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アンブルーの島へ

 ヴェルはジートを乗せ、再びツァルト草原にいる両親の元へ向かう。

 ヴェルの張ってくれた結界はまだ有効だが、シャンテの山からふもとへ降りるにつれ、ジートは空気が暖かくなるのを感じた。

「父さん、この花でいいんだよな」

 人間から見ても小さな花なのに、それを竜が持つと豆粒ですらない。根には土が付いたままだが、単にゴミが付いているようにも思える。

 あまりのサイズ差に、ジートは竜達にちゃんと見えているのかと心配になった。

「おや、ずいぶん早かったね。そう、フーリルに間違いないよ」

 それを聞いて、ジートはほっとする。

 イアンドにはちゃんと見えているし、はっきり断定もしてもらえた。同じ花だと思っても、実は酷似(こくじ)した花だったら、なんて不安も少しあったのだ。

 竜がそう言うのだから、間違いない。

「これ、持って行ってもいいんだろ。今更ダメなんて言わないよな?」

「ヴェルッジュ・ゼクトは、どうしてその花を持って行きたいのだ?」

 イアンドの質問に、ジートはどきりとする。ここまできて許可されない、なんてことがあるのだろうか。

「何だよ、それ。ある場所を教えておいて、持って来たらやっぱりやめろってことか」

「答えなさい。その花には危険な一面があることを、先に教えたはずだ」

 真面目な口調で問われ、ヴェルは一瞬詰まる。だが、すぐに気を取り直した。

「ジートのいるアンブルーの島を衰退させたくないからだ」

「それはなぜ?」

「ジートは俺の友達で、特訓仲間だ。友達が困っているなら、力になりたい」

「その力が、フーリルなのか?」

「あの島の生命力は、本来そんなに強くない。フーリルがあれば、ジート達は困らなくて済む。アンブルーの島にフーリルがあっても、危険な状態には絶対ならない」

 イアンドの目を真っ直ぐ見上げながら、ヴェルは言い切った。それを聞いたイアンドは、小さく(うなず)く。

「よろしい。合格だよ」

「は? 合格?」

 ヴェルはいぶかしげな口調で聞き返し、首を(かし)げた。

「その花と花を植える場所に対して、お前はちゃんと責任を持っている、ということだ。その土地の力をちゃんと把握していなければ、人間をはじめとする多くの命を逆に失うことにもなりかねないからね。お前は持ち出す理由をしっかり持ち、島の状況を的確に判断した。だから、合格」

「……知らないうちにテストされてたのか」

 合格と言われても、ヴェルは少し不満そうだ。

「あの、どうしてアンブルーの島にフーリルを持って来てくれたんですか?」

 ずっと聞きたかった。イアンドがフーリルを植えてくれた理由、アンブルーの島を豊かにしてくれた理由を。

()しくも息子と同じ理由だよ」

「ヴェルと同じ?」

「私はあの島で特訓した訳ではないが、あそこを訪れた時にきみのような少年と出会ってね。心を通わせ、とても楽しい時間を過ごしたよ。あの頃のアンブルーの島は、人間から見捨てられかけていた。大地の力がとても弱かったから、人間は次々に大陸へ渡って行ったんだ。しかし、彼は自分が生まれた島を捨てたくないと言ってね。彼のために何とかしたいと思って、フーリルを植えたんだ」

 当時、一次成長が終わって間がなかったイアンドは、今自分が息子にしたように他の竜達に問われた。

 なぜ大地の力を持ち出すのか、と。

「正直なところ、あの島にフーリルを植えてよかったのか、今でも私にはわからない。自己満足と言われても仕方ないだろう。結果として、人間の生活を大きく変えたからね」

「え、竜でもわからない……んですか?」

「人間は竜のことを全知全能のように考えているようだが、実際はそこまで完璧ではないよ。悩みもするし、間違うこともある。だが……あの時、知ってしまってそのまま見過ごすことができなかった。お前もそうだから、私を捜してあちこち飛び回っていたのだろう?」

