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練習

 その場の流れで、ジートはヴェルが特訓する様子を見守ることになった。

 再び白銀の竜の姿になったヴェルは、小さな翼を懸命に動かしながら走る。走ることで少しでも風を受け、その風をとらえて飛ぼうというつもりだ。風を掴む要領さえ覚えれば、あとは何とかなる、と考えているらしい。渡り鳥などがやっている手法だ。

 だが、少し走ったくらいでは起きる風もわずかなもの。そこへ魔力を融合させて飛翔、のはずだが……前途は遠い。

 やっぱり翼が小さいから、風を受けるのは困難だよねぇ。

 元々、竜は飛行することで移動する。つまり、脚は見た目にも歩いたり走ったりするのに向いている構造ではない。はっきり言えば、短い。だから、走ること自体がかなり厳しいのだ。

 それに加えて、身体の大きさに不釣り合いな小さい翼。その翼も、ヴェルの話では最近得たばかり。

 走りに向いていない身体。小さく、しかも得たばかりの翼。三重苦もいいところだ。

 うまく風をとらえる方法、ないかな。竜は体力があるってことは本に書いてあったけど、あれじゃ飛ぶ前にヴェルが走り疲れるよ。

 そう考えながら、ジートはふと丘の方へ目を向けた。

 今いるふもとの草原から(ゆる)やかな上り坂が続き、その頂上部分にはフーリルの花がある。いや、今は花ではなく……。

「ヴェル、ちょっといい?」

 走り続けるヴェルに、ジートは声をかけた。

 翼がなければ、単に走る練習をしているみたいだ。ずいぶん長く走っていたように思うが、ヴェルはあまり息が切れてない。本で読んだ通り、本当に体力はあるようだ。

「何だ?」

「丘周辺にある木を使ってみたらどうかな」

 ジートが指す丘の方を見て、ヴェルは首を(かし)げる。

「丘の木を使うって、どういう意味だ?」

「ここから丘の上へ続く坂に、木が立っているだろ。少し上の方にある木に少し登って、そこから飛び降りるんだ。落下で起きる風を利用する訳。そうやって木から木へ移動する動物もいるし、たぶん走るよりは風を受けやすいよ。ここの坂は緩やかだから、坂を転がり落ちても竜ならケガはしないと思う」

