異世界で敗北
消えゆく世界で生まれた男にはとある野望があった。それは世界を変えるいう、なんとも抽象的で曖昧なものであった。
それでも私はその男に興味を持った。
なぜなら、彼には特別な力があった。
それは『負け続ける』才能。私は彼に希望を見いだし、すべてを託すことにした。
人間と獣人が入り乱れるこの街、『ロジョード』にて黒いマントを羽織り、ぼろぼろの姿でフラフラと大通りを進む男がいる。
彼の名はメイト。
地獄で新たに産まれた閻魔である。
メイトを見た歩行者は、彼を哀れむように見つめていた。
それでも彼は気にせず、新天地の景色を楽しんでいた。
メイトは人と絡むといつも悪い方に転がる。だから、今はおとなしく冒険者ギルドに向かうべきだ、と考えているようだ。
「大丈夫、僕は地獄で閻魔の力を手に入れたのだから。」
これまでの人生、メイトは敗北を重ね、負けて、負けて、負け続けてきた。だが、今のメイトは違う。この閻魔の力さえあればこの世界で勝ち続けられる、と確信していた。
「衛兵さん、あの人です。」
「・・・・・・えっ?」
しかし、メイトの才能はこの異世界でも充分に効果を発揮する。
メイトの目の前に屈強な身体をした人間が立ち塞がった。
腕はメイトの二回りは大きく、足はまるで大木のように太い。
「お前か、薄気味悪く笑いながら街をふらついている怪しい男は?」
「えっ、いやっ、誤解です。僕は怪しい者じゃありません。」
「ほう、では身分証を見せろ。」
身分証を提示しろと要求されるが、そんな物を地獄から来た者が持っているはずが無い。さて、どう切り抜けるつもりなのか。
嘘をついて切り抜けられるほど、衛兵は甘くはない。ここは正直に持ってないと言うのがいいだろう。
「じっ実はですね、その、持ってないというか、あの、無くしたというか・・・。」
メイトはしどろもどろになりながらも正直に答える。しかし、言い訳のように付け足した『無くした』という嘘が衛兵の頭に引っ掛かる。
「何っ。身分証を無くしただと?やはり怪しいな。」
メイトは日本にいたときから、こういうときにたじろいでしまう。頭に染みついた負け癖のせいだろう。
そんなメイトをさらに怪しく思い、衛兵はメイトのことをジロジロと見る。
メイトは嘘を突き通す覚悟を決め、記憶にある異世界に行った主人公たちのテンプレを伝える。
「その、実はかなりの田舎から来まして・・・、それでこっちの常識にも疎いみたいで。身分証をもらったのも、かなり前のことだったので・・・。」
「なるほどなるほど・・・。」
メイトはもしかしたら上手くいったかもと希望を持つ。
「ちょっとぉ、衛兵さぁん。そんなわけないでしょう。絶対怪しいって。」
「ふむ、確かに一度話を聞いた方が良いか。君の名前は何という?」
だが、そう上手くいかないのがメイトの運命。
異世界に来て最初の敗北。この『負け癖』はこっちに来ても変わらなかったか、とメイトは落胆した。
「・・・メイトです。お手柔らかにお願いします。」
「よし、メイト。着いてこい。」
メイトは詰め所まで連れて行かれた。
(はぁ、結局僕の負け癖は異世界でも変わることはないのかな。)
「よし、ここに座れ。まず荷物の検査だ。持っている物をすべて出すんだ。」
メイトのもっている物はこの服ぐらいしかない。これなら怪しまれないだろうとメイトは思っていたが。
「僕の持っている物はこの服だけです。隅々まで探していただいて構いません。」
「何を言っている。・・・って本当に何も持ってないじゃないか。お前、これからどうやっていくつもりだったんだ。」
どうやっていくかと言われても、まだ具体的なことを何も決めてないメイトであった。
そのため、メイトの異世界で目指す目標を伝える。
「実は僕、とあるところを探してここまで来たんです。緑龍の里って言うんですけど知ってますか。」
「いや、知らん。冒険者なら知っているかもしれんが。」
『冒険者』という言葉にメイトは反応する。やはり、あるのか。きっと、冒険者ならこの力を使えるはずだ、と。メイトは浮き足出って衛兵に近寄る。
「冒険者になるにはどうしたら良いんですか?」
「そりゃ、冒険者ギルドで実力を測る必要があるが、そんなひょろい身体で魔物と戦えるのか?」
「大丈夫ですよ、僕にはすごい力があるんですから。」
