マナト
ローチバを追ったメイトはロジョードの街まで帰ってきた。さすがに地獄虎を街中に入れることはできない。メイトは地獄虎を罪点に戻し街中へ戻る。メイト一人ではローチバを探すことはできない。だから、ギルドに助けを求めることにした。
「あら、メイトさん。もう涅の討伐は終わったんですか?」
「エクテクさん!!聞いて下さい。」
ギルドの中にエクテクさんがいてくれて助かった。他の受付嬢とはあまり接点が無いから、話しても信じてくれないかも知れない。
「【悪心看破】でローチバから罪悪感らしき感情を読み取りました。それに、それまであいつと一緒にいたバードとイーグがいなくなっていて・・・。」
メイトは起きたことを詳細にエクテクさんに伝えた。聞き終えたエクテクさんは険しい顔をした。
「バードさんとイーグさんはまだギルドに戻って来ていません。塔の中に残っている可能性が高いでしょう。本日中に戻らなければギルドで捜索隊を派遣します。ですが、ローチバさんの件はギルドが動くことはできません。」
「どうして・・・?」
「証拠が足りません。メイトさんの証言だけでは・・・。」
「クッ。」
メイトは手を振り上げ、机を叩こうとする。だが、叩きつける直前に急停止してそっと手が置かれる。
メイトは自分の力不足を嘆く。実力も、信頼も、運もすべてが足りない。
「ごめんなさい。帰ります。」
メイトは踵を返し、エクテクさんに背を向ける。しかし「待って下さい!!」と制止され、立ち止まる。
エクテクさんは受付から出てメイトの側に並ぶ。そしてメイトの右手を包み込む。
「この拳はローチバさんに取っておいて下さい。私はメイトさんを信じています。」
エクテクさんはどうして、こんなに自分のことを信じてくれるのだろうか。メイトは自分のやるべきことは何かと考える。
「バードさん、イーグさんの捜索には必ず腕の立つ冒険者を派遣させます。だから、ローチバさんは貴方に任せます。」
メイトは黙ってに頷き、ギルドを出る。エクテクさんに任せられたんだ。何としてもローチバを探してみせる。
「【悪鬼創造】!!」
メイトは目の前に悪鬼を3体生成する。メイトは路地裏へ駆け込むと同時に【種族融合】を使用する。
「主の命に従い殻に地の底に封じられし獣よ、その獰猛たる牙で咎人の魂を喰らい尽くせ。【種族融合】『地獄虎』」
駆け出して、追い抜かれた悪鬼達は地獄虎に変わる。そしてメイトは少しかがみ、直後に跳躍する。大きく跳躍した僕を地獄虎が背中でキャッチする。
「ローチバの匂いを追え!!この魔袋に残ってないか?」
「グルルゥ。」
地獄虎は路地裏を駆け回る。この魔袋にもローチバの匂いは残っていたようだ。暗い路地裏を迷い無く進むが、全く音を出さない。そして路地の角で立ち止まる。ローチバの匂いの元にたどり着いたようだ。
メイトは【悪鬼強化】を使用し、聴覚を強化する。するとローチバともう一人、男の声が聞こえた。
「遅れてすまねぇ、約束のものもってきたっぴょ。」
「今日も遅いじゃねえか。ポーションの数も少ない気がするが何かあったか。」
「すっすまねぇ。1本落としちゃってそれを補填するのに時間がかかったぴょ。」
メイトは角から声がする方をのぞき込む。
ローチバは袋から青いポーションを取り出して、誰かに渡すところだった。あのポーションは昨日メイトに使った物と同じに見える。
(どうして嘘をつくんだ?)
