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枯れかける花

 ディオルゼは、数日おきの朝にルドアの丘へ(おもむ)く。

 まずありえないと思ってはいるが、フーリルが誰かの手によって傷付けられたり、抜かれようとしていないかの確認をするためだ。

 他の人にはわからないが、魔法使いの彼にはフーリルがどれかを判別できる。変わることなく、ちゃんとそこにあるかを見るのだ。

 昔から、この島に住む魔法使いはそうしてきた。ジートの父もしていたし、その魔法使いが亡き後はディオルゼが引き継いでいた。

 この島で生まれ育った者だけでなく、魔法使いにさえフーリルが大地の力を島へ与えているのかどうか、実はわかっていない。何か普通の花とは違う魔力を秘めているな、と感じられる程度だ。島を豊かにできる程の魔力か、と言われれば、はっきりそうだと答えられない。

 しかし、フーリルの状態を魔法使いが点検することは、今では慣例のようになっていた。

 ジートがヴェルという竜に会った、と聞いているのでさりげなく周囲を見回すが、一度もそれらしい姿はない。

 ディオルゼが丘へ来る時は、もちろん彼は知らなかったが、いつもヴェルの身体が成長する時と重なっていた。疲れ果てて眠る竜は小さくなって隠れているので、見回したくらいではわからないのだ。

 ヴェルと会ったことのないディオルゼは、ヴェルを竜だとは信じられないでいる。だが、ジートが毎日楽しそうにしているので悪い影響はないようだとして、深く追求することはしていない。

 それに、ヴェルに付き合ってもらって魔法の特訓をしているというジートは、確かに実力が上がりつつある。それを思えば、ヴェルの正体が何であれ、むしろありがたい存在だ。

「……何かありましたか?」

 いつものようにルドアの丘へ来たディオルゼは、そこにいる妖精達の様子がいつもと違うことに気付いた。

 妙にそわそわして、落ち着きがない。ヴェルとは別に、何か魔物でも現れたのだろうか。

 妖精達の手の何本かが、ある方向を指し示す。それは、フーリルがある方だ。

 そのことに気付くと一気に不安が押し寄せ、ディオルゼは急いでフーリルのそばへ行く。

「……フーリルが」

 すみれに似た、青紫の小さな花。その花びらの端がわずかに色があせ、しおれたようにしわができている。

 フーリルは「枯れない花」とも呼ばれていた。竜がそこに植えて以来、そこにあり続けているからだ。世代交代はしていない。竜が植えた花そのもの。

 その枯れないはずの花が、わずかにしおれかかっていた。

 ここ最近は晴天が続き、雨は降っていない。だが、過去に日照りが続いても、花がうつむく様子すら見せなかったと聞く。

 つまり、水不足でこうなったのではない。

「この花の命は、もう長くないのですか?」

 ディオルゼは周囲にいる妖精に尋ねた。

「花は永遠ではない」

「寿命が来た」

 そんな言葉が、妖精達の口から出る。

 ディオルゼがもう一度フーリルを見たが、やはり見間違いではなく、花びらの一部はしおれかかっていた。

 フーリルが枯れる。考えてもみなかったことだ。

 ディオルゼはすぐに、アンブルーの村長の元へと向かう。村長のベルジャは、飼っている牛達にえさを与えているところだった。

 白髪だが日焼けしてがっしりした体格は、六十を過ぎているとは思えない程に若々しい。

 そのベルジャに、ディオルゼは自分が見たことと妖精達の言葉を報告した。

 魔法使いの言葉に、いつもは快活な村長もさすがに青ざめる。代々村長を務める家系のベルジャは、フーリルの力を素直に信じる人間の一人だ。

 フーリルが枯れるということは、花の恩恵が消えるということ。大地への力が失われれば、島の繁栄はありえない。恐らく、島で育てている作物のほとんどが、まともに育たなくなるだろう。

 家畜に与える飼料も当然なくなる。大陸へ出荷する物がなくなり、島の人々は生活に困窮する。

 作物が育たなくなれば。枯れ始めたら。人々に不安が広がるだろう。

 商品となるアンブルー産の麦や家畜が納品できなくなれば、大陸からどうなっているのかと問い詰められる。納品が遅れるどころか、一切入らなくなるとわかれば、大きな混乱が起きるであろうことは容易に想像できた。

