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成長

「ったく~。父さん、どこをほっつき歩いてるんだよ」

 ケノル火山を出てからさらに何カ所か捜し回り、だが空振り続きにヴェルがぐちる。

「ヴェル、それって親が子どもに言うセリフじゃない?」

「親だろうが子どもだろうが、言いたくもなるだろ。どこでもいいから、少しくらい手がかりを残してけってんだ」

 ヴェルの気持ちはわからないでもない。ジートも、せめてどこそこへ向かったらしい、という情報があればな、と何回も思った。

 訪れた場所にいる竜や妖精達に話を聞いても、知らない、もしくはしばらく来ていない、という返事ばかりだ。

 今日は次の場所で終わりだ、と気を取り直して出発したものの、雲行きが怪しくなり始めた。すぐに雨が降り始める。空模様を見る限り、しばらくやみそうもない。

 仕方なく今日の移動はやめて、雨をしのげる場所を探した。

 ヴェルなら雨にぬれても気にしないし、ジートは結界があればぬれることはない。だが、風が乱れて飛びにくいし、無理に進んでも大した距離にはならないので休むことにしたのだ。

 ヴェルが降りたのは、とある島。その中央にある山のふもとだったが、近くにちょうどいい横穴が見付かった。

 かなり大きな穴で、洞窟と言ってもいい広さ。ヴェルがそのままの姿でも入れそうだったが、さすがにそれをすると少し手狭になってしまうため、人間の姿になって少年達はそこで雨宿りをした。

「俺、あちこち行ける父さんがうらやましいってずっと思ってたけど、自由すぎる竜もこういう時には考えもんだよな」

「ヴェルのお父さんだって、まさかこういうことになってるとは思ってないだろうから」

「時々、母さんを連れて行ったりもするんだ。今回は母さんがいてくれて助かったけど。あそこに姿はなかったけど、兄貴と姉貴がいてさ。子どもを置いて遊びに行ったりもしてたんだぜ」

