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フーリルのある山

 翌朝、ヴェルは母レドリーがいるツァルト草原へ向かって飛んだ。

 夜を明かしたのは、アンブルーの島から竜の谷へ行くよりはやや近い位置にある島、だったらしい。どこであれ、とにかく離れた場所。それだけヴェルは長距離を飛んでいたのだ。

 初めてアンブルーの島から竜の谷へ向かった時はおよそ二日かかったが、何とかその日のうちに着くことができた。今回はアンブルーの島からよりは近いことと、ヴェルが成長したことでスピードが上がったおかげだ。

 湖があり、草原が広がるエリアには、行く前と同じようにレドリーがいる。

「何なんだよ、それ……」

 横にいるジートは、ヴェルを見ていると本当に火を噴きそうな気がした。

 ヴェルが腹を立てているのは、自分達が疲れて戻って来たら、何事もなかったようにレドリーと楽しそうに話し込んでいるイアンドの姿を見付けたからだ。

 さんざんあちこち捜しても父が見付からなかったのは、すでに竜の谷へ戻っていたからだった。ヴェルをなだめつつ、ジートも正直なところ肩すかしの気分だ。

「やっと戻ったか、我が息子」

 ヴェルがまた成長したと言っても、やはり母レドリーの方が身体は大きい。だが、その隣にいる父イアンドは、さらに一回り大きかった。ヴェルの身体に見慣れたはずのジートだが、おとなと子どもではこんなにも違うのだ。

 伯父であるキュアス・ビアーネも似たような大きさだったように思うが、あの時は彼が伯父ばかを発動していたのでそちらに気を取られていた。改めて対峙すると、その大きさに息を飲む。身体をまっすぐに伸ばして比べたら、父と子でどれだけの差があるのだろう。

 初めてレドリーと会った時、ジートは山みたいだと思ったが、こうして両親が並べば山脈だ。

「やっと戻ったか、じゃないっ。今までどこにいたんだよ」

「いつものように、色々とね。で、戻って来てレドリー・レティアに話を聞いたら、前日にお前達が私を捜していた、と。追い掛けてもまたすれ違いになるだけだし、全部回って駄目ならここへ戻ると見越して待っていたんだよ」

「前日って……それ、俺達が出発した次の日に戻ってたってことか。タイミング、悪すぎだろ」

 効率よく捜さなければ、と話していたが、イアンドは見事に要領がいいようだ。実際、彼の予測は当たり、息子達はこうして戻って来た。

「ごめんなさいね、ヴェルッジュ・ゼクト。私が思っていたより、近くにいたそうなの」

 母は悪くない。父が居場所をちゃんと伝えておかないのが悪いのだ。

 ヴェルは思いっきり文句を並べたいところだが、今は時間が惜しい。

「父さん、フーリルのことを聞きたいんだ。アンブルーの島にあるフーリル」

「アンブルーの? それでは、お前が連れて来たそちらの小さな客人は、アンブルーの島の住人なのかな?」

 ぼく、どれだけの数の竜に会ってるんだろう。ちゃんと話したって、絶対誰にも信じてもらえないよね。

 イアンドに視線を向けられ、ジートは頭を下げつつ、そんなことを考える。

 世間の人は、ほとんど竜に会ったことがない。それなのに、ヴェルの家族や親戚にまで会い、竜の谷上空を飛んでる時は眼下にくつろぐ竜の姿を見た。誰に話しても、作り話だと言われるに違いない。

「ジートと言います。あの……アンブルーの島のフーリルが枯れかかっていて、妖精達の話ではあと二週間……じゃないや、一週間くらいで命が尽きるらしいんです」

「おや、もうそんな年月が経ったのか。早いものだな」

 イアンドがちょっと遠い目になる。

「このまま枯れたら、島が大変なことになるから……新しい花がほしいんです」

「他の竜や妖精に聞いても、知ってるみたいだけど教えてくれなかった。父さんに聞けって感じで。たぶん、聞いてもダメだろうとは思ってたけどさ。だから、ずっと捜してたんだ」