「うん……」

「竜が軽はずみな気持ちでいれば、花はすぐに枯れる。だが、お前はフーリルを摘んでも枯らさなかった。そうやって持ち出すからには、責任を持ちなさい。大地の力が島ではなく、人間を暴走させてしまったら、元の場所へ戻す覚悟を持って。さぁ、行きなさい」

 イアンドに(うなが)され、ヴェルはジートを乗せて大空へ羽ばたいた。

☆☆☆

 来る時は、およそ二日かかった。戻る時は一日半だ。

 竜の谷を出たのが昼前くらいになったため、途中で夜明かしすることになったが、かかった時間のトータルはずっと少ない。それだけヴェルの飛ぶ力が強くなったのだ。

 一週間程留守にしただけなのに、ルドアの丘へ戻って来るとジートはひどく懐かしい気分になる。

 丘のふもとに降りたヴェルは少年の姿になり、ジートと共にフーリルの花がある場所へと向かった。

 花畑に降りればすぐにフーリルを植えられるが、他の花を踏み潰さないようにという配慮からだ。

「ジート!」

「あれ、ディオルゼ……どうしてここに」

 花のある所まで来ると、そこにディオルゼがいた。

「無事ですか、ジート。なかなか戻って来ないから、心配していたんですよ」

 言いながら、ディオルゼは無事を確かめるようにジートの顔や身体に触れる。

「ちゃんと伝言はあっただろ?」

「……あなたがヴェル、ですか?」

 ディオルゼには、ジートしか見えてなかったらしい。声をかけられ、ディオルゼは遅ればせながらヴェルの存在に気付いた。

「ジートが会っていた竜……が彼なのか? どう見ても人間だが」

 ディオルゼにジートしか見えていなかったように、そばに村長のベルジャがいたことにジートは声をかけられるまで気付かなかった。

「話は後だ。新しいフーリルを持って来た。さっさと植えようぜ」

「フーリル……本当に新しい花を?」

 ヴェルの持つ花とジートの顔を、ディオルゼは交互に見る。

 少年の手には、確かにこれまで見てきたフーリルとよく似た花があった。根に土が付いたままで、大地から抜き出したばかりのような状態だが、少年が持つ花は見た目にも生命力に満ちている。

「うん。前のフーリルを植えたっていう、ヴェルのお父さんにも会ったよ」

「え、彼のお父さんがあのフーリルを植えてくださっていたんですか」

 新しいフーリルが持ち込まれただけでも驚きなのに。この後、ジートからどれだけの驚く話がもたらされるのだろう。

「これだな。ぎりぎりで間に合った」

 花びらからは水分が抜けきり、端が茶色く変色し始めているフーリル。切り花であれば、間違いなく捨てられる様相だ。

「急に麦の成長が悪くなったとみんなが言い出し始めて、どうしようかと思っていたところだ」

 ジートがアンブルーの島を出る前にも気になる話は聞いていたが、やはり花がしおれた影響はすぐに出始めていたのだ。

 まさかフーリルが……と不安を口にする者達もいた。だが、大勢が様子を見にルドアの丘へ押し寄せれば妖精の機嫌を損ねてますます事態が悪くなる、などとベルジャが何とかごまかそうとしていたのだ。

 村人も、自分達がルドアの丘へ行ってもフーリルがどれかわからないし、村長が言うように妖精の機嫌を損ねたくはない。仕方なく、ここへ来るのは控えていた。

 ディオルゼは何とか持ち堪えてくれないか、と手を尽くしていたと言う。妖精に何かわかることがないか話を聞きだそうとしたり、徒労に終わってもいいから、と魔力を注いでみたり。