「確かに、花は咲き続けるものではない、と祖先の古い資料にも残っているが、まさか私の時代で……」

 フーリルを得た時代の村長が、竜の言葉を覚え書きとして残している。ベルジャもそれを読んで、フーリルは永遠に咲く花ではない、と「認識」はしていた。

 しかし、フーリルの命が尽きる時が自分の代に回ってくるとは、予想していない。考えもしなかったし、考えたくなかった。花の存在は自分達の生活に直結しているのだから。

「何か他に、資料の中で竜の言葉は残されていませんか」

「フーリルは竜しか知らない花だ、と。それくらいだ」

 竜が植えた花。その花がどこから運ばれたものなのか、竜しか知らない。

「つまり、フーリルを手に入れるには、竜の協力が必要だということですか」

「そういうことだろう。だが……竜がどこにいるかなど、誰が知ってると言うんだ。きみも見たことはないんだろう?」

「ええ、残念ながら。竜と交流がある知り合いの魔法使いは、誰一人いません」

 妖精達は、フーリルはあと二週間くらいしか保たない、とも言った。誰も居場所の知らない竜を、たった二週間で見付けるなど無理だ。

 仮に見付けられたとして、同じようにフーリルを運んでくれるかはわからない。

「この島は……もうおしまいなのか」

 がっくりと牛にもたれかかるベルジャ。牛は首を動かし、不思議そうに見ている。

「村長、この話はまだ誰にもしないでください。私も情報がないか、片っ端から当たってみます」

 不治の病を告げられたようなものだ。竜を持ち出されては、一介の村長にできることなどない。

 ベルジャは完全に生気を失い、かすかな声で「頼む」と言うのが精一杯だった。

 情報を探すと言ったものの、ディオルゼにもつてなど何もない。

 だが、彼の中には、一つの小さな光があった。それが針の先程しかない光でも、今はそれにすがってみるしかない。

 ディオルゼは夕方になってルドアの丘から戻って来たジートに、フーリルが枯れかけていることを話した。聞いたジートは言葉を失う。

 ベルジャ程に追い詰められなくても、フーリルが枯れることがアンブルーの島にどんな影響をもたらすか、想像できたからだ。

「ジート、ヴェルは竜だと話してましたね。彼に聞いてもらえませんか、フーリルを手に入れる方法を。今はヴェルが唯一の頼みの綱なんです」

 ヴェルは本当に竜だろうか。

 ディオルゼの中ではまだ疑いが消えていない。しかし、仮にも竜と名乗るなら、フーリルについて何か知っていることがあるだろう。いや、あってほしい。

 ヴェルが竜を(かた)るふざけた魔物の(たぐい)なら、もうアンブルーの島は沈んだようなものだ。

「わかった。聞いてみる」

 朝を待ってなんていられない。

 ジートはついさっき戻って来た道を、再び走った。

☆☆☆

 丘を後にした時は夕暮れだったが、今は太陽もほとんど沈んでしまった。魔法で明かりは出せるものの、この薄闇が広がる場所でヴェルを見付けられるだろうか。

「ヴェル、どこにいるの? きみに聞きたいことがあるんだ」

 いつもヴェルと会う丘のふもと周辺へ向かい、ジートは出せる限りの声でヴェルを呼ぶ。

「竜は人間を喰わないって言ったろ」

 すぐそばで声が聞こえ、横を見ると少年の姿をしたヴェルが立っていた。突然すぎて、ジートは思わず「わっ」と声を上げてしまう。

「何だよ、そっちが呼んだくせに」

 言いながら、ヴェルは笑っている。

「だ、だって、いきなりだったから。……人間を喰わないって、ずーっと前に聞いたことじゃないか。もうわかってるよ」

「まだ疑ってんのかなって思ってさ。で、何だよ、聞きたいことって」

「あのさ、フーリルって知ってる? 丘の上にある花なんだけど、竜しか咲く場所を知らないって言われてるんだ」

「あーあ、あれな。あのちっちゃい花畑を通るようになって、ここにあるんだなってわかった」

 ヴェルにフーリルの話をしたことはなかったが、ちゃんと気付いていたようだ。

「俺の父さんが植えたらしいな。気配が残ってた。だいぶ薄れてたけど」

「え……ええっ?」

 とんでもないことを聞かされ、いきなりヴェルが現れた時よりも驚く。

「どうして植えたのか、ここへ来た時は気付かなかったから、理由は聞いてないけどな。父さんが俺をここへ連れて来たのは、どうもその絡みがあったみたいだ」

 まさかそんな直接的な関係者だとは思わなかった。

 しかし、この状態はまさに渡りに舟。

「ヴェル、新しいフーリルがほしいんだ。丘の上にあるフーリルは枯れかかっていて、このままだと作物が育たなくなって、島がものすごく困ることになって……」

「ああ、あの花がなかったら、島の環境が一気に変わるだろうなぁ。でも、ごめん。俺、フーリルのある場所は知らないんだ。確かに竜しか知らない場所とは言われるけど」

「そう……なんだ。あ、じゃあ、ヴェルのお父さんは? あのフーリルがお父さんの植えた花なら、場所も知ってるはずだよね」

「そりゃそうだろうな。んー、でも」

 ヴェルの歯切れが悪い。ジートは不安になってきた。

 厚かましいのだろうか。あのフーリルがどういういきさつで島に植えられたにしろ、それが枯れそうだから次をくれ、というのは人間の浅ましさだろうか。

 植物が育ちにくいやせた土地になったとしても、それはこの島本来の姿に戻るだけ。

 そう言われてしまえば、反論はできない。

 この島の人間は、フーリルとあの花を植えてくれた竜に頼ったままだった。これからは自分の力で繁栄させろ、とそっぽを向かれても仕方がないのかも知れない。フーリルがない状態がアンブルーの島の、人間が住む場所の姿なのだ。

