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ケノル火山

 エフォルトの森の別エリアには、洞窟がある。その奥には地底湖があり、ヴェルはそこへ連れて行かれたことがあると言う。

「ひんやりして気持ちがいいんだよ、なんて言ってた。その時は暑い日で、ずっと飛んでいたから、父さんも涼みたかったんだろうな。そこで昼寝してる……かも知れない」

 母のレドリーはこの場所をあげていないが、あちこち飛び回って小休止に、なんて可能性もある。一応、確かめることにした。

 竜の身体で洞窟に入ると狭いので、ヴェルは少年の姿に変わる。暗いはずの洞窟だが、岩壁に光ごけが生えていて、薄ぼんやりしていた。そのわずかな光を頼りに、(ゆる)やかな坂を下って地底湖を目指す。

「ひんやりしてるね。これならほてった身体も冷ませるよ。夏の暑い時はいいかもね」

「そうだろ。俺が来た時も、気持ちいいなって思った。けどさ……今は夏じゃないんだよなぁ」

 今の季節は春。アンブルーの島と同じで、竜の谷も特殊な場所を除いては春なのだ。余程の暑がりならともかく、わざわざ洞窟の奥へ入り込んで涼もうという気温ではない。

「わぁ……水が青く光ってる」

 昨日行ったカルヤ湖みたいな広さはさすがにないが、洞窟の奥に湖があった。その水が青く光って幻想的な光景を生み出している。来るまでにあった光ごけが水中にもあるのだろうか。

 薄暗い洞窟の中の地底湖は、満月の光を反射する海とはまた違った美しさだ。

 そんな水面の美しさはともかく……ここにもイアンドの姿はない。ジートはイアンドの姿をまだ見たことがないが、この周辺には竜も人間の姿もないのでここにはいない、ということだ。

「空振りかぁ」

「うん……。だけど、別の場所へ行ってから、やっぱりあそこにいたんじゃないかってモヤモヤするよりいいよ。いないってことをちゃんと確認できんたんだから」

「お、前向きだな、ジート」

「文句を言ったって、いないものはいないから」

「それもそうだ。じゃ、さっさと出て、次へ向かうか」

 空振りした洞窟はさっさと後にして、レドリーから教えてもらった別の場所へ向かう。

 だが、そこへ行くまでには距離があり、途中でまた夜明かしだ。太陽が昇れば、すぐに出発する。

「本当にぼくが行っても平気?」

「大丈夫だって。ちゃんと俺が手伝ってやるから」

 ヴェルと、彼の背中に乗るジートは、昨夜から同じ会話を繰り返していた。

 次の目的地は、ケノル火山。時々噴火も起こしている、いわゆる活火山だ。

 その山にいる時に噴火が起きれば、火や火山弾、マグマなどの危険がいっぱい。人間のジートなんて、あっという間に命を落とす。

「火に対応する結界を張れば済むだろ」

 ヴェルはあっさり言ってくれる。

「ぼくがまだまだ半人前だってこと、忘れてない? まともな攻撃魔法を受け止めたこともないのに、火山に行って火を防げるはずがないよ」

「何だよ、弱気だなぁ」

 ヴェルが思うより人間はヤワなのだと改めて説明するが、そこにイアンドがいる可能性があれば行かない訳にはいかない。

「水の中だって、入っただろ。火の中にだって入れるって」

「だから、ぼくの結界なんてへろへろなんだよ。水は呼吸が確保できれば何とかなるけど、火に囲まれたら火傷で済まないんだから」

「俺がジートの結界を強化してやるよ。心配するなって」

 こんな会話が続き、今朝もこうして似たような会話が繰り返されていた。

「今はどうってことなさそうだぞ」

 ヴェルの背中で受ける風が、次第に暖かくなってきた。竜の谷の中でも、年中熱波が吹き付けるエリアに近付きつつあるのだ。

「今はヴェルの背中にいるから平気だけど、そろそろ結界を張っておいた方がいいかな」

「うん。たまに熱い風が吹く時があるから」

 熱い風って、どれくらい熱いのかな。

 竜にとっては大したことではなくても、人間のジートにはぞっとする話だ。

 早いうちに備えておこうと考え、ジートは結界を張る。一人前の魔法使いなら、これで突然魔法攻撃を受けてもある程度は防げるのだが……。ジートは修行中であり、これから襲ってくるであろう火山の熱は竜の世界のものなのだ。

