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第七話 奴隷の私生活は覗かない主義です。

日常というには殺伐、平和というには悩みの多い日々の奴隷エルフです。

デブガリ戦記


第七話 奴隷の私生活は覗かない主義です。




 砦にいるのはトロルとエルフとドラゴニュート。


 ほぼ奴隷が管理している。


 変な感じだけど、私が責任者になる。


「ガラさま」


 ガラさま!


「えぇ、このガラさまに何か用か!」


「はぁ……随分と……」


 旧クロマキアのボゾン女王が呆れたように封書を渡してきた。蝋で封印されている。開けば、


『ドブガエル殿が気を揉んでいます。あまり張り切らず気ままに休暇していろとのことですよ? 結婚するのですか?』とスネアからだった。


 わざわざ『ドブガエル』と使っているのは、私が普段、ご主人をどう思っているのか知っているのだ!


 頭のなかを読まれている事実に戦慄する。


「ガラ殿は──」


「──殿はつけないでいただきたい。対等なドラゴニュートの女王」


 監視されているのだから、下手なことはやめよう。ドラゴニュートを扇動して、トロルを唆して反乱したと知られれば……いや、冗談でも計画書が発覚すればあのご主人が何をやるかは明白だ!


 奴隷商人?


 ただの奴隷商人は数々の国や種族を滅ぼすものか! あれは……あれは、人間の形をした怪物だ。


 私は怖いのだ。


 怖くて仕方がないのだ。


 必要性がなくなった瞬間に、その『本当の怖さ』が私自身に向けられるのが……。


 怖い、ご主人がだ。


 ドブガエルと思わなければ……。


 知っている身として不思議なのだ。


「ボゾンはどうして、ご主人になびいたのだ?」


「不思議なのか?」とボゾンは砕けた口調でケラケラと笑う。


「そういうガラこそどうしてご主人にかしずいている。怖さなど振り切ればいい。森を焼いて、かつての同族をことごとく焼き尽くして、家族も友人も全てを滅ぼした理由も怖さからだったろう? 同じように、『ご主人も滅ぼせば自由だ』というのにな」


「ボゾンは恐ろしさを知らないから言える」


「震えたよ、確かにな。あれが人間なのかと」


 だが、とボゾンは続けて、


「ふっ……人間だ。大き過ぎる子供、可愛らしいものではないか」


「正気か、ボゾン」


「私を見ろ、私はどう見える」


「ドラゴニュートだろう」


「そうだ。ドラゴンであり人間、そしてどちらでもない……で、あるのにだ。ドラゴンの恐怖を前にしてなお目を輝かせ熱愛され、人間とは異なる身を人間よりも人間としてみなし甘えられる……まったく大きな赤子であり愛おしいではないか」


「ドブガエルだぞ」


 私は唾棄するように言った。


 醜さだけで憎悪を掻き立てる醜悪だ。ご主人は、その見た目だけで全てを敵にできる。おぞましさだけで僅かでも目に入れれば不快さから処理したくなる衝動に襲われる。


 今日まで生きてこられたのが不思議なくらいだ。


「だからどうした? 『妾』はな、ドラゴニュートの王国を作るのだ。悲願であり滅びゆく一族のためならばワームだろうがドブガエルだろうが子をいくらでも産もう!」


「……ボゾン、貴女はご主人に近づかないでください」


「何故だ!?」とボゾンが叫ぶ。


「よからぬ企みで死んだ奴隷は多い。連帯はごめんだ。死ぬなら勝手に死んでくれ」


「ふん、もとよりエルフに期待してはおらんよ」


 ボゾンは危険分子だ。ドラゴニュートの思考をご主人はどこまで理解しているのだろうか不安なものだ…………いや、不安じゃない、死んでしまえ。


 そういえばご主人は、スライムや植物とも……あ、愛を育める特殊性癖だったな……。あんなおぞましさの極みの思考網の化け物と居られるのは、ご主人も『化け物』だからだろう、絶対にそうだ。


「妾から見れば『お前のほうがおぞましい』! だというのにガラ、お前はアルパインをドブガエルではなく本当の怪物のように思えるのが不思議だ。お前は今、どれほど“こちら”にいるのだ虫の子のガラ」