 だが、いい変化は訪れない。かと言って、手をこまねいたままではいられなかった。

 今日も何かできないかとルドアの丘を訪れ、ベルジャも様子を見に来ていたところへジート達が戻って来たのだ。

 ヴェルは命が尽きかけているフーリルの隣に、穴を掘った。そこへ、持って来た新しいフーリルをそっと置く。ジートも一緒に花の根に土をかぶせた。

「一日か二日で根付く。そうなれば、また大地の力が島に行き渡るはずだ」

 ヴェルの言葉に、三人の表情が明るくなる。

 ジートやディオルゼはもちろん、ベルジャも頭を下げて何度も「ありがとう」と繰り返した。

 これで島は……島に住む人間は救われる。作物や家畜を育て、この島に住み続けられるのだ。

「一応、言っとくぜ。大地の力に甘え切ったり、自分達の力だと勘違いして騒動を起こすようなら、俺はこの花を持ち去る。……俺にそんなこと、させないでくれよな」

 ヴェルの言葉に、大人達は神妙な顔で(うなず)く。

 今回は自然の時間の流れによって、フーリルに寿命が訪れた。

 だが、次は自分達の行い次第で、フーリルを取り上げられるかも知れない。そうなったら、もうフーリルは二度と手に入らないだろう。

 大地の恩恵を感謝し、受け取る。

 良くも悪くも、アンブルーの島の住人は変わってはいけないのだ。

「ヴェルはこれからどうするの? もう飛べるんだし、特訓の必要はないよね」

 つまり、ヴェルがアンブルーの島にいる必要はない、ということだ。ばたばたと文字通り飛び回っていたが、一緒にいられて楽しくもあった。

 そんな時間が終わるのは、とても淋しい。

「俺はもう必要ない。でも、ジートには特訓が必要だろ」

「そりゃ、まだまだ半人前だから」

 ヴェルの父を捜している間、魔法はほとんど使っていない。過酷な環境でダメージを受けないよう、せいぜい結界を張ったくらい。それだって、ほとんどヴェルに助けてもらっている。あとは、夜に明かりを出した程度。

 アンブルーの島を出る前に比べれば、かなり勘が鈍っているはずだ。今まで以上にがんばらなければ、先へはなかなか進めない。

「ジートにだけ付き合わせて、俺は放ったらかしなんて公平じゃないもんな」

「え……じゃ、まだアンブルーの島にいてくれるの?」

「考えてみたら、ここでは特訓ばっかりでジートとゆっくり話をしてない気がするんだよな。竜の谷では夜に少し話したけど、すぐに寝落ちしてたし。せっかく人間のいる場所にいるんだから、何もしないで帰るのはもったいない」

「うん、もったいないよ」

 ここぞとばかりに、ジートは何度も首を縦に振る。

「じゃ、早速特訓するか」

「え……今日はいいんじゃない? 戻って来たばっかりだし、もうかなり陽も落ちかけてるしさ」

 いきなり言われ、ジートは腰が引けている。だが、ヴェルはそんなジートの肩にしっかり手を回した。

「何言ってんだ。俺が飛び回っている間、一度も特訓してないんだぞ」

「それは……そうだけど」

 それはフーリルを探すためだから……というのは言い訳。

「ほら、行くぞ」

 ジートはヴェルに丘のふもとへと強制連行されてゆく。

「まずは強い結界を張れるようにしないとな」

 そう言えば、ケノル火山へ向かう時、がんばらないとな、なんて言われていたような。

「ヴェル、一応言っておくけど、竜と同じレベルは求めないでよ」

「わかってるって。果てしなく近いレベルで勘弁してやるよ」

「それ、勘弁のうちに入ってないよ」

 ジートが抗議するが、ヴェルは笑うだけ。

「本当にあの子は竜なのか?」

 問題が解決し、大人を放ってさっさと歩いて行く少年達の後ろ姿に、ベルジャがつぶやいた。こうして見ていたら、ジートとその友達にしか見えない。

「ええ、そのようです。しばらくアンブルーの島にいてくれるようですから、色々と話を聞くことができるかも知れませんね」

 ディオルゼは新しいフーリルに目をやる。今までに感じたことのない、力強さが確かにあった。もう心配はいらない。

「にぎやかになりそうですね」

 遠くに聞こえる少年達の声に、魔法使いは笑みを浮かべた。

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