罪悪感
太陽も月も星々も無く、あるのはただただ赤黒く広がり続ける大地だけ。はたして、この地の果てにはどのような者が待っているのか、それは地獄の主しか知り得ない。
「なるほどのう、確かに可能じゃ。じゃが、あまり長居はできぬぞ。奴に気づかれてしまうからのう。」
「では、出発するでござる。」
少女は現世へ乗り込もうと水晶に近づく。それを閻魔大王は大きな手で阻害する。少女は少し怒るとともに不思議そうな顔で閻魔大王の顔をのぞき込む。
「これ、マナ。今あいつに会いに行っても何の助けにもならんぞ。あやつが本当にピンチになった時のために残しておくのじゃ。」
少女の中でいくつかの葛藤があったのだろう。
「くっ!!」と可憐な少女にに似つかわしくない険しい顔をして、その後に水晶から離れる。
「メイト、無事でいて・・・。でも、危ないときは私を呼んで欲しいでござる。」
少女の願いは思い人に届くか、否か。地獄は今日も黒く鈍く輝く。
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「お客様!!おはようございます。朝食の準備ができております。」
異世界最初の目覚めはとても元気な挨拶により、起こされた。寝ぼけた眼をこすり、声がした方向を確認する。その背後には真っ黒な塊が・・・。なにやら不穏な匂いを感じ取り、メイトの意識は覚醒した。
「おはよう、ハッピー。それで、後ろの皿にのっている黒い塊は何かな?」
机の上に置かれた、焼け焦げたような色合いの謎の物体が異様な存在感を放つ。メイトはその物体を指さし、その正体をハッピー、この宿屋の幼い店員に尋ねる。
「本日の朝食、電電鳥の丸焼きです!!普通に焼いてもおいしくないので焦げるまで焼いてみました。どうか、感想をお聞かせ下さい!!」
「いや、待て待て。焦げた物を客に食わせようとするなよ。いや、その前に魔物を料理として出すな。」
元気よく受け答えされたが、だからって許せるわけではない。メイトはおかしいと思ったことを指摘した。そして、木製のフォークらしき食器を受け取り、電電鳥の丸焼きを食す。
「ゴホッ、ゴホッ。やっぱり食えるわけ・・・。」
「まさか、ほんとに食べてくれるとは・・・。うひひっ」
こんなの普通の人間が食ったら、病気になる。他の客にも出してるのだろうか?とメイトは炭の味を堪能しつつ、電電鳥の身体を掘り進めていく。するとサクサクと音を立てていた物から、ズブッと柔らかい物に刺さる感覚が伝えられる。
「これはっウマイ!?」
「ほんとですか!!やっぱり私の見立てに間違いは無かったのです。」
中心にあった軟らかい肉はほどよい焼き加減になっており、舌が痺れるように感じた。
「ほまへ、こへはひへをはへふほ!!はへ?」
ほんとうに舌が痺れていた。これは電電鳥の心臓か?ちょっと危険だがこの刺激は堪らないな。
その時部屋の扉が開き、宿の女将さんが入ってきた。そしてメイトの惨状を見て少女の頭を叩く。
「この度は娘がすみません。勝手に厨房を使っていると思ったらこんなことをしていたとは思いませんでした。」
「いえいえ、僕も新しい発見ができました。それにこの子はいたずらがしたくてこんなことをしたわけではありませんよ。ほらっ、理由を言ってみるんだ。」
メイトはハッピーに悪心看破で悪意が無いことを確認していた。きっとお母さんや、店のことを思ってのことだろう。ハッピーが怒られないように助太刀しよう。
「あのっ、お母さんが店の経営がって言ってたから手伝おうって。私、料理得意だから。でも、お肉高くて魔物肉しか買えなくて・・・。」
「ハッピー・・・。ごめんね、私が心配させちゃって。」
ハッピーは泣きじゃくり、お母さんの胸に飛び込む。こんな姿を見せられて助けてあげたくなったメイトは、どうして経営がまずいのか聞いてみた。
「ここは新人の冒険者の方が多く泊まられていたのですが、近頃はその数が減ってしまって・・・。」
ここでもその話か。ここまでくると、何か原因がありそうだな。メイトは銀貨を一枚取り出しハッピーに渡した。
「メイトさん、これ・・・?」
「電電鳥の丸焼き、美味しかったよ。また頼む。魔物の肉は僕が持ってくるよ。」