「ふむ、そういえば文無しだったし、仕事も必要か。ついでに身分証の変わりになる冒険者の証も手に入る。」
あれ?もう信用して貰えたんだろうか、とメイトは不思議に思う。少し話した程度だけど。この人はすごく良い人なんじゃないか。
「もう信用して貰えたんですか?」
「ああ、話して分かったがお前は悪い奴じゃない。それに、その程度の力じゃこの街の住人を襲っても返り討ちに遭うからな。」
(信用というか、舐められているような気がする。)
メイトは地獄で得た力を信じていた。だから自信満々に反論する。
「後で驚いても知りませんよ。すぐにこの街一番の冒険者になって見せますから。」
「ははは、それは絶対に無理だな。」
メイトは衛兵の人に冒険者ギルドまで案内してもらった。ここで、自分の輝かしい冒険譚が始まるのだ、と一歩踏み出す。
(絶対に地獄の皆にウイニングランを見せてやる。)
希望を持っているメイトには悪いが、彼にはこれまで通りルーザーズランを辿ってもらう。
メイトは冒険者ギルドに着いた。そこで、衛兵とは別れた。途中で出会った街の人々は、あの衛兵ほどデカくなくて、メイトの知っている人間と同じ体格をしていた。ここの人たちが皆あんな巨漢じゃなくて良かった。
「おいっ、兄ちゃん。冒険者になりに来たっぴょか?」
ニヤニヤした兎人が扉の前で話しかけてきた。
(これは、あれか。チンピラに絡まれているということかな。)
体格はメイトより一回り大きいが、閻魔の力を込めれば自身の方が強いはずと、メイトは考えた。
「ふっ。ようやく僕の力を発揮する時が来たみたいだ。」
「何言ってるっぴょ。お前の実力じゃ、塔の攻略なんて無理だっぴょ。」
この兎人もメイトの力を正しく測れてはいない。メイトもそれに気付いたようで兎人を挑発する。
「ふっふふ。お前は僕の実力を測れていないようだ。そんなんで、冒険者を語れるのか?」
メイトは兎人を煽り、閻魔の力を拳に込めて振りかぶる。
「見れば分かるっぴょ。お前戦ったことがない素人だっぴょ。」
メイトの視界から兎人が消える。いや、消えたわけではない。視線を下げると、しゃがんでメイトの拳を避ける兎人の顔があった。速すぎて、視線で追えていないだけだった。
(あれ!?こいつ、強い?)
「うべらっ!!」
メイトは空振って宙に残された腕を弾かれ、そのまま三回転して地面に叩きつけられた。再起不能、再び敗北だった。
「痛い・・・。どうして、僕の閻魔の力は・・・。」
メイトは自信の実力を把握できていなかった。そして、兎人もメイトの実力を正しくは把握できていなかったことに気付いた。
倒れ伏したメイトに兎人が駆け寄る。慌ててポーションを取り出して、それを飲ませる。
「ちょっと弾いただけでやめるっぴょ!!お前脆すぎるっぴょ。どうなってるっぴょ!?」
兎人はメイトの身体が地球の人間のように脆弱であることを見抜けなかった。そのため想像以上にメイトに怪我をさせてしまった。
(僕が脆すぎる?いいや、きっと違う。この兎人が強すぎるのだ。)
「いやだっぴょ。こんなの見つかったら・・・、ぴょっ!?」
扉が開き、中から人間の女性が出てきた。兎人は完全に萎縮してしまっている。見たところ、普通の人間の女性のようだ。
「ローチバさん、何やってるんですか。大事な新人をこんなにしちゃって。」
「いや、こいつが殴りかかってきたから弾いただけで・・・。」
「やり過ぎです。ローチバさんはまともだと思っていたのに・・・、他の兎人のようになりたいのですか。」
ギルドの役員か何かだろうか。ローチバも頭が上がらないようだ。他の兎人は一体何をしたのか、メイトは気になっていた。
メイトは完全に回復しきったいて、余裕を取り戻していた。使われたポーションの性能に驚くくらいは余裕がある。
「ごめんっぴょ。だから、資格を剥奪だけはしないで欲しいっぴょ。」
女性は少し考えてから、ローチバに言い渡した。資格というのは冒険者の資格のことか?それとも、さっきローチバが言ってた、塔の攻略のことだろうか。
「これまで真面目に働いてもらったので、今回だけは見逃してあげます。次はありませんからね。」
「ありがとう、よかったっぴょ。」
話が終わったのか、女性はメイトの方に寄ってきた。メイトはちょうど、ポーションで回復が終わったと装った。そのほうが大けがを負ったように見せられるという算段だ。