「なるほど。確かに誰も教えないだろうね。あの花はよくも悪くも、大地に大きな作用をもたらす。余計なことを言っては、その土地を滅ぼしかねない」

「え……あの花、そんなに危険なんですか」

 フーリルに似つかわしくない「滅ぼす」という言葉を聞いて、ジートは驚いた。

 あの花はアンブルーの島に豊かさをもたらしてくれたが、これまで弊害など何もなかったはず。そんな一面を持つなんて、思ったこともない。

 それはジートだけではないだろう。島の住民やフーリルを見守ってきた魔法使い達も想像しなかったに違いない。

「元々豊かな土地にあの花を植えれば、大地の力が過剰になる……というのは想像できるだろう? 密林のようになって人間は住めなくなるし、本来そこにある植物が異様な進化をすることも考えられる。もしくは、土壌が豊かすぎて根腐れ状態になり、異臭を放つ沼のようになるか」

「豊かならいいって訳じゃない。そういうことですか」

「何事も過ぎてはいけない、ということだよ。不用意に教えれば、その土地をつぶすかも知れない。そんな無責任なことはできないからね。その土地の状態を知らない者が教えないのは、当然のことだよ」

「そっか……って、そんなことはいいから。アンブルーの島に新しいフーリルを持ち込んでいいのか、いいならどこにあるのか教えてくれよ」

「教えてくれ?」

「教えてくださいっ」

 淡々と聞き返され、ヴェルより先にジートが言う。本来、頼まなければいけないのは、あの島の住人であるジートなのだ。

「ヴェルッジュ・ゼクト、ジートと一緒にシャンテの山へ行っておいで。お前達の求めるフーリルはそこにある」

 イアンドが首をくいっと動かして指し示したのは、ジートやヴェルが振り返った先にある高い山だ。

「え、あそこ?」

「そう。小さい頃、何度か遊びに行っただろう? その時に、お前もフーリルを見ているはずだよ」

「……何となく覚えてるけど、それってあの山だったのか」

 ものすごーく近くにあったのに、全然覚えていなかった。そのせいで四日以上も父を捜し回って……。ものすごーく時間を無駄にしたような気がする。

 もっとも、父に話を聞かなければ花を持ち出していいかの判断ができないのだから、覚えていても今回はどうしようもなかった。

「行っておいでって、花があったらどうすればいいんだ?」

「あとはお前の気持ち次第だよ」

「はぁ?」

 イアンドはそれ以上の説明をする気はないらしい。

 まだよくわからないまま、ヴェルはジートを乗せ、フーリルがあるというシャンテの山へと向かった。

☆☆☆

 特別な何かがある訳でもない。特殊な植物が生えている様子もないので、目隠しして連れて来られたらジートは人間の領域だと思うだろう。

 しかし、ここは竜の谷と呼ばれるエリアにある山。フーリルの花が竜の谷にあるのなら、竜しか知らないと言われているのも納得できる。

「ヴェル、どの辺りにあったか覚えてる?」

 山へ入ってから少年の姿になったヴェルに尋ねたが、軽く肩をすくめた。

「そんなガキの頃に何気なく見た花なんて、忘れた」