ドンッ!!とポーションを受け取った男は壁を殴りつけた。
「嘘をつくんじゃねえ、俺は仲間から聞いたぞ。昨日の昼間にいかにも貧弱そうな男にこの貴重なポーションを使っていたってな。」
「そっそれは、そいつを怪我させちゃったからっぴょ。俺が冒険者を続けるには仕方なかったっぴょ。」
男はドンッ!!とまた壁を殴る。
「俺に嘘をつくなと言ったよな。お前のことだ、弱そうな冒険者を諦めさせたくて絡みにいったんだろ。俺達の計画の邪魔をするためによ!!」
謎の男はローチバの胸元掴む。ローチバは抵抗し、逃げようとするが力は男の方が強いようだ。
「俺にはもう無理だっぴょ。新米冒険者を塔の罠にはめてハイポーションを作るなんて。あいつらの悲鳴を聞くのはもう嫌なんだー!!」
この時メイトの頭の中に新米冒険者となったバードとイーグが罠に嵌められ、悲鳴を上げる姿が浮かんだ。
ローチバは更に抵抗し、男のフードに手を掛ける。するとフードがはだけ、兎人の耳が出てきた。
「ローチバ、里はどうするつもりだ。この稼ぎがないとすぐに里は滅びるぞ。何のために、冒険者になったんだ。また、あの地獄に戻りたいのかよ。」
「それでも、俺はもう兄貴に協力できないっぴょ。俺は伝説の冒険者、サブロウに憧れて冒険者になった。俺はあの人のように世界中の苦しんでいる人を救う冒険者になりたいんだっぴょ。」
ドサッっと重みのある音が響く。
兄貴と呼ばれた兎人は、ローチバを地面に叩きつける。そして、ローチバの腕を足で押さえ拳を振り上げる。
「もうお前とは一緒にいられないよな。お前は俺達の中で唯一冒険者でいられたから、重宝していたのに残念だよ。」
愚かな兎人は自分の中にあった大切なものにヒビが入った感覚に襲われた。
「兄貴にとって俺は・・・。」
振り上げた拳をそのまま前に進める。その拳はローチバの顔を捉え血しぶきを舞わせる。
メイトは気づくと地獄虎に命令していた。
「あいつを止めろ!!」
ローチバは良い奴だった。
(あの時、僕がもっと閻魔の力を上手く使えていれば気づけたはずなのに。)
だからローチバを責めようとは思えない。
「何だっぴょ!!」
「何だこの魔物は?」
地獄虎は兎人を翻弄している。この間にローチバを助けないと。
「地獄虎、魔法を使えるか?」
地獄虎は僕の問いに答えるように魔法を使う。
「純魔法【オルクスキン】」
地獄虎は姿を消し、兎人に襲いかかる。その間にローチバの元まで移動する。
「お前は、メイト!?」
「ああ、今度は僕が助けてやるからな。」
メイトはローチバを背負おうと手を差し伸べるがローチバはその手をはらう。
「だめだっぴょ。相手は兄貴だけじゃ無いっぴょ。」
その時、路地裏の天井から複数の人影が降りてくる。兄貴と呼ばれる兎人と同じ格好をしている。メイトたちの味方ではなさそうだ。
メイトはローチバを連れて地獄虎に乗って逃げようとするが、地獄虎は兎人に捕まってしまった。
「俺達兎人は耳が良いから、見えてなくてもこの化け物の動きを感知できる。足りないハイポーションの分はお前の命で払ってもらう。お前ら、かかれ!!」
地獄虎は兎人に刺され、霧散した。
地獄虎は悪鬼3体分以上の強さがあるはずなのにそれを仲間の補助があるとはいえ一人で倒したあの兎人は何者なんだ。
メイトが兄貴と呼ばれた兎人の実力に驚いていると、他の亜人達がこちらに向かってくる。
メイトは目の前に【悪鬼創造】で4体の悪鬼を生成する。地獄虎を倒せる兎人の部下たちが悪鬼に手こずるはずが無い。
どうにか隙を作り、地獄虎に乗って逃げ出さなければ。
「地の底に封じられし獣よ、我がっグハッ!!」
【種族融合】で地獄虎を生成しようとしたが、兎人たちは一瞬で悪鬼の間を通りメイトの顔を殴った。【種族融合】は失敗し、悪鬼達も残りの兎人に倒されてしまった。
そして、リンチが始まる。
「お前のせいで上級ポーションを2本も無駄にしちまった。お前の細い身体でどれだけポーションができるか・・・。」
メイトは兎人たちに四肢を押さえられ持ち上げられる。そして、兄貴と呼ばれる兎人はメイトの腹を一発殴る。こいつは何度も何度も心が折れるまで殴るつもりだったのだろう。【悪心看破】で強い気持ちを感じた。
ゴッホッ!!