 人間とは違い、竜なら子どもだけでも危険はないのだろうが、放任タイプの両親、ということか。

「時間を気にしなくていいなら、小旅行みたいでこういうのもいいんだけどな」

 言いながら、ヴェルはごろんと横になる。

「こんな行程、小旅行と言うにはハードすぎるよ」

 ジートも同じようにごろんと横になった。急に全身が重く感じる。同時にまぶたも。

 穴の外で降る静かな雨の音を聞きながら、ジートは一気に眠りの淵に落ちた。

☆☆☆

 ジートが目を覚ましたのは、近くでうなり声がしたからだ。

 ゆっくり覚醒しつつ、ジートは自分が今どこにいたのかを考える。

 雨に降られ、洞窟のような場所で眠っていたことを思い出した。何かが棲んでいた形跡はないと判断したが、穴の主が今になって戻って来たのか、と一気に緊張が走った。

 しかし、途切れ途切れのうなり声は、威嚇と言うより苦痛の色が濃い。

 ジートは目を開け、万一魔物がいても気付かれないよう刺激しないよう、周りに視線を巡らせた。

 暗くて何も見えないが、出口の位置は月明かりが差し込んでいるのでわかる。雨はやんだらしい。少し目が慣れて、魔物はいないらしいとわかる。

 では、このうなり声は何なのかと思った途端、ジートは飛び起きた。

「ヴェル? ヴェル、どうしたの」

 うなり声はヴェルのものだった。

 身体を丸め、自分を抱き締めているらしい。ジートは魔法で火を出し、周囲を照らした。その明かりで浮かび上がったヴェルの顔は、ひどく苦しそうだ。額に汗が浮かんでいる。

「ごめ……起こしちゃったか」

 わずかに目を開き、ヴェルは口元に笑みを浮かべるものの、すぐに苦痛の表情になる。

「ヴェル、どこか苦しいの?」

 竜がこんな状態になるなんて、尋常ではない。

「まだ……だったみたいだ」

「まだって何が? 無理に飛びすぎたんじゃないの?」

「成長、終わってなかった」

 以前に話していた。身体が急激に成長するため、身体の中からばきばき音がして痛みが伴うのだ。と。

 アンブルーの島を出る時、一次の成長は終わりだろうとヴェルは言ったが、まだ続いていたのだ。ヴェルは三日から五日の間をおいて成長していた。日数的にも合う。

「いつもこんなに苦しかったんだ」

 大人になるのも楽じゃない、とは言っていたが、ここまで大変とは想像してなかった。人間にはわからないつらさだ。

 ヴェルはゆっくり起き上がり、そのまま立ち上がろうとする。呼吸が少し苦しそうだ。

「ヴェル? どうするの」

「外へ出る。ジートがゆっくり寝てられないだろ」

 だが、立ち上がろうとした途端に痛みが起きたらしく、身体を抱き締めながらそのまま座り込む。

 成長したことで以前より伸びたプラチナブロンドの髪が、うつむくヴェルの顔を隠した。しかし、その口からつらそうな声がもれる。

「ヴェル、ぼくのことは気にしないで。って言うより、ここにいて。こんな広い所で一人にされたら怖いし、淋しいよ。ほら、横になって。この方が楽……だよね?」

 座った状態がいいのか、横たわる方が楽なのか。病気で熱がある状態という訳ではないから、どういう姿勢が楽なのかわからない。

 ヴェルにすれば、どんな格好になってもあまり変わらないが、ジートにされるまま横になった。

「ごめん、こんな時になるなんてな」

「ヴェルが謝ることないよ。必要なことなんだから」

 身体が成長するのは、生物にとって必要なこと。竜にもコントロールできない部分だ。

「けどさ……また飛べなくなる」

 成長するということは、身体が大きくなること。それまでとは身体の重さや長さが変わる。自分の身体であって自分のものではないような感覚で、慣れるのに時間がかかってしまう。

「成長した身体に馴染(なじ)むまでだろ。遊ばなきゃ、すぐに飛べるよ」

 ジートの言葉に、ヴェルは苦笑した。が、次の瞬間にはまた苦痛で顔がゆがむ。

「ねぇ、ヴェル。人間の姿だと余計につらくない? 身体を不自然に小さくしてるようなものだろ」

 確かに、ヴェルもいつもより少し厳しい気はしていた。

「不自然って訳じゃないけど……竜の身体だと、ここが狭くなるぞ」

「そんなこと言ってる時じゃないよ。たぶん、この空間ならぎりぎりかな。ぼくは押しつぶされなきゃそれでいいよ。ほら、少しでも楽にしなきゃ」

 ヴェルは小さく(うなず)き、その身体が白く光った。まばたきする間に、白銀の竜がそこに現れる。

 心なしか、ここへ来た時よりも大きい。ヴェルの痛みが消える時、竜の身体はさらに大きくなるのだ。

 確かに狭くはなったが、多少の余裕はまだ残っている。小さな人間が一緒でも、問題はない。ジートとしては、つぶされなければそれで十分。

「少しさすったくらいじゃ、痛みは消えないかな」

 痛みがある時、人間はその部分をさする。それは竜でも同じなのだろうか。ヴェルが苦しんでいるのは成長痛なのだろうが、さするという行為はどこまで有効なのだろう。

 疑問はあれこれあったが、ジートはヴェルの前脚付け根辺りをさすってみる。温かいと言うより、今は少し熱い気がした。

「人間の肌とは違うから、そんなことをしてたらジートがケガするぞ」

 石などの無機物ではないが、竜の鱗は柔らかくない。それをさすり続ければ、手が傷付く。

「鱗の流れに沿って触れば大丈夫だよ」

 ヴェルは、何も変わらないからさすらなくていい、とは言わなかった。たぶん、全く効果なしではない、とジートは自分なりに判断する。

 ヴェルが苦しいのは、無理して飛び続けたことも一因かも知れないのだ。いつもより体力を使ったことで、痛みをこらえるだけの力が少なくなっている……とか。

 だから、ジートは何もしないではいられなかった。

 前脚の付け根だけでなく、移動して首や背中、翼の周辺などをさする。ジートにはマッサージの心得もツボの知識もないし、まして相手は竜だから、やり方は適当だ。

「ジート、もういいって。本当に手がぼろぼろになるぞ」

「ほんの少しでも楽だから、やめろって言わないんじゃない?」

 いやだと思えば、ヴェルならやめろと言うだろう。これまでの言動を思えば、こんなことで彼が遠慮するとは思えない。

「ヴェルはずっとがんばって飛んでくれたんだから、ここくらいはぼくががんばらないとね。あ、がんばるって言うのも変か。勝手にやってることなんだから」

「……やっぱりジートって変な奴」

「それもほめてる?」

「おう、大絶賛」

「やったね」

 竜の身体に対して、人間の手はあまりに小さい。そんな手でさすられても痛みが実際に消える訳ではないが、触れられていると気持ちが(おだ)やかになって……楽になる気がする。

 だから、ヴェルはやめろと言えない。弱った時に差し伸べられる手は、竜であっても(あらが)い難かった。

 人間の姿より竜の方が表情が読みにくい。だが、次第にヴェルが痛みで顔をこわばらせる回数が減ってきた……ようにジートには思えた。

 やがて、静かな呼吸の音だけが聞こえるようになり、眠ったらしいとわかる。

 ジートは時計を持っていないが、じき夜明けが来る時間帯だろう。いつもジートが来るまで寝ていた、と言っていたのも、こんなヴェルを見た今ならわかる。夜中にこんな状態になっては、ゆっくり眠ってなどいられない。

