ディスペル
翌日、俺たちは冒険者ギルドで集合する。
昨日が休日だったからか、エルナとリネアはすっきりした様子だった。
「どうしたのアルス、ちょっと疲れたようだったけど」
「まあ色々あってな。ところでちょっといいか?」
そう言って俺はエルナに顔を近づける。
「な、何よ!?」
エルナは抗議するような声をあげるが、それだけで俺は知りたいことを分かってしまった。
「……やっぱりな」
「だから何よ!?」
「いや、エルナの呪いが何なのか分かった」
「は?」
突然の俺の言葉にエルナは困惑する。リネアも首をかしげた。
「エルナにかかっているのは魔神ドレッドノートによる魔物化の魔法だな。遺伝で大分薄まっているけど、進行すれば最悪魔物のようになってしまう可能性がある」
「そ、そんなことあんたにしゃべったっけ!?」
俺の言っていることが当たっていたせいか、エルナは動揺していた。
確かめられたところで俺は事情を説明する。
「いや、たまたまおとといの冒険の後ランクが上がっていたから、俺は『解呪魔法』のスキルを覚えたんだ。そしたら呪いのことも見ただけで分かるようになった」
スキルはその魔法が使えるだけでなく、その効果に関係する知識もある程度得られるらしい。例えば「回復魔法」だと他人を見ればある程度受けているダメージが分かる。
一人でレベリングしたことは何となく気恥ずかしかったので秘密にしておく。
するとエルナは呆然とした。
「そ、そんな……でもいいの?」
「何がだ」
「『解呪魔法』なんて冒険者としての仕事には全然役に立たないのに……」
もちろん魔物と戦えば呪いを受けることはあるだろうが、それは高位の魔物と戦うときぐらいだ。どうせそんな高位の魔物と戦うときはもっとレベルが上がっている以上、普通は「強化魔法」「防御魔法」といった汎用的なスキルを取る方が一般的だ。
「解呪魔法」という戦闘の役に立たないスキルに一枠使えばその分他が弱くなってしまう。
それに呪いは他の攻撃と違って効果が出るのが遅いので神殿に駆け込んで解呪してもらうことも出来る。
「大丈夫だ、今の俺ならランクなんてすぐ上がる」
「もしかして私のために……?」
俺の意図を察したエルナが信じられない、という風にこちらを見る。
「そうだと言ったら?」
「ありえない、私はあんたに大したことしてないし、それにいくらあんたの魔法がすごいからといって、大事なスキルを使って『解呪魔法』を覚えても私の呪いが解けるとも限らないのに……」
「解けなかったら重ねて『解呪魔法』を解けばいいだろ」
恥ずかしいしエルナも多分望んではいないだろうから口に出しては言わないが、エルナは態度こそ悪いが自分なりの正義というものを持っていて出来るだけ沿うように行動している。
最初はみなそうなのかもしれないが、割のいい依頼をこなすことしか考えていないゴードンや昨日因縁をつけた冒険者のように、冒険者を続けていると人はみな自分のことしか考えなくなっていく。
もちろん、冒険者の仕事は命がけだから相応の見返りを求めるのは当然のことだ。
それを考えると俺はBランクのエルナが少女の頼みを聞いたことをすごいと思った。
エルナの方は今後俺よりいい相手が見つかれば俺ではなくそいつを選ぶのかもしれないが、俺としてはエルナよりもいい仲間が見つかることは実力的にも人間性的にもあまりないような気が舌。
それに女じゃないとこの魔法は効かないという事情もあるが。
だからこそ俺はエルナのために、出来ることはやっておこうという気持ちが会った。
「だから呪いを解くぞ」
「う、うん……ってこんなところでそれをする気!?」
「解呪魔法」もヒールと同じなのかはよく分からないが、ギルドであんな副作用が出れば大変なことになってしまう。
仕方なく俺たちは街外れの誰もいない茂みの中に移動する。
周りに誰もいないことを確認すると俺は口を開く。
「よし、じゃあ行くぞ?」
「う、うん」
エルナが緊張したように頷いた。
「ディスペル」
俺が呪文を唱えると、俺の手から魔力が放たれてエルナの体を包み込む。恐らくエルナの体を蝕んでいる呪いは効果が抑えられているだけで強力なものだろう。だから俺は本気で魔法を使った。
「あぁん♡」
レベルが上がったことで魔力がさらに強まっていたのだろう、いつもはある程度我慢するエルナだったが、たまらず甘い声をあげてしまう。
しかし呪いもすんなり解ける気配はないので俺はより力をこめて魔法を続ける。
エルナは懸命に口元を抑えて抵抗しようとするが、すぐに声が漏れてきた。
「あ、あ、あん♡ はぁ、はぁ、はぁ……く、ふぅ♡ この魔法すごい、体の奥が熱くなってくるう」
「悪いけど呪いが手ごわいから我慢してくれ」
「うん……でも、く、ふうっ♡ これしゅごすぎるぅ……もうむりぃ、たっていられないわぁ……」
たまらずエルナは目をつぶってその場に座り込む。
そんなエルナの手をリネアが握った。
「頑張ってください、エルナ。副作用が辛いということは魔法が効いているということです」
「そ、そうだね……でもこれ本当におかしくなりそう、あ、はぁ、ふぅ、はぁ……ひゃあああああああああああんっ♡」
魔法をかけ続けると再びエルナの悲鳴が大きくなっていく。
そんなエルナの我慢の甲斐あって、彼女の体内の呪いが少しずつ減っていくのを感じる。こびりついた汚れを強くこすって落としていくように、呪いは少しずつなくなっていく。
そして。
最後のひとかけらがなくなり、無事にエルナの体から呪いが消える。
俺が魔法を解くと、エルナは脱力したように倒れ込み、そんな彼女をリネアが抱きとめた。
「終わった」
「はあ、はあ、はあ……すごい、体が軽くなったみたい!」
「良かったですねエルナ」
「うん、あれだけ色々しても解けなかったのに、すごい……そしてありがとう」
エルナが紅潮した頬に潤んだ眼でお礼を言う。
「解けて良かった。エルナもよく頑張ったな」
「うん」
いつもはもう少し威勢のいいことを言うエルナも、今日ばかりはしおらしく頷いてみせる。
しかしずっとエルナの身を苛んでいた呪いをこうもあっさり解いてみせるとは。やはり俺の魔力は女性限定で、副作用があるにしても強力なものらしい。改めて俺はそれを実感した。