たった1発でメイトがノックダウンするには充分だった。メイトは激しく吐血した。痛い、苦しい。内臓が潰れ、血が口から滝のように流れ出る。
「おい、血ぃ吐くんじゃねーよ。ポーションの量が減っちまうだろうがよ。」
ローチバはメイトの胸を掴み、持ち上げる。メイトの吐血が兎人の腕を赤く濡らす。
「お前みたいな弱者が、正義の味方気取ってんじゃねーよ。弱え奴はこの世界じゃ何もできない。力こそが正義だ。」
そして意識が朦朧とするメイトを投げ飛ばし、ローチバの元に向かう。
「ローチバ、俺は残念だよ。お前だけは里を裏切らないと思っていたのに。」
「兄貴、俺はどうなっても良いからそいつを、メイトを助けてやってくれっぴょ。お願いっぴょ。」
「そいつは無理だ。お前を失う分、稼がないといけないからな。」
兄貴と呼ばれた兎人はローチバを縄で縛り上げる。ローチバが抵抗しないのは明確な実力差があるからだろう。ローチバはかわりにメイトの方を見て話しかけた。
「あの時ハイポーションでお前を治さなければ、冒険者を諦めてくれたっぴょか?冒険者にならなければ、こんな危ない目に遭わなくてすんだのに・・・。ごめんっぴょ。」
「謝・・・るな・・・よ、弱いくせに・・・首を突っ込んだ、僕が悪いんだ・・・。ゴブッ。あいつの言うとおり・・・、弱い奴は何もできないんだ。」
メイトは血反吐を吐きながら、自分の力不足を嘆く。
(僕は弱い。僕に戦いの才能は無い。それなのに誰かを助けたい気持ちは人よりも大きくて、無茶して破滅してしまう。
僕は『マナ』のようにはなれない。)
「それでも、俺はうれしかったっぴょ。メイト、お前に救われたっぴょ。真の冒険者を志す者が俺だけじゃ無かったって最期に知れて良かったっぴょ。」
メイトもローチバも縄できつく縛られた。
兎人が大きな袋を持ってきた。今からあれに詰められるのだろうか。この身体は脆弱なくせにこの程度では死なないらしい。メイトが閻魔だからだ。メイトは抵抗するのを諦め空を仰いだ。
すると、目の前の空間にゆがみが生じた。そこから、緑色の光る物体が飛び出してきた。
兎人達は気付いていない。
ようやく、ようやく会えると喜ぶ地獄の相棒はメイトに話しかける。
『メイト、私に触れて。私にあの兎共を殺させて欲しいでござる。』
マナ・・・?メイトはすがるように手を伸ばした。ここにいるはずが無い相棒に。
緑色に輝く物体の正体は閻魔大王により送られたマナの魂だった。マナがメイトの身体に触れると、メイトの身体にマナの魂が入る。
『任せてメイト。あいつらを蹴散らしてやるでござる。』
マナの魂がメイトの身体に馴染んで変化をもたらし、髪色の左半分が緑になる。
「今の私はマナト、メイトとマナのアビリティは一部しか使えないけど、マナの技術は受け継いだでござる。メイトを傷つけた兎人共は絶対に許さない。」
このマナトこそ、我々の希望。
マナトは縄抜けの術で素早く縄から抜け出す。そして、兎人に向かって歩みを進める。
「どうやって縄から抜け出したんだ。それに、姿も変わっている!?」
兎人たちはリーダーの兎人を庇うように前に出る。それぞれが武器のナックルを装着して臨戦態勢だ。
「雑魚兎、掛かってくるでござる。」
兎人たちは一斉にマナトに飛びかかる。
兎人たちは素早い動きで接近し、拳を振るうがマナトには当たらない。
「クソ、なんで当たらないんだ。」
マナトの動きはけして速いわけではない。だが、速いだけの兎人の拳をマナトは初見で見切ってしまっている。
「ぐはっ。おい馬鹿野郎」
マナトは乱戦を利用し、兎人の攻撃を受け流して他の兎人に当てていた。
攻撃を躱し、崩れた体勢を利用して投げ飛ばす。振るった腕を引っ張り仲間の兎人に当てる。
それを繰り返し進み続ける。リーダーの元にたどり着く頃には、他の兎人は動けなくなっていた。
「さっきとは見違えるほど、強い。いや、本当に別人なのか?」
リーダーはマナトの強さに驚く。肉体の強靱さにとらわれない武術の美しさに感動すら覚えていた。
「だが、1対1なら力を利用されることはない。その貧弱な身体では俺に勝てない。」
マナトはゆっくりとリーダーに近づく。
リーダーは拳を構えて、ひたすらに待つ。
マナトはリーダーの目の前でピタリと静止する。ここがお前の間合いだろと言わんばかりにリーダーの兎人を睨み付ける。
マナトは更に一歩前に出る。
「この距離でも攻撃しないとは腰抜けでござるな。」