宿屋の親子からとても感謝された。やっぱり、善行をするのは気分がいい。メイトは軽やかな足取りで冒険者ギルドに向かった。
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ギルドの前で見覚えのある人物を見かけた。兎人のローチバだ。よく見ると耳のところを怪我している。
「おお、ローチバ。耳どうしたんだ?」
「お前には関係ないぴょ。さっさと入るっぴょ。」
今日はあまり絡んでくれないらしい。メイトのは残念に思いながら冒険者ギルドに入った。ギルド内にも見知った顔ぶれがいた。
「バードと、イーグじゃないか。お前らも今日から冒険者か?」
「ふんっ。一日しか変わらないから先輩とは呼ばないわよ。」
「メイトさん、こんにちは。これからよっよろしくお願いします。」
二人は無事に冒険者になれた見たいだ。相変わらずの二人だが、緊張して無くて良かった。どうやら、二人はいきなり塔に行くらしいが、熟練のシルバー冒険者が付き添ってくれるらしい。ローチバと同じランクなら安心だろう。
「それでは行ってきます。メイトさん。」
「行ってくるわ。あんたより稼いでやるんだから。」
二人はギルドから出発した。メイトも今日の依頼を探さないといけない。ギルドの掲示板に寄って今日出ている依頼を確認する。今朝食べた電電鳥の討伐依頼もあったが、他に美味そうな魔物のクエストがないか確認する。メイトは一つ依頼の紙を取り、受付まで持って行く。
「おはようございます、メイトさん。本日はどのような依頼をお受けになりますか?」
「これをお願いします。」
今日もエクテクさんが受付をしてくれた。メイトは持っていた依頼の紙を差し出した。受け取ったエクテクさんは怪訝そうな顔をした。あれ?そういうパターンか。
「もしかして涅って強いんですか?」
依頼書にあった特徴を見る限り、涅はスライムのことだろう。スライムはゲームでは強いことが定番だが、異世界では強い奴出ることも多いからな。アビリティの検証にはもってこいと思ったんだが。
「いえ、魔物に弱い者はいませんが、涅が特段強いというわけではないのです。ですが、核以外は素材にならないので処分が面倒なんですよね。だから、昨日のようにいっぱい持ってこられると困るなぁと。・・・いえ、こっちのことはお気になさらずなくて結構ですよ。」
倒した魔物の素材は使わない物でも持ち帰らないといけないからな。魔物行列が起こるから。
エクテクさんは何一つ隠さず、顔をしかめる理由を話してくれた。確かにスライムの後処理なんて考えたことなかった。遠回しに加減してくれと言われたのかもしれない。
「僕の方でも何か使い道が無いか考えておきます。」
「ありがとうございます。では、お気をつけて。」
メイトはギルドを出て、湿地帯に向かった。湿地帯は塔の近くにあるらしくもしかしたら、バードと、イーグにも会えるかも知れない。
ギルドの外にはすでにローチバはいなかった。
「そういえば、何してたのか聞きそびれたな。」
ローチバは昨日もギルドの前にいたことを思い出した。
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夜明けはとうに過ぎ去り、太陽らしき恒星は少し顔を上げないと拝めない。湿地帯の茶色がかった濃い緑に点々とする黒い物体が日照により浮き彫りになる。
そんな魔物の生息地の隣にこの世界に似つかわしくない高度な建造物が存在感を放っている。
「これが冒険者の最大目標の99の塔の攻略、その89番目の塔か。」
湿地帯への道は迷わなかった。デカイ塔を目印に歩けばいいだけだから。
塔を眺めているとその麓に三つの人影があることに気づく。目をこらして視認すると、ローチバだと確認できた。
「あいつも、塔に用があったのかよ。っというか、他の二人はバードと、イーグじゃねーか!!」
あいつらの言っていたシルバー冒険者ってローチバ本人だった。たしかに、ローチバは面白いからバードは気に入るだろう。面倒見も良いし、イーグの世話もしてくれるだろう。メイトはローチバなら大丈夫かと思い、放置することにした。
湿地帯の方に視線を移し、涅、スライムの数を確認する。1、2、3、4・・・15匹くらいか?