「……きっぱり言うね」

 でも、ここはヴェルの記憶次第なのだ。頼りは彼しかいない。

 もっとも、咲いていた場所を覚えていたとして、今も同じ場所に咲いているとは限らないのだ。

「ここ、寒いね」

「あと少しで頂上って所だからな」

「それにちょっと息苦しいかも。ヴェルは平気?」

「うん。あ、人間には空気が薄いのかな」

「……空気が薄い?」

 ジートにはヴェルの言う意味がよくわからない。

「高い山は、ふもととは空気が違うんだ」

「でも、ケノル火山は息苦しいと思わなかったよ」

「あそこはここより高い山じゃないからな。それに、行く前に結界を張っただろ。だから、そういう影響を受けなかったんだ」

「結界って、そこまで守ってくれるものなんだ……」

 それだけの効果があるのか、竜の力によるものなのか。どちらにしろ、魔法ってすごいんだな、と今更ながらに思う。

「これでどうだ?」

 ヴェルが結界を張ってくれたらしく、ジートの息苦しさはなくなった。

「うん。楽になったよ。ありがとう、ヴェル」

「ここで倒れてらんないからな」

 礼を言われ、ヴェルは笑みを浮かべる。

「んー、似たような花ばっかりだなぁ」

 この周辺は、木があまりない。地面には丈の低い草が生えていて、芝生のようだ。その緑の中に、ぽつぽつと小さな花が咲いている。地面は(ゆる)い傾斜があり、ルドアの丘に少し似ている気がした。

 たんぽぽのような花があるかと思えば、百合を縮小したような形の花もある。形は色々あるのだが、どれも親指の爪よりやや大きいくらいのものばかりだ。ルドアの丘で見たフーリルと似た大きさの花々で、この中に求めるフーリルがある、ということだろうか。

「大地に大きな作用をって言われてるけど、フーリルがある周辺はそんなに花がたくさんあるって訳じゃないんだね。ルドアの丘でも、一面の花畑って感じじゃなくて、狭い面積の花畑がぽつぽつある感じだし」

「本来はひっそり咲く花なんだ。それが植え替えることによって、その力が発動する。たぶんだけど、植えられてすぐの時はルドアの丘も満開の花畑になってたと思う。それが長い時間が経つことで島に馴染んだんだ」

「馴染んで……力は発動したまま?」

「一度解放されれば、そのままだ。何かおかしな力を加えない限りは」

「昔は何度もよその魔法使いが盗みに来たって聞いたよ」

「仮にも竜の谷で咲く花だぞ。人間の魔法くらいではどうってことない」

 ジートの手の中にすっぽり収まりそうな花だが、相当強い魔法でもなければ動じることはない、ということらしい。

 おかげで、盗人(ぬすっと)魔法使いに力を奪われることなく、アンブルーの島はずっと安泰だったのだ。

「フーリルは確かに魔力を秘めているんだなって感じがしたけど、そういう気配で見付けられない?」

「んー、気配で探すのは、ここじゃ無理だな。確かに普通の花とは違う、魔力が混じった気配を漂わせてるけど、この山ではみんなが似たような気配を持ってるんだ。この山が……と言うか、竜の谷全体がそういう気配を持ってるからな」