 たぶん、泡みたいに頼りない結界なんだろうなぁ。

 自分の魔法に対し、ジートは低評価を下す。

「ヴェル、これじゃあ無理だろ?」

「ん? ああ、ケノル火山の中ではかなりきついな」

 ヴェルは遠慮なく批評した。自分ではわかっていても、第三者に言われるときつい。

 しかし、厳しい現実を前にすれば、今は気を遣ってもらうことで逆に危ない目に遭ってしまいかねない。

「ほら、これで何とかなるだろ」

 ヴェルが言った直後、今までとはまるで違う結界になった。例えるなら、薄皮一枚のようだった結界が、強固な分厚い壁になったようなもの。

「本当なら特訓して、ジート自身がこういうのが出せるようにならないとな。今はそんな時間もないし」

「……いや、特訓しても年単位でかかるよ、こんなの」

「そんなことないって。帰ったらがんばろうぜ」

 急に帰るのが怖くなった。

 そんな会話をしているうちに、ケノル火山へどんどん近付く。赤黒い山は、今は噴火している訳でもないのに、山肌の所々から火が出ているのが見えた。本当に火の山だ。

「確かにあんな場所なら、火の竜がいそうだね」

 この火山には、マラーザというイアンドの友である竜がいる。そこにイアンドが来ていないかを確かめるのだ。

「そう言えば、ヴェルって……」

「ん? 俺が何?」

「何の竜なの?」

「何って、何が?」

「えっと、だから……今から会う竜は火の竜だろ。じゃあ、ヴェルは何の竜なのかなって。今まで聞いてないから」

 特別重要な情報ではないが、ふいに気になったのだ。

「強いて言うなら、風……かなぁ」

「まさか、知らないって訳じゃないよね?」

「人間はどう思ってるか知らないけど、特にそういうのがないんだ。マラーザを火の竜ってジートは言ったけど、個々の好みで火山にいるってだけ。火山にいるから火の魔法が使えるって訳じゃないしな。俺だって、火山にはあまり近付かないけど火は使える。俺の家族はたまたま湖や草原や森の近くでだらだらしてるだけで、自分達が水の竜とか大地の竜って思ったこともないしさ」

「だらだらしてるって……」

 竜には明確な属性がない、ということより、だらだらというヴェルの表現にジートは拍子抜けする。せめて、のんびり過ごしている、くらいにしてもらいたい。

「たぶん、あの辺りにいると思うんだよなー」

 言いながらヴェルがどんどん近付いて行くのは、火山の火口付近。ジートは火山のそばに行ったことはないし、情報は本からだけでしかないが、ここは本来なら相当危険な場所だ、ということは本能的にわかった。

 今はヴェルが飛んでくれているので、頂上へも一気に行ける。だが、ここを登山しなければならないとなったら、ジートは断りたいと本気で思った。火をまとった岩や、火の水がいつ流れてくるかと思うと、怖くて進めない。