メイトは湿地帯に入る前に悪鬼を生成する。
「【悪鬼創造】!!悪鬼達よ、涅共を駆逐せよ。」
昨日の感じ、10体は過剰戦力だろうだと思い、5体を生成し、一体を護衛につけて4体を湿地帯に放った。これも、検証を兼ねているがどうなるか。
スライムは魔法を使えるらしい、火や氷を放ち悪鬼に攻撃するが4足で猿のように移動する悪鬼には掠りもしない。余裕で勝てそうだと思ったが、その油断からか雲行きが怪しくなる。
一匹の悪鬼が足を滑らせて転んだ。猿も木から落ちるというし、そういうこともあるだろうと思ったがそれが何度も起こるとさすがになにか原因があると思わざるを得ない。
ボオッ!!
転んだ悪鬼達は火魔法に被弾し、ダメージを受ける。途端に悪鬼達の動きが鈍る。悪鬼の耐久力はたいしたことないのかも知れない。それよりも転んだ原因を突き止めないと。
「【悪鬼強化】、視力。」
メイトは対価として罪点を支払い、視力を強化する。メイトの右目は黒い光を纏う。すると、転んだ悪鬼達の足下が輝いているのに気づいた。
「氷か!?」
スライム達が放った氷魔法により湿地帯の水分が凍ったみたいだ。雑草で氷が隠れていて近くでも確認しにくいのか。これが『涅』の戦い方らしい。
悪鬼達は湿地帯を移動するのはまずいと感じたのか、二足で立ち上がり涅の位置を確認する。そして、「クヒヒッ」と不気味に笑い、手の平を涅に向ける。
「純魔法【オルク】」
悪鬼達は遠距離戦に持ち込んで、涅を倒すつもりみたいだ。被弾した涅達が「キュイッ」と断末魔を上げ次々に死に絶えていく。残り一匹かと思ったとき1体の悪鬼が緑色の物体に捕食された。
「何だ!?」
メイトが驚くと同時に他の悪鬼達も同時に食われた。強化された視力で確認すると色違いの涅が現れたようだ。あそこまで接近されても悪鬼達は気づかなかったのか?メイトは不思議に思ったが、これが涅の作戦だったことに気づいた。
「あえて、遠距離戦に持ち込ませ視線を上に誘導したのか?そして、陽が出ている間は見にくくなる緑色の涅が忍び寄って捕食する戦術。」
この魔物は陽が出ている間は黒が囮で、緑が攻撃役。日が沈むと緑が囮で、黒が攻撃に回っている。
異世界の魔物の生存戦力には毎度驚かされる。この戦いはメイトの負けだろう。
メイトは一つの検証を終えた。それは、悪鬼に攻撃命令をしても固有アビリティ『負け癖』は発動するということだ。
悪鬼を捕食し終えた涅共はこちらに気づき魔法を放ってくる。
「悪鬼よ、僕を守れ!!」
メイトは残った1体の悪鬼に守るように命令する。悪鬼は「【オルク】」と、魔法で魔法を打ち消し、涅共に接近する。先ほどの悪鬼達とは違い、二足歩行で。
「【オルク】【オルク】・・・・・・。」
悪鬼は魔法を放ちながら、涅の魔法を避けたり、打ち消したりしながら緑の涅に接近する。そして、核を一突きで仕留める。残りの3匹も同様に淡々と殺す。黒い涅には接近せず、魔法で応戦する。悪鬼は1体ですべての涅を倒しきった。
「やっぱり、僕を守らせる命令は『負け癖』が発動しない。」
今回の戦いで『負け癖』の仕組みが分かった。今回はすべての涅を倒すのに10分ほどかかったが、次からはもっと早く倒せるだろう。
メイトは悪鬼に素材を集めさせ、新しい魔袋に入れた。黒い涅は焼けて核しか残っていなかったが、緑色の涅は核以外の透明な肉体が残っていたのでそれを回収しておいた。
「そういえば、ローチバに魔袋返すの忘れてたな。」
今朝会ったときに返しておけば良かったと悔やみながら、ローチバがいた塔の麓に目を移す。
ローチバは一人、塔の前で佇んでいた。バードと、イーグの姿は見えない。
「あいつら、ビビって帰ったのか?」
塔に入る直前にローチバから、怖い話でも聞いたのだろう。メイトはバードと、イーグの姿が無い理由をそう結論づけた。そして、魔袋を返そうとローチバの元に向かった。