 丈夫な竜だからこそ、提案できる内容だ。

「ん……確かに平地で飛び上がるより、そっちの方が楽そうだな」

 わざと落ちるなんて、と文句が出ないか心配だったが、ヴェルはあっさりジートの案を受け入れた。

 ぽつぽつではあるが、この周辺には木が立っている。赤ちゃんの拳大くらいの薄赤な実をつける木だが、誰かがそれを取って食べているのをジートは見たことがなかった。

 実際、何という名前の実かもよく知らない。たぶん、妖精達か鳥や獣のための実なんだろう、とジートは勝手に思っている。

 幹はジートが手を回してどうにか抱えられる太さだ。枝も見た限りではしっかりしているので、ジートより身体の小さなヴェルが登っても、簡単に折れることはないだろう。

 緩やかな坂を中腹くらいまで上り、ヴェルとジートは木のそばへと歩いた。

「ヴェル、木登りはできる? その姿で木登りするのって、想像しにくいんだけど」

 いざとなれば、ジートがヴェルを背負って登るのもありか。

「爪を幹や枝に引っかければ、簡単に登れるぜ」

 言いながら、ヴェルは本当にひょいひょいと登って行った。ジートの心配など、まるっきり無用だ。見ているうちに、ヴェルの姿は小さくなってしまう。

「え、そんな上に……。ヴェル、この方法がうまくいくかわからないんだから、最初は低いところから始めた方がいいよ」

「あんまり低いと、風をとらえる前に地面に激突だっての」

「それはそうだけど……」

 もしかして余計な提案をしたかなぁ、とジートは不安になる。いたずらっ子にいたずらのヒントを与えたような気になってきた。

 ジートはどちらかと言えば慎重派だが、ヴェルはどうやら逆のようだ。

 気付けば、ヴェルは木のてっぺんまで登ってしまった。二階建ての屋根くらいの高さはあるだろう。

「あの、ヴェル……そこから? 落ちてケガしたら」

 竜は丈夫だからケガはしない。

 本ではそんなことが書かれていたし、ジートもそう思って提案したこと。実際、体力があるという点では本当だった。だが、丈夫さが「事実」かどうかはまだわからないのだ。

「そんなヤワな身体じゃないぞ。それに、落ちないように飛べば済む話だろ」

 飛べば済む。

 確かにそうだが、それは()()()()()()、の話である。

 しかし、自分が言い出した手前、やめろと強く言い出せない。第一、ジートが言ったくらいで、あそこまで登ったヴェルが素直にやめるとも思えなかった。

「よし、行くぞ」

 ヴェルが枝を蹴り、白銀の身体が宙に浮かぶ。小さな翼を動かし、一瞬落下速度が下がった……気がした。

「わーっ、ヴェル!」

 次の瞬間には地面に落ち、さらに緩やかな坂を転がって行く小さな竜。

 ジートは慌ててその後を追った。

「大丈夫、ヴェル?」

 ジートが駆け寄ると、ヴェルはぶるっと頭を一回振った。それから、ジートの方を向く。

「なぁ、ジート。今の見たか? ほんのちょっとだけ浮いただろ」

「え? あ、うん……少し、だけ」

 浮いた、と言われればそうかも知れない。ほとんど見間違い、と思うレベルだったが。

「それより、ケガしてない?」

「だから、ヤワじゃないって言っただろ。すごいぞ。確かに風をつかみかけたんだ」

「そう……なんだ?」

 どう見ても、ジートには単に飛び降りただけにしか思えなかったが……。ヴェルがつかみかけた、と言うのなら、そうなのだろう。

「ジート、いい方法教えてくれたよ。ありがとな。それに、これってすっげぇ面白い」

 今の状況にそぐわない言葉を聞いた気がして、ジートはきょとんとする。

「……面白い?」

 落ちたのに?

「一瞬飛んで、坂をごろごろ転がるの、すっげぇ面白いぞ。ジートもやってみろよ」

「あんな所から飛び降りたら、大けがどころか下手したら死ぬよ!」

 手や足の骨が折れる……くらいなら、まだいい。首の骨を折ったり、身体全体を地面に打ち付けてしまいでもしたら、半身不随。最悪だと、あの世行き。

「何だ、人間って本当にヤワなんだな。こんな面白いことができないなんて」

「ヴェル、ぼくは遊びの方法を教えたんじゃないよ。きみの特訓が少しでも要領よくできるようにって思っただけで……」

 余計なアドバイスをしてしまった、と後悔しきりのジーク。

「わかってる。けどさ、こういうことは楽しみながらやった方が絶対いいだろ。ただ走るだけより、ずっと面白いんだから」

 そう言うと、ヴェルはまた木の方へ向かう。だが、さっきの木ではなく、さらに坂の上の方に立つ木を目指していた。

「ヴェル? どこまで行くの」

「もっと上から転がった方が、長く楽しめるからな」

 ……もう少し考えてから提案すればよかった。

☆☆☆

 結局、この日はヴェルの特訓に付き合っただけで、ジート自身の練習はできなかった。

 ずっとはらはらさせられたが、それでも楽しい時間だった気がする。

 太陽が(かたむ)き、ジートは帰るとヴェルに告げた。

「ヴェル、よかったらぼくのうちへ来る? 父さんのベッドがあるから、そこで休めるよ」

 ジートの父が亡くなったのは七年前だが、ベッドなどはまだそのままにしてある。

「ありがと。でも、いいよ。俺は空の下の方が落ち着いて休めるから」

 人間とは違い、狭い家の中より自然の中の方がゆっくりできるのだろう。

「明日もここにいる?」

「今日みたいな状態じゃ、まだしばらく竜の谷には帰れないからな」

 確かに、あの様子では当分帰れそうにない。

 家での用事を済ませたら明日また来る、と言って、ジートは帰った。

「ディオルゼ。今日さ、ルドアの丘で竜に会ったんだよ」

「竜に、ですか?」

 父の弟子で、今は自分の師匠であるディオルゼに、ジートは今日のことを報告した。聞かされたディオルゼは、突拍子もない話にきょとんとしている。

「うん。まだ子どもだから犬くらいの大きさなんだけど、自分で竜って言ってたよ」

「自分は竜だと言って、相手を(だま)したり威嚇する魔物はたくさん存在します。その(たぐい)ではありませんか?」

 竜を目撃する人は少ない。秘境と呼ばれそうな森の奥深くだったりならまだしも、少なからず人間が住む場所に竜の方から現れる、というのは考えにくかった。

 ディオルゼがジートの話を聞いてそう言うのは、ごく普通の反応だ。

「別に威嚇はされてないんだけど。まぁ……竜って呼ぶにはちょっと軽い感じだなって思ったけどさ」

 竜と言えば、魔力のかたまりみたいなもの。その存在に圧倒され、人間がおいそれとは近付けない生き物。

 この世界は神と竜が創造した、とする説もある。つまり、神様の相棒だ。そんな神々しい存在であろう竜が、こんな片田舎の島で特訓をするだろうか。

 家に帰って落ち着き、あれこれ考えると少し疑わしくなってしまうのだが、同時にジートはヴェルは本当のことを言っているとも思うのだ。

 ヴェルが自分のことを竜だと言い、ジートを騙そうとしているとして。それならもっと偉そうな態度に出たり、言うことを聞くように強要しそうなもの。

 しかし、かなりの美形という点を除けば、島にもいそうな少年、という雰囲気だった。ヴェルの人間の姿を見たのは一度だが、会話をしていてそう感じる。

 だから、竜にしては軽い、という感想に結びつくのだが、竜にも色々な性格があるのだろう。

 ディオルゼは、ジートの前ですっと手を動かした。

「ジートは素直すぎる部分があるので、心配な時がありますが……どうやら怪しげな術をかけられた様子はなさそうですね」

「それって、だまされやすいってこと?」

「率直に言えば、そうですね。ジートの性格は武器でもあり、同時に致命的になりかねない弱みでもあります。ルドアの丘周辺なら妖精も多くいますし、滅多に悪質な魔物は来ないと思いますが……」