「ヴェル……本当にぼくが近付いても大丈夫、だよね?」

 何度か交わした会話をまた再開する。

「俺が補強してるんだから、平気だって。あ、でも熱くなってきたなって思ったら、早く言えよ」

「そう感じた時には、もう遅いんじゃ……」

 ジートは声が震えそうになる。それに気付いたのか、ヴェルがけらけらと笑った。

「冗談だよ。ジートがすんげー不安そうだったから、いつもより気合いを入れて強固な結界にしてあるから」

 熱く思えることなど、まずありえない。そういうことだ。

 からかわれたことを怒るより、安全を保証してもらったようなので、ジートはほっとした。

 火をまとった鳥や、たてがみが燃えている馬などがあちこちで見掛けられる。これから会うのが火の竜でなくても、このエリアはやはり火属性の魔獣が多いようだ。

 他の場所でもそうだったが、竜と一緒に行動している人間の存在が珍しいようで、視線を感じる。中には遠慮なく凝視している魔獣もいた。

「すっごく見られてるね、ぼく達」

「はは、注目の的ってやつだよな」

 ヴェルはこの状況を気にする様子はない。

「あ、いたいた」

 かまどのような燃えさかる火が、巨大な穴の底に見えている。ジートにはあの火が生き物のように見え、飛び出す瞬間を計っているように思えた。

 そんな火の穴のそばで、鮮やかな赤い身体が伸びているのが見える。まだ遠いので小さくしか見えないが、形は竜だ。まさかとは思うが、昼寝……だろうか。

「ヴェル、火の竜じゃないって話してたけど、火の色っぽいよ」

「ずっと同じ所にいたら、そこの色に馴染むってことはあるぞ」

「火のそばにいつもいるから、火の色ってこと?」

「ま、そんなとこ。おーい、マラーザ・ドリーダ」

 ヴェルが呼びかけると、赤い竜が頭を起こしてこちらを見る。距離はあっても、ちゃんと声は届いたらしい。

「あら、ヴェルッジュ・ゼクトじゃない」

 快活そうな、若い女性の声。竜の姿ではジートに判断できないが、その声の感じから、人間なら二十代前半といったところか。

「よ、久し振り」

「ほーんと、ご無沙汰ね。いつの間にか、おとなの一歩手前まで来ちゃって」

「へへ、まぁな」

 ヴェルがマラーザ・ドリーダと呼んだ赤い竜は、レドリーよりもやや小さいが、それでもヴェルよりは大きい。人間の姿なら、きっと頭一つ半くらいは高いだろう。間近で見ると、赤い身体はとても鮮やかで、ヴェルと並ぶと見事な紅白でため息が出る。

「あら、変わったお客様も一緒なのね」

「こ、こんにちは」

 ジートはヴェルの背中から降りて挨拶した方がいいのかとも思うが、怖くてできなかった。もちろん、マラーザが怖いのではない。

 赤黒い地面には、暗い赤の線が無数に走っている。この地面の下には火があり、地面の亀裂からそれが見えているのだ。

 いくらヴェルが結界を張ってくれていても、火の上に降りるようなもの。ジートに火の上に立つ勇気はなかった。

「ジートだ。俺の特訓仲間。それより、俺の父さんはここへ来てない?」

 来ていれば、マラーザはここで身体を伸ばして休んではいないだろう。だが、ついさっきまで、ということもある。

「イアンド・セフラ? 最近、来てないわねぇ。彼が来たの、何年前だったかしら」

 残念ながら、ここも空振りのようだ。

「なぁに? お父さんに用事があったの?」

「うん。フーリルのことで聞きたいことがあってさ」

「そう……」

 この口調だと、彼女の方から新しい情報を与えてくれる、ということはなさそうだ。

「マラーザはフーリルのこと、何か知らないか?」

「こんな火山で、火の花以外に植物が育つと思う? 私にはまず関わることのない花よ」

 ジートはアンブルーの島で数回、フーリルを見たことがある。ちょっとはかなげな雰囲気の、小さな花だ。

 あんな可憐な花が、植物にとって過酷な環境となる火の山にあるとは、確かに考えられない。

 でも、火の花っていうのが育つんだ。どんなのかな。

 聞いたことのない植物の名前に、ジートは興味をそそられる。だが、そんな時間的余裕はない。

「本当に聞きたかったのは、フーリルのある場所だった訳? だったら、やっぱりイアンド・セフラに聞かないとね」

「その父さんがいないから、困ってるんじゃないか」

「ふふ、色んな所に友達がいるものねぇ。もし来たら、すぐにヴェルッジュ・ゼクトの所へ戻ってやりなさいって言ってあげるわ」

「うん、頼む。何だったら、一瞬で戻れって言っといてくれよ」

 それを聞いて、マラーザは笑った。

「さすがに彼でも無理でしょ。でも、とにかく大至急ってことね」

 マラーザはそう言ってくれるが、果たしてイアンドがここへ来るのはいつのことやら。

「とにかく、頼むよ。じゃ」

 次へ向かうべく、ヴェルはその場を後にする。

 火って、間近すぎるとあんなに怖いものなんだな……。

 今回に限り、ジートは火山から離れてようやく生きた心地がする。

 これから向かう先が結界なしでも過ごせる場所であることを、ジートはこっそり願った。

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