マナトは仕掛けてこない相手をあざ笑い、挑発する。
「お前の手には乗らん。俺はお前が手を出すまで構えを崩さん。」
マナトはリーダーの顔にゆっくり手を伸ばす。まだ、リーダーは動かない。
「いくらこの身体の力が弱くても、貴方の目を潰すくらいはできるでござる。」
マナトは目を潰すと宣言する。
マナトの手がリーダーの目に触れようとするとき、リーダーが動いた。
顔を少し上げ、マナトの手に噛みつこうとした。
マナトすぐに腕を引っ込めた。そして同時に顎を蹴り上げる。まるでどういう風に攻撃して来るか読めていたようだ。
噛む衝撃にマナトの膝蹴りが追加され、リーダーの歯が欠ける。
「グハッ!!」
マナトは一歩下がり、回し蹴りを叩き込む。狙いは口だ。リーダーは腕で蹴りを防ぎ、弾き飛ばす。
素となったメイトの身体が脆弱なように、マナトの身体も脆弱で、一発でも攻撃が当たれば瀕死になるだろう。リーダーはマナトの体勢を崩し、受け流せないようにするつもりのようだ。
弾かれた足は弧を描き、空中からスピードをつけて再びリーダーに襲いかかる。
リーダーは今度はしゃがむことで避けるが、そこにもう片方の足のかかと蹴りが回転力を伴い襲いかかる。
「ンッグアッ!!」
マナトの攻撃をもろにくらっているが、そこまでダメージはないようだ。マナトの身体の脆弱さと獣人の頑丈さが作用したのだろう。
体勢を立て直そうとリーダーは地面に手をつくが、その手を絡め取られ背後に回り込まれる。リーダーの背後から目に指が飛んでくるのを察知し、頭突きで対処しようとするが、マナトは絡め取る手を持ち替えてリーダーぼ頭に持って行き、髪を引っ張り地面に頭突きを強制する。
「ゴアッ!!」
ゴンッと鈍い音を立てて地面に頭突きしたリーダーの頭は大きくバウンドする。マナトは地面にはじかれた頭を蹴り飛ばし、リーダーの正面の顔を地面に叩きつける。
「ブボッ・・・。」
マナトは意識が朦朧としてきたリーダーの金的に蹴りを叩き込み、頭を掴む。
「メイトに手を出したお前は、許さない。気を失うのだってさせないでござる。」
リーダーは絶望した。とんでもないものを怒らせてしまったと。
マナトは更にリーダーを苦しめるために、前に出る。
「確かにメイトのお腹に一発だったでござるな。緑龍術『縛』」
地面から異界の植物が現れ、リーダーの四肢を拘束する。メイトが殴られた状況を再現し、リーダーの腹に拳を密着させる。
「内臓を壊すのに力は要らないでござる。」
マナトは敵の筋肉が緩む瞬間に、腕を捻りながら溜めた推進力を解放する。
「ゲホッ・・・、ゴホッ・・・オウェッ。」
リーダーは口から涎、吐瀉物、血液など体内のあらゆる物を吐き出す。
「やっやめてぴょ。兄貴をそれ以上傷つけないでくれっぴょ。」
ローチバがもう一度同じことをしようとしたマナトと瀕死のリーダーの間に入る。マナトはローチバを睨み付ける。
「貴方がそいつを庇うなら、私はメイトを嵌めようとした貴方にも容赦しないでござる。」
「兄貴はかけがえのない俺の家族だっぴょ。失うわけにはっ、行かない。」
ローチバに取って、あの兄貴は俺にとっての玲奈のように大事な存在なのか。
ローチバの気持ちが痛いほど伝わる。玲奈ならこういうときどんな行動をとるだろうか。
「退きなさい、貴方は巻き込みたくないでござる。」
マナトはメイトの気持ちを汲んでくれたのか、ローチバを逃がしてくれるみたいだ。
『そろそろ時間じゃ。戻ってくるのじゃ。』
ラズリの声が聞こえた。時間制限があったみたいだ。
「っく。危なくなったらまた助けに来るでござる。」
マナトは魔袋からポーションを取り出し、身体にかける。そしてマナは地獄に帰って行った。マナトの身体はメイトに戻り、身体の主導権も僕に戻る。
「下っ端共、今のうちに逃げるぞ。」
マナがいなくなったことで、植物による拘束が解ける。
リーダーと動けなかった他の兎人は路地裏から逃げていった。残されたのはメイトとローチバだけだった。
「これで良かったぴょ?兄貴を止めるべきなのは俺だったのに・・・。」
「正しさを貫くには、僕たちには一人で戦える強さが足りなかった。それだけだ・・・。」
マナに頼ってばかりじゃ駄目だ。正しくあるために強さが必要だ。メイトはローチバに手を貸す。
「僕は必ず強くなる。お前はどうだ?」
「俺も強くなるっぴょ。伝説の冒険者のような真の冒険者になるために。」
ローチバはメイトの手を掴んで立ち上がった。