「新しい花を求めるのは……人間のわがままなのかな」

「さぁ、それはどうだか知らないけど」

 ヴェルの言葉に、ジートは拍子抜けする。わずかな時間だったが、真剣に悩んだのに軽く言われた。

「え? じゃあ、ヴェルは何を言いよどんでるのさ」

「俺、父さんがいる場所がわからない。だから、聞くに聞けないってだけ」

「いる場所がわからないって……アンブルーの島へヴェルを連れて来たのは、お父さんなんだろ?」

「そうだけど、その後どこへ行ったかなって。あっちこっちへ行っててさ、一つの所にとどまらないんだ。あれから真っ直ぐに帰ったかどうか」

 放浪(へき)のある父、ということか。

「顔見知りって言うか、友達が多いんだよなぁ。で、色んな所に顔を出してるんだ」

 ものすごく社交的、ということらしい。放浪している訳ではなかった……。

「じゃあ、他にフーリルのことを知ってる竜は? その竜に聞くことはできない?」

「聞けるけど、教えてくれないと思う。父さんがどういう理由でここにフーリルを植えたのか、それがわからないとな。次も植えていいかって判断が、他の竜にはできないだろ」

「じゃあ、全てはヴェルのお父さん次第ってこと?」

「そういうことになるな」

 しかし、その父はどこにいるかわからない。これでは、ヴェルが竜であっても事態は何も好転しないまま。

「俺、フーリルがあるなって思っただけで、ちゃんと見てなかったけど……そんなにやばいのか?」

「妖精達が、あと二週間くらいで枯れるって」

 希望が消えたに等しいとなり、ジートの表情は暗い。

 単に竜を探すだけでも大変なのに、ヴェルの父限定となればもっと大変だ。竜なら誰でもいい訳ではないようだし、中心となる竜の居場所が不明となれば、新しいフーリルを入手するのは不可能に近かった。

 ジートはそれをディオルゼに報告しなければならないし、ディオルゼはそれをベルジャに報告しなければならない。ベルジャは村の人達に……どう知らせるだろうか。

「ジート、明日の朝、ここへ来い」

 不意にヴェルがそんなことを言い出した。

「明日の朝? どうして」

「いいから。とにかく、明日だ」

「わかった」

 理由がわからず、でもジートは(うなず)いた。

 ヴェルとの話はそれで終わり、ジートはとぼとぼと家に帰る。

「そうですか……。本当にフーリルは大地の力をこの島に与えていたんですね」

 ジートの話を聞いて、ディオルゼも落胆の色は隠せない。

 ヴェルが竜である、というのは彼の話からして本当のようだ。竜を(かた)るだけの魔物が、花がなければ一気に環境が変わる、と話すとは考えにくい。フーリルの特殊さを知る魔物が、偶然近くにいるとも思えなかった。それをあっさり言うからには、本物と考えてもいいだろう。

 そうなると、ヴェルの父という存在が必要だということになる。それなのに、息子は父の所在地を知らない。

 ヴェルが竜で、本当のことを話しているのなら、ジートが考えたように事態は八方ふさがりなのだ。

「竜がフーリルを植えた理由……考えもしませんでしたね」

 恐らく、ベルジャの手元にある資料にもそんなことは載っていないだろう。あればディオルゼも聞かされているはずだ。

 伝説のように語られるフーリルは、竜が植えた。その後、アンブルーは作物が育つ島になった。

 ベルジャやディオルゼを始め、人々が知っているのはこの程度なのだ。

 生まれた時から島にあって当たり前だった人間にとって、始まりがどうだったかを気にする者は少ない。

 気になったとしてもその頃を知る人は島におらず、資料もなく、竜に聞くこともできないのだ。

「明日来いって言われたけど……何するつもりなのかな」

「父親を呼び出す、というのでもなさそうですね。それができるなら、最初からそう言ってくれるでしょうから」

 竜しか知らない方法で仲間を呼び出す術でもあるならいいが、それならわざわざ明日の朝に来いとは言わないだろう。

 方法があるならあるで、ジートから聞いたヴェルの性格からすれば、聞いてやろうか? とその場で言いそうだ。

「何をするつもりか見当もつきませんが、行くしかありませんね」

 本当なら、ディオルゼも一緒に行ってヴェルにあれこれ尋ねたい。

 だが、ヴェルは今のところジートにだけ心を許している。彼曰くの「面倒くさくない人間」ならいいかも知れないが、いきなり現れて警戒されるのはこの現状では絶対にあってほしくない。心を開いてもらうのを待つ時間はないのだ。

「ジート、朝になったらヴェルの所へ行ってください」

「うん、わかった」

 その夜、ジートは色々考えすぎて眠れず、うとうとしかけた時には窓から朝日が差し込んでいた。

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