第九話 滅ぼしたい敵て何ですか?
冒険者ギルド……それは冒険者という社会の糞溜めの蛆虫の集まりではあるが、だからこそ空気が合う人間もまたいるのです。
デブガリ戦記
第九話 滅ぼしたい敵て何ですか?
「クロマキアへ東副帝が攻め入るときに? 邪悪なドラゴンの血の汚染から帝国を守るとかなんとか言ってた気がするが……」
冒険者ギルドで酒を飲みながら、悪そうな冒険者という最底辺のカーストを僕とスネアで挟んで“おはなし”した。
「受付嬢さん。良い胸ですね」
「貧乳を馬鹿にしてるならぶっ殺しますよドブガエル」
「うちで買われて奴隷になりませんか?」
「タチ悪いのきてまーす」
「お嬢さん本気だ! 買われませんか!?」
「次のかたー」
「癖っ毛の赤髪に美しいその背筋、気怠げなようで実は物腰が落ち着いているだけの慈愛の目……美しく可憐な僕の花、せめて話しを〜」
「……ドブガエルなのに……」
まだ、どぎまぎしている。
「スネア、僕は恋をしただろう」
「それよりもクロマキア攻めの理由ですよ。ドラゴン汚染てなんでしょうか?」とスネアはバッサリと全てを切れる男だ。
「ドラゴニュートは大勢いたな。綺麗な王女たちだ。……器は全てボゾンさまだが」
「完全に理由それでは? 人間社会に侵入して、クロマキア王家を断絶させた人類の敵の討伐」
「クロマキア王家の断絶?」
「調べたのですよ、アルパイン。以前、クロマキアの王家が処刑されたという話をしたでしょう? クロマキア国王とその上の父母以外は『親戚筋』であって国王の家族、正確にはボゾン女王との間の子は三王女、メリタ、フェオドラ、マルグリッドしかいません」
「……王女らは、ボゾンのクローンも同じだぞ。クロマキア国王の種はいならないだろ」
「えぇ、しかしクロマキア国王はボゾン女王、ドラゴニュートと結婚していた。周囲には隠しながらですよ」
「きな臭いですねぇ」とスネアは笑う。
僕にはどうでも良いことではあった。
要するに東副帝によるドラゴニュート絶滅戦争がクロマキアとの戦争の可能性というだけだ。ドラゴニュートは怨まれている、それだけのことだ。
「ドラゴニュート、外したほうが良いとは思いますがねぇ」
「今更だぞスネア。この顔を見ろ、この体を見ろ。怨みごときで見捨てていれば今頃、僕はどうなる?」
「ですよねぇ」とスネアは細目を開けていた。
「否定するべきところだぞ」
笑い話ではない。
拾った僕の所有物だ。いらないから、危ないからと捨てていれば、僕の手には何も残らない。
居場所がないというのは案外、辛いものだ。
「まあそれはそれとして『性欲旺盛』ですねぇ、くくっ。失礼」
「……女性を好きになるのだ」
「ガラがいても?」
「逆になぜ、恋の定数は一でしかない? 僕の定数はもっと多い。……それでもやはりガラは特別だが」
受付嬢が酒場の機能としてのギルドの助っ人に出た。小振りなお尻が揺れるのを見ていると、気がついた受付嬢はお尻を隠して睨んできた。
(人間ではないな。ダンピールか)
帝国もまた、人ならざる血に怯えているわけだ。なんだか影を見て触れた気分になった。
「私はただ一人を愛して燃え尽きたいですね。そしてまた生涯最高を見つけます」
「……なんだかガラが恋しくなってきた」
「ずっと側に置いていますものねぇ。だというのに今回はなぜ、私と男同士の旅行なのかも不思議なものです。『色々と便利なので』私は有意義ですが」
「恋と愛に盲目になっても男の友情まで疎ましくするほどの男だとは思ってくれるなよ。スネア商会の渡しだ。今回は貸しが多いからな。こちらから一方的に貸しを返してやった」
「帝国貴族ですか?」
「さぁ? ただスネア商会は帝国での基盤が緩い。顔見知りの貴族が少ない。ならばもう少し広げておく場所に、今回のオークションは都合が良かった。あくまでも“ついで”だがな」
「東副皇帝陛下のご親族がおられましたよ」
「クロマキア戦線で直接指揮をとったのが東副皇帝であり、公爵とはより血の近い存在、そういうこともあるだろうな」
ぶっちゃければ、奴隷貿易だけでは儲けが頭打ちで、最近は『商会が雇う奴隷』で殖産という形に変えつつある。生産性の向上、奴隷の質の向上としての実験は、帝国の対クロマキア戦争に納入するべき膨大な数のマスカットを生産したことで拡大しているのだ。
実際、奴隷商会として奴隷を買うのも出荷する為というよりは、商会雇いの奴隷を集めているというのがほとんどになりつつある。
スネアには言わないが、将来的には商会と個人の関係ではまったくの能力不足になる。より巨大な資金を集め、より巨大に生産して、さらに巨大な資金を集める。『上限未満』でさえ僕の手にあまるので他人の商会もさらに成長して、奴隷商会と手を組ませたい。
スネアには言わないが。
「女遊びをしていきませんか?」
真面目なことを話していたのに、スネアはそんなことを言いだした。娼館は苦手なのだが……親友の頼みだ、無理強いに拒絶するというのもな。優しい子がいれば良いが。たまにとんでもない性格で一方的に燃えて精液を絞る娼婦に当たるのだ。
というよりも、『ハズレ』をあてがわれる。
「僕はハズレ要員だぞ」と弛んだ首の無いような肉を触った。
「親友、だからですよ」
意味深にスネアの目が光った。
ため息を吐いて呆れる伝書竜が飛んでいく。
〈いえーい、親友アルパインと東副帝都の娼館観光全制覇してくるので悪しからず〉
ガラは短い手紙を潰した。
「母上、娼館とはなんですか?」
「男が女とまぐわうことを楽しむ場所です」
「なるほど繁殖のための行為を楽しむための!」
ボゾンと王女が何か話していた。
ガラは、今すぐにでも東副帝都に向かいたい。ご主人に会って確かめたい。しかしそれをやるには……ご主人アルパインを疑い、持ち場を離れるということだ。
(それは……)
ガラは板挟みで、あるいは相反する心に引き裂かれてしまいそうだ。
待つか行くか。
ガラは……待つほうを選ぶ女だった。
信用ではない。
動かないなら“このまま”の可能性が高い関係が、動けば決定的に変わる可能性があるからだ。
それは、怖いのだ。
「母上、東副帝都は遠いのだろうか?」
「飛べばすぐですよ」
「ならちょっと行ってくる。騎士は主人を迎えに行くものだから」
「そうですか、行ってらっしゃい」
「ライフルとピストルとヘルムを持ってく。胸甲とかは重いけどせめて頭はないと」
「マスカットを減らせば良いのに、あらあら……」
王女は、ガラとは違う。
その瞬間にはドラゴニュートが飛んでいた。
全身に武器を、完全装備のドラゴニュートが東副帝都に着くまであと……。
出陣するドラゴニュート、娼館を回っていると知り悩むエルフ、特に何も考えていない撲殺半殺しのドラゴニュート……そろそろおつかいも終わりです。