「大丈夫だよ、ディオルゼ。坂から転がり落ちて、笑ってたんだよ。おかしな魔物がそんなことをするはずないと思うな」

 あんな楽しそうにけらけら笑う魔物がいるなんて、ジートには想像できない。

「そうやってヴェルという竜を信じるなら、実は魔物だったらすでにジートは(だま)されていることになりますよ」

「え? あ、ん~……」

 悩むジートを見て、ディオルゼはくすりと笑う。

「恐らく、大丈夫ですよ。ヴェルが竜であろうとなかろうと、ジートを騙すつもりならとっくにやっているでしょうからね」

 ジートの話を聞いて、トカゲもどきの魔物だろうとディオルゼは推測していた。

 しかし、竜だと思うならそれはそれでもいい、と思う。ジートが心身を傷付けられさえしなければ。

 魔物であっても、全てが邪悪な性質という訳ではない。色々な存在と触れ合うことは、魔法使いの経験として必要なことだ。

 それでも、翌日出かけるジートに、ディオルゼは念のために守りの魔法をかけておく。まだ自分で自分を守りきれない見習いは、それなりの保護をしておかなくてはならない。

 そんなことに気付かない未熟なジートは、いつものように家の用事を済ませるとルドアの丘へ向かった。

 すでにヴェルは昨日と同じように、坂から転がり落ちている。

 これを見ていたら、目的が完全に変わっているような気がするんだけど……。

「ヴェル、目が回ったりしないの?」

 木に登るのは飛ぶためなのか、転がるためなのか。ヴェルの様子を見ていると、わからなくなってくる。転がる距離が昨日より伸びていれば、なおさらだ。

「全然。なったらなったで、それも面白そうだよな」

「面白くないよ。真っ直ぐに立っていられないし、ひどい時は気分が悪くなるんだから」

「ふぅん。気分が悪くなるのはいただけないな。……ジート、何か魔法かけられてる」

 ヴェルがふいにそう指摘した。

「え? ぼく?」

 言われても、ジートにはすぐに把握できない。

「ジートの魔法じゃないな。あ、ジートが昨日話してた、弟子の師匠か」

「父さんの弟子で、ぼくの師匠。……間違ってないけど、知らない人が聞いたら混乱しそうだね」

 ジートには、ディオルゼに魔法をかけられた意識はまったくなかった。ディオルゼもそんな素振りさえ見せてない。

 しかし、言われて自分を客観視すると、確かに魔法の気配がする。ジートは何も気付いてなかったのに、ヴェルはあっさり見破った。

 本物の竜かどうかはともかく、確かにただ者ではない。

「あのさ……竜は人間を食べたり……しないよね?」

「は? 何だよ、それ」

 ヴェルがただ者ではないと思った途端、そんな疑問がジートの頭をかすめたのだ。

 竜の姿ではわからないが、ヴェルが人間の姿ならきっと眉をひそめたような表情に違いない。

「そんな種族がいるなんて、俺は聞いたこともないぞ。だいたい、竜が人間を喰うなら、ジートはとっくに俺の腹ン中だ」

 視線が自分よりずっと下の相手にそう言われても、全然現実味がない。しかし、言われてみればその通りだ。

 ジートがヴェルを見付け、あまり警戒せずに近付いたあの時点で、ぱくっといけばおしまい。今の姿が相手を油断させるためなら、大成功だ。

「あ、そう言えば、ジートは魔法の練習をするって言ってたのに、昨日はずっと俺の特訓に付き合わせちゃったな。じゃ、今日は俺がジートの特訓に付き合ってやるよ」

「え……だけど、ヴェルは早く飛べるようにならないと、帰れないんだろ?」

「ああ。でも、ジートが帰ってからでも自分の特訓はできるからな。それに、一日や二日でできれば苦労しない。いやでもここにはしばらくいることになるんだ。そのうちの数日を、人間の特訓に付き合うのも悪くない」

 ヴェルの方からそう言ってくれるのだから、ジートとしても断る理由はなかった。

 が。

「ちっがーう! そこの呪文はそうじゃないだろ」

 魔法の練習に付き合ってくれるのはいいが、ジートのようにただ見守るだけじゃない。

 ヴェルはジートの至らない部分をしっかり指摘し、口を挟んでくるのだ。

 竜は魔力のかたまり。子どもであっても、魔法を使う存在としては、ジートよりずっと上の立場。

 なので、ジートの不完全な部分が見えると、それを修正したくなるらしい。

 帰って座った途端、テーブルに突っ伏したジート。

 その様子を見て、昨日話していた「竜」に何かされたのかとディオルゼが心配する程、この日の見習い魔法使いはくたくたになったのだった。

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