「よう、ローチバ。バードと、イーグには逃げられたのか?」
「ッ!!メイト、見てたのかっぴょ!?」
ローチバは少し過剰に驚く。
「なに驚いてんだよ。あいつらと一緒に塔まで来ていたことまでは見ていたが、その後ビビって帰ったんだろ?イーグは特にビビリだからな。」
メイトはローチバの横に立ち、塔を見上げる。今からギルドに帰るだけだし、ローチバとなら少し塔の中を見に行っても良いかもしれない。
「あいつらと、知り合いだっぴょか・・・。なあ、今から塔に入らないっぴょ?」
ローチバはメイトの肩を持つ。ちょうど、同じことを考えていたので同意しようとした。だが、メイトは肩に乗ったローチバの手を払い、距離を取る。
「どうして?何でだっぴょ!?」
ローチバは激しく動揺している。だが、動揺しているのはメイトも同じだ。
ローチバの手が肩に触れたとき、【悪心看破】が勝手に発動し警鐘を鳴らした。読み取った感情は罪悪感。罪悪感がなぜ悪心と判断されたのかは分からないが、ローチバは僕に何かしようとしたのは間違いない。
「いや、ごめん。さっき肩を怪我しててちょっと痛んだ。今日は大事を取ってもう帰ろうと思ってたんだ。」
「そっそうかっぴょ。俺も用事を思い出したから早く帰るっぴょ。」
今、ローチバを問い詰めるのは危険だと判断してごまかしておいた。メイトには『負け癖』があるからたぶんごまかせてはいないだろうけど、ローチバは引いてくれた。
ローチバは走って、ロジョードの街の方へ帰って行った。だが、このまま放置することはできないろう。バードと、イーグのことも心配だ。
ローチバの姿が見えなくなってから、メイトは【悪鬼創造】で悪鬼を3体生成する。この力にも少し慣れてきて、地獄で見たあいつを呼び出せそうだ。
「主の命に従い地の底に封じられし獣よ、その獰猛たる牙で咎人の魂を喰らい尽くせ。【種族融合】『地獄虎』」
この地獄虎には主人として認められていないので、悪鬼創造で呼び出すことはできない。そういう時は【種族融合】で無理やり生み出すことができる。融合で呼び出したモンスターは自分で操作することはできなかった。
「地獄虎。僕の言うことを聞けるか?」
「グルルゥゥゥゥゥル!!」
地獄虎は喜んでいるように見える。地獄から出れたことが嬉しいのだろうか。体長3メートルほどの身体に茶色を基調とした毛並みに漆黒の模様が刻まれている。
地獄で出会った時は死ぬかと思ったが、味方だと頼もしい。
「僕を乗せて、ここにあるもう一つの人間の匂いを追ってくれ。できるか?」
「グルルゥ。」
地獄虎は頷いて、4足をたたみ僕を座らせる。メイトが背に乗ると立ち上がり、辺りを散策する。何か迷っているみたいだ。
「もしかして、ローチバ以外の匂いが残ってる?バードやイーグ達のも残ってるなら、先にそっちを案内してくれ。」
地獄虎が匂いを追って向かったのは塔の入り口だった。この中にバードとイーグがいるのか?メイトは地獄虎に乗ったまま塔へ入ろうとした。しかし、塔へ入れたのは僕だけだった。
ドスッと塔の中へと投げ込まれる。地獄虎は塔から弾かれたみたいだ。塔の中で悪鬼生成してみるが生まれた瞬間に霧散し、罪点に戻った。
塔の中では悪鬼などのモンスターは存在できないらしい。
「僕一人ではこれ以上進めない。」
塔の内部は外から見た大きさに比べて広すぎる。空間がおかしいことになっているのか、それとも塔の世界とは別世界なのか。
悪鬼なしではメイトは絶対に勝つことができない。塔について何も知らないが魔物などが出た場合、メイトは抵抗すらできず殺されてしまうだろう。
メイトは塔の捜索は諦めて外に出た。幸い、地獄虎は塔の外までしか匂いを感じ取れないらしい。
「バードとイーグはビビって帰った。そう、信じよう。」
メイトは地獄虎に乗り、ローチバの匂いを追わせた。地獄虎はまっすぐロジョードの街に向かって走った。