「……この話はやめよう」と私は打ち切った。


「騎士フェオドラの様子はどんなだ?」と気分を変えるために話題を投げた。


 ボゾンは呆れたように、


「騎士をやっている」


 騎士フェオドラは騎士になっているわけか……頭お花畑なのか……奴隷だが騎士になったということで全部捨てて騎士をやっている。トロルの尻をしばいて『領地の見回り』に出たり、『臣民の意見や悩みを聞く』という絵本の中の騎士だ。


 私がフェオドラと話したときには、


「ま、まあ? 騎士は恩を忘れない? からな……あいつの絵本にでもちょっとくらいだぞ? なってやるのも王女としてやぶさかではな」


 あいつというのがご主人なのはわかるが、絵本のくだりはよくわからない。私がフェオドラから聞いた騎士とはまるで違うから別の絵本だ。亡国を復興する為の騎士なんて初耳なのだ。


 私は──知らない。


「……」


「ガラ、随分と苛立っておるな」


「いや……」


「奴隷ごときに何をそう気を揉む。奴隷などもっとも『思考を捨てて無我に回帰した獣』……妾はむしろ合っている」


 ドラゴニュートにはわからない悩みだ。エルフとドラゴニュートは違う。ご主人は『同じように扱う』けど……同じようには扱われたくはない。


「ご主人と同じように考えられたなら……」


「考えられたなら?」とボゾンが先を促すけど絶対に教えない。


「長女と末はどうなの?」と話題を切り捨てた。


「メリタとマルグリッドは、我が娘たちを勧誘しては反乱を画策中」


「死ぬからそれ」


「安心なことに、メリタにもマルグリッドにも、そして合わせても反乱なんてできはしない」


「娘が娘をそそのかすのに辛辣だな」


「妾なのだぞ?」


「……無理だな」


「器は同じでも注いでいるものが見えているとは限らない。そういうことなのだよ」


 ドラゴニュートは基本的に確か……単為生殖だ。


 ボゾンの娘は、若いボゾンそのものなクローンだし、メイドや女官たちもドラゴニュートとしての姿を隠して人間を装っているが……全員がボゾンのクローンだ。メリタ、フェオドラ、マルグリッドの王女らとは姉妹そのものであって、『役割の違い』でしかない。


 全員が、遺伝子上はボゾンというドラゴニュートでしかないのだ。


 でなければどうして、女ばかりの集団が帝国軍の熾烈な追撃を振り切れる。社会性昆虫のような鉄の規律でも生ぬるい本能が縛りあげているからだ。


「クロマキアを小さくとも血が残り名を記すことが許される……それをやるのが国潰し、人狩りアルパインというのが笑えない話ではあるがな」


「…………貴方ら、クロマキアの血なんてないでしょ。実質滅ぼしたのは……」


 ボゾンは悪い笑みを浮かべている。やはりドラゴニュートなど人間的な心理とは相容れない思考型なのだ。エルフが一番近い。ドワーフは酒を主食にするし溶岩も飲むモンスターだ。


 エルフが良いものだとは“知れたこと”なのだ。


「クロマキアという名の傀儡国家、か」


「そう、『先王』では失敗したがな」


「……帝国が攻め込んだ理由は……」


「さぁ? 帝国がどうなのかはわからぬこと」


 邪悪なドラゴンがいた。


「……」


 ぽんやりと、騎士フェオドラがトロルをしばき倒すのを眺めていた。しばいて、彼女はトロルに埋められていた。ふんがー、と土を破壊して脱出して夜な夜な騎士フェオドラを埋めたトロルを姉妹と結託して砦に吊るしていた。


「いや何やってるんだ」


 ぽんやりと、舞い降りてきた伝書竜から手紙を受け取った。内容は、


「東副帝都にいるんだ」


 ご主人がクロマキアの土地オークションに参加するために今どこにいるのかの定期便だった。


「あの顔で都を歩けるものなのか?」


 私が目を動かせば、『ご主人を標的』に書いたものへライフルを撃つドラゴニュートの姫さまたちの姿があった。


 怨まれている……。

クロマキアのオークションの為に帝国へ到着していると知ったエルフ奴隷のこぼした声を聞いているドラゴニュートナイトが画策しています。

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