「大丈夫ですか?うちのローチバがすみません。」
僕は立ち上がり、服についた土を払う。今心配なのは僕への処罰についてだ。
「大丈夫です、それより僕の方の処罰はないのでしょうか。」
「貴方は冒険者ではないので処罰はありません。それにどう見ても一方的にやられてましたからね。」
やっぱり、第三者から見てもそう見えるか、とメイトはガクッと自信を失った。
「冒険者になりに来たのですか?その実力なら、塔の攻略ではなく、採取や、護衛、魔物討伐をするのがお勧めですよ。」
「冒険者になるのに試験みたいなのはないのですか?」
「塔の攻略に参加する場合は、実力を証明しなければなりませんが、そうでないなら必要ないですよ。」
ひとまず、今日の飯と宿代くらいは稼がないとな。
メイトは冒険者登録をするためにギルドの中に入った。
「では、貴方のアビリティを調べさせてもらいます。こちらの紙を持って、アビリティの対価を注いで下さい。」
女性はギルドの受付嬢だった。メイトは彼女から白い紙を受け取った。
この力はこの世界ではアビリティと呼ばれるらしい。メイトの場合、アビリティの対価とは罪点のことだろう。
メイトは言われたとおりにもらった紙に罪点を注いだ。
すると、紙は黒く変色して、文字が書き込まれる。
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ネーム| 敗色冥途
年齢| 18
種族| 人間(閻魔)
アビリティ
| 地獄鳥 (悪鬼強化、悪鬼創造、種族融合(黒)、位階融合(黒))
| 閻魔 (判決、感情増幅、閻魔覇気、悪心看破)
固有アビリティ
| 負け癖
| 身体脆弱
契約者
| 地獄鳥、マナ
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これはいわゆるステータスだろうか、とメイトは書かれている内容を確認する。アビリティの欄に地獄で得た力の名前が二つある。しかし、固有アビリティの欄には別の意味でとんでもないアビリティが書かれていた。
「これが、僕のステータス・・・。」
こうしてみると、改めて異世界に来たんだとメイトは実感する。そして、異世界に来てもメイトの負け癖は変わらないことを確信した。さらに、ローチバにあり得ないくらい吹き飛ばされた原因が分った。もう一つの固有アビリティ、『身体脆弱』のせいか。
「ラズリや地獄鳥に力をもらったからって慢心するなってことか。」
メイトは異世界で無双できる人間ではないらしい。これからは謙虚に生きていこう。
メイトの様子を見ていた受付嬢はニコニコしながら話しかけてきた。
「冒険者の証を見るのは初めてですか?では、こちらの使い方を教えますね。」
メイトは冒険者の証の使い方を教えてもらう。
これは持ち主が了承しない限り他人が見ることはできない。
ギルドの役員は持ち主の冒険者の証の複製を保持して管理しているので、ギルドにステータスを隠すことはできないとも伝えられた。
そして、アビリティは更に対価を支払うことで詳細が表示されるようになる。
ラズリと地獄鳥はフワッとしか説明してくらなかったため、メイトは大助かりだ。
固有アビリティの効果も気になるっている。
メイトは早速、罪点を注ぎアビリティを調べた。
『地獄鳥』
地獄を飛び回る大鳥に選ばれし契約者のみが、使用できるアビリティ。地獄の怪物を使役することができる。
【悪鬼強化】罪点を身に纏い己を強化する。悪鬼を強化することもできる。
【悪鬼創造】罪点を支払い、地獄の怪物を生成する。認められた怪物しか呼び出すことはできない。
【種族融合(黒)】種族系列(悪鬼)を融合し、より上位の種族系列(悪鬼)を呼び出すことができる。呼び出す悪鬼に認められる必要は無い。ただし、詠唱が必要。
【位階融合(黒)】瞬時に低位階同士で融合し、より上位の位階の怪物を生み出す。呼び出す悪鬼に認められる必要がある。
『地獄鳥』のアビリティは一騎当千、一人で地獄の軍団を作ることができる。
今のところ、メイトを認めてくれているのはただの悪鬼だけだが、種族融合を用いれば更に強力な怪物を呼び出せる。
メイトはこのアビリティが切り札になりそうだと感じた。
次のアビリティは『閻魔』か。