 もう……大丈夫かな。ぼくも疲れた……。

 ヴェルの前脚の付け根をさすっていたジートの手の動きが、だんだんゆっくりになってくる。

 そのまま竜の身体に寄りかかるようにして、ジートもまた意識を手放した。

☆☆☆

 夜が明け、先に目を覚ましたのはヴェルだった。

 頭を持ち上げ、自分のものではない感覚に気付いてそちらを見ると、ジートがぐっすり眠っている。座って両手両足を投げ出し、ヴェルにもたれかかるような格好だ。

 その手のひらは、真っ赤になっていた。血のにじんでいる箇所も見える。いくら鱗の流れに沿っていても、ずっと固い物をさすり続けたために手の皮がむけたのだ。

 思ったより無茶する奴だな。

 あどけないジートの寝顔を見ながらそう思い、ヴェルはジートの手に向かって軽く息を吐いた。その途端、赤かった手の平は本来の肌色に戻る。もちろん、血もにじんでいない。

 ヴェルは人間の姿になった。もたれかかる身体がなくなって倒れかけるジートの身体を素早く支え、ゆっくり横たえる。ジートは何も気付かずに眠ったままだ。

 ヴェルはそんなジートを置いて、外へ出た。朝と呼ぶには、太陽がずいぶん高い。

「完全に寝坊だなー」

 母のレドリーから聞いたイアンドのいそうな場所は、あと数カ所。そこが全て外れなら、一度竜の谷へ戻るしかない。

 だが、その前に。

 まずはヴェル自身が飛べなければ、どこへも行けないのだ。今いる場所はとある山のふもとだが、ここは島の一つにすぎない。次にどこへ行くにしても、歩いて向かうのは無理だ。全てはヴェル次第となる。

 竜の姿になると、昨日よりまた大きくなった身体がそこにあった。さっきは目を覚ましてすぐ人間になったので、ちゃんと見ていない。こうして改めて確認すると、我ながらずいぶん成長したと思う。自分の身体なのに、いつも最初はその重さに違和感を覚えた。

 だが、何度も成長を繰り返すことで、身体が変わってもすぐに風をとらえる要領をようやく掴んだ気がする。

 ヴェルは自分の翼を意識し、そこへ魔力を集中した。

 ジートが目を覚ましたのは、寝返りをうった自分の動きのせいだ。

「ん……朝?」

 ゆっくり目を開けると、ヴェルの大きな身体がない。一人でいるには広すぎる空間があるだけ。

 手が治っていることにも気付かず、ジートは跳ね起きて外へ飛び出した。

「ヴェル?」

 名を呼びながら、ジートは周囲を見回す。置いて行かれたとは思わないが、朝からどこへ行ったのだろう。

「よぉ、ねぼすけ。やっと起きたか」

「え?」

 上から声が降ってきてジートが見上げると、白銀のまぶしい身体がこちらへ向かって来る。光の玉が近付いて来るみたいだ。

 あまりのまぶしさに目を細めていると、ヴェルはジートの前へ静かに降り立った。

「ヴェル……もう飛べるようになったの?」

「おう、今までの特訓を踏まえてやれば、こんなもんだ」

 今までの足踏み状態は何だったのだ、と言いたいところだが、時間をおかずに飛べるようになったのであれば喜ばしいことだ。

「よし、乗れ。次へ向かうぞ」

「もう? 乗っても平気?」

「ああ。たぶん、大きくなって前より安定してるぞ」

 たぶん、と言われるとかなり怖いのだが……ヴェルを信用するしかない。

 起きてすぐの空の旅で、ジートは一気に目が覚めた。

 ヴェルが言う通り、確かに乗り心地は前より安定している。それと同時に、スピードが上がっているようだ。これまでも雲が横を流れていたが、その流れが昨日までよりもっと速くなっていた。

「今日は出るのが遅れたけど、少しは取り戻せそうだな」

 アンブルーの島を出てからは、朝早く出て太陽が隠れるぎりぎりまで飛び回っていた。

 それを思えば、今日はかなり遅い時間になってしまっている。ジートにはどれだけスピードアップができているか判断しかねるが、ヴェルが言うようにこれなら十分取り戻せそうだと思えた。

 フーリルが枯れるであろう期限の半分近くまで、日は過ぎている。のんびりはしていられないのだ。

 まだフーリルが枯れていませんように。

 空振り続きの中、ジートはそう祈るしかなかった。


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