敗北と出会い
雲一つ無い空、晴天と呼ばれるそんな場面で、青空と言う言葉が似つかわしくないこの地には、閻魔大王に従いし悪鬼共が跋扈する。
そんな赤黒き空の下、閻魔大王とともに現世を見下ろす、二つの影。地獄という闇の世界にて、影を生み出せるのは更に深き闇の存在しかいない。
「私の力を使っておきながら、何度も何度も負るなんて恥を知りなさい。次に会うことがあったらとっちめてやるわ。」
地獄の大地に大きな影を落とす何者かは、現世を眺めながら悪態をつく。その悪態に閻魔大王は口をほころばせ笑う。彼女は自分の契約者について何も知らないのだと。
「やはり、お主と契約させて良かったのう。メイトと相性が良いようじゃ。」
ふんっと子供が拗ねるように顔を背け、その場から飛び立つ。契約者とはいえ、彼女の性格上、同じことをし続けるのは酷と言える。
「メイト・・・、余り心配させないでござる。私が貴方を守ってあげられないのが悔しい。」
他の二つの大きな影に比べて余りにも小さく影を落とす者が、か細い声で心の内を漏らす。しかし、その者の影は他の誰よりも濃い。
「貴方を守りたい、貴方を救いたい、そして一緒に世界を変えよう。」
細く細く、誰の耳にも届かない声が地獄に消える。だが、その心は強く強く滾っていた。
少女は閻魔大王にお願いをする。少女の思う主人のために自分のできることを・・・と。
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メイトは街を歩きながら、今から必要になる物を考える。その結果、服と自分用の魔袋、安く泊まれる宿、ローチバが使っていたポーションが欲しいという結論に至った。
最初に目にとまった店は宿屋だった。そして、その隣に服屋があることも確認できた。まずは宿屋で部屋が開いてあるか聞いて見ようと、メイトは扉を開けた。
「薄汚い冒険者だわな。きれいにして出直してくるんだわな。」
入った瞬間に追い出された。仕方がないので、身なりを整えるために隣の服屋に入った。服屋でも嫌な顔をされたが、倍の値段を払うと言ったらしぶしぶ買わせてくれた。
メイトは清潔な服に着替えて、宿屋に入れてもらった。
ここで不審に思ったメイトが【悪心看破】を発動させるとしっかりと悪意が確認できた。宿屋と服屋が結託してもうけているようだ。
それでも今日の分の寝床は確保できたのでよしとする。
次は道具屋に行こうと思ったが、また汚い臭いと言われたらたまったもんじゃないので冒険者専用清掃屋で身体を洗うことにした。そこには水魔法を使うことができる者がいて、お金を払えば水を出してくれる。
「うっ冷た!?」
もちろん、暖かくするなど対価の無駄使いはしてくれない。それでも、安く済んだので良かった。
メイトは身体を拭いて、新しい服に着替えた。
きれいになったメイトは道具屋を探しに、街を散策した。
さすが冒険者ギルドがある街と言ったところだろう。ちょっと、探しただけで道具屋、武器屋、防具屋が何軒も見つかった。メイトは最も高級そうな道具屋に入った。
そこには魔袋や、ポーション他にも冒険に役立ちそうな物が売ってあったがどれも高い。ローチバが使っていたポーションが魔袋より高かった。ローチバが使ったポーションはハイポーションだった。
メイトは店主に【悪心看破】を使用した。やはり、ぼったくりだった。だが、調べたところハイポーションは他には売ってないらしい。その性能は身をもって知っていたので一つだけ買っておくことにした。
道具屋を出たあと、どうしようかと考えた。メイトが店を探しても『負け癖』のせいで失敗する。どうしたら普通に買い物できるのか。
その時、街角から見覚えのある人物が現れる。
「お前は今朝の不審者じゃないか。冒険者にはなれたのか?」
現れた人物は今朝取り調べを受けた衛兵だった。衛兵は二人の冒険者を連れていた。
「今朝はどうも、お陰様でなんとか冒険者になれました。そちらは何をしているんですか?」
衛兵はちらりと冒険者の二人を見る。質問に答えていいかの確認をしているのだろう。二人はメイトよりも幼い外見をしている。男の子は帽子を深くかぶり、紫色のマントを羽織っている。女の子は左手に盾を持ち、もう片方の手で男の子の手を握っている。
二人は衛兵に目を合わせ、頷く。
「実は親戚の子供なんだが、冒険者になりたいらしくて装備や道具を買いそろえているところでな。」
二人の子供は冒険者になるらしい。冒険者になるには幼すぎるような気がするが、メイトが言えるようなことではないため黙る。それより、この衛兵に教えて貰えれば良い道具屋を紹介して貰えるんじゃないか。