「そうなんだ。ぼくはてっきりあちこちに竜がいるから、そんな気配になるのかと思ってた。大地そのものが魔力を秘めてるんだね」

「ああ。場所によっての強さは違うけど」

 しばらく探し回ったが、すぐには見付からない。両親の元へ戻った時点ですでに夕暮れ近い時間だったので、こうして山へ入ったらすぐに暗くなってしまった。

 ヴェルは暗くても問題ないし、ジートも魔法で明かりを出しながら動くことはできる。だが、無理をしても集中力が続かないだろう。今日はあきらめることにする。

 近くの木の下で、ヴェルとジートは身体を休ませた。空が近く、星が迫ってくるかのように輝いている。

「星はアンブルーの島でも見えるから珍しい訳じゃないけど、すごくきれいだね」

「晴れてるから、なおさらだな。そう言えば、俺も星空をゆっくり眺めたことなんてなかった」

 しばらく四つの瞳が空を眺める。何度か流れ星が通り過ぎた。

「竜であるヴェルの気持ち次第って、どういう意味なんだろう」

「父さん、あんな回りくどい言い方するタイプじゃないんだけど。フーリルについては素直に教えられないってことか」

「素直にって言い方もどうかと思うけど……。竜であっても、簡単に手に入るものじゃないってことかな」

「時間がないってジートの言葉、ちゃんと聞いてたのか怪しいぜ」

「まさかそんなことは……」

 あと一週間くらい、とは言ったが、イアンドにすればまだ余裕がある、と判断されているのか。

「アンブルーの島へ戻る時間も考慮に入れてくれよな……って、文句言っても仕方ないか。俺がいらいらしたって何も変わらないんだし。本当に焦ってるのはジートの方だよな」

「んー、本当は焦るべきなんだろうけど、これまでの移動距離が長すぎて感覚がおかしくなってる。次元が違うって言うか、焦るということを超えたような」

 ずっと空を飛んでいると、何もかも小さく思えてきた。こうして大地に足を着けてしばらく経てば、アンブルーを出る前のように焦るのだろうか。

「……ヴェルはどうして、ここまでやってくれるの?」

「え?」

 不意の質問に、ヴェルがきょとんとする。

「お父さんの方の事情は知らないけど、ヴェルは飛べるようになれってアンブルーの島へ連れて来られただけだろ。それなのに、ぼく以上に一生懸命になってくれてるみたい」

「ジートの住む島が、人間の住めないような島になってほしくないから」

 言いよどむことなく、ヴェルは答えた。

「ぼくの……」

「俺はジートが気に入ってるんだ。特訓仲間でもあるしな。仲間として、何とかしてやりたいって思うのは普通だろ」

 何を当然のことを聞いてるんだ、とでも言わんばかりのヴェルの口調。

「ん……ありがとう」

 あまりにもストレートに言われ、ジートは何も返せず礼を言うのが精一杯だった。

 その後、とりとめのない会話をしていたが、ジートはいつの間にか寝落ちしてしまう。

「あれ……あ、フーリルだ。ジート、見付けたぞ!」

 その言葉をすぐには理解できず、ジートは夢を見ているのかと思った。だが、身体を揺らされ、目を開ける。

「ん……」

「ジート、フーリルだってば」

「え……ええっ?」

 ヴェルがふと横を向いたら、その視線の先に求める花があったのだ。

 フーリルは、彼らが休んでいる木のすぐそばに咲いている。一輪だけ、ぽつりと。

 ジートはともかく、ヴェルなら夜でも見えたはずだ。しかし、休む時に見回しても、昨夜は花なんてなかった。

 ジートもそちらを見て、ディオルゼに教えられて見たことのある花と同じものが生えていることを確認する。

 すみれに似た、青紫の小さな花。

 確かにフーリルだ。

「もしかして、咲いたばっかりかな。昨夜の俺達の話を聞いて、行ってやってもいいかって思ったとか」

「え、花が会話を聞くって……」

 ありかも知れない。これは普通の花ではない。竜の谷に咲く、魔力を秘めた花だ。

「これ、もらって帰っていいの?」

「ダメなら、最初から父さんはこの場所を教えてないっての」

「そ、そうだよね」

 本当に新しいフーリルが見付かり、ジートは戸惑っていた。いや、実は興奮しているのかも知れない。

「どうやって持って帰ればいいのかな。普通に摘み取って平気? あ、アンブルーの島じゃ、フーリルは抜き取ることができないってことになってたっけ」

 島の花畑については、そういうことになっている。その条件は、竜の谷にある山の中でも同じだろうか。

「結局、その辺りのことは教えてくれなかったよなー。根っこごと持って行く方が根付きもいいだろ。俺がやるよ」

 ヴェルが軽く手首を振ると、小さな花の周辺の土がえぐられた。根に土が付着した状態でフーリルの花が宙に浮く。植木鉢から抜いたみたいな形だ。人間には抜けなくても、竜にかかれば軽いもの。

 竜しか知らない花。そして、竜にしか扱えない花。

「よし、アンブルーの島へ戻ろうぜ」

「その前に、お父さん達に報告した方がいいよ。見付けられたかどうか、心配してるはずだし」

 ジートとしては、もちろん早くこの花を持って帰りたい。だが、教えてくれたイアンドに礼を言っておきたかった。

「あの顔は、見付けて当然って感じだったぞ。ま、時間に余裕ができたからいっか」

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