『閻魔』
知恵ある者の罪を対価に罰を与える、地獄の魔人が持つ力。感情を読み取る力を持つ。
【悪心看破】自身への強い悪心を読み取れることがある。
【感情増幅】罪に関する感情を増幅させることができる。
【閻魔覇気】罪悪感が一定以上を超えた者は閻魔の覇気に当てられ、罪を自白する。
【判決】罪悪感に見合った罰を与える。罪悪感の量に応じて罪点を獲得できる。
メイトはこのアビリティを戦闘に使えるビジョンが見えない。
罪点を回収できる手段があるのは嬉しいが、どういう場面で使えば良いのか不明だ。
罪点は地獄から持ってきた分の余りがいっぱいあるため、しばらくは不足することはないはずだけど、消費だけし続けるわけには行かない。
上手く回収する術を探すべきだと考えた。
次は固有アビリティを見る。
『負け癖』
自身は勝負に絶対に勝つことができない。
『身体脆弱』
地球の平均的な肉体硬度。イアケシでは赤子より脆弱。
(僕の固有アビリティ弱すぎだろ。マイナス効果しか無いじゃねぇか。とゆうか、勝負に勝つことができないってどうするんだよ。強いアビリティあっても意味ないじゃんか。)
メイトは異世界に来て最も絶望した。
「メイトさん、大丈夫ですか。アビリティを拝見しましたがどちらも見たことがなくて驚きました。閻魔とのことですが、ここには色々な種族がいますので気にされなくても大丈夫ですよ。」
地に崩れ落ちたメイトに受付嬢が優しく声を掛けてくれた。
しかし、ギルド役員にはステータスを隠せないと伝えられていたメイトは、固有アビリティ『負け癖』を見られてしまったと落胆した。
「僕は冒険者になる資格はありません。それどころか生きていく資格すら・・・。」
「どっどうしたんですか!?自身を持って下さいよ。きっと、冒険者で活躍できますから。」
(・・・?どういうことだろう。僕の固有アビリティを見たら活躍なんてできるわけないって分かるはずなのに。もしかして・・・。固有アビリティは複製には映らないのかな。)
「あの、固有アビリティって・・・。」
「固有アビリティをお持ちなんですか!!!!」
やはり、固有アビリティのことは知られてなかったようだ。何としても『負け癖』だけは隠そうともう一つの固有アビリティの説明をする。
「実は『身体脆弱』というアビリティがありまして・・・。」
「あぁ、そうですか。お気の毒に。」
あからさまに残念そうな顔をされた。メイトは冒険者の証を返却しようと受付嬢に差し出す。
『身体脆弱』でこんな顔をされたメイトは自身を無くしていた。
「ああっすみません。私ったらなんて失礼なことを・・・。お詫びと言っては何ですが、前衛の冒険者を紹介しましょうか?仲間のサポートに徹する冒険者の方もたくさんいらっしゃいますから。」
(そんなことをしても僕は絶対に負けるんだから・・・。・・・ん?)
メイトは自身の固有アビリティの抜け道に気付く。
勝負をするのがメイトでなければ適用されない可能性もあるということに。
(使役する悪鬼に適用されなければ、冒険者として活躍することも夢じゃない。あいつが復活するまでの間、一人でやっていけるのかも知れない。)
「ありがとうございます。おかげで希望が見えました。僕は最強の後衛を目指します。」
メイトは受付嬢に渡そうとしていた冒険者の証を引っ込め、感謝を伝えた。
「それは良かったです。では、前衛の方を紹介しましょうか?嗅覚や聴覚に優れた獣人や、武技に優れた人間の方などがお勧めですが。」
メイトはひとまず、一人で色々検証することにした。『負け癖』について他人に知られるわけにはいかないため仕方ない。
「しばらくは一人でやっていきます。前衛はアビリティで用意できるので。それより、依頼は何処で受けられますか?今日の宿代は稼ぎたいので。」
受付嬢は苦笑した。そして、メイトの背後を指さした。そこの壁には紙がたくさん貼ってある。
「ふふふっ、メイトさんは大変そうですね。依頼はあちらに毎朝張り直されるので、ご自分で選んで持ってきて下さい。」
メイトは依頼の紙が貼ってある場所まで移動した。ギルド内は賑わっているが、何人かはメイトをジロジロ見ている。あそこまで、大きなリアクションをしていれば目立つだろう。
「よし、これにしよう。」
メイトは魔物討伐の依頼を受けることにした。