「そうだったんですね。実は良い道具屋を探していたんですが、こちらを騙そうとしてくる人しか居なくて。できたら、良いところを紹介してほしいです。」
「ほう、それはついてなかったな。この街はあまりそういう店は無いんだが、すべてを取り締まることはできなくてな。ちょうど今から信用できる道具屋に行くんだ。付いてくるか?」
やっぱり、『負け癖』は発動していたみたいだな。だが、『負け癖』は他人には適用されないという仮説があっていれば、成功するはず。この衛兵について行くことにしよう。
「ありがたいです。そういえば貴方の名前を聞いてなかったです。しばらくこの街に居るので、これからお世話になることもあるでしょう。僕はメイトです。」
「ヴェルツ・カッチェリードだ。この街の衛兵をやってるから困った時は俺を呼べ。ほら、二人も自己紹介をしなさい。」
ヴェルツは子供達の背中を押し、前に出す。男の子の方はたじたじしながら「あっ。うっ。」と口籠もる。そんな相方を尻目に女の子は前に出て元気よく答えた。
「あたしはバード・カッチェリード、16才よ。山吹流武術を使えるわ。ほら、あんたもシャキッとしなさい。」
女の子は相方の首根っこを掴み、前に出す。男の子は深呼吸して帽子を少しあげる。
「ぼっぼくは、いいいいっいいいイーグ・カッチェリード、15才です。ひゃっ火魔法が得意です。」
男の子の方は人と話すのが苦手のようだ。メイトは男の子の頭を撫でて安心させる。
「バード、イーグ、僕はメイトだ。僕も今日冒険者になったばかりだから同期だね。一緒に頑張ろう。」
自己紹介を終えた、メイトたちは道具屋へ向かうことになった。目的の道具屋はここから少し離れているため、道中四人でお互いの話をして盛り上がった。メイトは今日の槌崩れ戦の話をした。
「なるほど、そういえば今朝は無一文だったな。買い物ができるほど稼げたみたいだし、メイトの言っていた凄い力というのも本物のようだ。この子たちの同期に頼れる冒険者が入ってきてくれて嬉しいよ。」
「僕もこの街についてあまり知らないので信用できる人ができて良かったです。僕は不幸なことに巻き込まれやすいので早くこの街に慣れないと。実は宿屋でもこんなことがありまして・・・。」
メイトは宿屋と服屋の結託について話した。すると、ヴェルツは大爆笑した。どうやら、その宿屋は有名らしく、この街の人間は誰も近寄らないらしい。
「はっはは。メイトはほんとに付いてないね。呪われてるんじゃない?」
「メイト呪われてるの?うわぁ。」
「ひっ幽霊怖いです。」
散々な言われようだが、こうやって軽く話せる友人がメイトにできるのは良いことだ。
あの宿屋は帰ったらキャンセルしようとメイトは決めた。そうこうしているうちに、道具屋についた。
見た目はお世辞にも立派とは言えないが、変に装飾されているより信用できると言うことをヴェルツから聞いた。
「いらっしゃいませ。あっヴェルツさん、お待ちしておりましたよ。冒険者セットは用意しておきましたよ。」
店主は優しそうな青年だった。耳が尖っていて、髪が緑色だ。メイトの記憶の中にあるエルフ像と一致する。
優しそうな青年は、メイトに気づきお辞儀する。
「いらっしゃいませ。ヴェルツさんのお知り合いでしょうか。ようこそ、道具屋『シルフィード』へ。店主のエリアルです。」
これまで出会った悪徳商売の店主と比べて、こんなに丁寧に接してくれる人がこの街にいたなんて、とメイトは感動した。メイトはにじむ涙を袖で拭い、店の中へ入った。
「こいつは、メイトだ。めずらしいことにあくどい店に当たっちまったらしくて、困ってたから連れてきてやった。」
ヴェルツがすべてを説明してくれた。メイトも気を取り直して挨拶する。
「今日から冒険者になりました、メイトです。さっきは失礼しました。ほんとにうれしくて。」
「それは、良かったです。私はこの街でもめずらしい森はぐれのエルフですが、長年この街の冒険者の面倒を見てきた実績もあります。どうぞご贔屓に。」
挨拶を済ませた後、メイトは店においてある道具を眺めた。そしてあるものを見つけた。それは、高性能な魔袋だ。
「おやっそちらが気になりますか?値は張りますが、大容量かつ魔物の肉など腐りやすい物を上態良く保存することができます。」
(おおっそれは便利だな。)
悪鬼を戦わせた場合一日で多くの素材を集められるだろうし、食料を保存できるなら遠征の時などに役立つ。メイトはそろりと値段を見る。
「ははっびっくりされましか。魔袋は高級品でしてこの性能になると・・・。ってええ!?」
エリアルさんは突然のメイトの行動に驚いた。それはそうだろう。普通、今日冒険者になったばかりの男がこんな値段の物に手が届くはずがない。だが、魔物行列分の素材を持っているメイトは手が届いてしまったのだ。
