看破】に反応があった。
ローチバに投げかける絶望の祝詞。確かに込められた悪意には虚言の反応は含まれていなかった。
頭領は真実に悪意を乗せて不安を煽る。
「ああ、生きてる。早く助けてあげないと・・・、本当に死ぬぞ。」
メイトは大楯で頭領に突撃する。【悪鬼強化】で強化された脚力、腕力で、今のメイトに出せる最大の攻撃を叩き込む。
頭領に大きな衝撃を与え、奥の壁まで押し切る。
だが、自力が違いすぎた。初めこそ助走のアドバンテージで押せていたが、徐々に減速し壁の直前で止まってしまう。そして大楯の上部を掴まれ腕から剥がされる。
「良い威力だ。だが軽い。」
メイトの突撃で崩れた、陣形につけ込み兎人たちがローチバに流れ込む。
ローチバは心境も状況も絶望的だった。だが、極限状態に追いやられたローチバには世界がゆっくりに感じた。
兎人が振りかぶる腕や足がなかなか向かってこない。血と汗の匂いが薄まり、優れた聴覚を持ってしても音を遠くに感じる。
すべてが遅くなった世界で混乱した頭だけが早く動き続けた。
バードやイーグは本当に生きているのか。メイトも取り乱して捕まった。ネウスは何をしているんだ。
焦る、怒る、悲しむ、絶望する。何度も何度も思考を繰り返し、終える。
五感に感覚が帰ってきて、時が正常に動き出したと錯覚した。そんな狂った自分に笑った。
「ハンッ」
自分も世界もぐちゃぐちゃになったが、おかげですっきりした。
こんな時、自分の憧れる伝説の冒険者はどうするだろうか。迷ったときどうやってそれを乗り越える。
「兎四武術【四肢連】」「足技【突槍】」
「フッ」
兎人の振るう技を、覚醒した【絶対音感】により躱して笑う。
最初から答えは知っていたのだ。
「俺は正しいことをするだけっぴょ。」
ローチバは懐に隠していた刀を抜く。鞘から抜かれた短めの刀はかつての主人と同じ志を持つ男の思いに、『足りぬ技』を貸す。
バシュッ、バシュッと確かに物が切れた音が聞こえた。使ったこともない、練習もしていない刀術。しかし、主人の思いをくみ取った刀が技量を補い、思いを届ける。
自慢の技が避けられた兎人たちが前後左右から繰り出した回し蹴りを強引に横から両断した。
「があああっ。」
「んぎぃぃぃぃぃっ。」
「ッズ・・・・・・。」
「ンッビュッフェ!!」
三人の兎人がその場に倒れるが、一人は片足を切られたがもう片方の足で立ったままだった。
パリンッ。ピイィン。
後方の兎人によりハイポーションが投げ込まれ、倒れた兎人たちは瞬時に回復し立ち上がる。その時、ローチバの耳が頭領の言葉を捉える。
「ポーションはもう十分あるんだ。だから、お前を生かす必要はねえ。」
そう言い放った頭領はメイトの腕を掴み、引き寄せる。そして、膝蹴りをメイトの顔面に喰らわせる。
ローチバはすぐにメイトを助けに行こうとした。だが、状況は依然兎人たちに囲まれたまま。
なんとか突破しようと、兎人たちの攻撃を躱しながら前方の敵を両断する。だが、瞬時に投げ込まれるハイポーションにて回復され、何度倒しても敵が減らない。
もう一度メイトの腕が引き寄せられ、頭領は腕引き拳を構える。メイトの身体は『身体脆弱』により、とてつもなく脆い。すでに全身から血を吹き出し、気を失っている。
「誰か止めっ「ブチャッ!!」・・・ぴょ!?」
拳がメイトの腹を捉えようと黒いマントに触れた瞬間、頭領の腕が止まる。それと同時に兎人たちが「ブチブチッ」と破裂した。そして頭領の背後に姿を消していたネウスが現れる。
「『部分獣化』【爆爪】。兄貴はてめぇが止めるんだろ?やって見せろよ。」
カランッと地面に刀が落ちる。
ローチバは決めていたのだ。兄貴を止めるのはこの拳だと。
さっき手に入れた力じゃなくて、他人から借りた技じゃ駄目で・・・。ガキの頃から殴り合って高め合ったこの拳でないと届かない。
「負けられねぇ、負けられないんだよ。敗者だけが悪だから。だから、負けられないんだよっ!!」
兄貴はネウスに掴まれた腕を振り払い、足を大きく薙ぎ払う。ネウスはあえて手を出さない。ただ、頭領を見つめている。
頭領は叫ぶ。
「見せてやる。兎が狼の顎を打ち砕くところをなァ!!【螺旋昇脚】」
「そんな戯れ言、てめぇの群れを治めてから言いやがれ。」
頭領が最後に信じたのは兎人の発達した脚力だった。低い姿勢を取り、金狼の顎を捉えんとする後ろ蹴りは・・・、ネウスに余裕綽々と躱され、空を切り、大きな隙を生む。
その隙を愚かな兎人は見逃さない。
「正しさなんて分かんないっぴょ。でも、自分が納得できないモノを正しさとは言いたくない。だから、俺が誰もが納得する伝説になって正しくあるっぴょ!!」
ローチバが信じられるのは、幼いときから兄貴と打ち合ったこの拳だけ。
「届け、【伝説昇拳】」
兄貴の下に潜り込み、昇る拳で顎を打ち抜いた。その一撃はローチバに伝説へ昇る第一歩を踏み出させると同時に、初めて兄貴の意識を刈り取ることに成功した。
ここに冒険者と犯罪者の戦いに決着が付く。