メイトは気づくと手を高々と上げ、ガッツポーズをしていた。
「これを下さい。」
メイトは上げた腕を下ろし、あるものを指さす。メイトが指差したのはもちろん高性能魔袋だ。ヴェルツもエリアルさんもバードと、イーグも呆気にとられていた。
「おい、メイト。見栄張るのは良くないぜ、今朝は無一文だったくせに無理すんなよ。槌崩れの一匹の報酬じゃ無理があるって。」
「お兄ぃさん、もしかして計算できないの?それとも、数を数えられないのかしら。」
「ぼっぼくも計算できないのでお兄さんと一緒です。」
(こいつらは容赦ないな。まあ信じられない気持ちも分かるが。これを見たら黙るだろう。)
メイトはドンッと机に金貨を8枚置いた。
「ご確認します。・・・確かに金貨8枚です。」
「どうだ。嘘じゃないし、計算はできるぞ。」
メイト以外の皆は呆然としていた。なぜなら、メイトは槌崩れの一匹倒したエピソードしか伝えていなかったからだ。まさか、魔物行列を起こしたなんて言っても信じてくれないだろうからな。
そのまま会計を済ませて、メイトの手元に高性能魔袋が渡った。
「まさか一日でそんなに稼ぐとは、ゴールド冒険者並だろう。お前がそんなに強かったとは。」
「ふん、そのくらいあたしも一日で稼げるしっ!!」
「すっすごいです。そんな額を計算できるなんて。」
メイトはどや顔で店の中を歩く。エリアルさんも長く生きているとはいえ驚いたのではなかろうか。
メイトの視線に気づいたのか、エリアルさんが褒めてくれる。
「この商品が売れて私としても、嬉しい限りです。こんな額に手が届くのは熟練のシルバー冒険者の方かゴールド冒険者くらいしかおりませんが、そちらの方々はすでに魔袋を持っていらっしゃるのでなかなか売れなかったんですよ。最近は新人冒険者が育っていないようでして・・・。」
(そういえば、ギルドのエクテクさんもそんなことを言っていたな。)
メイトは、単なる偶然だろうと深く考えないことにした。メイトは残りの金でポーションでも買おうとしたが。
「あれっポーションは売ってないんですか?」
道具屋『シルフィード』にはポーションは売ってなかった。こんなに品揃えが良いのに不思議に思った。
「実は最近、ある道具屋でハイポーションが売られるようになって、ポーションはそちらの店で買われるようになったんです。性能の割には安いと言うことで。それ以降、普通のポーションは売れなくなってしまいました。」
ハイポーションと言われてメイトはぼったくられた店を思い出す。確かに、メイトも買ってしまっていた。メイトは魔袋からハイポーションを取り出す。
「これですか?」
「そう、それです。悔しい限りですか、私では入手することができませんでした。ヴェルツさんにもそちらの店のハイポーションをお勧めしようとしていたところなんです。」
ヴェルツは難しい顔をしていた。衛兵として何か気になることがあるのだろうか。メイトはハイポーションをしまい、ヴェルツに聞いた。
「何か気になることがあるのですか?」
「あそこの店は何度取り締まってもあくどいことを止めない。それに、エリアルが入手できないような物を手に入れているとなると・・・。」
「「怪しい!!」」
バードと、イーグが同時に叫んだ。メイトも同様に怪しく思った。このハイポーションはよほどのことが無い限り使わないでおこう。
「一応、また取り締まっておく。だが、これまで通り何もつかめないだろう。」
最期は少し暗い雰囲気になったが、必要な物を買い揃え、ヴェルツ達と分かれた。
その後、あくどい宿屋をキャンセルし教えてもらった宿屋に泊まった。キャンセル料も高くてまた金がなくなったので明日も働かない
「お食事の準備ができました。」
メイトの身体、あまり腹が減らないみたいだが一日何も食ってないとさすがに堪えるようだ。メイトは夕飯を楽しみにしていた。
出てきた料理は魔物肉を焼いたステーキ、や薬草を入れたスープなど独特な物だった。
「あれ?魔物肉って食えないんじゃ??薬草も絶対苦いじゃん!!」
メイトは配膳してきた宿屋の娘に問いただした。すると、衝撃の応えが帰ってきた。
「実は今日から魔物料理を試してみようと思いまして、お客様が最初の試食者なんです。」
「ええ~~!?」
一人で来たせいか、ここでもメイトの『負け癖』は発動したみたいだ。やっぱり、メイトの仲間や他人には発動しないという仮説はあってそうだ。
メイトは魔物料理を完食した。もちろん、この世の物とは思えない味がした。薬草スープは苦いけどまだましだった。
こうして、メイトの異世界初日は終了した。